勝己と勝己夢主の学生っぽいデート
*文化祭後
*交際バレ済み
「ねね! 今度の休み、爆豪くんとどこ行くの?」
「?」
女子勢で集まって女子会(という名の駄弁り会)の最中、葉隠が言ったまるで決定事項のようなそれに、首を傾げた。脳内で思い返してみても、爆豪とどこかに行く予定を立ててはいなかった。
「どこにも行かないよ……? 人違いじゃなくて?」
「いや人違いだったら問題でしょ」
湊は爆豪と別の男子(例えば切島など)の意味で言ったつもりが、彼女らは爆豪と他の女子という受け取り方をしたらしい。
よくよく話を聞いてみれば、爆豪から出かける予定を聞いたわけでもなく、ただ近々ある休みに二人がデートをするならその話を聞きたい! という気持ちからそうなったらしい。
「二人全然恋人っぽいことしないんだもん! もっとイチャイチャしてー! デートしてきて顔赤くしながら手を繋いで帰ってきたりしてよー!」
そうは言われても、湊と爆豪はーーと、そこまで考えて、「恋人っぽい」とは果たして、と疑問が湧いた。
爆豪はいつも湊に合わせてくれる。毎日話しはするし、キスだってする。湊がそうするのが好きだから手も繋ぐ。くっついて隣に座ったりする。じゃあそれが「恋人っぽい」ことなのだろうか。ちゃんと、湊は爆豪のしたいことを叶えているのだろうか。
思わず顎に指を当てて、何もない虚空を見つめて黙り込んだ湊に、女子は「アッ」と察した。こうして思考の海に沈んだ湊は少々面倒なのである。
「あーあ、湊考え込んじゃった」
「え、ごめん湊。そんな深く考えなくていいよ」
そう言われても、一度考え始めたら止められなかった。というかもはや、その言葉も湊の耳には聞こえていなかった。
「……恋人っぽいって……なに……?」
「出た哲学」
What is 恋人っぽいこと。具体例が思い浮かばなくて、ネットででも調べてみようかと思った矢先、芦戸が「困ったときは爆豪じゃん」と言う。
「爆豪に聞いてみよ。バクゴー!」
「あ゙?」
遠くのソファにいた爆豪が、呼ばれて不快そうに返事をする。不快そうとは言いつつも、素直に寄ってきてはくれるのだから優しいと思う。
女子が陣取ったソファ2台のうち、湊がいるほうの背もたれに体重をかけるようにして「ンだよ」と言った爆豪に、芦戸は何の遠慮もなく「恋人っぽいことって何か湊に教えたげて!」と言い放った。
「ンなもんはねェ。幻想」
「えー! そんなわけないじゃん! 付き合ったら二人でいっぱいデートしてお揃いのキーホルダーつけて、いろんなもの半分こして食べさせあって手を繋いでキスするじゃん!」
「頭ん中少女漫画かよ」
「そ、そんな……全然できてない……」
「お前も間に受けんな」
ぴし、と爆豪のデコピンが額に飛んでくる。思わず頭を後ろに逸らすけれど、それが全く痛くはないことは、たまにされるからもうわかっていた。
爆豪はハァ、と大きくため息をついて、あのなァ、とだるそうに口を開く。
「恋人っつー概念に夢見すぎなんだよ。要は人間同士の関係なんだから、千差万別で当然だろ。互いにしたいことを折り合いつけてやってりゃいンだよ」
「めちゃくちゃリアリストや……でも正論かもしれん」
お茶子や蛙吹、八百万などが感心するなかで、「えぇーー!」と納得しない人間が二人。芦戸と葉隠である。
「その理論で言えば湊ちゃんがしたいことはするってことだよね! デートしたいよね、湊ちゃん!」
「そうだそうだ! 忙しいからってデートに連れてかないのはダメだよバクゴー!」
ギャンギャン、と騒ぎ立てる二人に、爆豪がそんな音良く出るな、という爆音の舌打ちをかます。湊は苦笑しながら、話の流れを見守った。確かに行きたいか行きたくないかと言われればもちろん行きたいが、忙しいのはお互い様だ。二人で過ごす時間はちゃんと確保しているし、無理をして本業に支障をきたすのはよくない。
爆豪はギギ、と目を物凄い角度に釣り上げて、「言わせておけば好き勝手よォ……」と怒りを湛えた声色で凄んでいる。蛙吹や八百万がそろそろ二人を諌めようと腰を浮かせた瞬間、爆豪が「勘違いすんなや……」と呟いた。
「え?」
湊が首を上げて爆豪を見れば、爆豪も湊のことを見下ろしていた。ぱっちり、目があって、逸らされない。
「お前らに言われたからじゃねぇぞ。そこんとこ絶対ェ勘違いすんな。……湊、今度水族館行くか」
「す、すいぞくかん……?」
