どんな人間でも切れたら大体本性が出る


「もう、救えない人間、ですね…」

この公爵は。

ぽつりと、ルーシィが誰に言うでもなく呟いて顔を俯かせたのをオイラは見逃さず聞き逃さなかった。
そして、それと同時にここいら一帯の温度が下がったような気がする。いや、この場にいる魔導士が氷結の魔法を使ったとかそういう下がり方じゃない。喩えるならそう、一度下がった様な感じ。
実際同課の判断は、残念ながら今のオイラには出来ない。ただ、ルーシィの雰囲気が変わってしまったという事実しか、おいらには分からなかった。


「偉―いこの吾輩を主人公に本を書かせてやると言ったのに、あのバカは断りおった。だから言ってやったのだ!書かぬと言うのなら奴の”親族全員の市民権を剥奪(はくだつ)する”とな!」

エバルーのその言葉に驚き戦慄する。
市民権の剥奪とは、簡単に言えば出来る仕事の大半を奪われるということだ。たとえば、商人ギルドや職人ギルド、オイラ達が所属している魔導士ギルドに加入することが出来なくなってしまう。だけど、そもそも他人の市民権剥奪なんてそんな権利を持つ人間なんて今の世の中には殆どいないくなってしまっているはず。そんな権利を持っているのは魔導評議員といった本当に極々一部のトップ位だ。
思わずそう口にすれば、ルーシィが丁寧に教えてくれた。曰く、封建主義の土地は未だに残っているとのこと。そして、今オイラ達がいるここもまた未だに封建主義続く土地。エバルーみたいな奴でもこの辺りでは絶対的な権力を振るえるえるとのこと。

「そう!結局奴は書いた!!しかし、一度断ったのはムカついたから独房で書かせてやったよ!ボヨヨヨヨ…!やれ作家だ、文豪だとふんぞり返っていた奴の自尊心を砕いてやったのさ!!」

「自分の下らない欲望如きの為にそこまでする。実行に移した貴方はとことん救えない人間ね!独房に監禁されていた三年間!彼は一体どんな思いでいたか分かる!!?」


“三年間”…も、?それは一体どれ程の時間だったのか。
というか、段々、少しずつだけどルーシィの話し方が砕けてきているような…。そう言えば、オイラとナツがルーシィに仕事話を持ち掛けた時、机の上に何か置いてあった。それに本人はまだ引っ越したばかりで片付いていなかったとか言ってた。確かに木箱とかまだ置かれていたのが目に入ったけど、その箱の中や既に壁際に設置されていた本棚にはたくさんの本があった。もしかしたらルーシィは…。

「彼は自分のプライドと三年間も戦っていた!書かなければ家族の身が危ない!だけど…アンタみたいな大馬鹿ド阿保糞虫のデブを主人公にした本なんて、作家としての誇りが許さない!!それでも、書いた彼が、彼こそが偉大よ!!貴方みたいな自分自身の下らない欲望だけのために権力を振りかざす、アンタなかよりもね!!!」

もう、完全に頭に来ているのか。
ほんの短い間だけれども、ルーシィの性格とかは何となくだけれども理解していたつもりだった。…本当に“つもり”だった。とても丁寧で、ルーシィは一体何処のお嬢様なんだろうと思わずにはいられなかった話口調から、どんどん口汚く…。もしかしたら、今のルーシィが本当のルーシィなのかもしれない。
そして、ルーシィの話している内容に一つ気になることが…。それはオイラだけではなくエバルーも同じだったみたい。さっきから、張本人であるエバルーやケム・ザレオンでなければ知らない事情をルーシィは詳しく言っている。
何で知っているのかと言えば、あの『日の出(デイ・ブレイク)』に全部書いてあったとのこと。それも、ただ読んだだけではファンもがっかりな駄作でしかない。魔導士でもあったがために、魔法である秘密をその本にかけて記したとのこと。

「ま、魔法を解けば吾輩への恨みを綴った文章が現れる仕組みだったのか!?け、怪しからんっ!!」

「まるで読書家とは思えない発想の貧困さね。確かに、この本が完成するまでの経緯は書かれていたわ…。だけど、ケム・ザレオンが残したかった言葉はそんな事じゃない。“本当の秘密”は別にあるんだから!!」

“本当の秘密”…!?その男の子心を擽らせるようなものがあの金ぴかの本に書いてあるのか…!
オイラが少しワクワクしている中、エバルーは何故かプルプルと震えてる。そして、ルーシィは切れたまま腰からまた新しい金色の鍵を手に持って取り出していた。それがスタイリストの蟹の星霊だったんだけど、語尾が“エビ”だったのには顔面右フックを食らった気分だったのは、きっとオイラだけじゃないと信じたい。



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