What a wonderful world!


≫site top ≫text top ≫clap ≫Short stories

3 私にそれは無理だから




 翌日。
 まだ入学数日。いつも通りに登校すれば、なんと校門まえに、人集りができていた。
 何を隠そう、湊は人混みが嫌いだ。そして人見知りである。人集りの正体は、カメラやマイク等を持ったマスコミで、湊がもっとも関わりたくない部類の人たちだった。少し先で飯田くんが捕まっているのを哀れに思いながら、鞄から常備している不織布マスクを取り出す。

 普通科の、図体の大きな男の子の影に隠れるようにして、出来るだけそちらを見ないように歩く。湊にできることといえばただひたすら、こちらの存在に気付かないことを願うのみだったが、人生そううまくはいかなかった。
「あ、ヒーロー科! あなた、教師オールマイトについて教えてもらえますか!」
「ひとちがいです……!!」
 絶対に目を合わせない。捕まらない。そう決意をして、土間まで走る。なんとか、インタビューされずに乗り切った。安心と疲労から、はぁあ、と大きなため息が漏れた。まったく、週半ばの朝からこんな目に遭うなんて聞いてない。

「おはようございます、湊さん。人違いです、って、どんな言い訳ですの、それ……」
 フフフ、と、後ろから追いついてきた百ちゃんが笑っている。雄英は科によって制服が異なるので、たしかにおかしな言い訳だったが、振り切れたからなんでもよいのだ。
「ほんとう、もう、困っちゃうよ、こういうの……。私目立ちたくないのに」
「目立ちたくないのに、雄英を選ばれたんですか?」
 たしかに。その言葉に言い返すこともできなくて、黙ったまま二人並んで教室を目指す。会話は少なくとも、教室まで迷うことがないのは安心だった。


「さて、ホームルームの本題だ。急で悪いが今日は君らに、学級委員長を決めてもらう」
 どっ、と盛り上がったその様子に、驚きすぎて椅子ごと倒れそうになった。見渡す限り、全員の手が上がっている。え、うそ。というか、学級委員長ってそんなに重要だろうか。
 長と言うからには、その椅子は一つしかない。誰かがやりたいのなら別にそれを押しのけてまでやる理由はないと、手を上げず前を向いていたら、相澤先生と目があった。じとりとした視線に、何か悪いことをしたかと、背筋が冷える。

 気づいたら投票の多数決で決めることになっていた。一番困るのはくじ引きとかでランダムに自分が選ばれることだったので、それがなさそうで安心した。
 配られた紙に名前を書いて、投票する。結局、緑谷くんが委員長、百ちゃんが副委員長となった。
「百ちゃん、おめでとう。がんばってね」
「長でないのは悔しいですが、がんばりますわ」


 昼時。雄英高校には「ランチラッシュ」という有名プロヒーローが切り盛りする大きな食堂がある。全科の生徒が集まるため混みまくるが、わざわざ毎日買ってくるのも面倒でそこで済ますことにしていた。味と栄養バランスは担保されており、値段もかなり安く設定されていたからだ。湊は自由に使えるお金がかなり少ない方なので、安いというのは素晴らしいことだった。
「湊さん、それは少な過ぎではありませんか?」
「うーん、そうかな……大丈夫だよ、いつもこんな感じ」
 八百万と耳郎とで三人揃って、適当な位置に席を取る。湊は食べるものにこだわりもないので、日替わり定食の、半分量を頼むことにしている。特に好き嫌いはないこともあり、日替わりは考えなくても違うメニューが出て便利でいい。
「ヤオモモ結構食べるよね」
「えぇ、個性の関係上、食べていないといけませんので」
「それは大変そう……」
 湊だって、頭を使う個性の関係上多少糖分を多めに摂らなければならないが、目に見えてわかるような量ではない。食べないと個性が使えないというのは、湊にとっては辛い縛りだ。