「大丈夫? 初めて聞いた単語?」
あまりに拙い言葉使いに、耳郎が心配して声をかける。
「し、しってる。主に水生生物を飼育・展示する施設……」
「Wikiやめろや」
まぁ! 爆豪カッコイイ、漢じゃん! ほんとにデートするの!? なんて芦戸と葉隠、八百万がにわかに盛り上がる。お茶子は「水生生物を……」と湊の頓珍漢な回答にツボっていた。
「勘違いすんな!! 俺ァ今日この後話する予定だったんだわ! クソテメェら本当に余計な事ばっかりしやがってよォ!!」
曰く、父の伝手で入場チケットが二枚手に入ったのだという。せっかく休みなのだし一緒にどうか、と本日誘う予定が、煽られてムカついたとそういうことらしい。
そろそろ飯田あたりが飛んできそうなほど騒いでいるのを横目に、湊はがばり、と立ち上がる。
「い、行く。行きたいです」
「……おー。じゃあ予定あけとけや」
嬉しくて緩みそうな口角をむにむに、と揉んでいれば、「よかったね」と耳郎がこっそり声をかけてくれた。
*
休日。平均気温よりも少々暑いその日、湊はとかく気合が入っていた。
髪は動画サイトで探したハーフアップにして、記念日にもらったヘアゴムをした。服は爆豪が選んでくれたジャンパースカートで、芦戸と葉隠に借りた化粧までしている。結局ネットで検索した「恋人らしい」には、これらが最も適していると思えた。それに、爆豪にかわいいと思ってもらえたら嬉しいと湊自身が思えたのだ。
共有スペースでは視線を集めるからと校門近くで待ち合わせをした。時間より前には来るなと100回くらい言い聞かせられたので、時間ぴったりに出れば、待ち合わせ場所にはもう爆豪が立っていた。
「勝己くん」
おまたせ、と駆け寄ると、携帯に落とされていた視線が上向いて、湊を捉える。黙っている姿に少し緊張して見つめ合えば、ふ、と爆豪の片方の口角が上がった。
「似合っとる」
「あ、ありがとう……」
頑張ったから褒めてもらえて嬉しいのに、いざ言われると照れてしまうものだ。ぽ、と熱を持った頬に満足そうにして、爆豪は湊の手を取って指を絡めた。
*
水族館は、雄英から少し離れた場所にあった。昔からある施設で、そこまで大きくはないながらショースペースなども完備された本格的なものなのだとか。
「あのね、楽しみでね、図鑑たくさん読んだんだ」
「魚の? つかデートの予習したんか」
せっかく水族館に行くのなら知識はあったほうがいいと思って、雄英の図書館にあった図鑑は全て目を通した。湊が興奮気味にそう言うと、くく、と爆豪は笑って、入場ゲートの係員にチケットを二枚渡した。清潔感のある館内には、カップルからファミリーまで、程よく人がいる。うるさすぎず静かすぎない。
「んじゃ、湊チャンの音声ガイダンス付きで回るか」
「ま、まかせて。がんばる」
握った手はそのままに、湊が爆豪の手を引く形で順路に沿ってゆっくりと歩いていく。まずは淡水魚のコーナーで、川の流れが再現されたように細長い水槽になっている。
「あのね、あれはニジマスで、サケ目サケ科に属してるの。マスなんだけど、赤色の色素を含む飼料で飼育すると身が薄紅色になるから、それはサーモントラウトって呼ばれていてね、スーパーで並んでる「サーモントラウト」は鮭じゃなくてニジマスなの。ちなみにトラウトはマスの英名だよ」
「そのサーモントラウト、スーパーで見たことあんのか?」
「ない……ないけど、そうだって見たの」
そもそも自炊ができない湊は、スーパーで鮮魚コーナーに用などあるはずもない。雰囲気もへったくれもない話を、爆豪は面白そうに聞いて笑っていた。
「見分け方は?」
「生息地的に似ているのがヤマメとかイワナなんだけど、ヤマメはとイワナはパーマークっていう小判状の模様があってね。ニジマスにはないの。それで黒い斑点が多いのがニジマス」
「ふーん。ンな頑張って覚えたんなら今度川釣りでも行くか」
「まかせて、海のお魚もちゃんと覚えたんだよ」
そういう話じゃねぇわ、とまた笑って、ゆっくりゆっくりと時間をかけて館内を回る。淡水魚のコーナーから海水魚に移り変わって、しばらくするとペンギン、アザラシのコーナーに。その当たりになると、爆豪がくい、と湊の手を引いた。
「イルカショー見るだろ」
「み、みたい」
イルカショーは調教されたイルカがパフォーマンスを行うもので、飼育員の合図に合わせて芸を行うものだ。それはひとえにイルカの頭の良さに支えられており、イルカの知能の高さについても図鑑で読んだ。
