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14 意味があるはず





「どうしよう……」

 山盛りの茶碗の乗ったトレイを前に、湊は軽く途方に暮れた。
 エンデヴァー事務所は宿泊施設とともに、食堂も備えられている。これから一週間弱、寝食を世話になるのだけれど、さすがプロヒーローだらけの場所と言うべきか、全てのメニューの量がとんでもなく多かった。しかもエンデヴァーにパワー不足を指摘されてしまったせいか、食堂まで案内してくれたバーニンに「減らしたらダメでしょ! 残してもいいから限界まで食べな!」とあっけらかんと言われてしまったために、湊のトレーには一人前(プロヒーロー基準)の食事があった。
「あはは、食べれるだけ食べればいいと思うよ」
「ちょうどいいじゃねぇか。食べてウエイト増やせ」
「いつも結構食べてるんだってば……」
 寮での食事だって、湊にとっては頑張っている量を食べているのだ。それが平均より少ないだけで。残すのが行儀悪いこともわかるし、でも胃袋は膨らまないし。これから一週間これが続くと思うと少し憂鬱だ。
「……残しゃいいだろ。食いすぎてコンディション崩したら元も子もねェ」
「うん……」

 隣に座った爆豪がそう言って、それしかないか、と箸を取る。インターン組でひとまとめにされて、四人席で食事をしていた。ちなみに湊の正面は緑谷だ。
「エンデヴァー、さすがだね。今日一日だけでも、すごくタメになることばっかりだったよ」
「……そうだな。No. 1だもんな」
「ホークスのところもたくさん学べたけど、やっぱり色が違って面白いね。ホークスはなんていうか……ライオンの子育てみたいだから」
「ライオンの子育て」
「鳥なのにか」
 だんまりの爆豪は置いておいて、3人で振り返りもかねた雑談がはずむ。
「鳥は関係ないけど……なんだろう、一旦突き放して、這い上がってくるとやっとスタートラインに立てる感じ。言葉でのアドバイスはほとんどないし……最初は、この人なんで私のことインターンに呼んだんだろうって思ってたよ」
 常闇ともそれは話していて、意見が合致していた。この人はガツガツいかないと何も得られないぞ、という点で。それはそれで、もちろん学べることがあるから良いのだけれど。
 そもそも、少し失礼かもしれないが、アドバイスが上手くないのだと思う。天才肌にとっては「できること」が当たり前なように、ホークスにとっても「今していること」が当たり前で、それを言葉に落とし込んで誰かに伝えたりすることがないのだろう。湊はクラスメイトに勉強を教える過程で重々実感していたけれど、自分が理解することと人に教えることには、天と地ほどの差があるものなのだ。
「大変そう……福岡からホークスについてきたんだっけ」
「名古屋までは新幹線だったけどね。『俺これから名古屋なんで、お二人はインターン頑張って』みたいなこと言うから、半ば無理やりついてきちゃった」
「お前そんな積極性あんだな」
「ないとやっていけないんだよ」
 この積極性はホークスのもとに来たからこそ手に入れたものの一つだと思う。素直に感謝するのが悔しいけれど。
「エンデヴァーは、アドバイスをするのがすごく上手ですごいね。たぶん、感覚的に思える物事も自分の中で言語化できていて意識しているんだと思うけど……これだけたくさんのサイドキックを抱えているのも頷けるというか」
「すごく上手ですごいて、アホみてぇな感想だな」
 黙っていた爆豪が口を開いたかと思えばそうからかうように言われてしまって、何か言おうかと顔を上げれば3人ともトレイが空なことに気がついた。何も急かさずにいてくれているが、湊はまだ半分近く残っている。「ごめん、急ぐね」と言えば「大丈夫だよ!」と緑谷が笑った。


 結局全部は食べられず、気持ち悪くなる前に食べるのをやめた。終盤はほとんど緑谷と轟が話しているのを聞いていたが、学校にいてもこの四人で食事をすることはまずないからなんだか楽しかった。「この一週間で全部食えるようになれよ」と轟が言うものだから、そんなに急速に胃袋は膨らまないことを教えなければならないかもしれないけれど。
 当てがわれた部屋はしっかりと鍵のかかる個室で、ベッドと簡易的な机の置かれた、ビジネスホテルのようなものだった。個別にユニットバス式のシャワールームまであって驚いたが、バーニン曰く「女性ヒーローが少ないから、女性は優先的にシャワールーム付きが使える」とのことで、多くの男性陣の部屋にはないらしい。特別扱いのようで恐縮だったが、男性陣も当然ながら共用バス・トイレがあるので特に不便はしていないらしい。
 壁も分厚くて、鍵をかけるとここが日本一忙しい事務所だとは思えないほどだ。当然部屋には内線があって緊急時には呼び出されるようだけれど、湊たちインターン生がそうなることはまずないと言っても過言ではない。湊は机に座って、ホークスに手渡された『異能開放戦線』をパラパラと捲った。

