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12 できるようになりたい



 
 エンデヴァー事務所は、とても立派なビル1棟まるごとがそうだった。こんなに大きい必要はあるのかと、ホークスの事務所が質素なので余計に思ってしまうが、緑谷が「オールマイトの事務所みたいだ!」と言っていたので、ヒーローの特色によるものなのかもしれない。
 通されたのは、2フロアぶち抜いたかのような高い天井の部屋だった。おそらくサイドキックであろう人や、事務員らしき人、30人以上がデスクに座ったり荷物を運んだりと作業をしていた。
「ようこそエンデヴァー事務所へ!」
「「「俺ら炎のサイドキッカーズ!」」」
 インターン生を歓迎するべく、手の空いているサイドキックたちが集まってくれた。リーダー格らしき緑色に燃える髪を持った女性が快活とした口調で続ける。
「爆豪くんと焦凍くんは初めてのインターンってことでいいね? 今日から早速我々と同じように働いてもらうわけだけど!! 見ての通りここ、大手!! サイドキックは30人以上!! つまァり、あんたらの活躍する場は!! なァアい!!」
 まるで爆豪に名指しで宣言するように言い切った彼女に、爆豪はニヤリと笑って「面白ェ、プロのお株を奪えってことか」と言い放った。さすがだ。
「そゆこと! ショートくんも! 息子さんだからって忖度はしないから! せいぜいくらいついてきな!」
 物凄い勢いに、湊はつい一歩後ずさりをした。ナイトアイ事務所、ホークス事務所と違いすぎる。湊ではこの気迫に負けてしまいそうだった。

「基本的には、パトロールと待機で回してます! 緊急要請や警護依頼、イベントオファーなど一日100件以上の依頼を我々は捌いている!」
 その言葉通り、事務所内では多くの人が忙しなく働いている。必ずしもエンデヴァーが向かわなければならないとすれば、一日100件も嘘ではないと思える。こういう経営手腕というべきか、大手事務所のノウハウのようなものは、たしかにここでしか学び得ないものだろう。
「そんじゃあ早く仕事に取り掛かりましょうや、あのヘラ鳥に手柄ブン奪られてイラついてんだ」
「ヘラ鳥ってホークス!?」
 ぱぁん、と片拳を片手の平にぶつけて音を立てた爆豪が苛ついた様子で言った。湊の到着前にどうやらなにかあったらしい。不遜な物言いに焦るデクと反して、「威勢は認める」とサイドキックのひとり、包帯だらけのキドウという男が笑った。

「まーしかし、ショートくんだけ所望してたわけだし。たぶん、二人は私たちと行動って感じね! ポルテちゃんも……私たちかな」
 バーニンが腰に手を当ててそう言う。湊としては、受け入れてもらえただけでもありがたい話なので特に文句もなく頷いた。しかし、爆豪がそれで納得するわけもない。
「No.1の仕事を直接見れるっつーから来たんだが!」
「見れるよ落ちついてかっちゃん!」
「でも思ってたのと違うよな。俺から言ってみる」
 お前もそのほうが身になるだろ、と轟が湊にも言ってくれて、うなずく。どちらにしたって得られるものがあるのは正直そうなのだけれど、今をのがしたらエンデヴァーのもとで動くなんて経験は一生できない。
 どこにいてもいつもどおり、不遜な態度の爆豪に焦り通しの緑谷がなだめるのに必死になっているその背後、大仰な扉がウィン、と音を立てて開いた。木造りだったのでてっきり手動の押戸だと思っていたら、電動の引き戸であったらしい。
 姿を表したエンデヴァーが、カツカツ、と音を立てて近寄る。
「貴様ら4人は俺が見る」
 爆豪が「たりめーだわ」と笑い、緑谷が「よろしくお願いします!」と頭を下げている横で、湊は黙ってエンデヴァーを見つめた。サイドキックが、「いいんですか?」と声をかけても、「いい」と特に理由を言うわけでもない。
 ただ心変わりをしたというだけなら、湊がどうこう言うことではないのだけれど。ばちっ、エンデヴァーと目が合ってしまって、「よろしくお願いします」と湊も頭を下げた。

