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23 新しい技とか




 オラ手を出せ! 自分で押さえてろ! 動くなや! 他に痛えとこあんか! 喋んじゃねぇわ! と実質不可能な指示を受けつつも、適切な処置のおかげで口から溢れるほどの流血は止まってくれた。念のためガーゼでまだ押さえてろ、とのことだったのでガーゼを片手で押さえつつ、爆豪の視界に入る位置で立っていた。
「ありがとう、えっと……ヒーロー名……」
「ああ?」
「バクゴーだよね」
 助け出されて、落ち着いた夏雄が4人に近寄る。礼を言われた爆豪は、相変わらずの態度でムッとしていた。
「……違ぇ」
「え!? 決めたの!? 教えて!」
 服を燃やしてしまった轟はコスチュームに着替えていた。個性の扱いにある程度慣れた彼にしては珍しいなと思い(案外雑なところがあるので思い過ごしの可能性もある)、湊は、やはり肉親の危機には動揺してしまうものだよなぁ、と少し心を配っていた。それも、夜空に響いた緑谷の大声にかき消えてしまったけれど。
「言わねーよ! てめーにはぜってー教えねぇくたばれ!」
「俺はいいか?」
「だめだてめーもくたばれ! 先に教える奴いんだよ!」
 平然と、全く何も気にしていないふうに振る舞っている轟に、きっと湊の気遣いは的外れなものだったのだろうな、と察した。爆豪がちらり、とこちらを見たので、ニコリと笑い返しておく。
 断っておくけれど、会話の流れは耳に入っていた。気にならなかったわけではないけれど、聞き分けのいいふりをしているつもりもなかった。先に教えるやついんだよ、という言葉通り、きっと湊は聞かない方がいいのだろう。今はどちらにせよ喋れないのだし、教えたいと思った時に教えてくれればいい。ただ黙って、会話の行く末を見守った。

*   *

「ンでェ? 真っ青な顔しやがって、今度はどんな無茶しやがった」
「えっと……」
 エンデヴァーの用意した車にもどって、席につくや否や爆豪からの追求があった。前の席の二人も、興味深そうに聞き耳を立てている。ある意味で当然だろう、湊が急に舌を噛んで血を吐いたのはかなりショッキングだったうえに、その後も気分悪そうに青くなっていたら気になるだろうから。
 なんなら助手席に座るエンデヴァーにすら聞かれているだろうなと思いつつ、あの時の出来事を思い返す。
「自分でもよくわからないんだけど……三人にサポートアイテムを渡したあと、考えなきゃ、早く動かなきゃ、判断しなきゃって思ったら、なんか……全部がスローモーションに見えてね、身体がうまく動かなくなって、喋れなくて、何でなんで、と思ったら戻ったんだけど、舌をおもいっきり噛んじゃって、しかも頭も痛くて、びっくりしてるところ」
 まだ舌に違和感があって舌足らずな上に、相変わらず下手くそな説明になったが、三人はもはやそれにも慣れっこと言わんばかりに特に突っ込むことはなかった。反応は三者三様で、緑谷はぶつぶつと何かを考えているし、轟は眉を顰めて、爆豪はちっ、と舌打ちをしていた。
「スローモーション……一種のゾーンみたいなものなのかな。武道の達人とかが、極限まで集中すると時間が何倍にも引き伸ばされて感じるっていう」
「でも、身体が動かなくて喋れないって、まずいんじゃねぇか? 今はもうなんともねぇのか?」
 轟の言葉には大丈夫と返して、緑谷にはまだわからない、と返した。現象としては似ていそうだけれど、とても言い表しにくい感覚だったのだ。自分の思考だけが焦って、身体ごと世界を置き去りにしてしまったみたいだった。
「頭が痛ぇのは、個性の反動と似てんのか」
「似てるっていうか、うん、個性の反動な気がする。さっきは、反動出るほどは使ってないんだけど……」
「つまり脳への過負荷だ。あの短時間でそんだけ負荷がかかるっつーのは、何かしら個性をブッパした状態だってこったろ」
 さすが、爆豪のそれはとても的確な考察だと思う。一日中ホークスについて回れるほどに成長したはずの湊の脳を、一瞬で限界近くまで酷使する何かが、あの瞬間にあったのだ。
「うん……わからないけど、もう少し特徴を捉えて考えて、みる。これがもし、なにか……任意で引き起こせるもので、うまく応用できたら、新しい技とかできたりするかもしれないし」
「ポルテの新技! すっごいな、楽しみだ……!」
「動きがウゼェわクソデク!!」
 ぶんぶん、と手を振った緑谷に、ものすごいスピード感で鋭いツッコミが刺さった。
「お前にすら過負荷って、別の奴なら頭爆発すんじゃねぇか」
「とにかく今日はおとなしく風呂入って歯ァ磨いて、あったかくして寝ろや」
 なんだかどっと疲れてしまったので、その言葉にはおとなしくこくりと頷いた。轟がまた「幼稚園児みてぇなこと心配されてるな、お前」といらないことを言ったので、ムッとして言い返した。

 
*   *


「明けましておめでとう、諸君!」
 教壇に立った飯田が声を張る。冬休みはまたたく間に過ぎ去って、新学期が始まった。といっても、ずっとインターンに行っていたので休んだという感覚とはまた違った。きっとヒーローを志すのならこの先もずっとこうなのだろう。
 短い間だけれどとてもお世話になったエンデヴァーには、最終日に個人的に礼を言った。なにか困ったら頼るといい、焦凍の友達なのだろう、と言ってくれたその人は、やっぱり優しい人なのだと思う。ヒーローを志す時点で、なんとなくわかってはいたけれど。

「今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題等を共有する。さぁ皆、スーツを纏いグラウンドαへ!」
 教壇に立った飯田がそう言って、皆が思い思いにコスチュームケースを手に立ち上がる。そのタイミングで、ガラッ! と教室の扉が開かれて、「いつまで喋ってーー」と相澤がやってきた。
「先生ー、あけおめー!!」
 「本日の概要伝達済みです!」と相澤に言った飯田は、どうやらインターン先で良い学びをしたらしい。今までも真面目で、人の前に立つのに相応しい人材だったが、スキルが磨かれた感じがした。

 更衣室で着慣れたコスチュームに袖を通す。インナーを着てスカートを履いて、としていたところで、「お茶子ちゃんコスチューム変えたねえ!」と葉隠が話しかけている。
「コレ重!!」
「ワイヤー入っとる。私の個性なら、重さハンデにならんから」
 湊とは真逆である。湊は身に纏う全てのものを軽量化するようにしていて、それは個性の制限によるものだ。そういう、直接的に戦闘に関わる部分以外の使い方も考慮できるのはさすがだなぁ、と思ってもたもたとパーカーを着ていれば、「あーー!!」とお茶子が大声を出したものだから、びくっ! と大袈裟に反応してしまった。
 芦戸が弄ったからか、何かがコスチュームの部品から落ちた。大声のせいも相まって、更衣室にいた7人全員の視線がそれに集まる。デフォルメされたオールマイトのキーホルダー。「ねつけ」とひらがなで書いてあるのがゆるくてかわいらしいそれは、緑谷がクリスマス会のときにプレゼント交換に出していたものだった。
「やはり!!」
「違うの芦戸ちゃん!」
 恋バナの気配に目の色を変えた芦戸に、お茶子はしきりに違うの、と繰り返す。

「これはしまっとくの」

 その表情が、とにかく美しくて。そしてどこか、儚くて。湊は彼女に、どんな言葉もかけることができなかった。




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