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11 嘘ですよね




「遅かったですね」
 ホークスが振り向くこともなく湊に語りかける。言葉は強いが、声色的に注意や苦言ではないことはわかった。
「ちょうどビルの中にいたので、被害者たちを避難させてました」
「あ、昼飯買えました?」
「はい」
 えらいですね、なんて子供扱いをするものだから返事をするのはやめて、自分の分のペットボトルだけを抜き取って袋ごとホークスへ手渡した。それを受け取ったホークスが中を検めている間に、視線を向けている緑谷と爆豪に隠れて手を振った。爆豪は視線を返すだけだったけれど、何かを考えている様子の緑谷は口元に指をあててブツブツと独り言を言っている。

 「で!? 何用だ、ホークス!」
 お怒りの様子のエンデヴァーが、ホークスに凄む。一体何をしたのかと思っていれば、ホークスはひょうひょうと「用ってほどでもないんですけど……」と言って、ポケットをごそごそと漁る。
「エンデヴァーさん、この本読みました?」
 異能解放戦線。年末に湊が借りた本だ。一通り読んでホークスに返却したものだが、布教するためにたくさん持っていると言うのは本当だったらしい。まさか、わざわざ持ってきているとは。
 
「いやね! 知ってます? 最近エラい勢いで伸びてるんスよ。泥花市の市民抗戦で更に注目されてて! 昔の手記ですが、今を予見してるんです。『限られた者にのみ自由を与えれば、その皺寄せは与えられなかった者に行く』とかね。時間なければ、俺マーカー引いといたんでそこだけでも!」
 強烈な違和感に、湊はその本をじっと見て、ついでホークスを見た。ホークスは決して湊に視線をやることなく、というよりも湊の様子になんて気が付かない様子で、ただじっとエンデヴァーを見つめている。
「デストロが目指したのは究極あれですよ。自己責任で完結する社会! 時代に合ってる!」
「何を言ってる……」
 困惑した様子のエンデヴァーも無視して、ホークスは何かに急き立てられているかのように言葉を続ける。
 
「そうなればエンデヴァーさん。俺たちも暇になるでしょ!」

 何かを見逃している、そんな気がした。湊の知らないところで何かが大きく動いていて、きっとホークスはそれを伝えようとしているのだ。そうじゃなければ、あまりにも言動がおかしすぎる。「自己責任で完結する社会」なんて、そんなものに共感する人じゃないはずだ。それに、こんなふうに思想を押し付けたり、広めようとする人ではない。短い付き合いだけれど、それだけは湊にもわかった。

 ホークスは「読んどいて下さいね」と言って、思案顔のエンデヴァーに本を手渡す。
「No.2が推す本……! 僕も読んでみよう。あの速さの秘訣が隠されてるかも……」
 ぼそり、と呟いた緑谷の声に、にやり、と笑ったホークスの表情はもう、すっかりいつもどおりだった。
「そんな君の為に持ってきてました」
「用意が凄い! どこから!!」
 ばらり、と四冊の本を取り出して、緑谷たち三人にそれぞれ投げ渡す。
「そうそう、時代はNo.2ですよ! 速さっつーなら、時代の先を読む力がつくと思うぜ!」
 湊はじっとホークスを見つめる。その視線に気がついたみたいに、ホークスはやっと湊のほうへ視線をやった。
「ポルテはもう読んだでしょ」
「もう一度、借りてもいいですか? 読みたくなってしまって」
 目線を逸らさずに言えば、ホークスは少し黙ってから、手に余っていた本を差し出した。
「お、この本の良さが伝わりました? もうあげますよ。いっぱい読んでください」
 受け取った本をリュックにしまっていれば、「この本が大好きなんですね」という轟に、緑谷が「布教用だと思うよ!」と何か訳知り顔で言う。湊にとって「布教用」という概念は新鮮なものだったのだけれど、もしかしたらそうでもないのかもしれない。
「そゆこと、緑谷くん。全国の知り合いやヒーローたちに勧めてんスよ。これからは少なくとも解放思想が下地になってくと思うんで。マーカー部分だけでも目通した方がいいですよ。"2番目"のオススメなんですから」
 ばさっと翼を広げる動作に、湊も頭を切り替えた。次はどこへ向かうのだろうか、東にと言っていたから、このまま東京のほうへ行ったりするのかも。休憩もできたし、しばらくは随伴しても問題がなさそうだ、なんて考えていれば、「あ、そうだ」と、足を浮かせたホークスがくるり、と振り向いた。

「エンデヴァーさん、すみません、ちょっとこの子預かってくれません?」
「「は?」」
 この子ってまさか、私? 湊の開いた口が塞がらないでいれば、呆気に取られたのはエンデヴァーもそうだったようで、とっさに出た声がハーモニーを奏でた。
「お願いしますよ。監督責任的な意味で放置はできないんですけど、ちょっとこれから立て込みそうなんス。ってことで! ポルテ、しばらくエンデヴァー事務所預かりで。また迎え寄越すんで!」
「えっ! う、嘘ですよね!? そんなペットみたいな!」
 湊の許可も、エンデヴァーの返事すらまたずに、バサバサ、と翼を羽撃かせて、「インターンがんばって下さいねー」と去っていく。
 え、え、とホークスを追いかけることもできず、この世の終わりのような顔でエンデヴァーを見つめれば、彼の表情にあるのははっきりとした"同情"だった。
「君も、あの男に振り回されて大変だな」
「いえ、たくさん学ばせていただいてます……」
 とっさに社交辞令が出たが、皮肉めいた響きに「ブフ」と背後で爆豪が笑った。ひどい話だ。

 置いていかれてしまって、でもエンデヴァー事務所にはすでに三人のインターン生がいるのだ。これは、学校に帰るか福岡に戻れと言われるだろうか、と思っていれば、エンデヴァーは少し考えたあと、「ここまであいつに着いてきたのか」と問いかけた。
「えぇと……はい。といっても、昨日愛知のほうにいたので、福岡からではないですが……」

 不要かもしれない注釈を入れれば、意外にもエンデヴァーは「そうか」とまた一つ考えて、頷いた。
「まぁ……一人くらい増えても構わん。しばらくウチにいるといい」
「あ、ありがとうございます。雄英高校1年A組、標葉湊です。ヒーロー名はポルテ、個性は瞬間移動です」
 よろしくお願いします、と頭を下げれば、エンデヴァーは「とりあえず事務所へ向かう」と歩きだした。
「標葉さん、よかったね」
「うん……どうしようかと思った」
「ホークスと仲悪ぃのか?」
「そんなことはないと思うけど……」
「逆だろ。チッ、気に食わねェ」
 話しながら、四人揃ってエンデヴァー事務所へと向かう。

 どうして、ホークスが急にあんなことを言いだしたのか。湊を置いていったのもそうだし、エンデヴァーに対する態度もそうだ。不思議な、違和感のある点が一つに繋がりそうで、何かに気がつけそうな気がして、でもそれが果たして正しいことなのか、わからなかった。





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