 何かがおかしいのは、間違いない。断言できる。本の内容が前回と変わるはずもなく、変わったのはおそらくホークスの手でマーキングされたインクだけだ。
 ホークスの言葉を思い出す。自己責任で完結する社会、俺たちも暇になるでしょ、時代はNo.2、マーカー部分だけでも、"2番目"のオススメ……つらつらと思い出して、いやにNo.2を強調するな、と違和感を抱いた。
 その前に緑谷がNo.2の、と発言していたはずだから、それを茶化すというか、ふざけて学生にそう言うのは理解できる。でも彼はエンデヴァーにもなにか、念を押すように繰り返していた。
 ふと、本の頭から、マーカー部分の2番目の文字をなぞる。よくある手法で、折句やアクロスティックと呼ばれるものだ。場合によっては縦読みとも言う。湊はそこまで得意じゃないけれど、クイズや謎解きなんかに用いられることもあるので知識として知っていた。すると、まさか思った通りに、意味の通る文章になってしまった。

『敵は解放軍 連合が乗っ取り 数十万以上』

 ドクドク、と鼓動がはやくなる。偶然にしては出来すぎている。恣意的なものだろう。ホークスがまさか、イタズラや冗談でエンデヴァーにこんなことをするはずもない。
 湊は夢中になってその暗号を読み解き、ぱたんと本を閉じた。これは、学生である自分が知ってはいけない情報だったのではないだろうか。その思いと同時に、ホークスの苦労を思って胸が痛む。
 推測が多分に含まれるけれど、まさかホークスが数ある手段のなかからこんなにもわかりづらい伝達方法をわざわざ選んだわけではないだろう。ホークスは今、自由に発言することすらできないのだ。エンデヴァーに直接言葉や文章で伝えられないから、こんな回りくどいことをしているのだろう。
 湊をここに置いて行ったのも、きっとその兼ね合いなのだろう。湊が近くにいると不都合があるのだ。急にエンデヴァーに押しつけたのは、そういうことかと合点がいった。
 次いで、この情報が、ホークスがこんなことをしてまで伝えたかった情報が、ちゃんとエンデヴァーに伝わっているのかが気になってしまった。かなり巧みに作られていて、マーカー部分だけを拾い読みすればある程度本の内容が読み取れるようにちゃんとマーキングされていた。多少の違和感は否めないが、事情を知らなければアクロスティックだと気付くこともできない程度には。

 いてもたってもいられなくて、立ち上がる。自分がすでにコスチュームを脱いでラフな部屋着になっていることも忘れて、部屋に備え付けのスリッパのままで、昼間に訪れたエンデヴァーの執務室へ。幸いにもサイドキックに呼び止められることもなく、たどり着いた扉を叩く前で、「貴様、そこでなにをしている」と厳しい顔をしたエンデヴァーに呼び止められた。

「俺になにか用か」
 何と話し出すべきか迷って、少し口籠る。眉間に寄った皺が疑いの様相になるのを見て、慌てて「あの、」と声を振り絞った。
「昼間の、本。『異能解放戦線』、読まれましたか」
「……部屋へ入れ」
 エンデヴァーは目を見開いて、質問には答えずに扉を開いて湊を招き入れた。その意図を掴みかねて、黙って入室する。扉が閉まって二人きりになっても、しばらくエンデヴァーもそれ以上言葉を紡がず、机に置かれたその本を手に黙っていた。
「ホークスの、伝えたいこと」
「……読んだ。きちんと、理解できている。だからお前は心配しなくていい」
 エンデヴァーは深刻に、でも確りとそう言った。無意識に詰めていた息が吐き出されて、肩から力が抜けた。手が汗で湿っていることに、その時にやっと気がついた。
「……そう、ですか」
「昼間、俺はたしかにお前をプロ並みの動きが部分的にできていると評価した。だが、まだ仮免を取ったばかりの高校生だ。ここまで考える必要はない。プロに任せておけ。ホークスもそう思って、お前を俺に委ねたのだろう」
 こくり、と頷いて、「わかりました」と吐き出した声は少し震えていた。「もう遅いから休め」とエンデヴァーと別れて、とぼとぼと部屋へと引き返す。

