What a wonderful world!


≫site top ≫text top ≫clap ≫Short stories

1 よろしくお願いします




「はぁ……」
 大きな校門。こんなに大きくある必要はあるだろうかと思ってしまうほどに開かれた門戸は、しかしその実、かなり狭き門だ。
 国立雄英高等学校。国内最高峰の高等教育機関だ。偏差値は79とも言われ、卒業生にはさまざまな分野で活躍する第一人者も多い。
 真新しいローファーで地面を踏みしめる。今日から私、標葉湊はここの生徒なのだ。しかも、中でも花形と呼ばれる、ヒーロー科の。

 敷地に足を踏み入れる前から、ついつい感嘆のため息が出てしまって、ふるふると首を振った。始業は八時半だが、今は八時にもなっていない。まだ早いかもしれないが、しかし直接教室に向かうべきだろう。何があるかわからない。

「おはようございます……」
 無事にたどり着いた教室で、ガラリ、とこれまたどでかいドアを開く。ちなみに校内で迷ったため予鈴まであと十分しかない。間に合って何よりだった。教室内にはもう半分以上の生徒が揃っているが、もうすでに何人かで固まっているのが見えて、もう出遅れてしまったのかと不安になった。
 扉が開いたことにか、湊のほうへと視線が集まって、とっさに俯く。注目を浴びるのは得意ではなかった。足早に教室へ入り、黒板に書かれた席表を見れば、湊の席は入り口から一番遠い。出来るだけ早急に、席に着く。
「あの、標葉さん、ですか?」
「あっ、はい!」
 前の席に座っていた、聡明そうな女生徒が声をかけてくれる。びくっ、と大袈裟に反応してしまった。変なふうにおもわれなかったろうか、とまた顔色を伺ってしまう。
「私、八百万百と申します。これからよろしくお願いいたします」
 ニコ、と笑って告げられるその言葉はとても上品で、優等生だろうと察せられる。優しそう、仲良くなれそう、そう思う。
「標葉湊です。よろしくお願いします、八百万さん」
 ふにゃり、と口角が自然に上がる。ここにきて、初めて笑った気がする。うん、いい学校生活に、できるかもしれない。もしかしたら。なんの根拠もないけど。

 と、そんな期待はその数分後には打ち砕かれたわけだが。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは、ヒーロー科だぞ」
 寝袋に入った不審者、いや、男の人。担任の先生というその人はプロヒーローらしいが、見覚えはない。そして、こんな理不尽が入学早々訪れるだなんて予想すらしていなかった。
「個性把握テストぉ!?」
 入学式は!? ガイダンスは!? と矢継ぎ早に問いかけるクラスメイトたちに、相澤先生は厳しい言葉をかけている。湊はといえば、顔を青くすることしかできない。
「どうしよう……」
「大丈夫ですか? 顔色が……」
「あ、うん、ありがとう、八百万さん……」
 個性把握テストといいながら、目の前にあるそれを使って何をするか私たちは知っている。中学でも年次で行っていた、体力測定と同じものだ。
 先生曰く、自分の最大値を知る、そのためのテスト。私はもう大概知っているので、そんなものは必要ないです、そう言っても免除なんてしてもらえるわけもないのだから、素直に受けるのが吉だろう。
 薄い金髪の男の子が、「死ねぇ!」と言いながら球を投げた。手のひらを起点として爆撃が起きて、爆風と衝撃で球はぐんぐんスピードを増して視認できない距離まで飛んで行った。測定用機械に表示された数字は、705.2m。たしかに生身の人間の出す記録じゃない。

 クラスメイト達の感想は、なんだこれ、面白そう、だった。
 そうだろうか、面白いだろうか、と思っている私と、少し冷静に見ている八百万さん。最初に友達になったのが彼女でよかったと、心から思った。
「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
 相澤先生のそんな言葉に、クラス全員が静まり返る。
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「最下位除籍って……! 入学初日ですよ!? いや初日じゃなくても、理不尽すぎる!!」
 理不尽さに声が上がるも、先生がそれに耳を傾けるわけもなく。私は一人、冷や汗をかきながらきょろきょろ周りを見渡した。みんなも同じように真剣そうな面持ちになったり、逆に勝気な表情を浮かべていたりした。さっきハンドボール投げでとんでもない記録を出した、爆発くんだ。素直に、その胆力が羨ましく思う。
「ど、どうしよう……」
「どうされたんですか、標葉さん」
「私の個性、この形式じゃ全然発揮できなくて」
「そんなの、標葉さんだけではないはずです。だから、あんなの発破をかけるための冗談に決まっていますわ」
 そう言われてみれば、自分がピンチだと思ってそのことしか考えられなくなっていたけれど、不利そうな個性の人がたくさんいた。例えば、透明になる個性の子とか。そうなると、『ただ今回のテストで有利だった』だけの人が残るというのはあまりにも不条理だ。
「たしかに」
「ええ。だから、あくまでも全力でやれば問題ないと思いますわ」
 八百万さんにそう言われて、なんだか少し心が落ち着いた。すっと、隣に耳たぶが独特な女の子が並び立つ。
「えっと、八百万、と標葉だよね。うち、耳郎。今の話ありがたいよ、うちも個性そんなに有利じゃないから」
 よろしくね、そう言いあう。テストは一旦置いておくとして、滑り出しとしてはなんだか順調だ。もうふたりも知り合いになれたのだから。
 
