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2 付き合ってもらおうっと




「訓練に付き合ってほしいって?」
 瀬呂が少々訝しげな声をあげているのを、湊は体育館の端で座って見学していた。今日は緑谷が、瀬呂・麗日・蛙吹の三人に頼んで、「浮遊」の個性の訓練をするというので湊はその端っこを間借りしていた。
「で」
「何を」
「すればいいの?」
 瀬呂、麗日、蛙吹の順番にそう言って首をかしげる。かわいい。頭が爆発してしまって戻らなくなった緑谷が「新しい力についてアドバイスをお願いしたいんだ」と言っているのを無視して、こちらに寄ってきた爆豪に、湊はスポーツドリンクを手渡す。
「進捗は」
「いまいち……」
「そうは見えねェが」
「パズルがしたいわけじゃないもん」
 湊の目の前には8割方完成したミルクパズルがある。これを、個性を使って組み立てては壊し、というのを繰り返している。細かい作品を作ることで瞬間移動の精度、タイムアタックによってインターバルの短縮、そして集中力を鍛える。座ってできるもののなかではかなり効率の良いトレーニング方法だと気がついたのは少し前だ。
「ちゃんと休憩しとんか」
「うん。27分集中して3分休憩、4回繰り返したら15分休憩。最近は全部これにしてるの。スッゴい音のタイマーだから気がつかないことは……たまにあるけど……」
「俺らが気づくわあんな音のタイマー」
 いろいろと考え事をしすぎた結果、空回りがひどすぎると苦言を呈されたのだ。相澤から。サポート科謹製の爆音かつアラーム機能もあるタイマーをネックストラップに通して、それに従って生活をしていた。ある程度の振動を検知しなくなると集中し始めたと見なされ、時間になるとアラームが鳴るのだが、通常の着信音ほどの音から次第に、飛行機の離着陸時のエンジン音と同等まで音量があがる。仮に湊が気がつかなくても周囲が気がつける仕組みだ。

「爆破がルールにない! 爆豪くんあーた相変わらずひどいねぇ!」
「あァ!? 実戦形式ってデクから言ってきたんだよ!」
 緑谷の頭髪に対してだろう、麗日から苦言を呈され、怒鳴りながら緑谷たちのほうへ戻っていく爆豪を見送って、またパズルに戻る。
 八百万に指摘された癖は爆豪も知っていたようで、事実らしい。自分では観測しようがないので確かめてはいない。瞬きと脳の働きには確かに関連性が示されており、論文も読んで、いくつかの仮説は立ててみた。実践するだけなのだけれど、それもまたちょっと難しくてうまく行っていない。だから、こうやってパズルを繰り返すことで脳のスペックアップを図って、基礎トレーニングをしているわけなのだけれど。

 集中、休憩の1サイクルをこなしたところで、「標葉少女」とオールマイトに声をかけられた。はっと振り返れば苦笑していたので、何回か呼ばせてしまったのかもしれない。
「はい、すみません」
「いいや、いいんだよ。順調そうだね」
「順調……では、ないです」
「そうなのかい?」
 パズルはもう完成して、一度壊して、また半分以上できた。そろそろどのパーツがどこに嵌まるのか覚えてきて、スピードが上がっている。でも爆豪に言った通り、湊が目指しているのはパズルマスターではないので、この進捗と訓練の進捗は必ずしも一致するわけではない。
「ずっとここでそうしているから、あっちに加わったりしなくていいのかなって」
「いいんです。今はとりあえず、脳の基礎トレーニングを集中的にしたくて」
「基礎トレーニング?」
「今は、脳の思考速度をコントロール……というか、今より加速するために素地を鍛えているというか。この間、敵と対峙した時に、すごく思考速度が上がった状態になったんです。それを今度は自分の意思でできるようになりたいなって」
「相変わらず分析能力が高いね、キミは。なるほどそれで」
 ふわふわ浮いた状態で、空中での動きかたのレクチャーをしているらしい4人を二人揃ってぼーっと見つめていれば、オールマイトは何が気になったのか、「君の個性のことだけれど」と話を戻した。
「思考速度が上がるっていうのは、どういう感覚なのかな」
「体感時間が短くなる……つまり、1秒が何倍にも引き伸ばされて、世界がスローモーションになるんです。ただ、物理的な身体の働きは変わらないので、自分の身体はうまく動かせないし、喋ることもできない……本当に世界がスローに見えるだけなんですけど」
 うまく動かせない部分は、慣れなのかもしれない。人間は常に、自発的に体を動かしている。物を手に取ろうとしたときには、脳から腕や手指に対して、内部で電気信号が送られている。あの状態の湊は、脳が指令を出す速度は個性によって倍増しているけれど、体内を走る電気信号の速度はいつもと変わらないから、うまく動かせないのだ。ということは、それに多少慣れてしまえば、ある程度は動けるということになる。もちろん、仮説だけれど。どちらかといえば、言語のほうがハードルが高そうだ。

「君は、『オクロック』というヒーローを知っているかい?」
「すみません、知らないです」
「そうか。オクロックの個性がとてもそれに似ているから、何か参考になるかもしれないなと思ってね。十年以上前に活躍していたヒーローなんだが……”オーバークロック”という個性を持っていて、思考スピードを加速させることで周囲の時間がスローになるようなものだったはずだ。相澤くんが詳しいかも」
「なるほど。ありがとうございます、類似個性を知ると自分の想像できない応用範囲を知ることができるので助かります」
「いや、私は知っていることを話したまでのことさ。あまり思い詰めすぎないように、君は限度を知らないからって、相澤先生も言っていたよ」
「もう、その件は……すっごく、怒られたので……」
 ことの発端は、考え込みすぎた湊が周囲のことに気を配れなくなり、学校をすっぽかしたことだった。夜に爆豪の部屋から帰って、一晩中机の前で微動だにせず、本を読んでいたのだ。いつも一緒に登校している耳郎や八百万が心配して当然ノックをしたのだけれど、それにも気がつかず。携帯の着信も気がつかず、無断欠席と知った相澤が合鍵を使って突入してきても本を読んでいた、らしい。頭を打たれてやっと気がついたのだ、そのときは。
 ちょっと思い詰めすぎたというか、頭を考え事でいっぱいにしすぎた結果なのだけれど、現状の課題が落ち着かないとうまく整理もできなくて、他にももっと軽度なものをなんどかやらかした結果、もともとなかった信頼が地に落ちた。一人で出歩かせるな指令が出て、タイマーを首から下げさせられ、訓練のための体育館も湊一人では現状借りられない。許可を下ろしてもらえない。ちなみに、次同じことが起きたらタイマーと携帯の振動に連動して、電流が流れるバンドが開発される予定らしい。サポート科の開発予定はすなわち、もうほとんど出来上がっているということだ。それはさすがに嫌だった。
「……とりあえず、ネットとかでしらべてみようかなと思います。ありがとうございます、オールマイト」
「いいや、いいのさ。それより、少し体を動かしてきたらどうかな? せっかく体操服を着ているんだし。彼らと空中鬼ごっことか」
「いいですね。付き合ってもらおうっと」





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