*インターン後
*交際バレしてない



 雄英高校の一角、自習室。
 自学する生徒のため常にかなりの座席数が開放されているが、寮制となってからこちら、寮の共同スペースや自室でする生徒が増えたのか以前に増して閑散としていることが多い。
 湊は以前からの習慣通り、なんとなくこの自習室か図書室・トレーニングルームで過ごしてから帰寮することが多い。そうしなければならない理由はないが、習慣となっていたので変えるのも抵抗があったためだ。
 インターン中に公休で授業に参加できなかった分、遅れてしまっている。もともと予習・復習は欠かしていなかったので、ついていけなかったということはないのだが、補習分の課題と、通常進度の授業の課題・予習・復習で単純に量が増えてしまっていた。

 というわけで、せいぜい二人くらいしか入れない個室の自習室で湊は自習をしていた。個室と言っても、他の席とはパーティションで区切られている程度で、隣の声が遮断されることはない。それでも情報量が減ったほうが集中しやすいため、十分な効果がある。
「お、いたいた!」
 聞こえてきた大きな声に、びくっ、と肩がはねた。この場所で大きな声を聞くことはめったにないため、心構えが出来ていなかった。しかもその声は聞き覚えのあるそれで、視線を上げて振り返ると切島がぶんぶん、と手を振っていた。
「き、切島くん? どうしたの?」
「標葉のこと探してたんだよ。頼みがあってさ」
 別にそこまで声を張り上げているわけではない、ないのだけれど。切島は元から通る声をしているし、常のように声を張る発声をしているとここでは目立って仕方がなかった。
「……ちょっとこっちで」
 シー、と静かにするようジェスチャーで伝えれば、切島はばっ、と右手で自身の口を塞いで「マズい!」というような顔をした。その豊かな表情に面白くなってしまって、さっさと荷物を纏めて、彼を連れたままで隣の自習室へ移った。隣は完全個室になっていて、複数人で勉強会を行うために設えられている部屋なので多少声を出しても問題はない。
「悪い! 俺気が利かなくて」
「ううん、大丈夫だよ。そんなに人もいなかったし」
 スクールバッグを机に置いて、立ったままの切島に席をすすめる。それで、頼みって? と話を進めれば、切島は湊の正面に腰掛けてから、パンっ、と両手を合わせた。
「頼む! 俺に勉強教えてくれ!」
「え、勉強? 私が?」
「そう! 俺、前回のテストもかなりまずかったっつーか、結構頑張って赤点回避って感じだったんだけどさ。今回、ただでさえ二学期入って難しくなったのに補講もあるしもう結構ヤバいんだよ。だから、今のうちからどうにかしねぇとと思って」
 だから、補習内容も把握していてクラス2位の湊に教えを請いたいと。そういうことらしい。理解はできたが、湊は教えるのがとにかく苦手なのだ。選んでもらえたのは嬉しいけれど、思い出されるのは一学期の期末前の勉強会。むしろ上鳴を混乱させてしまった事件だった。あれから自分なりに教え方を勉強してみたけれど、まだ披露する機会もなくここまで来ている。つまり、端的に言えば自信がなかった。
「私じゃ無理だと思う……」
「えっ、何でだ?」
 かくかくしかじか。無理だと思う理由をつらつらと説明すれば、「大丈夫だって!」と謎のお墨付きをもらって、ふたりきりの勉強会が始まってしまった。お察しの通り、湊は押しに弱いのだ。

