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4 忘れたことなんて、あの頃から一度だって



「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
 本来の予定を変更するような言い方に少し引っ掛かりを覚える。
「ハーイ! なにするんですか!?」
「災害水難なんでもござれ、人命救助訓練だ!」
 瀬呂くんが元気よく左手を上げて問いかければ、相澤先生はRescue と書かれたプラカードを掲げた。
 コスチュームの着用は自由。コスチュームによっては、今回の主旨……人命救助活動に向いた物ではない場合もあるからだそうだ。
 訓練場は敷地内の少し離れた場所にあるため、準備をしたら集まってからバスに乗るとのことだった。

 早速と制服から着替えて、集合場所へ向かう。特に活動を制限されるわけでもなさそうなので、コスチュームを着用した。水難ではパーカーを脱ぐ必要があるだろうが、それは大抵の皆がそうであるはずだ。集合場所へと集まった皆を見回してみても、体操服を着ているのは緑谷だけだった。
 張り切った飯田の先導でバスに乗り込む。もたもたしていたら空いている席は数少なくなっていて、空いていた轟の隣へ近寄った。
「隣、いいかな」
「……あぁ」
 眠ろうとしていたのか、窓の外を見ていた轟は視線をちらりと向けて、興味なさげにすぐそらした。特に問題はないので、湊のほうも静かに席についた。

ブロロロ、と発射したバスの中。湊の座した車両後部はクラスでも比較的静かな人が集まったので特に会話はないが、前部では会話が盛り上がっていた。
「私、思ったことをなんでも言っちゃうの、緑谷ちゃん」
「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!!」
「梅雨ちゃんと呼んで」
 そうしてすぐに人と距離を詰められるのは、蛙吹のすごいところだなぁ、と思う。距離もない上誰かが話しているわけでもないので、蛙吹と緑谷の会話は車内の全員が聞いていた。
「あなたの個性、オールマイトに似てる」
 その言葉に、緑谷はわかりやすいほど大げさに反応した。
「そそそそそうかな!? いやでも僕はそのえー」
「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトはケガしねぇぞ。似て非なるアレだぜ」
 切島がそう言ったことに、まるで助け舟が来たとばかりにホッと胸をなでおろしている様に、湊は「彼は嘘がへたくそなんだなぁ」と思ってしまった。だって、もしその発言が虚言であったのならば、オールマイトファンである彼はきっと「そうなんだよ! 僕も小さい頃からそう思ってて……」というような、嬉しそうな反応になるような気がするのだ。尊敬している人物に似ていると言われて、嬉しくないはずはきっとない。
 似ている自覚があるのに、それが触れられてはまずいことであると思っている。事情はわからないけれど、彼はまるで身体とちぐはぐな個性を持っていて、最近まで周囲に無個性だと思われていたほどには個性を使用していなかった、もしくは本当に無個性だった。
 無個性を装うことに普通メリットはない。どんな個性だとしても、この社会で個性持ちは、無個性よりはマシな扱いを受けられる。でも、湊は知ってしまっていた。そうだとしても、自分の個性について話したくないと、偽ってしまいたいと思う気持ちがわかるのだ。
 緑谷はなにか重いものを抱えているのだろうと察せてしまって、同情心が湧いた。当然ながら、何に気づいてしまったとしても言いふらすことなんてしない、と心には決めている。正直もう少し、嘘がうまいほうが良いとは思うけれど。

「派手で強ぇっつったらやっぱ、轟と爆豪だな!」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
 包み隠さない蛙吹に、「思ったことは何でも言っちゃうの」という言葉が思い出されて、本当に全部口に出すのだな……と思ってしまった。「んだとコラ出すわ!!」とブチギレた爆豪の怒号にびくっと身体が震えてしまって、隣で静かにしていた轟が反応した。
「この付き合いの浅さで既に、クソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!」
 目の前の席で完全に身体を乗り出して怒鳴り散らしている爆豪は非常に騒々しくて、隣の轟は完全に目を覚ましていた。
「うるせぇ……」
 幸いにもそのつぶやきは爆豪の耳には入らなかったようだ。いい加減にしとけよ、という相澤の鶴の一声で、車内の馬鹿騒ぎはひとまず落ち着いた。

