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13 考えるまでもない




 エンデヴァーの先導のもと、コスチュームのまま外を歩く。サイドキック二人も一緒にパトロールだ。
「救助、避難、そして撃退。ヒーローに求められる基本三項。通常、"救助"か"撃退"どちらかに基本方針を定め事務所を構える。俺はどちらでもなく、三項全てをこなす方針だ」 
 エンデヴァーが歩きながら話すことを頭に叩き込む。ホークスはあまり、言葉で何かを教えてくれるタイプではないため新鮮だった。
「管轄の街を知り尽くし、僅かな異音も逃さず、誰よりも速く現場へ駆けつけ、被害が拡大せぬよう市民がいれば熱で遠ざける。基礎中の基礎だ。並列思考、迅速に動く。それを常態化させる」
 並列思考。もこの2ヶ月パトロールで実践しようと心がけてきたことだが、言葉にするほど簡単ではない。それを更に常態化させるというのは、かなり大変なことだ。
「何を積み重ねるかだ。雄英で「努力」を、そしてここでは「経験」を。山の如く積み上げろ。貴様らの”課題”はすべて、「経験」で克服できる」

「この冬の間に一回でも、俺より速く敵を退治してみせろ」
 ナンバーワンだからこそ言える、その言葉。それはきっと三人に向けられたものだろう。でも、湊だって一時預かりだからと諦めるつもりはない。長くても一週間程度だとしても、学べるものは学び取って、アウトプットしなければ。



 目の前にしたナンバーワンは、どこを取っても流石としか言いようがなかった。スピード、判断力、個性、戦闘力。すべてにおいて並ではない。当然学生組はこのあたりの土地勘や慣れがないというのはあれど、湊たちが違和感を抱くよりも前にエンデヴァーは動き出しているのだ。場合によっては、悲鳴すら上がる前に。

 ドドド、とエンジン音を響かせて裏道を暴走するバイクを湊は上空から捉える。200メートルほど南の交差点で、乗用車にぶつかったのにそのまま逃げた、当て逃げ犯として現行犯で追われている男だ。彼に並走することはスピード的に可能だし、彼だけに触れてバイクから引きずり下ろすことも、注意深く行えばおそらくできる。ただしそれが可能なのは、操縦手を失ったバイクを対処できる場合のみで、湊には現状そのすべがない。そして並走したとて出来ることはない。なにか、進行方向にテレポートさせて進行を阻害、もしくは減速させられるようなものは……いや、この速度ではたいていのものにぶつかれば運転手が危ないし、第一そんな都合のよいものはこの空中にはない。
 もたもたしているうちに、路地から開けた場所に出た瞬間を狙ってエンデヴァーが炎をぶつけ、バイクごと転ばせた。ううん、と唸ってしまった。どこでならばバイクが放り出されても問題ないか、考えて先回りしていたのだろうか。もはやあっぱれとしか言いようがない。ビルの屋上に一度降りて、そこから地上へ戻る。転んだ男は重篤な怪我はなさそうだったがもう逃亡意志はなさそうだ。念の為抵抗の出来ないよう上からのしかかって両手を拘束した。
「本当に着いてくることだけは出来るんだな」
「……はい、そうですね」
 きっと、エンデヴァーにとっては褒め言葉だったのだろう。現に、ほかの三人はまだ現着していない。湊にとってはその先が、ずっと克服できない大きな大きな課題だったので、言葉に詰まる。傍らにいたサイドキックのキドウに男を引き渡していれば、デクとバクゴー、ショートも追いついてくる。
「一足遅かったな」
「冬はギア上げんのに時間かかんだよ」
 ギアの上がりきった状態になれば、これ以上のスピードで動けるということだ。湊はスピードでなら誰にも負けていないはずなのにこうなってしまっているのは、対処が出来ないという欠点以外にもきっと、何かが足りていないのだと思う。誰よりも速く現着しているのに何もできていないのだから。
 ウンウン、と考え込んでいれば、ボッ! と音を立ててエンデヴァーが移動を開始していた。いけない、考えるのはあとだ。「ここは任せて」と言ってくれるキドウに甘えて、湊たちも慌てて後を追う。
「先の九州ではホークスに役割分担してもらったが……本来ヒーローとは、一人で何でも出来る存在でなければならないのだ」
 その言葉は湊に向かって放たれたものではなかったが、湊に深く刺さった。

