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16 なりたいものとか




 セミナー内容は、経済の話だ。大学生から社会人までたくさんの人が参加していて、広いと思っていた講堂がそれなりに人で埋まった。
 開始時間のギリギリになって、才華とともに会場入りする。投影されたスライドの見やすい、それなりに前の席の真ん中に二人並んで陣取って、隣の席には鞄を置いた。流石に見知らぬ人が隣にくると警戒してしまうからだ。カモフラージュに渡された筆記用具を机に広げて、まじめに聴講しているふうを装う。さすがに思考をもっていかれるわけにはいかないが、話自体はとても興味深いものだった。

 ちり、と首筋に嫌な視線を感じて、咄嗟に才華の頭を下げた。「きゃっ!」と悲鳴が上がるが、それも物音にかき消される。ドォン、と大きな音を立てて、舞台上の机が破壊されたのだ。
 湊は犯人を視認するよりも先に、才華の腕を掴んでその場を離脱した。ジジ、とノイズを拾うインカムに向かって、取り急ぎの報告を口早にする。
「エンデヴァー。こちらポルテ、才華さんは無事です。このまま離脱、避難します」
「あぁ! そうしろ!」
 交戦しているのだろう、荒い声で返事があってから、適当な場所へとテレポートを行う。開始前に見繕っていた、会場建物の屋根近くの立ち入り禁止スペース。誰かがきてもわかりやすいのが良い。
 恐怖に固まった才華をその場に座らせて、ひとまず落ち着く。怯えきって震える肩に手を当てて、ゆっくりとさすった。
「もう大丈夫ですよ」
「っ……! す、すごい……本当に、テレポートって一瞬なのね」
「ふふ、はい。ホークスより速いかもしれないですね」
 冗談のつもりのそれに、まぁ、それはすごいわ、と彼女は笑ってくれた。緊張が次第にほぐれた様子の才華の背中から手を離して、インカムの音声を聞く。どうやら犯人はさっさと確保されたようで、時数氏も無事なようだ。「お父様も無事です。まずは、会場へ戻りましょうか」と言えば、才華はワンピースをぱっぱと払って立ち上がる。
「ありがとうございます、ポルテさん」
「いいえ。テレポートします。動くと危ないので目を瞑っていてくださいね」
 別に危なくはないのだけれど、演算が複雑になるので動かないで欲しい、というのが説明してもきっと伝わらないだろうと思ってそう告げて、従順に目を閉じた才華の手に、手袋越しに触れた。舞台上にテレポートすれば、ショートが氷で犯人を確保していて、バクゴーがそのそばで警戒している。犯人は思い切り目を回していて、もう危険はなさそうだった。
「エンデヴァー。才華さんはこちらに」
「あぁ、よくやったポルテ。もう少し彼女と共にいてやれ。時数氏はこれから聴取がある」
「わかりました」
 あまり人と話すのは得意ではないのだけれど、そうも言っていられない職業なのは重々わかっていた。不安そうな才華の手を握ったままで、その辺にあったパイプ椅子に案内する。父親が狙われ、自分も巻き込まれかけたのだ、不安にちがいないことは湊にも理解できる。
 何か話すべきだろうか、と迷っていれば、彼女は案外と図太い性格なのか、もうきょろきょろと会場を見渡していた。
「あの氷はショートさんですね。体育祭で見ましたわ! ものすごい規模の爆発が起きて……あれはトーナメント二回戦でしたわね」
「すごい、しっかり見て下さったんですね」
「当然ですわ! 八百万先輩がきっかけですけれど、一つしか歳の変わらない方々があんなふうに、個性を使いこなせているのはすごいことですもの」
 今年はレベルの高い争いだったらしい。そう言われていることは湊も知っていたので、黙って話を聞く。よく覚えているなぁ、という言葉は、彼女の個性の話を思い出して紡がなかった。瞬間記憶、つまり頭脳系個性なのだから、そんな言葉は言われ慣れているだろうと思ったから。
「……ポルテさんは、体育祭ではご自身のテレポートができなかったのですか?」
「え、……」
 そう言われて、なんだか体育祭がもう、遠い昔のように感じられていることに気がついた。まだたった8ヶ月前なのに。
 確かに、あの頃はまだ、自分のテレポートができなくて苦しんでいたなぁ、と思い出す。あの時は、自分のテレポートさえできれば何か大きく変わると、壁が壊れると思っていたけれど、ただ目の前のそれに気を取られていただけで、その先にたくさんたくさんハードルがあった。それに気づけたこと自体、成長しているってことなのかもしれない、と懐かしい気持ちになった。