 たどり着いた演習場は、とてつもなく広い空間だった。
「すっげー! USJかよ!?」
 思わずテーマパークに例えてしまうほどの大きさ、スケールの場所だ。あらゆる事故・災害を想定したもので、名前を『ウソの災害や事故ルーム』なのだと、担当教員の13号が言った。
「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせるはずだが」
「先輩、それが……」
 内緒話を始めた先生二人をじっと見つめる。三本指を立てているそれがなんの意味を持つのか、湊にわかるはずもなかった。
「湊、この前より余裕そうだね」
「え? そうかな」
「うん。あんた、個性テストも戦闘訓練も、不安だーって感じでおどおどしてたからさ」
 自覚はなかったがそうだったようだ。八百万とともに近寄ってきた耳郎にそう聞かれて、理由について考える。
「救助訓練ならなんとか、ちょっとだけ予習もしたから、少し余裕があるのかも」
「予習とは、何を?」
「春休みの間に、救命救急士の勉強をしたの。あと応急手当講習受けたかな。何かの役に立つかと思って」
「えぇ、すご! めっちゃ先見据えてんじゃん!」
 救助系のヒーローなりたいの? と聞かれて、違うともそうだとも言い難い、そんな深いことまで考えていなかったことに気付かされて落ち込んだ。ただ、知らないことがあるのが不安だっただけ。とりあえず知識を頭に入れて、なにかした気になりたかっただけなのだ。
「そんなことないよ。私って理論先行型というか、知らないとうまく動けないっていうか……頭でっかちなんだ」
 ふるふる、と首を横に振る。困った顔をした二人が何かを言う前に、13号が話し出した。

「えー、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……。皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
 合いの手のようにそう言った緑谷と、隣でコクコク、とうなずく麗日に、13合は「えぇ」と頷きながらも表情を明るくすることはなかった。
「しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」
 びくり、と反応してしまって、周囲を見渡した。幸いにも、クラスメイトたちは皆その内容にか動揺して、湊が何を思っているのかなんて、興味はなさそうで、少し安心する。

「超人社会は、個性の使用を資格性にし厳しく規制することで、一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば、用意に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないで下さい。オールマイトの対人訓練で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では、心機一転! 人命のために個性をどう活用するか学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない、救けるためにあるのだと、心得て帰ってくださいな」

 晴れ晴れとした顔のクラスメイトたちの中で、湊はどうしても明るい気持ちにはなれなかった。忘れたことなんて、あの時から一度だってないのに。
 ご静聴ありがとうございました、と劇的にお辞儀をする13号に拍手を送るクラスメイトたち。視線を俯かせていれば、ほど近くにいた爆豪がこちらを見ていることに気がついた。自分の顔色が、表情が気になって、顔を逸して視線を外した。

 そんじゃあ、まずは……と相澤が言ったその刹那。ズズ、と小さな音が、広場の中央で起こった。
 見えていたわけではない。何が起きているか、理解できていたわけでもない。それなのにゾクッ、と背中が泡立ち、視界が揺れた。久しく感じていなかった感覚。これは、これは。"死"だ。
「一かたまりになって動くな!!」
 13号、生徒を守れ! 普段聞かない、相澤の切羽詰まった怒号に、生徒が皆違和感を感じている。先生も同じものを感じたのだと、身体が震えた。とっさに、両肘を抱えて身体を縮こまらせた。
「あれは敵だ!」
 ヴィラン。その姿に、声に、思考が散る。恐怖と想起。思わずふらり、と足元が萎えた。いつの間にか隣に立っていた爆豪がそれに気がついて、コスチュームの手袋に包まれた大きな手が湊の背を支える。
「おい、しっかりしろや」
「っ、うん、あり、がとう、……気をつけて、あれは、まずい……」
 尋常ではない様子でガタガタ震える湊に、爆豪が怪訝そうな顔をする。しかし彼もあの侵入者の異常性には気がついているのか「わかっとるわ」と短く返された。

 冷静なクラスメイトたちは、「用意周到に画策された奇襲だ」と評している。爆豪は何故か、湊の背に手を添えたままだ。そうしてくれる理由はわからないにせよ、気にかけてくれているという事実で少しずつ、冷静さを取り戻せた。
「13号避難開始! 学校に連絡試せ! センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴、おまえも個性で連絡試せ」
 端的に指示を出して、相澤先生は敵へ飛び出してゆく。その姿を見て、気がついてしまった。私たち生徒は足手まといで、守るべきものだ。先生はヒーローで、私たちはまだ一般市民なのだと。萎えた足に力が戻ってきて、真っ直ぐに立てるようになる。それに気がついてか、爆豪くんの手がすっと離れた。
 じっ、と爆豪くんの、意志の強い赤い瞳がこちらを向いている。それがどういう意味なのかわからないけれど、口が勝手に動いていた。
「最適解は、死なないこと、外に出て助けを呼ぶこと……」
 その言葉に、爆豪はなんの反応もせずに視線とともに身体をセントラル広場へと向けた。湊もそれに倣う。プロヒーロー・イレイザーヘッドが闘っていた。




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