 「ホークスもそう思って、お前を俺に委ねたのだろう」というエンデヴァーの言葉に、湊は少しだけ疑問を抱いていた。
 それはつまり、ホークスが湊を危険から遠ざけたいという解釈だろう。彼が、言ってしまえばスパイのようなことをして情報を手に入れていて、危ない立場だから湊を手放したような。
 でもそれならば、福岡で会ったそのときから突き放していたような気がするのだ。希望的観測かもしれないけれど、まさかこの数日でスパイを始めたわけでもあるまい。
 なんとなく、ホークスは、湊がこの暗号に気がつくことを織り込み済みだったのかもしれないと思った。湊の思考力、頭の回転を、ホークスは稀有なものと捉えているはずだ。それなのに、本を渡してくれた。
 もちろん、湊が気がつかなければそれでいい。もし気がついてしまっても、湊なら彼にとって不利な動きはしないと思ってもらえたのかもしれない、と、少し楽観的かもしれないがそう思えた。なんだか、信頼のようなものを感じたのだ。彼はエンデヴァーへの伝言を通じて、湊にどう動くべきか伝えているような、そんな。
 まぁ、もちろんこんなことは考えすぎで、単純にヒーロー活動に邪魔になったという説は捨てきれない。周りでちょろちょろとされるのは鬱憤が溜まることもあるだろう。それでも、少しでも前向きに物事を考えたかった。
 湊は何をすべきだろう。ホークスに付き纏うのはやめにしたほうが良い、彼がどこへ行くといったって、ついて行っていいですか、と言うべきではない。きっとそれ以外に、すべきことがあるはず。四ヶ月後の決戦の存在を知ってしまった稀有な存在として何か、できることがきっと。

「湊!」
 びくっ、と肩が震えて、脚が止まった。はっと意識を思考から引っ張り戻すと、爆豪が湊の肩を引いていた。
「か、勝己くん……」
「お前、熱でもあんか」
「えっ、ない……と思う」
「嘘つくなよ、何べん呼んでも気づかねェし明らかにおかしいんだわ」
 つかなんでここにおんだ、と言われて見ると、当てがわれた部屋を通り越して男性側の宿泊スペースまで来てしまっていた。
「考え事、してて……」
「何の」
 気づいてしまった、知ってしまったことは忘れられないけれど、簡単に口にしてはいけないことだとはわかっていた。機密事項でもあるだろう。だから正直には言えなくて、でも湊が爆豪に嘘をつけるはずもない。というか、どうせバレてしまう。だから、純粋に考えていたことを口に出す。
「どうしたら、いいかなって……ホークスが私をここに置いて行った意味があるはずで、私はこれを糧にしなきゃいけない、って思って……」
 爆豪はチッ、と舌打ちをして、眉間の皺をそのままに「んで? こんな時間に部屋着にスリッパで徘徊しとったんか」と疑うような視線を湊に向けた。ごもっともであるが、嘘はついていない。というか、言葉にされると酷い自分の格好に、エンデヴァーが警戒したのは当たり前だと後悔の気持ちが沸いた。
 えっと……と口ごもった湊に、爆豪は「ハァ……」と大きなため息を溢した。呆れられてしまっただろうかと肩を落とせば、「おい」と声をかけられて、真っ直ぐな赤い目を見つめる。
「抱え込んでねェだろうな」
「うん、大丈夫……たぶん」
「たぶんだァ? はっきりしろ」
「だ、大丈夫、だよ……体調も悪くないし、本当にね、今言ったことを考えてたの。強く、なりたいなって」
 目を見たままで放ったその言葉に、爆豪は黙った。しばらくののち、「ハァ」とまた大きなため息をついて、「ならいーわ」と頷いて踵を返す。
「今日ははよ寝ろや。つーかお前まだシャワー浴びてねぇだろ。何しとったんだもう十時だぞ」
「えっ……えっ! もう十時……! 眠くなっちゃう……!」
「眠くなってねぇのが問題なんだろっつっとんだわ」
 スタスタと先導されるままに、女性が使っている宿泊スペースまで送ってもらう。部屋に入るまえに「おやすみなさい」と言えば、ぽんぽん、と大きな手が頭に添えられて重みがかかった。「ン、おやすみ」と聞き慣れた響きが耳に心地良くて、心にあたたかな安堵が広がった。





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