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21 したいようにしたらいい




 食後、皿を台所へと下げる。エンデヴァーがゴム手袋をして皿を洗っていて、なんだか台所がとても小さく見えた。緑谷と爆豪、男の子二人が重いものを持ってくれて、湊は箸だけを持つといういてもいなくても大差ない存在になっていた。他所様のお宅で少々不安なので、爆豪から離れたくなくてついて歩いたけれど。
「ていうかかっちゃんも標葉さんも、轟くんのおうちのこと知ってたんだ」
「は? 俺らのいるところでてめーらが話してたんだよ」
「聞いてたの!?」
「あはは、私は道に迷って、偶然ね」
 こころなしか小声で、そう話す。戻ってきた居間の襖越しに、「正直……自分でもわからない」と轟のかすかな声が漏れ聞こえる。緑谷と顔を見合わせていれば、爆豪が耐えかねるといった様子で震え、「つーかよォ…………!」と絞り出したような声で言った後に、パァン! と壊れていないか心配になる勢いで襖を開けた。
「客招くならセンシティブなとこ見せんなや!! まだ洗いもんあんだろが!」
「ああ! いけない、ごめんなさい、つい……!」
 やってしまった、という表情の冬美に、緑谷が「僕達、轟くんから事情は伺ってます……!」とフォローを入れるも、爆豪が「俺ァ聞こえただけだがな!」と歯をむき出しにして言った。
「晩飯とか言われたら感じ良いのかと思うわフツー! 四川麻婆が台無しだっつの!」
「とっても美味しかったです、冬美さん」
 そーいうことじゃねンだよ! とガシャガシャと音を立てつつも割れないよう丁寧に後片付けをしている爆豪に同調したつもりだったのだけれど、何かずれていたらしい。おらこれ持ってけ、とまた軽い卓上調味料を渡されて、もっと持てるよ、と思ったが言うのはやめておいた。
「ごめんなさい、聞こえてしまいました……」
 緑谷が、机に残ったお皿を持ち上げようとして、止まる。
「轟くんはきっと、許せるように準備をしてるんじゃないかな」
「え」
「本当に大嫌いなら、「許せない」でいいと思う。でも君はとても優しい人だから、待ってる……ように見える。そういう時間なんじゃないかな」
 そういう緑谷こそが、一番やさしいひとなのかもしれない。でも、轟が優しい人だというのは、否定のしようもないから。
 隣にいる爆豪が、「ゲ」という反応をして襖の外を見たので湊もそちらを見れば、夏雄がすっかり帰り支度をしてそこに立っていた。
「夏……」
「……姉ちゃん、おれ先に戻るわ、ごちそうさま。焦凍、学校頑張ってな」
 そう言って立ち去った夏雄に続いて、爆豪と緑谷と湊も居間を出て台所へ食器を下げた。そこにはもうエンデヴァーはいなくて、大半の食器は洗い終わって伏せられている。
「洗っても良いと思う?」
「大丈夫よ、そのまま置いておいて。それより、お茶淹れるから居間で少し待っててね」
 追いかけてきた冬美さんがそう言うからお言葉に甘えて、居間へと戻る。居間では轟が待っていて、湊の顔を見て少し気まずそうに目をそらすものだから、首をかしげた。
「悪ィ、標葉。いや、緑谷と爆豪もだけどよ、ウチのことなのに」
「それは全然……え、どうして私に」
 元いた場所に腰をおろす。爆豪はだんまりとして部屋の隅を睨んでいたけれど、緑谷は理由がわかっているみたいに苦笑いをしていた。
「お前、ついこの間その……あったばっかだし。家族とか、そういうの」
「あぁ、そんなの気にしないで」
「気にすんだろ普通」
 各人の反応を見ると、ずれているのは湊の反応の方なのだろう。きっと、みんな形は違えど湊が逆立ちしたって手に入れられない「家族」というものを持っているから、気を使っているのだ。でも、それも全部全部、ないものねだりで、そんなことを言い出したら誰も何も言えなくなってしまう。
「私は本当に、大丈夫だから。なんていうか……轟くんがしたいようにしたらいい、と思う。一番つらいのも、悩んでるのも、当事者である轟くんでしょ。もしもお友達に相談したいって思ってくれているなら、嬉しいし、力になりたいよ」
 実際、湊がなにか力になれるなんておこがましいことは考えていない。一番の門外漢だからだ。それでも、轟は湊の友達だから。なにかできるならしてあげたい。

 ありがとな、と轟が言ったところで、冬美がお茶を持って居間に戻ってきた。
 まだ湯気の立ち上る湯呑を受け取って、冬美が残りの席に腰をおろした。続きとばかりに、轟家の今は亡き長男の話になる。
「お兄さんが……」
「それは話してないんだ」
「率先して話すもんじゃねェだろ」
 慣れない正座で居住まいを正して、ぽんぽんと会話する姉弟を交互に見る。
「夏は燈矢兄ととても仲良しでね……よく一緒に遊んでた。お母さんが入院してまもなくの頃だった……お母さん、更に具合悪くなっちゃって、焦凍にも会わせられなくて……でも、乗り越えたの。焦凍も面会に来てくれて……家が前向きになってきて……、夏だけが、振り上げた拳を下ろせないでいる。お父さんが殺したって、思ってる」
「だからあんな面してたんか」
 腑に落ちたように爆豪が言う。確かに、夏雄は少々身内にむけるには激しい感情の籠もった顔をしていた。
 ずず、とお茶をすする音が静かな部屋に響く。家族のカタチというのは実に様々で、こうあるべきだとかこうでなければだなんてことは、ないのかもしれないと湊はよく知らないながらに思った。
 スス、となめらかな音とともに、障子が開く。立っていたエンデヴァーが、「そろそろ学校に送る時間だ」と告げた。




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