 ビルボードチャートを上から見ればわかるが、上位のヒーローはたいてい、すべてをこなせる。特にトップテンなんて、ウォッシュが少し特殊なくらいだろうか。そうは言っても、ウォッシュも「救助・避難・撃退」の基本三項は満たしている。そしてランキングが下にいくにつれて、ちらほらと一点特化ヒーローが増えるのだ。
 湊が悩んでいるとかけてもらえる励ましの言葉はたいてい、長所を褒めるものになる。もちろんありがたいのだけれど、やっぱりそれではいけないのだ。湊が目指しているのはそういうヒーローなのだから。

 移動を続けながら、エンデヴァーは「バクゴー」と語りかける。湊は耳を傾けながら、今自分たちが何を目指しているのかに思考を巡らせた。湊の足がいくら速いとはいえ、どこをゴールにしているのかわからなければ当然、エンデヴァーを追い越すことはできない。エンデヴァーより速く対応できないなら、せめて速く現着しなければならないのに。
 爆豪の移動速度を「ルーキーとしては」という前置き付きで褒めたあとに、「しかし今まさに俺を追い越すことができないと知ったワケだ」と煽るようなことを言う。
「冬は準備が……!」
「間に合わなくても同じ言い訳をするのか?」
 その会話の「間に合わ」くらいで、やっと違和感を抱けた。赤信号の交差点に差し掛かるにも関わらず、減速の兆しのないトラックが目の前にいた。
 とっさに、トラックの軌道上真正面にいる人をひっつかんで、向かいの歩道に瞬間移動する。恐怖に腰が抜けたのか、その男性は尻もちをつくがそれに構っている余裕はなかった。もうひとり女性が、ギリギリトラックに触れるか触れないかの位置にいたのだ。彼女も、と思って振り返れば、そこには仁王立ちになって迫るトラックを炎で減速させ、止めるエンデヴァーがいた。
「ここは授業の場ではない。間に合わなければ落ちるのは成績じゃない。人の命だ」
 同じように腰を抜かしてしまった女性は、あのままだったら怪我は負っていただろう。全員無傷であったことにほっとして、男性に「もう大丈夫ですよ。立てますか」と声をかけた。礼を言われながら観察するが、特に問題なさそうだった。

 警察がやってきて、運転手が連れられていく。ヒーローが未然に防いだとはいえ、危険運転には間違いがないので何かしらの罰則が課されるのだ。それを見送ってから、エンデヴァーは「ショート、バクゴー」と二人に声をかけた。
「とりあえず貴様ら二人には同じ課題を与えよう」
「なんで毎度こいつとセットなんだよ……」
「それが赫灼の習得に繋がるんだな?」