 五十メートル走、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ。順調に進んでいくが、湊の個性が活かせそうな種目は全くない。かろうじてボール投げは一考したものの、個性使用時の限界値と自分で投げた場合、伸びしろがありそうなのは手で投げたほうだったので結局使用しなかった。
「標葉あんた、顔青いよ。大丈夫?」
「う、うん……私の個性だと本当になんにもできないなって」
 目の前で「∞」というとんでもない記録が出たのを見ながら、今後の種目に思いを馳せていた。希少個性であることは間違いない湊の個性だが、こういう形式では使用範囲がごく限られるのだと改めて気付かされた。もしかして先生は心を折るのが目的だったりするのだろうか。雄英に入学できただけで自惚れるなと、そういうメッセージだったりするのだろうか。
「ていうかさ、湊って呼んでいい?」
「え! うん、もちろん!」
「わ、私も! よろしいでしょうか? 湊さんとお呼びしても!」
「うん……響香ちゃん、百ちゃん」
 たったそれだけ。大したことのないきっかけから名前で呼び合うというたったそれだけなのに、まるでもうお友達になれたようで、嬉しくなる。中学時代には、名前で呼べる友人など一人もいなかったのだから。
 落ち込んでいた気分が上向きになったところで、次にボール投げを行う、ボリュームのある緑髪の男子が思い詰めた表情で円に向かって歩いているのが見えた。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「ったりめーだ、無個性のザコだぞ!」
 弾けるような怒号に、ビクリ、と体が反応してしまう。視線の先には、薄い金髪の男の子……最初にデモンストレーションとしてボール投げを行った彼がいた。確か、爆破の個性だ。手のひらで起爆させられる。個性の通り、性格も少々爆裂的になるのかもしれない、と思いながら、それよりも「無個性」という言葉が気になった。
「無個性!? 彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
 無個性がヒーロー科に入学できないというわけではない。しかし、入学試験には実技試験があったのだ。あのロボットを行動不能にするのは、無個性では相当の工夫をしないと難しいだろう。そして、今の口ぶりでは、緑髪の彼は何かを成したのだ。湊は試験会場が違ったので、知る由もないが。

 思い詰めた彼は個性をしてボール投げをしようとして……相澤先生、もといイレイザーヘッドに個性を消される。そして二度目に、指一本を犠牲にして七百メートル超えの記録を出した。
 ざわつき、大騒ぎになるクラスメイトたちを横目に、湊は一人思考していた。
 個性は身体機能の一つだ。そういう個性因子を持っていれば、指先を動かす感覚で念力が使えたりだとか、爆発を起こせたりする。指を動かすためには筋肉が必要であり、年を重ねるにつれて身体も、身体機能も成長していく。同様に、個性も大抵の場合、出現したての幼稚園児よりも高校生のほうがコントロール如何ではなく純粋に協力なのだ。
 なんだろうか、この違和感は。強すぎる個性を押し込んだせいで、指が耐えられず暴発したように見えたのだ。すなわち、強大すぎる個性に身体がついていってない。そんな乖離が起きるのはどういうことか。個性と身体を成熟させた後に、身体だけを若く巻き戻すような、そんな仮説しか立てられない。
「湊、湊? どうした、大丈夫?」
「ご、ごめん。ちょっと、考え事してた」
「次、持久走ですわよ。頑張りましょう、湊さん」
 うん、と少々おざなりに返事をして、痛みに顔を歪めている緑髪くんから視線を外す。
 個性を分析するのは湊の癖で、もう無意識化で行ってしまうものだ。ここ数年、いろんな人の個性を見て来たけれど、こんなふうに心がぞわりと波立つような感覚になったことはない。得体のしれないものは怖い。怖いから、視線とともに思考もそらした。
 とりあえずはこの個性テストを切り抜けることを考えなければならない。個性の利用が難しいと言ったって、全力でやらなければ見込みなしとされてしまう可能性がありそうだ。

 なんだかんだと個性把握テストは無事に終了した。最下位は除籍、なんて嘯いていた担任も、あっさりと「あれは嘘だ」と手のひらを返したので、本当の意味で無事に終了したといえた。
「よかった、ほんとうに……」
 体操服の胸元を握りしめて息をつく。
 結局、良い成績を取れたのは、長座体前屈くらいだ。中学時代に部活としてやっていた、体操のおかげである。あとは軒並み平均かそれ以下の成績で、今回除籍にならなくとも安心はできなかった。
「よかったね、湊」
「うん、ありがとう、響香ちゃん……」

 入学式もガイダンスも全部すっ飛ばして、入学初日は終わった。初めて出来た友達とまた明日と言い合って、歩いて家へと帰る。
 これから先、どんな学校生活が待っているのか。そう考えると、どきどき、と心臓が強く鳴った。
 



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -