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24 天職かもしれない




 新学期も始まったし、みんなが雄英に帰ってきたし、なんかしようぜ! パーッとさ! そう言い出したのは誰だったか、きっと上鳴や切島や芦戸あたりの明るいメンツであろうけれど、全員がそれに賛成して、段取りが決まっていった。
 やっぱ鍋パ、ということでまとまって、材料を揃えたり隣のB組に声をかけに行ったりと着々と進んでいく。その中で、鍋パーティなどほとんど経験のない湊と八百万は、「鍋とは何たるか」みたいな話をこそこそとしていた。
「食卓に熱源を用意して、鍋で調理しながら食べる温かい料理のことを指す……」
「何、鍋初めてなん? ていうか日本が始めての外国人なん?」
 在住16年です、と言っても瀬呂は大笑いしていて、取り合ってくれない。
「皆さんで一つの鍋から、取り分けて食べるということですの?」
「そうだよ、もしかしてヤオモモは一人鍋しか見たことない?」
「ええ、旅館などでは一人一つ、固形燃料を使ってその場で温める鍋が出ることはありますけれど」
「そんなオシャレなやつじゃなくて、ガスコンロにでっかい土鍋置いて、そこに野菜とか肉とか入れてグツグツしてんのを取り分けて食べんだよ」
 これが団結力を強めるってわけ、同じ釜の飯ならぬ、同じ鍋を突くってな、と瀬呂が言ったものだから、「すばらしいですわね……!」と八百万はキラキラ目を輝かせた。
「でも、鍋って調理器具の名前だよね……?」
「鍋っつーのは、懐が広いんだよ。大抵のものは包含できる。世の中にはいろんな鍋があるんだ」
 どんなものも鍋にぶち込めば鍋料理になる、と瀬呂が言ったから、湊と八百万はおお……! と歓声を上げた。なんだか瀬呂がとても物知りに見えたのだ。
「お前らも好きなもんリクエストしとくといいよ」
「考えておきますわね……!
「すきなもん……」
 そう言って準備に加わっていった瀬呂を見送って、買い出し組どーする? まずは何買うか決めないとね、とガヤガヤしている一団に湊と八百万も加わった。

 時は経ち、外はすっかり暗闇に包まれている。湊はクラスメイトたちに、「謹慎ボーイズ知らねぇ!? ちょっと探してきてくれよ頼む」と寮から追い出されていた。なにせ包丁を握らせてもらえないものだから、役に立てるところがあまりないのだ。
 職員室に寄ってグラウンドや体育館が借りられているか見たけれど、そうではなかった。ということは屋外でなにかしているか、校舎内にいるということだ。わざわざ屋外でするならグラウンドを借りるような気がして、なんとなく以前にオールマイトに呼び出された仮眠室へと向かう。ここにいる気がしたのだ。
 微かに話し声が漏れている部屋をこんこん、とノックすれば、少しして「ハーイ」とオールマイトの声がした。おそらくビンゴだろう。
「標葉です」
「おや、標葉少女。よくここがわかったね」
「なんとなく……緑谷くんと爆豪くんを探してて」
 秘密を知っているもの同士、あまり警戒はされていないのだろう、すんなりと室内に通してくれて、案の定そこには緑谷と爆豪がいた。
「どうしたの?」
「鍋パーティ、するって話してたでしょ? みんなが、二人のこと探してたから、探しにきたの」
 時間を忘れていたのだろう、「あ、ごめん! そうだったね!」と緑谷はすぐに立ち上がって、爆豪も不機嫌そうに倣った。オールマイト、ありがとうございました! また明日! と部屋を後にして、少し暗くなった校舎内を歩く。
「そういえば標葉さん」
「うん?」
 会話する気はありませんよ、という態度の爆豪は、緑谷と湊が隣にいる(ここに轟が含まれることもある)場合において珍しいことではない。二人きりなら緑谷を置いてさっさと先に行くが、湊の手前一緒に歩いてくれているのだろうということは理解していたから、特別湊から話を振ることはしない。なので、三人でいると緑谷と湊、二人の会話になることがそれなりにあった。
「僕、あー、えっと、その……空中に、浮けるようになりたくって……標葉さんって空中戦得意だから、何かコツとかあるのかなって」
 とても濁した言葉に、なるほどこれは次の課題を見据えているのだなと察した。つまり、ワンフォーオールの覚醒の一つに、浮く個性があるのだろう。
「得意……では、ないけど、そうだなぁ。私のは浮いてるんじゃなくて、落ちてるんだよね。高いところにテレポートして、その瞬間から落ちてる」
「おぉ……スカイダイビングみたいなこと?」
「うん、原理としては近いかな。だから、なんらかの力が働いているような……えっと、例えばお茶子ちゃんみたいな、空中で浮いてるのとはまた違うの。落ちてる間に考えてることって、いかに早く次の足場に辿り着くか、だから、あんまり参考にならないと思うよ」
 お茶子ちゃんとかのほうが参考になると思う、と湊が言えば、「なるほど確かに」と納得した様子だった。あと湊が助言できることとしたら、どの程度の距離であれば最悪個性無しで地面に突っ込んだとして無事でいられるかとか、空中で個性が使えなくなったときに、どういう行動を取れば被害が最小限で済むかというネガティブなものくらいだった。
「そう考えると、標葉さんって敵を無力化させるということだけ考えれば、空にテレポートさせて落とすのが一番楽だったりするのかな」
「うーん、当たりどころが悪いと死んじゃうから、それは気をつけなきゃいけないけど、たしかに有効ではあるかなぁ」
 単純に真上にテレポートさせれば、ビル15階から落としたくらいの高さは確保できる。流石に死ぬだろうからそこは考慮が必要だろうが。とはいえ、不本意フリーフォールをさせられれば大抵の人間の不意はつけるし、戦法の候補としてありかもしれない、と湊が真剣に考えていれば、考え込みすぎて寮への道を間違えたようで、ぐっと二の腕を引っ張られた。
「そっちじゃねェ」
「あ、ごめんなさい」
「考え事しながら歩くな、コケんぞ」
 しっかり軌道修正させられてまた歩き出す。緑谷が苦笑して、「この話は後でにしようか」と言った。

 *   *

「何してたんだ、遅ェよ謹慎ボーイズ!」
「早く手伝わねーと肉食うの禁止だからな!」
 寮に戻ると準備は終盤に差し掛かっていて、すでに卓には皿が並んでいた。緑谷は「ごめん、すぐやるね!」と走って飯田に「緑谷くん! 室内は走るべからず!」と叱られているし、爆豪は「肉を禁じたらダメに決まってんだろがイカれてんのか!!」と言って瀬呂と上鳴に「やべェ人じゃん」と引かれていた。
「嫌なら手伝えよー」
「私も手伝うね。何かあるかな」
「お前はそっちで飲み物やってろ」
 気合を入れて近づいたのだけれど、火と刃物には近づけもしないつもりなのか、爆豪にひょいっと抱えられて少し離れた小さなテーブル、2リットルのペットボトルが集められたスペースに促された。
「湊ちゃんには危ないでちゅからね」
「やけどしちゃうから向こうで遊んでまちょうね」
 瀬呂と上鳴におちょくられて、む、と頬を膨らませた。切島が「おいおいやめてやれよ」と苦笑している。
「わかった。二人の飲み物は水道水でいいんだね」
 ふい、と顔を背ければ、「はー!? ごめんって冗談じゃん! 俺コーラがいい!」「俺ウーロン茶」と希望を聞いて、仕方がないので頭の片隅に書き留める。ついでに、近くにいた切島、口田、爆豪、轟の希望も聞いた。
 
 紙コップに油性ペンで番号を書いて、それぞれに希望のドリンクを注いでいく。ずらっと21個のドリンクが並んで、「自分の出席番号のコップを取ってね」と皆に声をかけた。机にどんどん鍋が並んで、それぞれが位置につく。まだドリンクが渡りきっていない状態を見て、障子や尾白が「配ろうか」と声をかけてくれたけれど、湊は首を振った。
 まだ受け取られていないコップに触れて、それぞれの近くの机にテレポートさせる。「うぉっ」と驚いた声が方方から聞こえて、ふふん、と得意げな顔を二人に向けた。
「ドリンク係、天職かもしれない」
「とんでもない個性の無駄遣いだね……」
「正気になれ、明らかに天職ではないぞ」
 ほら、席につくぞ、と障子に促されて、障子と八百万の間に腰をおろした。

「では! インターン意見交換会 兼 始業一発気合入魂鍋パだぜ!! 会を始めよう!!!」

 委員長の号令で、カンパーイ、とコップを頭上に掲げて、パーティは始まった。様々な味を取り揃えた鍋を好きに小皿に取って食べるのが「鍋パ」の醍醐味なのだという。湊と八百万は結局選びきれなくて、耳郎が取り分けてくれた豆乳鍋を食べた。
「暖かくなったらもうウチら2年生だね」
「あっという間ね」
「怒涛だったぁ」
「後輩できちゃうね」
 自然と女子勢が固まって、そんな話になる。湊は手の中の小皿を見つめて、黙って話を聞いていた。

 怒涛だった。確かにそうだ。4月のころの自分からしたら、こんなふうにクラスの皆とわいわいパーティができることも、個性をちゃんと使いこなして授業についていけていることも、爆豪に助けてもらって、一緒にいてもらって、精神も身体も安定できていることも全部信じられなかっただろう。それだけの変化があった。
 暖かくなったら――その想像をするには、湊は知りすぎてしまっていた。あとどれだけ、こうやって平和に過ごせるのだろう。ホークスの言う通りなら、大きな戦いが、もうあと数ヶ月で訪れる。それまでに、湊も強くならなければ。戦力として数えられるように、ヒーローにちゃんとならなければ。そう思うと、まだまだだと、焦りの気持ちがとにかく湧いてくる。
 この時間を大切にしたい。それと同時に、こんなことをしている暇はないのかもしれないとも思う。どれだけ頑張ったってきっと十分だとは思えないけれど、後悔のないように、しなければ。

「湊さん? 湊さん!」
「え、あ、はいっ!」
「まーた宇宙行っちゃってたよ」
「ご飯中は考え事はだめよ、湊ちゃん」
 考え事に没頭すると周りが見えなくなる湊に、クラスメイトはもうとっくに慣れっこだ。気がついたら手にあったはずの小皿も箸も取り上げられて(そのままだと意識の外に行って取り落とすからだ)、机に置かれていた。
「大丈夫? 他に食べたいものある?」
「湊ちゃん全然食べとらんやん! もっと食べんと」
 次何食べたい? と聞いてもらって、取り分けてくれるのをありがたく受け取った。

 ちょっと思い詰めすぎたな、と考え直した。どんなに焦ったって、何も変わらない。今できることをしていくしかないのだ。一日たりとも無駄にせずに、頑張るときは頑張って、休むときは休む。今は、楽しむときだ。
「お鍋、おいしいね」
「湊、それ気に入った? おいしいよね火鍋!」
 テンションの高い芦戸に同意して、箸を進める。初めての鍋パーティー、できる限りたくさんの鍋を楽しもうと心に決めて。





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