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15 同じ瞳の色




「おはようございます」
「おはようポルテ! 早いね」
 翌朝、定時より早く待機部屋へと顔を出せば、バーニンにそう声をかけられた。もう一度「おはようございます」と繰り返して、手袋を装着する。一夜明けて、昨日の焦燥にも似たなにかは落ち着いた。何か、湊に出来ることがあるのは間違いない。期限もあるから悠長にはしていられない。それでも、焦って良いことはきっとないと思えた。寝る前に爆豪に会えたことも大きいだろう。自分でも無意識に出た、「強くなりたい」というそれこそがきっと、目指すべき場所だとも思ったから。

「貴様らは、午前は昨日の続きだ」
 全員が揃ったなかで、エンデヴァーから指示をうける。昨日の続き、つまり各々の課題を意識しつつ、パトロールをするエンデヴァーについて回るということだろう。4人揃って頷く。それぞれに課題があるので、そうして食らいつくことが最も有用だと知っていた。
「それで、午後だが……俺は護衛依頼がある」

 護衛依頼というのは、社会的な要人から依頼される、身辺警護の依頼のことだ。例えば政界の要人や、何か予告をされた大企業のトップなんかが依頼してくる。話には聞いていたが、初めてのことに興味が沸いた。
「俺は、って何だよ」
 不満げに轟がそう言う。どうやら、言い回しから察するに、インターン生4人を連れて行くべきか迷っているようだ。
「ハァ? 連れてけや」
「ちょっとかっちゃん」
「そういう言葉遣いでは連れて行けんのがわからんのか。今日の相手は大企業の代表取締役だ」
 エンデヴァーの言った企業名は、高校生といえど耳にしたことがある一流企業だった。確かに、失礼があってはいけないのはわかる。
 しかしNo. 1の仕事ぶりを目に焼き付けたいのは本当で、それでも連れて行ってほしい、と全員で口々に言ったので、爆豪は下手に口を開かないことを条件に同行させてもらえる運びとなった。


 護衛依頼は、単純なものだった。とあるセミナーに登壇して話をする予定があるが、最近しつこい殺害予告に疲弊しており、元々依頼していた民間警備会社では心許ないと、エンデヴァー事務所に依頼が入ったのだという。
 今回は警察経由ではなく、個人経由で話が来たとのことだ。個人経由の方が金額が高くなるので、経済的余裕のある人間しか依頼できない。ナンバーワンヒーローに護衛してもらえるのだから当然かもしれないが。
 依頼人の会社へ向かう道中で、サイドキックのバーニンが色々と教えてくれる。なかなか学校では教わらない部分の話なので、興味深く聞けた。
「今日の護衛対象は時数計一。CCLホールディングスの代表取締役会長だ。年齢は53」
「なんでこの人は殺害予告なんて受けてんだ」
「大企業の重役なんて地位のある人間は多かれ少なかれ恨みを買っている。心当たりもいくつかあるそうだ」
 大変な世界だ。命を狙われるなんて恐ろしいことが、珍しくないらしい。今回はしつこい上に真実味があるためにここまで大事になっているそうだ。
「今日は、その男と、その娘がセミナーに出席する。といっても、娘は学校の課題のために聴講するだけらしいが、道中一緒になる。娘の名前は才華、歳は15。掘須磨大付属中学の三年生」
「掘須磨……百ちゃんと同じ中学校だ」
「そうなのか」
 聞いたことのある名前に記憶を漁れば、八百万がそう言っていたのに思い当たった。
「あのボンボンしかいねぇ学校な」
「ちょっとかっちゃん」
 言い方はアレだが、近隣ではお嬢様・御坊ちゃまの通う学校として有名なようだった。現に八百万も実家がかなり太い。今回の護衛対象も大企業の重役の娘なのだから、そういうことだろう。
「もう一度言うが、くれぐれも失礼のないようにしろ。今回の相手は市民でもあるが、それ以前に取引先だ」
「ヒーローはサービス業じゃねェだろが」
「バクゴー、今からでもまだ、留守番させてもいいんだぞ」
 きっ、と睨んで、エンデヴァーは言う。
「確かにヒーローはサービス業ではない。だが、無駄に反感を買ったり、対立をすることは何においても利益にはならない。世渡りというものを覚えろ、学生」
 エンデヴァーの言うことは最もだった。爆豪にもそれはわかって、黙る。湊は緊張に、ごくりと唾をのんだ。