「俺がおまえたちを育ててやる。だがその前に、貴様ら三人のことを教えろ」
 トレーニングルームのような場所に案内され、エンデヴァーと対峙する。背後には、物珍しいのかサイドキックたちが集っていた。
「今貴様らが抱えている"課題"、出来るようになりたいことを言え」
 湊が考える間もなく、緑谷が話し出す。
「力をコントロールして、最大のパフォーマンスで動けるようにしたいです」
「自壊する程の超パワー……だったな」
「はい。壊れないように制御する方法を見つけました。でも……えーー、ここに来て、その……なんていうか……副次的な……何かこう、違う形で発現するようになって……」
 隠し事のできないところは相変わらずだ。不審に思われてもおかしくないところだが、エンデヴァーは特に怒るでもなく、「見せろ」と促し、緑谷の手からピョロ、と黒いモヤが出た。
「集中した上で許容出力ギリギリ……これが今扱える範囲です」
 エンデヴァーは馬鹿にすることもなく、ふむ、と少し考えていた。その姿が湊には正直意外で、彼のイメージを改める。
 強いヒーローだから頭がいいとか、聖人君主であると思ってはいない。ヒーローとしての力量と、人格は全く別の問題だ。素晴らしいヒーローであるとは思っているが、ただそれだけだった。それにエンデヴァーに対しては正直、轟の過去のことのイメージが強く、”良い人”だとは思っていなかったのだが、思ったほどではないらしい。少々失礼なことを考えながら、彼らの話をきいた。 
「最大限のパフォーマンス、とは? これをどうしたい?」
「本来はムチのように撓る力なんです。この力を"リスク"じゃなく"武器"にしたい」
 今考えているのは……とブツブツ自己分析を繰り広げる緑谷に、バーニンが「長くて何言ってんのかわかんない!」と両断した。しかしエンデヴァーは「つまり……活動中常に綱渡りの調整が出来るようになりたいと」と緑谷の話をちゃんと聞いた上で要約してみせた。「わかったんかい! No1は伊達じゃない!」と少々茶化しているバーニンに、コクコクと頷いた。
 緑谷から一通り話を聞いたエンデヴァーは、爆豪に向き直る。
「次、貴様は?」
「逆に何が出来ねーのか、俺は知りに来た」
「ナマ言ってらー!!」
 ゲラゲラと笑うバーニンに「うるせーな!」とブチギレながらも、爆豪は至極冷静な様子だった。それが湊には意外で、話している彼のことをじっと見てしまう。
「"爆破"は、やりてぇと思ったこと何でも出来る! 一つしか持ってなくても一番強くなれる。それにもう、ただ強ェだけじゃ強ェ奴にはなれねーってことも知った。No.1を超える為に、足りねーもん見つけに来た」
 湊にとって、爆豪はいつもすごくて、目標のような存在だ。ストイックな彼が自分の個性やあり方に課題意識がないはずもないとは思っていたけれど、こうして明確に言葉にされるとなんだか衝撃だった。足りないものなんてないように見えるけれど、それが課題ということは、爆豪は今"何かが足りないことはわかるけれど、何が足りないか具体的には見えない"という状態ということだから。
 エンデヴァーは「いいだろう」と神妙に頷いて、次に湊に向き直った。
「次。お前も、自分の意思で来たわけではないにせよ、何か課題はあるだろう」
「はい、あります。私は、自分で対処できるようになりたいです」
「というと」
 促されるままに、言葉を続ける。サイドキックたちも合わせて20人近い視線が集まっていて少々いたたまれないのだけれど、なんとか取り繕って話をまとめる。
「2ヶ月くらいホークスさんの事務所にお世話になって、時間制限はあれど彼と遜色ないスピードは手に入れられました。どうすればそこが伸びるのかもわかりました。でも、私は彼と同じスピードで駆けつけられても、同じスピードで敵を無力化することはできません。それができないと、ただの"速い一般人"だから、一人で敵対応ができるようになりたくて」
 「ホークスと同速の一般人……」と緑谷が呟いたのに、轟が「すげぇなそれ」と話しているのが聞こえたけれど、無視した。もちろん一般人というのは言葉の綾だけれど、実際無力なのはそうだから。エンデヴァーは厳しい顔で「わかった」とだけ言って、くるりと踵を返す。
「では早速……」
「俺も、いいか」
 それを言葉で引き止めた轟に、エンデヴァーは「ショートは赫灼の習得だろう!」と再度振り向いた。轟はそれに返すわけでもなく、ぽつり、と話し始める。
「ガキの頃、おまえに叩き込まれた"個性"の使い方を、右側で実践してきた。振り返ってみればしょうもねェ……おまえへの嫌がらせで頭がいっぱいだった。雄英に入って、こいつらと……皆と過ごして競う中で……目が覚めた。エンデヴァー……結局俺は、おまえの思い通りに動いてる。けど、覚えとけ。俺が憧れたのは……お母さんと二人で観た、テレビの中のあの人だ」
 轟の真剣な声に、場が静まりかえっていた。エンデヴァーも神妙な顔で、口を挟むことはしない。
「俺はヒーローのヒヨっ子として、ヒーローに足る人間になる為に、俺の意志でここに来た。俺がおまえを利用しに来たんだ。都合良くてわりィな、No1。友だちの前でああいう親子面はやめてくれ」
 家族というものをよく知らない湊が何かを言えるはずも、思えるはずもない。轟が何か思っていることはわかっても、湊にはきっとこの言葉の真の意味などわかるはずもないのだろう。でも、こうして宣言することで轟のなかで、何かが吹っ切れたような空気は感じ取れた。
「……ああ。ヒーローとして、おまえたちを見る」
 エンデヴァーは特にコメントをすることもなく、今度こそ振り向いてトレーニングルームをあとにした。湊たちも少し遅れて、それに続いた。





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