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18 どんな勘違い




 翌朝、目は少し腫れていたし声は鼻声だったけれど、インターンには影響がないと言い切れるほどにはメンタルが回復していた。
 夜中に押しかける形になってしまった爆豪に数えきれないほど謝罪と礼を言ったが、彼はそんなこと気にもしてないように「本当にもう問題ねぇんか」「病院行かんでいいんか」と心配し通しだった。取り乱してはしまったけれど、本当にただ悪夢を見ただけなのだ。それに、慰めてもらったことでもう回復できた。だから大丈夫だと言ったところで、心配そうな視線はずっと注がれている。
「お」
「? おはよう」
「おはよう。……どうした?」
「と、轟くん……!」
 緑谷が焦った声色で轟を呼んで、腕をひっつかんで連行していった。しばらくして戻ってきたかと思えば、「なんかあったら相談しろよ」と言い残して去っていく。何……? と首をかしげてしまったが、そういえば目が腫れていたのだった。もうすっかり大丈夫なので大丈夫だと伝えたいが、それもさせてもらえずにインターン活動が始まる。ちなみに活動中はゴーグルをしているので、エンデヴァーたちには気づかれなかった。

 
 と、それだけで済めばまだ、よかったのだけれど。夢に見るほどの悪い予感というのは、結構当たるもので。
 さらに翌日のインターンは、午前はサイドキックたちとの行動だった。ショートとバクゴーは不服そうだったが、湊はすっかり慣れっこだったので課題を意識しつつパトロールなどに励み、午後。顔を合わせたエンデヴァーは何か、深刻そうに湊を呼んだ。
「ポルテ。こちらへ来い」
「……? はい」
 首をかしげて、三人の視線を受けながらエンデヴァーの執務室へと招かれた。ホークスに関することだろうか、とあたりを付けつつ、どうしましたか? と聞くと、エンデヴァーは切り出しにくそうに口を開いた。
「先日の護衛任務のことは覚えているな」
 当然だ。まだ数日しか経っていない。こくり、と頷きながら、脳裏にはあの男、時数氏のことが浮かんだ。なぜか、初めて会った気がしなかったあの人。才華もそうだ。どうしてかと言われると、明言はできないけれど。
「それで、……驚かずに聞け。先方の弁護士より、君と話がしたいという連絡が来た」
「べんご、し……?」
 言っている意味がわからなくて、聞き返す。弁護士とは。湊はあの場で特筆すべきことは何もしていない(厳密に言えば、才華のことは助けたけれど)ので、弁護士を立てて何か訴訟に発展するような火種はなかったはずだ。それが、何故。そう思ってエンデヴァーを見返すが、彼も首を横に振る。
「俺にも皆目見当がつかんが、先方は本人に会って伝えると聞かなくてな。やはりお前にも心当たりはないか。断るようなら、こちらからも弁護士をつけて対応するが」
「……いえ、そうすると大ごとになりますよね。心当たりはもちろんないですが、一度会って話してみます。一時的にお世話になっているだけのエンデヴァーさんに、これ以上迷惑をかけるのは心苦しいですし」
 エンデヴァーは複雑そうな顔をして、わかった、と頷いてくれた。向こうからのインターン中に起きたことには違いないので、インターンの定時中のどこかで弁護士とのアポの調整をしてくれるとのことだ。きっとこういうことも慣れているのだろう、インターン生がというのは初めてだろうが。