 溜めて放つ。力を点で放出する、もしくは最大出力を瞬時に引き出す。それを無意識に行えるようになれ、というのが、二人に与えられた課題だった。
 一旦昼休憩にしようと、コンビニで買ってきたパンを屋上でかじりながら話す。湊は糖分を補うべく、あんパンだ。こういうとき、パンのほうが手が汚れないので理想的なのだ。
 デクに対しては、エアフォースを無意識で出来るように、という課題が出された。そして、黒鞭については一旦忘れろ、とエンデヴァーは言った。
「でも……並列に考えるんじゃ……」
「そもそも誰しもが日常的に物事を並列に処理している。無意識化でな。ポルテ、先程トラックから男を一人救ったな。なぜそうしたか説明しろ」
 「ひゃい」と間抜けな声がでた。まさかそんな角度で話が飛んでくるとは想像もしていなかったものだから、ちょうどあんパンを口に含んでしまったところだったのだ。なんとか咽ずに嚥下して、ひとつ息を吐いた。
「赤信号の交差点に侵入するには減速しないトラックがいたので、進行経路と歩行者の様子を観察し、巻き込まれそうな人間を判断しました。あの状況だと二人が避難対象と考えましたが、私の個性で安定して最速で誰かをテレポートするのなら一人が理想ですし、二人は少し離れていて両方に触れて同時に飛ばすのは失敗のリスクがあります。私の個性は触れていないと使えないですから。今回、男性はまず間違いなく正面衝突する軌道上にいたので優先で運びました」
「トラックの侵入速度、通過する軌道、周囲の状況、歩行者の位置、自分の個性上限の考慮に加えて、個性を発動するためにも頭を使う。それをあの1.5秒たらずで考え、決断し、行動する。はじめから出来たわけじゃないだろう。無意識下で出来るよう訓練した結果だ」
 突然褒められるような形になって、どうすればいいかわからず「はい……」と力なく謎の返事をしてしまった。エンデヴァーは全く気にせず話を続ける。
「まずは無意識下で二つのことをやれるように。それが終わればまた一つ増やしていく。どれ程強く激しい力であろうと、礎となるのは地道な積み重ねだ」
 こくり、とデクがうなずいたのを見て、エンデヴァーもまたうなずいた。話が自分から逸れたのを感じて、少しほっとしてもう一口パンをかじった。なにせエンデヴァーとショート、デクはさっさと食べ終わってしまっているし、バクゴーももう口の中には収めているのに、湊のパンはまだ半分近く残っていたものだから。
 話に耳を方向けながらも、足を引っ張るまいともぐもぐ必死に咀嚼していれば、「ポルテ」とまた呼ばれて、今度こそ少し咽た。
「は、はい……」
「……お前は、並列思考がかなり身についているように見える。現に、先程のトラックの件は一端のプロに劣らない動きだ。ただし、だからこそ撃退が苦手なのが浮き彫りになっているな……それと、別に急かしていないから、ゆっくり食べればいい」
 すみません、ともごもご言いながら、ペットボトルの水を飲んで落ち着く。お言葉に甘えて一旦話に集中させてもらうことにして、エンデヴァーに向き直った。
「当て逃げのバイクを追っているとき、何を考えていた」
「……あの速度なら、いえ、もっと加速しても並走は可能だと思います。でも、並走してできることはなさそうだなと。次に、おそらくどうにかして、運転手だけをバイクから下ろすことはできるけれど、バイクを止める術はないので、乗り手を失ったバイクが暴走することになってしまいそれも現実的ではないと。なにか障害物を前に瞬間移動させられればバイクごと止められますが、硬度があるものでは物損事故になって運転手が危ないです……そこまでは考えました」
 あのときの思考をトレースする。当然もっと思考はとっちらかっていたけれど、言葉にすればこうなるだろう。 
「トラックのとき、トラックを止めようとは考えなかったのか」
「……えぇと、はい。目の前にある障害物は歩行者だけでしたので、歩行者を動かせば事足りるかと……」
 どうしてそんなことを聞くのだろう、ととっさに思ってしまって、言葉に詰まった。湊にトラックは止められないし、あの状況での最適解なんて、考えるまでもないのだから考察するだけ無駄だ。
「間違ってはいない。お前は情報の取捨選択も速いし、頭の回転も人より優れているのだろう。だからこそ常日頃気が付かれないのかもしれないが、お前は考えすぎだ。もう少し自分が出来ることを現実的に認識しろ」
 ぽかん、としたのが伝わったのか、エンデヴァーは一息ついた後に再度口を開いた。
「それだけの選択肢を考察できるのは悪いことではないが、それが本当に”今その時”必要か? お前が役に立てたトラックの件と、行動できなかったバイクの件の差異は思考時間の長さの違い、つまり、明らかにいらない選択肢を無意識下に捨てられているかどうかだろう」
 あれこれと解決策を考えられるのは悪いことではない。全く未経験の状況になったときに、それができるかできないかではかなりの差が出る。ただ、湊はその能力が秀でているばかりに、たいていのとき、特に苦手意識が強く出る”迎撃”のとき特に、全ての選択肢を考察してしまっている。しかも、同列に。
 そう言われてみるとしっくりきた。たしかに、思考の順番も優先順位を付けられているわけじゃない。思いついた順番に、現実性を考察している。今自分に何ができるか、そこから考えているからいつまでたっても"一般人"なのだ。とっさに動けるときはいつだって、自分が何をすべきかを具体的に描けているときなのだから。
「なるほど……」
「ある程度自身の行動や状況をパターン化しておくのも大切だ。というか、大抵の人間はそれをしないと動けないから無意識でそうしている。お前はホークスのもとでのインターンでも経験を積んでいるだろう。それを活かせ」
「わかりました。ありがとうございます」
 すごい人だ。雄英出身なのは知っていたが、本当に頭が良い人なのだろう。こんなに納得できるだけの解決策を、このたった数時間で見つけてしまうなんて。

 今自分に何が出来るのか、具体的に認識する。それは個性の上限だとか、使用方法とはまた異なるものだ。個性は根源であって、それによって可能な行動はもっと多岐にわたる。例えるなら、ボードゲームにおいてルールはせいぜい記憶できるほどの数しかないが、それによって考えられる戦略は千差万別だ。毎回戦略から考えているから、湊はホークスにもエンデヴァーにも追いつけないのだと、そう指摘されているのだ。

 つまり、今からはそこの差異も意識しつつ、各事件をケーススタディとして、自分の中に溜め込んでいくべきか、なんて考えながら、気もそぞろにもそもそとパンを食べていれば、デクから「ポルテ、パンくずついてるよ」と苦笑いで頬を指さされた。





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