ショーの行われるスタジアムも決して大きくはなかったが、4人がけのベンチが段になって何列も並んでいるような場所だった。ところどころに、「注意 前方は濡れます」と書いてあって、湊はタオルを持って来なかったことを少し後悔した。
「前行くぞ前」
「え、でもタオルないよ」
「ハンカチならある。それにこういうのビビって後ろ行くのはヤなんだわ」
せっかくなら前方で見たいという爆豪の言葉に逆らうつもりもなくて、言われるがままにセンターの二列目に腰掛ける。最前列は、もうすでにファミリーに場所取りされていた。手を離さずに隙間なくピッタリと座って、目の前の水槽を見つめる。ガラス張りになっていて、水中の様子がよく見えた。
「そういえば、イルカの個性のプロヒーローっていない?」
「あー……ギャングオルカはシャチか。つかシャチとイルカってデカさ以外に何が違うんだ」
「……そういわれると、2つともクジラ目ハクジラ亜目で一緒? あ、でもね、イルカの主食は魚類なんだけど、シャチはクジラ食べたりするの。海の王者とか言われるのもそれが所以かな。だからやっぱり、シャチのが強いのかも」
ショーの開始までに、どうでもいい話を繰り広げる。その間に周囲の席はあっという間に埋まって、四人がけに二人だけで座っていた湊の隣にも、子供が二人座る。背後の立ち見スペースすらいっぱいになって、飼育員のアナウンスでショーが始まる。
初めて見たイルカショーは圧巻で、飼育員の指示どおりにイルカ達はジャンプしたり、泳いだりと惜しみなくパフォーマンスを見せてくれる。着水のたびに小雨のような飛沫がかかったけれど、十分ハンカチで対応可能な量だ。そんなことよりも、ショーのすごさに口が開きっぱなしになってしまっていた。
そして、終盤の大ジャンプで、注意書きの張り紙を舐めていたことを後悔させられるのだけれど。
体側で着地したイルカが跳ね上げた水は、もはや粒ではなく塊だった。あ、と思った瞬間には爆豪が庇ってくれて、それでも髪の一部と顔、スカートが少し水濡れに遭う。爆豪なんて則頭部から半身ずぶ濡れだった。
「うわぁッ!」
「っめてェ!」
髪についた水分を手で拭って、爆豪のほうを見れば、いつも威勢のいい髪がぺしょん、と勢いを失っていた。それがかわいくて、この状況がおかしくって、笑いがとまらなくなる。
「ぷ、ふふ」
「ビッシャビシャじゃねぇか」
自分のほうが濡れているのに、湊の髪から顔をハンカチで拭いてくれる爆豪に、なんだかおかしくてうれしくて、その顔に伝う水滴を指で拭う。
「楽しいね、勝己くん」
湊がそう言えば、爆豪はぽかんと呆気にとられたあとで、「風邪ひくぞ」と笑った。
ショーが終わったあとしばらく服を乾かしてから、館内の散策を再開する。カメやら、深海魚やらのコーナーを抜けて、勝己とほぼ同じ体長の剥製を見て笑ったのち、幻想的にライトアップされたクラゲコーナーへと足を進める。
ふわふわと漂うクラゲが何種類も展示されたそこは、比較的人気コーナーのようで、写真をとったり立ち止まる人が多い。湊も、足を止めてじっと水槽を眺めた。
「クラゲ、好きなんか」
「うーん……でも、ずっと見ていられるね」
なにも考えないで漂っているように見えて、クラゲは自分である程度泳ぐことも出来る。透明できれいそうにみえて毒を持っていて、それでも優雅に漂って見えるのがなんだか不思議だ。不規則な動きが飽きさせないのかもしれない。
爆豪はじっと水槽を見る湊を急かすこともなく、ただその横顔を見つめた。青い光にライトアップされた横顔が、なんだかいつもよりも幻想的で、美しく見えた。
一通り見て回って、入り口近くのおみやげコーナーへ。今日の思い出を何か形にして残したかった。爆豪は興味もないだろうに、湊の後を黙ってついてきてくれる。
目に止まったのは、ミズクラゲのぬいぐるみ。湊が抱きかかえられるくらい大きいそれに視線が吸い寄せられたのを、爆豪は目ざとく見逃さなかった。
「欲しいんか……ってそれ、くじの景品じゃねぇか」
「くじ?」
よく見ると、ぬいぐるみくじというものの景品のようだった。1回1000円で、全ての賞の景品がぬいぐるみ。4等まであるなかの、湊のほしいぬいぐるみは2等のなかにある。
「くじかぁ……期待値どのくらいだろう」