 刹那、混雑した食堂内を切り裂くように、ウウー!! とけたたましい音が鳴り響いた。びくっ、と身体を震わせてしまって、食堂の机がガタン! と揺れた。全員動揺しているようで、特に気に留められることもなかったが。
「何ですか!?」
「警報!?」
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』
 入学直後で、避難訓練も行っていない。セキュリティ3が一体どんなレベルのものなのか、ピンとこない。
「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ! 三年間でこんなの初めてだ!」
 見知らぬ先輩がそう話す。周りの生徒たちがみな混乱して、ガタガタ音を立てながら動いている。八百万が当然のように「私たちも行きませんと!」と立ち上がったのを、湊は腕を掴んで止めた。
「待って、ふたりとも」
 バタバタ、と騒がしい物音が響く食堂内をぐるりと見渡す。訓練であればその旨連絡なりがあるだろうが初耳であったし、周りの皆もそうだろう。さすがに演技力が高すぎる。セキュリティレベル3が突破されたとというアナウンス通りであれば、火災などの報知ではなく、侵入者ということだ。しかし、これだけプロヒーローが揃い、生徒にもヒーロー候補生がいる雄英に侵入とは。俄に信じがたかった。
「ねぇ、響香ちゃん。どこかで爆発音とか、戦闘してるような音とかってする?」
 耳郎がはっとしたようにイヤホンを地面に刺して、目を瞑る。五秒ほどののちに、「いや、ヘンな音はしない」と言ってくれたのを聞いて、少し安堵する。
「それなら、どちらにせよ今は出られないし、少し様子を見よう。誤報……かもしれないし」
 食堂の出入り口は人がごった返していて、今突入したところで人混みに巻き込まれるだけだ。不安そうな二人を見つめて、にこりと笑ってみせた。
「私小さいからあそこへ行くと危ないし。それに、人が雪崩れて圧死しちゃったりとか、怖いから」

 人が居なくなって閑散とした食堂で三人、黙って座っていた。食事を継続する気にもなれない。三人の他にも数名の生徒が残っていたが、全員がそれぞれ周囲を気にしていた。
 結局、なぜか聞こえてきた飯田らしき大声で入口近くのパニックは収まり、校内放送で正式に、侵入者はマスコミであって、問題ないことが知らされたためにいつも通りの賑わいを取り戻しつつあった。
「ヒーローらしくなかったかな……こういう時、率先して非難誘導とかするのが、求められる素質だよね」
 食事を残すのは良くないということで、三人揃って急いで残りをかき込む。まだ三分の一しか食べられていなかったから、このままでは流石に空腹と栄養不足で午後の授業に支障を来す。
「いえ! バイスタンダーとしては完璧だったと思いますわ。私も見習いませんと」
「百ちゃんはそのままでいいんだよ。百ちゃんみたいにしっかりしてて、時と場合に合わせて前に立てて、周りを見れる人は必要だよ。参謀……司令塔? みたいな」
 私にそれは無理だから、と湊は笑って、あいまいに誤魔化す。
「何謙遜してんの、湊。すごかったよ、ウチなんか湊に言われるまで、個性使って確認するなんてことすら思い浮かばなかった」
「響香ちゃんにしかできないことだから。聞いてくれて助かったよ」
 本当に侵入者だったかもしれないし……とそこまで言ったところで、先程感じた違和感がまた形を成す。
「でも……なんか、変だよね。先輩すら慣れてないような状況になるほど、マスコミって力あるものかな。セキュリティを独力で突破できるのかな」
 うーん。そう悩んでも答えなど出るはずもなく。
 一悶着あった昼休みは終わりを迎えた。

 昼休み明け。委員長に選任された緑谷が、「委員長は、やっぱり飯田くんがいいと思います」と発言し、クラスがそれに同意をしたことで、クラス委員長は飯田、副委員長が八百万となる運びとなった。
 別に構わないと思っていたけれど、自分の投票が生かされたようで、少し嬉しかったのはここだけの秘密だ。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -