2.赤い服の侵略者
宙を走るトナカイに牽かれるそりの中で、ベルは「意外に寒くない!」と豪雪業風吹き荒れる世界で驚いていた。
その衣服は先程サンタが着ていた赤い服の女性モノだ。ミニスカートゆえに足下がいつもよりスースーするが現状誰も見ていないので然程気にならなかった。更に驚いたのが、足は無論だが腕にも何も身に付けていないのに寒くなく、寧ろポカポカと温かいのだ。
「その衣装には人間を温める効果があってね、寒いところにいても全然寒くならないんだよ」とサンタは解説していたが、ベル自身は半信半疑だったため、現在高所を音速で駆け抜けるそりの上で初めて実感できたのだ。
“トナカイ”と言う名を付けられたよく判らない飛竜種は小さく、まるでガウシカに翼が付いたような生物だ。鳴き声を一切発さず、首元に付けられた鈴がシャンシャン音を立てる以外は静かなものだ。
「こちらサンタ、聞こえるかベル同志」
ザザ、とノイズを走らせて音を奏でたのは“ムセンキ”と呼ばれるよく判らない装置だ。ベルはそれを掴んで、「聞こえてるわよー!」と大声で応じた。
「うるさい!!」そして怒られた。
「ご、ごめん……」大声は不味かったのか、と反省しつつ、ベルは声を掛けた。「ところでこのトナカイはどこに向かってるの?」
「え? 何よく聞こえない!」サンタの大声がムセンキから弾けた。
「その腰、圧し折って欲しい?」一切の感情がこもっていない声がベルの口からまろび出た。
「あ、その、ごめんなさい許してください調子乗ってました済みません」怯えのこもった声がムセンキから零れ落ちる。「今そのトナカイは順番どおりに夢見る子供達の元へ向かっている筈じゃ! どこで操作を間違えたのかベル君の所に行ってしまったのは手痛いミスじゃったが、ベル君が代わりにサンタの任を全うしてくれるのなら何の問題も無い! 本当に有り難う!」
「気にしなくていいわよ、あたしもこんな貴重な体験が出来て良かったわ♪ ――あ、何か下降を始めたみたい」高度が下がっていく景色を見つつ、ベルは慌ててサンタに尋ねた。「ところで守らないといけない注意事項みたいなのはないのっ?」
「そうじゃなぁ……」髭をジョリジョリ弄ぶ音が混ざった。「――誰にも見つからない事だベル同志。これはスニーキングミッション。闇に紛れ、闇に潜む。我々がいた痕跡を残してはならない。オーヴァー」
「……よく判らないけど、それだとあんた完全に注意事項破り放題じゃない?」あたしに見つかってるし、とベル。
「そこは臨機応変に対応すれば問題なしじゃ! 何事も柔軟に行かねばな!」ハハッ、と乾いた笑声が漏れ聞こえた。「――では、健闘を祈る!」
「別に戦う訳じゃないでしょ……」と言うツッコミは闇に消えて散った。
◇――◇――◇
曇天に沈む家屋は雪の化粧を終え、すっかり風景と同化していた。煙突が有るし暖炉も完備されているようだったが、ベルは玄関から入る事にした。施錠されている木製の扉の前で糸鋸を取り出し、ギコギコと鍵の部分だけを削ぎ落としていく。
「……あの、ベルさん? それじゃまるで泥棒……」ヒソヒソとムセンキからサンタの声が忍び出た。
「誰にも見つかっちゃダメなんでしょ? それに煙突から侵入ってどんだけ馬鹿げてるか分かってる? 煤だらけになるわ物音立てまくりだわ逃走経路が無いわで良い事無しよ。窓は音が出るし、やっぱり侵入経路としては玄関、或いは裏口が一番なのよ」そう言って無心に糸鋸を動かし続けるベル。「何事も堂々としていればバレないものよ?」
ムセンキ越しにサンタは沈黙を落とした。
(この娘……何か犯歴があるのか……ッ!?)