 と、それで話が落ち着きかけたところ、急に扉が開いて二人揃ってそちらを見つめた。轟が「入るぞ」と堂々と足を進める隣で、緑谷がおどおどと、爆豪が不機嫌そうに続いている。
「なんだ焦凍」
「友だちのために弁解に来た」
 エンデヴァーと湊、二人揃って首を傾げた。何の話か全く読めなかったからだ。「何のだ」とエンデヴァーが聞けば、轟は「この件の」と当然のように言う。
「……一昨日の件だろ」
「え、ど、どうしてわかったの……?」
 爆豪がそう言ったのに、驚きでとっさに肯定してしまってから、ぱっと口を抑えるも、出てしまった言葉は戻ってこない。でもどうして、この弁護士どうのの騒ぎは湊も今初耳なのに、と首をかしげていれば、今度は緑谷がおずおずと気まずそうに、「あのね……」と話し出す。
「僕、あの、見ちゃって……」
「えっ、いつ……?」
「い、いつ? 3時過ぎくらいかな……」
 3時過ぎ、セミナーは16時からだったから、始まる前か。用意された服に着替えたかどうかというタイミングだろう。あの時湊は直接時数氏と接してはいないが、才華に対してのことだろうか。でも、その時間は才華にも会っていないような……。ぐるぐる、と思考の渦にハマってしまった湊を、緑谷が「標葉さん……?」と目の前で手を振って引き戻した。
「私、何かしてたっけ……? 着替えはしたけど……」
「き、きが、えっ!? え、えっ!?」
「??」
 緑谷が真っ赤になって取り乱し始めて、本格的にハテナが浮かんだ。隣の轟も、首を傾けている。いや、なんで轟くんもわかってないの。そう言いたかったが、エンデヴァーもハテナを浮かべているし、もうツッコミが追いつかない状態だった。爆豪だけが嫌に深刻そうな顔をしていた。
「会いに来たろ、俺ンとこ」
「は?」
「えっ……」
 全く記憶がなくて、固まる。エンデヴァーが何か信じられないものを見る目で湊と爆豪を見ているが、気にかけている余裕もなかった。そんな、インターンの役務時間中に私情で咎められるようなことはしないのだけれど、爆豪が言うのならそうなのだろうか。ぽかんと口が開いて三人の顔を変わるがわる見た。ものすごくシリアスだ。首を傾げていた轟も、眉間にシワを寄せている。湊には覚えがないが、それほどに問題のある行動をしてしまっていたのだろう。
「記憶ねぇのか? それはもう、別の意味でも問題だろ」
「いや、朝は覚えてた。あれが無意識の行動とは思えねェ……」
「で、でも、すっごく取り乱してたし、あんまり刺激しないほうが良いのかも」
「それでエンデヴァーに咎められてンなら放置できねェだろが」

「ま、待って待って待って。ごめんなさい、話が見えなくなってきた」
 単語単語で話がわからなくなって、エンデヴァーに咎められているあたりで何か大きな勘違いが起きているのを察した。「私が何をエンデヴァーさんに咎められてるって……?」と聞き返せば、爆豪は後ろめたそうに小声でぼそりとつぶやく。
「俺の部屋来たの、バレて怒られとんだろ」
「えっ」
「ハァ!?」
 驚いていたのは湊だけで、全員がまるで知っているみたいな反応だったから余計に困惑した。轟が「うるせぇ」とエンデヴァーを咎めている。
「あの、ちょうど僕起きちゃってて、そしたら外から音がしたから、何かあったのかと思って……僕の部屋、かっちゃんの向かいなんだ! それで、覗き穴から標葉さんがその、廊下に座っているのが見えて、外出ようかと思ったらかっちゃんが出てきて」
「盗み聞きしてやがったと」
「ぬす……! ウン、そうとも言うかもしれないけど……! あの、ごめんね、聞くつもりはなかったんだ……。それで、僕が気づいたってことは誰か他の人も気がついてたのかもって……」
 聞くにつれて耳が赤くなるのがわかる。あの日の湊は本当におかしなくらい取り乱していて、それを爆豪以外の同級生に見られていたことがただただ恥ずかしい。
「み、みてたの……」
「ごごごごごめん、本当に、あの、見るつもりは少しもなくて……!!」
「俺は寝てたから見てねぇ」
「なんのアピールなの」
 湊が両手で顔を覆ってうつむいていれば、爆豪が呆れ顔で「クソデクの記憶はあとで消しゃいいとして」と物騒なことを言ったので、「どうやって……!!」と緑谷が突っ込んだ。消せるものなら消したいが、爆豪の言う手段はきっと「物理的衝撃」とかなので諦めるしかないだろう。
「精神的に不安定なのは誰にだってあるし、別にやましいことがあったわけじゃねぇんだ。こいつのこと責めんのはやめてやってくれ。つーか招き入れた爆豪も同罪じゃねぇか? せめてふたりとも責めろよ」
「お前が言うとムカつくな……!? クッソが」
「貴様ら……まさか……」
 ガルガル、と轟を威嚇する爆豪に、信じられないものを見る目を向けるエンデヴァー。大焦りで顔を赤くしている緑谷。とんでもない勘違いが起きていて、インターン先かつ友だちの親に思いがけない形で自身の交際関係かつみっともない姿が暴露した湊は、本格的に頭を抱えた。

「どんな勘違いが起きているの、この短時間で……!」





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