 護衛対象は家で待っていた。車が何台も停まったカーポートに、一体何人暮らしかと思うお屋敷を前に、ぽかんと口が開く。八百万の家よりも大きいかもしれない。
「僕緊張してきた……」
「私も」
「なんでだ。普通にしてりゃなんもないだろ」
「ケッ」
 玄関先で、依頼人を待つ。家が広すぎて、玄関から車までもそれなりに距離があるのだ。依頼内容は家からセミナー会場への護衛、終了後無事に家へ送り届けることなので、家を出た瞬間から気が抜けない。
 出て来た男性は、スリーピースのスーツを着こなした聡明そうな出立ちだった。歳のわりに豊かに思える真っ黒の髪を撫で付けて、水色の透き通るような瞳を持っている。その色合いがなんだか、すごく見覚えがあって、ざわりと胃の中が混ざるような不思議な感覚がして仕方なかった。

「本日はよろしくお願いします。インターン生も同席させますが、お気になさらず」
 同行する車内で、エンデヴァーがそう言うと、同乗していた才華がうれしそうに「ねぇねぇ」と声をあげた。
「雄英の方々でしょう? 八百万先輩と同級の! 体育祭で見ましたわ!」
「あ、あ、あ、ありがとう、ございます!」
 上がりまくったデクがそう言う。ショートと湊がぺこり、と会釈をすると、才華ははずんだ声で「ねぇ、お名前は?」と続けたので、自己紹介が始まる。もちろん、ヒーローネームでだ。
「ポルテです」
 湊も自己紹介をして、失礼がないようにゴーグルとマスクは下ろす。ぺこりと腰を折って戻した刹那、時数氏と視線が絡まって、外せなくなった。湊と同じ色の、瞳から。
「あら、ポルテさんはお父様と瞳の色が同じなのね」
「……そう、ですね」
「うちは、上のお兄様がお父様と同じ瞳の色をしているの。個性もお兄様はお父様の「超計算」を受け継いでいるのよ。私と下のお兄様は、お母様の個性なのですけれどね」
 才華はヒーローが好きなのか、自分と同じくらいの歳の人間が多いのが嬉しいのか、饒舌にそう話した。お母様は「シャッターアイ」、瞬間的に視界を記憶することができてね、と続けた。
 湊はなんだか居心地が悪くて、ゴーグルとマスクを直した。時数氏はとても無口で、何も言わない。
「八百万と知り合いなんですか?」
「いいえ、まさか。でも、憧れですの。八百万先輩はとっても有名なお方ですから、我が校で知らない人はいませんわ。うちから雄英のヒーロー科に行くなんて、滅多におりませんもの」
 在学中もずっと学年一位で、運動もできて、生徒会長をされていて、と八百万の自慢話が続いて、湊はほっと胸を撫で下ろした。この時ばかりは、話を逸らしたショートに感謝した。

 セミナー会場は、とある大きな総合大学の講堂だった。千人規模の会場に、エンデヴァーはてきぱきと人員を配置していく。
「ポルテ」
「はい」
「お前は、才華さんの隣でセミナーを受けていろ」
 インターン生も当然のように持ち場を与えられ、湊も例外ではない。才華も会場にいるので、殺害予告がされていないとはいえ誰かをつける必要があるのだろう。
「わかりました」
「あくまでも友人のように振る舞え。犯人が才華さんを時数氏の娘と認識しているかが定かじゃない以上、コスチューム姿ではかえって目立つ。服を用意させたから、これに着替えろ」
 差し出されたのは紺色の上品なワンピースで、才華のものと似通っていた。湊はさっさとコスチュームを脱いで、それに着替える。太もものホルスターはそのまま、靴も変えてしまって、手袋だけはポケットへ。最悪何かあってもこれで対応できる。
 セミナー開始時間になるまで待つべく、控室として与えられた部屋へ戻ると、当然コスチュームのまま待機していた3人の目線が刺さる。
「お、どうしたお前」
「わたしは才華さんの護衛担当だから、参加者のほうの席に座るの」
 素っ頓狂なことを言う轟にそう言い返すと、じろじろと不躾に全身を見られる。
「服似てっから、カツラでも被って替え玉すんのかと思った。顔似てるし」
「たしかに。雰囲気は違うけど、ちょっと似てるかも」
 何の他意もないその言葉に、何と返せば良いかわからなくなる。「そうかな」とそっけなく返して、話を終わらせた。なんとなく、掘り下げられたくなかった。





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