 とりあえず補習の内容を思い出して、切島にはわからないところをピックアップしてもらう。その部分について、湊は先生が授業で言っていたことを思い出しながら説明した。湊の理解や独自解釈を入れると余計難解になってしまって良くないのだと、この数カ月でちゃんと理解していた。
「全然下手じゃねぇじゃん。めちゃくちゃわかりやすいぜ」
「ほ、本当? よかった……」
 切島が理解できると湊が安堵するという、なぜか先生と生徒の立場が逆転していたが、それに気づくこともなく。何より教えることができる事実に喜んでいた。あの勉強会で、何も出来なかったのが湊には心残りだったのだ。次こそは力になれそうだ。
 理解ができたら次はアウトプットだ。課題となっている問題を解いてもらって、解ければいいし解けなければ湊が解説を加える。こちらは先生の解説がなかったのでどう説明したものかと思ったが、教科書の説明を引用してところどころ応用箇所の説明を加える、という方法ならばおかしな方向にいくこともなく、切島が音を上げることもなかった。
「あー、終わった! すげぇよ標葉、俺これ一週間はかかると思ってた!」
「うん、力になれてよかった」
 今日までの補講で出た課題は全て終わって、切島がぐぅっと背伸びをする。湊も進めていた自分のノートから視線を上げて、散らかっていた机上を少し片付ける。
「この前は爆豪に教えてもらったんだけどよ。何でわかんねぇんだ! ってめっちゃくちゃ怒られてさ。ンなこと言われても分かんねぇもんは分かんねぇんだから仕方ねぇだろって」
「ふふ」
 想像がつく。湊は爆豪に勉強を教えてもらったことはないし、逆もない。爆豪が湊に優しく接してくれているのは流石にわかっていたので、湊が教えを請うたとてそうはならないのだろうが。
 爆豪と切島がよい友人であることはもちろん知っているから、その切島から聞く爆豪の話は新鮮で楽しかった。
「ま、でも教えてもらったおかげで期末赤点なかったんだけどな。なんだかんだ言いながら教えてくれんだ」
「爆豪くん、優しいもんね」
 当然のように同意すると、切島は嬉しそうにニカッとわらった。こういう性格だから、爆豪と友人でいられるのだろう。
「お、標葉もわかるか? アイツは漢気あるすげぇヤツだと思う。もうちょっと人当たりよくねぇとヒーローとしてはマズいけど、一本気って感じでカッケェよな!」
「うん、爆豪くん、いつも勝ち気っていうか、勝つためにって思って行動できるのがすごいと思うの。謙遜したり、弱気になったりしない。それでいて、いつも正しいことを教えてくれるっていうのかな……正しいって思ったことに疑問を持たないから、いつも正解を示してくれて」
 そこまで語ってから切島を見れば、意外そうに目を瞬いていた。あぁやってしまった、と恥ずかしく思って、そっと視線を外す。
「ご、ごめんね。なんかあの……知ったように……」
「や、謝ることじゃねぇよ。なんつーか……そう、爆豪と標葉って正反対だと思ってたから、そう思ってるのが意外だったっつーか」
 そりゃそうである。だって湊と爆豪は付き合う前から、偶然でもあるがほどんど人前で接触してこなかった。性格だって所属するグループだって全く別で、関わりと言えば同じクラスであることと体育祭で直接対決したくらい。
「でもそうだよな。インターンのとき、緑谷に言ってたもんな」
 ロックロックの言葉に怒る湊に、緑谷が「かっちゃんにもマイナスの感情向けないのに」と言って、湊が「爆豪くんはあんな事言わない」と言い返してしまった一件のことだろう。あれは本当にそうだと思っていたしあの時は気持ちが高ぶっていたから言い返してしまったが、たしかに緑谷に対しては爆豪は言うだろう。そういう関係性だから。湊の見る爆豪は言わないし、緑谷の見る爆豪は言うのだ。
「標葉、人をよく見てるよな。爆豪のこと、口悪い性格悪いじゃなくて”優しい”っつーのって、相当珍しいと思う」
「……違うよ。私がよく見てるんじゃなくて、爆豪くんが優しくしてくれるんだよ、いつも」
 湊はたしかに人をよく観察するが、それは警戒心故だ。なにも、人をよく見て本質を理解したいと思っているわけじゃない。それでも爆豪の優しさがわかるのは、ひとえに爆豪が湊には特別優しくしてくれているから。爆豪の態度が対自分と対他の人で違うことはさすがの湊でも気がついていた。

「うーん、俺にはわかんねーけどさ、仮にそうだとしてそれってでも、標葉が優しくしたいって思わせてるんじゃねぇかな。爆豪が優しくしてるヤツほかに見たことねぇし」
 切島のあっけらかんとした言葉に、ぽかんと開口してしまった。全く無かった視点だったから。切島は、「あの梅雨ちゃんだって峰田にはいつもキツいこと言ったり行動したりするだろ。でもそれって峰田の言動が悪いからじゃん。そんな感じでさ、標葉の何かが、爆豪を優しくさせてんじゃねぇのかな」と続ける。湊は切島のこういうところに、敵わないなと思う。
「……そ、うなのかな……」
「おう! だから自信もてよ!」
 何に自信を持つのかよくわからなかったけれど、切島がそう言うからうなずいた。わからなくても何故か謎の自信が湧いた。湊がただ爆豪から受け取っているばかりじゃなくて、何かを返せているという自信かもしれない。もちろんそれは本人に聞かなければわからないけれど、正面から聞くわけにもいかないから。
「ありがとう、切島くん」
「いやいや、礼を言うのはこっちのほうだって! また勉強教えてくれねーかな。俺頑張んねぇと結構ヤバいから」
「もちろん。いつでも大丈夫だから言ってね」
 この数時間で、教えることにもすっかり抵抗がなくなった。切島のおかげだ。さっさと片付けて自習室をあとにする切島を見送って、湊も自身の勉強を再開した。



あとがき(読まなくてもいいです)

 スーパー前向きコミュ力おばけ切島(ただし察しは悪い)とハイパーマイナス思考コミュ障をぶつからせてみました。でもよく考えたらそれってファットガム事務所組なのでうまく行かないわけがなかったです。おばけありがとう。君のおかげです。大好きです。
 切島に引っ張られて謎に前向きになるし自信がもらえる、すごい。ずっといて。

 リクエストありがとうございました!


 追記
 @リクエストくださった方へ
大変申し訳ございません、切島視点ってあったのを書ききってアップしてから気が付きました。
なので、もう一本切島視点で別シチュ書きます。他の消化してからになるのでお時間いただきますが、お待ちいただければ幸いです。




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