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20 わがままなんて




 かぽん、と鹿威しが鳴っていそうな、日本庭園。それを有する大きなお屋敷に湊たちインターン生はやってきていた。

「何でだ!!!」
「姉さんが飯食べにこいって」

 とても一個人の家とは思えないほど立派な邸宅。ここはエンデヴァーの、つまりは轟の実家である。八百万の家の時も同じことを思ったが、あちらは洋風でこちらは和。しかも、八百万は高級住宅街にあったのでそこまで浮いているとは思わなかったのだが、こちらはわりと閑静な住宅街にどかんと大きな屋敷があるものだからそれなりに驚いた。さすがエンデヴァーである。

「何でだ!!」
「友達を紹介してほしいって」
「今からでも言ってこい、やっぱ友達じゃなかったってよ!!」
「かっちゃん……!」
 ギャイギャイと騒ぐ3人に、エンデヴァーが微妙な顔を浮かべている。湊はきょろきょろと、和風の庭を見つめた。庭師みたいなものがいるのだろうか。さすがに個人が管理できる範囲ではなさそうだ。
 インターン後、エンデヴァーの誘いで(正確には姉の冬美の誘いで)轟家にお邪魔する運びとなった。湊からしたら、数少ない友達の家へ遊びに行く機会だ。そわそわしてしまって、元気そうな3人から一歩離れてついていった。
「ポルテ、あれでいいのか……」
「?」
 エンデヴァーの言うことがわからなくて首を傾げると、いや、いい、と歯切れ悪く首を振られた。なんだったのだろう。


「忙しい中お越し下さってありがとうございます。初めまして、焦凍がお世話になっております。姉の冬美です!」
 玄関でエプロンをしたまま出迎えてくれたのは、轟の姉の冬美さんだった。いつもニコニコしていて人当たりの良彼女とは、実は湊は顔見知りである。
「冬美さん、お久しぶりです」
「湊ちゃん! 久しぶり、ゆっくりしていってね」
「なンっでお前は友達ヅラなんだァア……!?」
「こ、こわいよ……病院で何度かお会いしたことがあるの」
 その一言で察して、チッ!と大きな音で舌打ちだけして黙る。どちらの病院事情もなかなか地獄なので触れない方が吉だと判断したのだろう。
 玄関で靴を揃えて室内へ。室内も外観通りの広さだ。
「突然ごめんねぇ、今日は私のわがまま聞いてもらっちゃって」
「嬉しいです!友達の家に呼ばれるなんてレアですから!」
「わがままなんて、そんな」
「何でだ……」
 まだぶつぶつと言っている爆豪と並んで、家に入る。どうやら、湊がまだ会ったことのない「夏兄」さんも来ているようで、少し緊張が走った。大学生なのだという。
 通された居間にはすでにその夏兄さんがいて、自己紹介をしてもらった。夏雄さん、轟よりもガタイの良いスポーツマンといった姿のひとだった。湊も自己紹介をして、冬美さんの手伝いのために緑谷とともにキッチンの方へと向かう。
「冬美さん」
「あの、僕たち何か手伝えることありますか?」
「えぇ! いいのよ、座ってて座ってて!」
「これ、持ってくだけなら持っていきます」
 出来立てで湯気の上がっている麻婆豆腐を手にして湊が言うと、冬美はそれ以上は遠慮せず、じゃあお願いしていい? と任せてくれたのでそれを持ち上げる。なかなか重量級で、いくら6人いるとはいえこんなに食べ切れるのだろうか、男の子ばかりだから大丈夫か、と思いつつも開いたままの扉をくぐって居間へ足を踏み入れた。
「あ、悪ィ」
「ありがとう、あついよ」
「おぉ……お前これよく普通に持てたな」
 轟が受け取って机に置いてくれる。火傷しなかったか、と聞かれたけれど、さすがにそこまで柔ではない。
「よゆうだよ」
 また馬鹿にされているのかと思ってむっとして返せば、どうやらそうではなかったらしく「そうか?」と言いながら右手で器を触って、あちっ、としている。日常生活で感じることは少ないけれど、どうやら轟は個性柄、皮膚に左右差があるらしい。
「あ? 火傷したんか」
「してないよ、大丈夫だよ」
「見せろ」
 轟の隣、爆豪との間に座るよう促されて、おとなしく座る。手のひらを見せれば、少し赤くなっていたが傷というほどのものじゃない。
「冷やすか? 氷出すか?」
「いらないよ」
「チッ。大人しく座ってろや」
 爆豪の目から見ても傷というほどのものではなかったのだろう、特に処置はしないが座っていろ、と監視付きで言われてしまった。おおよその料理はすでに並んでいるので、もう大丈夫だろうか。そう思っていれば、唐揚げらしきお皿を持ってきた緑谷が「もう大丈夫だって」と言ったので、安心して腰を落ち着けた。
「なんか標葉さん、聞いてたより小柄だね」
「えっ」
「そうか?」
 夏雄さんがそう言うから、湊はつい「そんなことないです」と謎の抵抗をしてしまった。轟が湊のことをどう言っていたかは知る由もないのに。
「ていうか焦凍が、頭良くて凄い友達って言ってたから。俺が勝手にこう、強そうなのイメージしてたのかも」
「見た目はめちゃくちゃ弱そうなんだ」
「失礼だよ」
 当然のように言い切った轟につい突っ込んでしまったけれど、家でそうやって話をしているのだと思うとなんだかむず痒かった。