「はい。あの時は、まだ。でも、今はできるようになりました」
「……どうやって、いえ、どうやったら個性をうまく使いこなせるようになるのでしょう」
 落ち込んだ才華の声に、きょとんとしてしまう。何と言うべきか迷って黙っていれば、才華は「すみませんこんな」と続ける。
「才華さんは、個性を使いこなしたいんですか?」
 どうせ今は待機しているだけだ。話し相手になったって良いだろう、と湊は才華の隣に屈んで、見上げる形になる。迷いを孕んだその顔が、まるで迷子みたいで、膝に置かれた手をもう一度握った。
「はい。お父様は、「超計算」……コンピュータのように正確に計算ができる、という個性を持っていて、頭もとても良いのです。ご先祖からの個性のようですけれど、お父様はその中でも上手く使いこなしていて、それで会社をここまで大きくなさった。お母様は「シャッターアイ」、瞬間記憶ができて、それだけではなくて記憶力も良いの。まるで頭の中にアルバムを持っているみたいに、何年も前の出来事を、昨日の出来事のように話される。昔は雑誌の編集者として活躍されていたんですって。私はお母様の個性を受け継いでいるけれど、記憶しておけるのはせいぜい100シーンくらい。これじゃあ、学業ですら大したことはできません」
 ぽつぽつ、と話されるそれを、湊は頷きながら聞いた。悩み相談に乗ってあげられるような大した人間ではないのだけれど、目の前で項垂れている彼女を放ってはおけなかった。
「……才華さんは、何になりたいですか?」
「え?」
「私は、ヒーローになりたい、んです。ううん……ただのヒーローじゃなくって、ナンバーワンヒーローに並び立てるようなヒーローに。だから、そのためには乗り越えなきゃいけないことや、できないといけないことがあって、自身のテレポートをしたいって、しなきゃいけないと思って、頑張ったんです」
 才華は黙って湊の話を聞いていた。言葉にするのは苦手だけれど、彼女の何かになるなら。他人とは思えない彼女に、湊はどこか少し、親近感を覚えていたのかもしれない。
「個性を使いこなすって、一言で言ってもたくさんあって。例えば、お母様みたいにたくさん記憶を溜め込めるように、というのもそうかもしれません。でもそれだけじゃなくて、たとえば覚えたいと思ったことじゃなくても、無意識下でもその瞬間を記憶できるようにとかーーあと、忘れるっていうのも大事なことです。自分で記憶の取捨選択ができるようになったりとか、そういうのもきっと個性を使いこなすって言葉には含まれてる。曖昧に、使いこなしたい、って思ってもたぶん叶えるのは難しいです。だから、具体的に、まずはなりたいものとか、そのために必要な方向性とか。そういうのを考えた方が、上手くいくと、思います」
 アドバイスをできるような立場ではないのだけれど、個性について悩んだ時間はきっと湊のほうが長いだろうから、当たり障りのないことだけれど何かを伝えたかった。
 黙っていた才華のほうをちらりと見ると、なにか、きらきらと目を輝かせて、「素晴らしいですわ!」と興奮した様子で湊の手を取った。
「さすがです! ポルテさんに相談してよかった……誰か、他の人に相談してもね、お父様はすごい方だから、背負う必要はないよですとか、その……なんでしょう、慰められてしまうことが多くて。ポルテさんが真面目に、私のために意見をくださって、私、うん、頑張りますわ!」
 きゃっきゃ、と興奮した様子の彼女に、ほっと胸をなでおろした。何か力になれたのがとても嬉しくて。年相応に感情表現をして、懐いてくれる彼女がかわいらしくて、もし妹がいたらこんなふうなのかなぁ、なんて戯けたことを考えてしまった。


「また会ってくださいますか?」
「うん。すぐには……忙しいから、難しいかもしれないけど、きっと」
 私のほうが年下なのですから、敬語はやめてください、とねだられてしまえば断ることもできず。帰り道の車の中でも隣にぴったりと寄り添って話しかけてくれるのがかわいらしくないわけもなく、また会う約束と共に連絡先を交換した。
「才華さんと仲良くなったんだね」
「うん、才華ちゃん、とってもいい子」
 事務所への道中、早速届いたスタンプに返事をしていればそう緑谷に話しかけられて肯定した。スタンプは知らないキャラクターで、少し、今時の女子中学生のノリにはついていけないところがあるかもしれないと一抹の不安はあれど、こうやって懐いてくれる子がいるのは嬉しいことに違いなかった。





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