*寮生活後謎時空



 ぱくり、ときんぴらを口に運ぶ。奥歯に力を入れて咀嚼しようとして、ぶにゅ、と何か、弾力のある感触がして、次いでぐじゅり、とそれが潰れた感触がする。分裂したそれがあまりにも食べ物の感触に思えなくて、思わず固まる。吐き出すわけにもいかず、でもこれは本当に食べ物だろうか、と一瞬考えていたら、正面で食べていた八百万が「大丈夫ですか?」と声をかける。
「な、なんかへんなかんじした」
「変? 何か混入していたり……」
 湊がちょうど食べた副菜のきんぴらを見て、おかしな物が入っていたら吐き出してください、とティッシュを差し出してくれる。しかし、皿に残ったきんぴらを見れば正体が何かわかる。そうだと分かれば、この感触は知ったものだ。
「こんにゃくだ……」
「こんにゃく? 湊こんにゃく嫌いなの?」
 もぐもぐ、と咀嚼を再開する。うん、こんにゃくだ。そう認識してしまえば何ということはなく、食べられるのだが。どうもこの食感が、心構えをしないとビックリして固まってしまうのだ。
 ごくりと嚥下してから、不思議そうにしている八百万と耳郎に大丈夫、とうなずきを返す。
「嫌いじゃないよ。でもなんか、劣化したプラスチックみたいな食感じゃない? だからわからずに口にいれるとびっくりする」
「嫌いじゃん」
 ケラケラと耳郎に笑われて、八百万も面白そうに微笑んでいる。どうやら湊が険しい顔をしたのがよくなかったらしい。でも本当に、味が嫌いとかはないのだ。というか、湊は味覚が鈍いので味がよくわからない。だからこそこんにゃくの食感がより浮き彫りになってしまうのだけれど。
「ち、違うもん……心構えして食べればびっくりしないの」
「いいじゃん、嫌いな食べ物くらい誰でもあるんだし」
 なるほど、好きな食べ物と同様に嫌いな食べ物もあって然るべきらしい。しかしそう考えてみれば、こんにゃくが出るとテンションが下がるわけでもない。本当にただ、意識せずに口に含むとびっくりするだけで。
「でも、味が嫌いなわけじゃないし食べれるよ」
「どんな理由でも食べるの避けたいなら嫌いな食べ物じゃない? 深く考えたことないけど」
「避けたくもない……ただ、”ここにいるよー”ってアピールしててほしい……」
 ングッ、と誰かが何かを吹き出しかけた音がして、背後のテーブルに座っていた男子陣がなにかのツボに入ったのか笑いだした。上鳴、瀬呂、爆豪、切島である。なんと爆豪までも笑っていた。
「やば、標葉めっちゃちっちゃい子みてぇ」
「こんにゃくさんはアピールできねぇから、俺らが今度から教えてやろっか?」
「いらないよ……」
 上鳴と瀬呂の言葉に不服を示しても笑われてしまって意に介してもらえない。

 結局、そんなやりとりがクラス中に広まってしまって、学食や寮の食事でこんにゃくが入っていると「標葉、今日のこれこんにゃく入ってるぜ」と誰からともなく教えてくれるようになってしまった。いや、まあ不測のこんにゃくに驚くことがなくなってありがたいのだけれど、なんだか子供扱いされて居るようで恥ずかしい。爆豪に至っては、二人で食べる時はわざとこんにゃくの存在を教えず、ビクッとなる湊を見て笑うのだから本当に良くないと思う。本当に楽しそうにしているから本気で嫌がれないのが難点だ。

「あ、標葉さん今日の小鉢こんにゃく入ってたよ」
 ついに緑谷まで言うようになって、でもそれが好意だとわかってるから断り辛い。「ありがとう……」と礼を言っていれば、緑谷の隣にいた轟がそのやり取りを見てなぁ、と口を開く。
「好き嫌いしてると大きくなれねぇぞ」
「轟くんにだけは言われたくない」
 轟は今日も今日とてざるそばだ。そんな人に栄養バランスについて説かれても説得力などない。
 湊がそう言い返したのに、轟が更に「俺はもう結構大きい」と的はずれなことを返したものだから、湊の隣にいた耳郎と轟の隣にいた緑谷がフッと吹き出した。



あとがき(読まなくてもいいです)
 身内からのリクエストです。湊ちゃんの嫌いなもの(?)はこんにゃくって話をしたので……
 食べたあとビクってしてものすごく険しい顔をするので、勝己はそれ見ると可愛くて笑っちゃいます。ちなみに認識してたら食べても大丈夫。平然といける。そういうのありません? 急なホラーにビックリする的な。そういうのなので嫌いではない。ちなみに湊ちゃんは舌の痛覚も死んでるので辛いものを真顔で汗もかかずに食べるタイプ。将来バラエティとかで披露して引かれる。
 嫌いな食べ物って難しいですよね。絶対食べたくない・出来れば避けたい・テンションが上がらないみたいなあるじゃないですか。

 リクエストありがとうございました。




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