「食べられないものあったら無理しないでね」
 配膳が終わって、机の上にこれでもかと料理が並んだ。圧倒された湊をそばに、各々でいただきますをして、箸をつける。湊も近くのサラダを少し、取皿にとる。
「どれもめちゃくちゃ美味しいです! この竜田揚げ、味がしっかり染み込んでるのに衣はザクザクで、仕込みの丁寧さに舌が歓喜の……」
「飯まで分析すんな! てめーの喋りで麻婆の味が落ちる!」
 ギャイ、と怒鳴った爆豪のお皿には麻婆豆腐が取り分けられている。爆豪が言うということは美味しいのだろうと少し離れた大皿へ手を伸ばしたら、横から伸びてきた手にお皿を攫われた。取り分けてくれるとのことだったので、ありがとう、と言って座り直す。斜め前に座るエンデヴァーの視線が刺さったが、意味が汲み取れずニコリと笑って返した。
 
「そらそうだよ。お手伝いさんが腰やっちゃって引退してから、ずっと姉ちゃんがつくってたんだから」
「夏もつくってたじゃん、かわりばんこで」
「え!? じゃあ俺も食べてた!?」
 家族団らんの話を片耳でききながら、取り分けてもらった麻婆豆腐を食べる。確かにおいしくて、舌にぴりりと走るスパイスの辛さがアクセントになっている。
「あーどうだろ、俺のは味濃かったから……エンデヴァーが止めてたかもな」
 ぱくり、ともう一口。やっぱり誰かが誰かのためにつくってくれる料理は、なんだか愛情の味がする気がする、と隣の爆豪を見ると、何か神妙な顔をして、レンゲを咥えたまま固まっていた。
「焦凍は学校でどんなの食べてるの?」
「学食で……」
「気づきもしなかった。今度……ムッ……」
 ん? と、会話の噛み合わなさに違和感を覚えて、咥えた箸をそのままに今度は緑谷に目を向ければ、目を見開いて冷や汗をかいている。あれ、やっぱりなんか少し、ぎくしゃくしてるよね……と口の中の麻婆をもぐもぐした。
「ごちそうさま。席には着いたよ、もういいだろ」
「夏!」
 ごめん姉ちゃん、やっぱムリだ……そう言って、夏雄は部屋を後にしてしまう。切ない顔をした冬美が、はぁ、と一つため息をついたあとで、「ごめんね、みんなはたくさん食べて」と繕った笑いで言った。





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