0104.爆弾祭り

「き、来たぞーっ!!」
 地雷原騒ぎで程好く体が温まってきた猟人達の間に、遂に死刑宣告とも取れる開幕の怒号が響き渡った。その宣言を聞いた猟人達はようやく落ち着きを取り戻し、「つ、遂に始まるのか……!」と既に疲労困憊(こんぱい)の表情で顔を持ち上げる。
 ローグ砦と言う狩場は砦外周部を四つに区切り、エリア1は砦に備えつけられた射場、エリア2〜4がまさに巨大なモンスターが進軍する砦の外周部に当たる。そして最後の関門であるエリア5は、砦と巨大モンスターが正面衝突するエリアになる。ここに辿り着く前に何としてでも巨大モンスターを撃退せねばならないのだ。
 その外周部は幅にして百メートル以上の広さが有るのだが、巨大モンスター――ラオシャンロンにしてみれば狭苦しい通廊でしかない。幅一杯に巨体が広がり、両端に巨大な前脚が踏み下ろされる度に大地が鳴動し、猟人達の足を竦(すく)ませる。
 長い首の先にある頭部は山脈の裾くらいにあり、何とか猟人達の攻撃が届く場所にある。だが、そこに向かって行く者はいない。何故なら――
「――――ふっふっふっ……」
 ラオシャンロンを前にして――フンドシ一丁の青年が腕を組んで仁王立ちしていた。その表情に浮かぶ色は――稚気。体は完全に成熟していると言うのに、内面から駄々漏れている子供っぽさに加え、笑みが口許を突破して目許にまで辿り着いている。
 ――言ってしまえば、楽しくて楽しくて仕方ない顔である。
「ラオ、シャン、ロォォォォンッッ!!」
 檄(げき)が天を劈(つんざ)く。ビリビリと大気を震動させる怒号に、後方に控える凄腕猟人達は両耳を押さえて蹲(うずくま)る。――そう、まさにヴァーゼの怒号は大型モンスターの咆哮に匹敵する程に純度の高い敵意を孕んでいた。
 猟人ならば射竦める程の効果があっただろう。――併し相手は超常の権化とも呼ばれる古龍。意に介す事すら無く、ただ己がペースで行軍を続ける。その足取りに、変化は一切見られない。
 その様を見て取りヴァーゼは更に顔に喜色を塗りたくる。ニヤァ、と大きく裂けた口から鋭い犬歯を覗かせる。
「俺ァヴァーゼ!! 手前と全力で屠り合うために馳せ参じた猟人だァ!!」
 布告は、そこで一度止まった。矮小な分際が何を喚いても、尊大なる龍は欠片も興味を示さない。それでもギルドナイツ騎士長の瞳の輝きは損なわれなかった。
「ンじゃァ前口上はこんなモンで――始めようかァ!!」
 トンッ――と、軽く跳躍したかと思えば、ダンッ――と、着地した瞬間にその姿は掻き消えていた。強靭なる脚力を用いた爆発的な初速で、ヴァーゼはラオシャンロンとの距離を殺し――野獣のように荒々しい動きで拳を叩き下ろす――――
 ――――ズズンッと、重たい衝撃が大地を媒体に全猟人の足許に伝えられる。
“ラオシャンロンの頭が、地面に埋没する瞬間”――を。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッッッッ!?」
 目撃した者達は咄嗟(とっさ)にその瞬間の出来事を理解する事が出来なかった。
 規模が違い過ぎる生命同士の衝突。その行き着く未来など想像するまでも無く解り切っている。脆弱な存在は強靭な存在に呑み込まれてしまう。それが自然の摂理だからだ。どれだけ抵抗しても結果が覆る事は有り得ない。
 ――だが、彼らの双眸に映る光景には、その真逆が映し出されている。一言で表すならば――異常。それ以外に表現できない事態が現在進行形で行われている。
“古龍を拳一撃で沈める”人間など、どんな英雄譚にも出てこない。
 ――そう。この場に居合わせた猟人は皆、後世にこう語った。
“俺は、生ける伝説を目の当たりにした”――と。
「ヒーハーッ!! 者共、掛かれィヤァァァァハァァァァ――――――ッッ!!」
 ラオシャンロンが奏でる地鳴りと共鳴するように、ヴァーゼの喊声(かんせい)が朗々と大気を駆け抜けた。
 心の底に眠る闘志を刺激されたかのように、それまで沈黙を守っていた凄腕猟人達は喚声を掻き立て始める。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッッッッ!!」
 ――伝説を刻め。ヴァーゼの喊声からその意志を抽出し、猟人達は狩場を駆け抜ける。