原価的に、などと脳内で御託を並べ始めた湊と違って、爆豪はさっさと店員を呼びつけて「これ一回」と注文をしてしまう。
「え、やるの?」
「ほしいんならやんなきゃ当たんねぇんだよ」
たしかに期待値がなんだろうと試行回数が0では意味がないけれど、なんて思っていれば、店員が「この中から一枚どうぞ!」と円形の置物を指さした。中では三角形の紙片がぐるぐると回っていて、どうやら中で空気が循環しており、それに乗って自動的に籤が混ぜられているらしい。
「すごいねぇこれ」
「よく見るやつだわ。ほら、引けや」
「え、私が?」
「お前がほしいんだからお前が引くんだよ。絶対当てるつもりで行け」
ほら、と背中を押されて、円形の中に恐る恐る手を突っ込む。風を感じて、不思議な気持ちだ。ぐっぱ、と手を握って開いて、としてみても紙片はつかめなくて、中を見る。紙片は当然だが、どれも同じようだった。どれにしようか、と思案して、なかに一つ、端に引っかかって動けなくなってしまっているものが見えた。なんとなくそれにしよう、と思い、あっさりと掴んで引き抜き、店員に手渡した。
「おっ、おめでとうございます! 2等ですね!」
「えっ」
「こちらのなかからお好きなぬいぐるみをどうぞ!」
起きてしまった奇跡に困惑していれば、爆豪が良かったじゃねぇか、と言ってミズクラゲを指さした。そのまま手渡されてしまって、両手でかかえるほど大きなそのぬいぐるみは、湊の腕の中におさまる。
「何か細工した……?」
「どーやってやんだよ。いっつも頑張ってるご褒美じゃねぇの」
ぽんぽん、と頭に手を置かれて、撫でられる。「つかこれじゃ手が繋げねぇ」といって、ぬいぐるみは爆豪が小脇に抱えてくれた。
*
水族館を出て、併設された公園の中を少し歩く。思うがままに満喫してしまって、気がつけばもう帰寮時間が迫っていた。
「楽しかったかよ」
爆豪がそう言って、湊の顔をちらりと見る。うん、と大きく頷いて、ついで心にある少しの寂しさを、でもね、と吐き出した。
「とっても楽しかったから、帰るのがもったいないの。ずっとこの時間が続けばいいのにって、そんなことを思っちゃう」
訓練が嫌なわけでも、クラスの皆といたくないわけでもない。でも今日があまりにも輝いていて、終わってしまうことに喪失感を覚える。これを思い出にしたくない、もう少しいたい、そんな気持ち。
爆豪は繋いだ手をぎゅっと握って、少しだけ歩幅を狭めた。湊もそれに倣って、歩くペースを落とす。
「帰ったら、今日のこと女どもに自慢してやれや」
「……? うん、楽しかったって言うよ」
夕日に照らされた爆豪の横顔を見る。その顔が少しさみしげに見えて、もしかしたら同じ気持ちを持ってくれているのかも、なんて思ってしまった。
「ンで、次はどこ行きてェか、考えとけ。映画でもプラネタリウムでも動物園でも、テーマパークでも湊が行きたいなら一緒に行ったる。別に水族館にまた来たっていい」
今日という日がもういちど来ることは二度とないけれど、二人の時間はこれからも続いていく。だから、「また今度」「次の機会」を楽しみにしていればいい。
そんな当たり前のことを爆豪が示してくれる。それが嬉しくて、思わず顔がほころんだ。
「うん。わかった。次どこ行きたいか、いっぱい考えるね」
「あーでも、この調子じゃデート行くたびに物知りになっちまうなァ?」
「動物の生態でも学名でも、季節の全天星図でもなんでも調べて覚えとくね」
「言っとくけど、デートの下調べってそういうのじゃねぇかんな」
*
あとがき(読まなくてもいいです)
リクエストありがとうございました!
高校生っぽい! デート! 高校生っぽい? それっぽい定番デートスポットへ行かせてみました。友人に付き合ってもらって実際に行って下調べもしました。モデルはしな.がわ.水族館です。
楽しみすぎておさかなについて調べちゃう湊ちゃんはいるし、「あー楽しみにしてたんだな」って見ててかわいい……ってなる勝己もいる。平和な世界。
ちなみに、さすがに図鑑を丸暗記は無理だと思うので、「水族館 さかな よくいる」とかで調べて出てきたのを重点的に覚えたイメージ。あと多分館内の説明文全部読んでる。あれ楽しいですよね。
どうしても初デートをエリちゃんの髪飾り買いに行く買い物にしたかったのと、交際バレ後の話にしたかったので、おまたせしてしまって申し訳ありませんでした。楽しんでいただけたら幸いです!