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1 しらなかった




「うーん」
 湊は放課後、夕食も済んだ談話室のソファに腰かけて、団らんを楽しんでいるクラスメイトたちを眺めながらぶつぶつ、と独り言を言っていた。今日はさっさと風呂も入ったので、あとは10時になったら爆豪の部屋へ行って寝るだけだ。それまでの時間をこうして過ごすことを決めていた。
「どしたの湊、大丈夫そう?」
「大丈夫……少なくとも心配をかけることはない、と思う……」
「ならいいけどさー」
 芦戸が寄ってきて、話しかけてくれる。気の抜けた表情をさらしたままで答えた。この状態は大丈夫ではないけれど、大丈夫ではないと言うと余計な心配をかけてしまう。そうしたいわけではなかった。
「何してんの?」
「行き詰まってる……から、みんなを見てたら何か、思いつくかもって」
「湊って結構寂しがりやだよね」
 さみしがりや、だと自分のことを思ったことはないけれど、最近は賑やかしさがほしくて一人でできることを談話室でしたりしていたから、そうなのかもしれない。誰かといると刺激があって、一人ではできないことができる気がする。

 湊と芦戸が話しているのに気がついた女子勢が近寄ってきて、ソファ一帯を占めて女子会のような様相になる。もっとも、それはそこまで珍しいことでもない。そしてこの女子会が始まると、なんとなく男子たちは寄ってこなくなる。近寄り難いらしい。
「んで、湊は何に悩んでんの?」
「個性の新しい使用方法……かなぁ」

 新しい? と首を傾げている耳郎に、うん、と肯定を返した。
 思考スピードが桁外れになり、相対的に時間がゆっくりに感じるようになる、言ってしまえばそれだけだ。それだけだからこそ、課題が山積みなのだけれど。
「でも珍しいねぇ。湊ちゃんいつも、何か悩むときは本読んだり、何か書いてたりするのに」
「もうそのフェーズは終わったの……」
 葉隠の言う通り、湊は考え事をする時にまず書籍やネット記事でインプットをして、書き物をしたり話しながらアウトプットし、自分の求める答えにたどり着こうとする。それはクラスメイトたちも見慣れた光景だったのでもうそこまで反応することはないけれど、こうやってただじっと虚空を見つめて考え事をしている時間を確保しているのは珍しい。でも今回に関しては、もうそれをするしかないくらいにはいろいろ行き詰まっていた。
「終わったって?」
「いろいろ考えてみたの。集中力を高めるにはどうしたらいいかなって。こういう、極度に集中した状態みたいなのを、ハイパーフォーカスっていうんだけどね、それを意図的に起こすことができるようになればいいと思うの。例えばポモドーロテクニックを取り入れてみて、より深い集中を脳に覚え込ませてみたり、そもそもホルモンで脳の状態をコントロールしようと思って食事を改善してみたり、血糖値コントロールしてみたり、果てには無意味に計算問題をいっぱい解いてみたりした」
「効果あったの?」
「なくは、ないのかもしれないけど……」
 望む結果は得られていない。そもそも今、あの状態を使いたい時に使えないので話にならないのだ。新技にするにしても、意図的な発動ができないものは当然使えない。ここだというタイミングではずしたら、それが命の危機にすら直結するのだから。

 耳郎たちははあ、と落ち込む湊を見て、苦笑していた。こういう時の湊に何をしてあげればいいのかはこの1年弱でわかるようになった。深く考えずに、思ったことを言ったり、雑談で気を紛れさせるのが良いのだ。こういう分野において、湊が考えて答えが出ないことは、大抵だれも答えを持っていない。
「でも、湊ちゃんの集中力はすでにかなりのものだと思うわ。これ以上があるものなのかしら」
「あれやない? 飯田くんのレシプロみたいな、誤った使用法的な」
「飯田のは終わったあとしばらくエンジン使えなくなるんだっけ。確かに誤った使い方かも」
「少しだけだとしても、個性が使えないのは不安だわ」
 あぁでもない、こうでもない、と麗日たちが話しているのを聞いて、八百万が言葉を選びつつも口を開いた。
「でも、少し以外でしたわ。私、湊さんの個性はそういう、ハイパーフォーカスの状態をすでに起こしているものかと思っていました」
「どういうこと?」
「湊さん、考え込む時と個性を連続で使う時、瞬きが増えるんです。癖のようなものでしょうか。タイミングが図れたから避けられるものでもありませんから、特に言わなかったのですけれど。それって脳の処理速度に比例しているのかと、勝手に思っていましたわ」
 全員がぽかん、と口を開いて八百万を見つめた。湊も含めて。そんな癖があるなんて全く気にしていなかった。
「な、なくて七癖……」
「全然気がついていなかったわ。さすがね、百ちゃん」
「いえ、私と湊さんは別チームになることが多いですから」
 二人とも、参謀として作戦立案役になることが多いので、同じチームに振り分けられることは少ないのだ。逆に言えばチーム戦のくじ引きなどで同じチームになると、「あそこは敵に回したくない」なんて言われることが多い。
「え、えっ、そうなんだ……しらなかった……」
「ウチも全然意識してなかったけど、そういう癖あんのかな……」
「あっても気にするほどのものではないですわ。もし戦闘で不利になるようなものでしたら、誰かから指摘が入っているでしょうし」
 癖というのはつまり、場合によっては予備動作になるものだ。例えば入学当初の戦闘訓練で、緑谷が爆豪の攻撃を予測したみたいに避けたのだって、癖の分析によるもの。弱点にだってなりうるものだから、気がつかれるほど目立つ、不利なものは自ずと是正されていくのだ。だてに戦闘訓練を繰り返していない。
「覚えとこーっと。最近湊、個性切ってボーッとしてるときと考え事して空を見つめてるとき両方あるからこれで見分けられるね」
「なんか恥ずかしいな……ん? でも、ということは私はもう無意識にハイパーフォーカスを引き起こせてる、ってこと……なのかな。確かに、そういえばお医者さんにも、個性発動時に”瞬間的に脳の使用率が並外れる”と言われていたから、それがハイパーフォーカス状態だってことか……でもそうしたらあの日のあれはいったい……? あれ以降起きてないのも謎……」
「あーあー、湊の思考がどっかいっちゃった」
 ぶつぶつ、と考え込み始めた湊に、女子たちは苦笑して雑談を始めた。いつものことだからだ。1年も共にいれば扱いも慣れっこだ。このあと22時までに戻ってこなかったら、無理矢理中断させて部屋に戻そうと判断していた。





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