 熾烈な狩猟が始まる――古龍と凄腕猟人の鍔迫り合いの幕開けである。


 ラオシャンロンと言う巨像に群がる猟人達。或る者は四肢を集中的に攻撃し、また或る者は頭上に見える腹部を切り刻み、そしてまた或る者は頭部を殴り打ち、更に或る者は背中を狙い撃つ。三十余人の一斉攻撃を受けても、ラオシャンロンは漸進(ぜんしん)を緩めない。先刻ヴァーゼが鮮烈な一撃を加えたのが嘘のように、巨像は怯む様子を見せずに己がペースで邁進(まいしん)を続けている。
「――ヴァーゼ。さっきの一撃、もう一回やってくれよ」
 双剣――インセクトオーダー改を振り回しながら声を掛けるイルム。振り回されるインセクトオーダー改から発せられる刃音は、その元となった素材が由来するのか、甲虫種が発する鳴き声のような風声を奏でている。
 イルムがいる場所はラオシャンロンの右の後ろ足。前進と共にゆらゆら揺らめく長い尻尾と後ろ足に巻き込まれないように注意しつつ、後ろ足の腱を狙って双剣を叩きつけ続ける。
 流石に古龍種に属するだけあって、飛竜種にはない硬質な鱗、堅牢な甲殻を有しているため、生半な武器では弾かれてしまう。イルムもインセクトオーダー改で斬りつけると言うよりは、まずは硬質な鱗を弾き飛ばすために刀身を叩きつけている状況だ。
 周囲を見渡しても殆どの猟人がイルムと同様の攻撃を加えている。大剣であれ、片手剣であれ、ハンマーであれ、斬撃だろうと打撃だろうと、刃が通らずに弾かれて踏鞴(たたら)を踏んでいる者が溢れ返っている。唯一順調に攻撃を加えられている銃士でさえも、どれ程の効果があるのか判らない程に巨像は殆ど反応を見せない。
 そこでイルムは先刻のような重量のある一撃――常人には出し得ない膂力を秘めた一撃をヴァーゼに依頼したのだが、彼は先刻の現象が嘘だったかのように、まるで重みを感じられない打撃を後ろ足に叩き込み続けている。――尤も重みが感じられないと言っても、あくまで“先刻の一撃”と比較しての事で、現行の殴打や蹴り込みの威力も常人の域を遥かに凌駕している。
 ヴァーゼは「もっとッ、熱くッ、なれよッ、ヘイッ、ヤァッ!!」と精神がヒートアップした様子で蹴り込み続けていたが、イルムの声に気づいて、「ンン!? どうしたァ!? 限界破れそうかァ!?」と暑苦しい笑顔で親指を立てた拳を見せつけてきた。
「……いや、だからさ、何でさっきみたいな一撃打たないんだーって……」ノリに付いていけず若干引き気味にイルム。
「あァん!? そりゃおめェ、あんな限界超越秘技――“箍外(タガはず)し”が連続で使える訳ねェじゃんよ。双剣使いの“鬼人化”と似たようなモンだ」
 ――鬼人化。双剣使いが繰り出す、目にも留まらぬ斬撃の乱舞。それを可能にするのが、極限にまで挙動を高速化する“鬼人化”と呼ばれる状態だ。イルムも一介の双剣使いとして一応扱える。だが一度使うと筋肉の疲労が著しく、連続で使えば暫くは動けなくなる程に体力を消耗する。
 鬼人化すればそれに見合う攻撃を加える事が出来るが、同時に己の体力を極端に消耗する諸刃の剣でもある。使い所を誤ればカウンターで戦線離脱する事になるのは、火を見るよりも明らかだ。
「……てか、ちょっと待て。あんた双剣使いでもないのに“鬼人化”染みた事が出来るのかよ!?」
 高速で斬撃を繰り出す乱舞。これは双剣使いしか為し得ない特別な技法で行われる。自らの意思で肉体の限界を外すのだから、相応の訓練を受けても習得できない者も少なからずいる。併もそれは双剣使い以外では習得不可と呼ばれる秘技……一介の太刀使いが習得しているなどまず有り得ないのだ。
「――もしかしてあんた、元は双剣使いだったのか……?」
 だとしたら有り得ない話でもないのだが……そもそも鬼人化とは武器の中でも一番軽量な双剣を高速で振り回す特殊な技能である。他の武器……次点で軽い片手剣ですら不可能なのだから、双剣以外で用いる事は出来ないのだ。
 ヴァーゼのように鬼人化を殴打に用いる猟人など、この広い大陸でも聞いた事など一度としてない。
「いんやァ。俺ァ根っからの拳脚使いだぜ?」
「太刀使いでもなくて!? 拳脚使いとか初めて聞くんだけど!? その太刀は飾りか!?」