ガタガタと怯えながらもベルに任せるしかないサンタは、それ以上諫言を挟む事は無かった。
やがて玄関の鍵が破壊され、堂々と侵入するベルは獲物を視認した。
「――いたわ、あいつがターゲット?」
寝台ですやすや寝息を立てている男がいる。ベルは慎重に歩を進め、やがてその顔を見て醒めた表情になった。
「ん? 知り合いかね?」サンタの不思議そうな声が聞こえた。
「……幼馴染だったわ……」はぁ、と嘆息を落とすベル。「このウェズって男は夢見る子供って歳じゃないわよ?」
「そうなのかね? ――いや併しプレゼントを配布する名簿は既に有るのだ、ソヤツにも漏れずに配っておくれ。多分ソヤツの近くに欲しいプレゼントのメモと、それを入れるための靴下が置いてある筈だ。それを探してくれ」
「おーけい、判ったわ」そう言ってベルは家捜しを始めた。戸棚と言う戸棚を開けていき、金品をせしめていく。
やがて部屋中を引っ繰り返したような惨状にした後、寝台の傍に下げられていた靴下とメモを発見した。
「――あっ、見つけたわ!」白々しい驚いた声を上げるベル。
「見つけるの遅過ぎなかったかい!? もう明らかに見えてたよね!? 敢えてガサ入れしたよね!? 併も金品盗んでたよね!? 泥棒だからねそれ!? 断じてサンタのする事じゃないからねそれ!?」ムセンキからツッコミが連射された。
「ちょっと静かにしてよサンタ、このクズ……じゃなかった、ウェズが起きちゃう」
「剰(あまつさ)え夢見る子供をクズ扱い!? とんでもねえサンタ代理だよキミは!!」悲鳴染みたサンタの声が轟いた。
「むにゃ……? 誰かいるのか……?」寝ぼけ眼のウェズが目を開きそうになった瞬間、ベルの手刀が彼の首元に振り下ろされた。「くぴッ」そして静かになった。
「ふぅー……危ない危ない。だから言ったでしょ? 起きちゃうって」やれやれと肩を竦めるベル。
「二度と起きない気がするんだけど!? 今聞こえちゃいけない断末魔の声が聞こえた気がするんだけど!? もうどう考えても泥棒だよ!! 犯罪!! 犯罪だよこれは!!」サンタの悲痛な声がムセンキを通して響き渡った。
「全部気のせいよ。――それで? メモに有るプレゼントを靴下に詰め込めばいいの?」シラッと捻じ伏せるベル。
「人選ミスじゃぁ……完全にワシの人選ミスじゃぁ……」頭を抱えて唸る様子が見て取れる声のサンタ。「あ、あぁそうじゃ。でも、あまりにメモの内容が夢見る子供にそぐわなければ、夢見る子供に相応しいプレゼントを与えても構わんよ」
「おっけい、判ったわ」そう言ってベルは故ウェズのメモを広げて読んでみた。
“逆玉の輿に乗りたいです。嫁はスーパー可愛くて美人で僕にぞっこんで全世界から祝福されて全世界を統べられるクラスの王になりたいです。あとベルを黙らせたいです”
「……」ビリビリとメモを真っ二つにするベル。
「ちょっと!? 何か今聞こえてはならない音が聞こえた気がするんだけど!?」再びサンタの悲痛な声が放たれた。
「気のせいよ。ちょっとこの幼馴染との絆が破れただけよ」ビリビリとメモを破砕していくベル。
「そんな心象世界の音じゃなくてリアルだよ!! リアルに何か紙的なモノが紙片になっていく感じの音が聞こえるんだけど!? メモを破ってないかい!? キミッ、メモを破ってやいないかい!?」ムセンキから飛び出してきかねないほどの勢いでサンタの声が食み出てくる。
「えーと、プレゼントはこの大きな白い袋から取り出せばいいのよね?」まるで無視して話を推し進めるベル。
「え、あ、はい、そうです」段々と怖くなってきたのか反論さえしなくなるサンタ。「念じた物が出る仕組みです、はい」
「うん、判ったわ」そう言ってベルは大きな白い袋の中に手を突っ込み、大量のモンスターのフンを取り出し、故ウェズの靴下の中に詰め込んでいった。
「……あ、あの……何かとんでもないモノを靴下の中に詰め込んでいません……?」恐る恐ると言った様子のサンタ。「音が酷いし、何か……匂いもヤヴァそうな物じゃありません……?」
「……」無言のベル。
「……あ、あの……」
「……」
「……」
五分ほどの沈黙の後、「さ、ここでの用事は終わったわ! 次に行きましょう次に!」と殊更輝くような明るさのベルの声が聞こえた頃には、サンタの胃の壁は既に穴が開く寸前だった。
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風雅の戯賊領P