「あ、これか?」背負っていた大長老の脇差に触れるヴァーゼ。「大長老の爺がくれてやるっ言(つ)うから貰っただけさ。正直邪魔なんだけどな。あとギルドナイツの制服(スーツ)も」
 大長老――ハンターズギルドの頂点に君臨する竜人の事である。彼から脇差を賜(たまわ)るなど、凄腕猟人は疎(おろ)かギルドナイツでも稀少な存在に違いないのだが、受け取った猟人が悪かった。大長老を“爺”と呼称する辺り、懇意なのか無作法なのか傍目には判らない。ギルドナイツの制服を何の躊躇も無く破り捨てる辺り、断然後者の気がするが。
「ヴァーゼ……おれっちはお前ほど破天荒な猟人を見た事ねーぜ……」
 呆れるべきか感心すべきかイルムには判然としなかった。ヴァーゼの事を説明しろと言われたら、真っ先に思い浮かぶ単語が“異常者”、或いは“変人”だろうか。確かなのは、“猟人”と言うカテゴリに納まる人物ではないと言う事だ。
「にゃーっ!! 大タル爆弾G隊、出撃にゃ!!」
 突如として響き渡るザレアの喊声に全猟人が攻撃の手を止めた。
 焦燥に駆られながらも皆同じ行為を始める。――災厄級の問題児を探す行為を。
 イルムもその一人で、怯えながら視線を張り巡らせ――やがて、見つける。
 ラオシャンロンの首に跨(またが)っているザレアの姿を。
「おま――――ッッ!?」思わず絶句するイルム。
「爆弾祭り、はーじまーるにゃー♪」
 そう、ザレアが歓喜の声を上げた瞬間である。
 砦外周部――エリア2に鼓膜を破壊する爆音が轟いたのは。
 エリア2を席巻(せっけん)する爆風に殆どの猟人が蹲って衝撃に耐えたのは奇跡と言って良いだろう。爆発と共に地上を転がる猟人も数人いたが、幸い擦り傷程度で済んでいた。
 爆心地は――ラオシャンロンの足許。地面を力強く踏み締めた瞬間地面の底から爆発が巻き起こり、前足を爆炎が舐めていく。立ち上がる火柱と共にラオシャンロンは「グオオオオッッ!?」と悲鳴を上げ、思わず上体が一瞬だけ浮き上がる程に怯む。
 ラオシャンロンは驚きながらも今度は左の前足を前進させ――再び爆発が巻き起こり、前足を火柱が穿(うが)つ。「ギャォオオオ!?」と堪らず絶叫するラオシャンロン。
 そこで一旦動きが固まった。表情の機微はよく判らないが、イルムには何故かラオシャンロンが涙目になっている気がして仕方なかった。もうこれ以上進みたくない……そんな意志が垣間見えた気がした。
「ラオシャンロン、ゴーっにゃ! 爆弾祭りは始まったばかりにゃよっ!!」
 最悪の祭典を催しているネコ頭は、楽しげにラオシャンロンの首を叩いている。それはまるで、馬になった父親に跨る子供が父親に火の海を進めと命令しているように映った。
“悪魔だ”――その場に居合わせた猟人は皆その瞬間だけ心を通じ合わせたと言う。
 ラオシャンロンは前進する事を物すごーく躊躇した後、今度は右の後ろ足を前に進め――火柱が上がり、三度目の喚声が弾けた。
「も、もう止めてあげてッ!? ラオシャンロンが、ラオシャンロンが可哀想だよッ!?」
 涙目で泣訴するイルム。それはその場に居合わせた全猟人の心の声を代弁したものだった。
 ザレアは「ど、どうしてそんにゃ事を言うのにゃ!? 爆弾祭りは今、始まったばかりにゃよ!?」と、物凄く切なそうな声で応じる。
 その声に反応するように、ラオシャンロンは怯えながらも今度は左の後ろ足を進め――非情な爆発が後ろ足を襲う!
「ギャアアアアアアオオオオオオオ――――――――ッッ!!」
「ラオシャンロンの体力はもうゼロだよ――――ッッ!!」
 イルムの絶叫がエリア2に響き渡る。
 その痛々しい喚声に一人の青年が動いた。
 ぽん、と。優しくイルムの肩に手を置いたフンドシの青年は、彼に笑いかける。
 イルムはその慈悲深い微笑を見て、“救われる”――そんな儚い幻想を懐いてしまった。
 青年は非情な祭りを開催する主催者へと顔を向け、とても穏やかな表情で告げた。
「――ザレア。ヒロユキを――突っ込ませよう」
 イルムはその時、晴れ晴れとした微笑を浮かべていたと言う。
 ――あぁ、トドメを刺すんですね♪
 会心の笑顔が浮かんだその頬を、一滴の涙が伝う。

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