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10 お手伝いしましょうか



 湊はテレポートをするとき、自分がどの地点にいるのかを座標で把握している。厳密には絶対座標ではなく相対座標だから日本のどこ、というのが正確に分かる性質のものでもなければその必要もないのだが、きっと何かの役に立つだろうと思って、日本の主要都市の座標は頭に入っているし自分が今どのあたりかを地図上でかなり精度高くポイントできる。
 つまり、今湊は、静岡を目指してテレポートしていることを正確に理解していた。

 移動中は通信機を通さないとホークスと意思疎通は図れない。ホークスのほうは風切り音がすごくて聞き取れないし、湊はだいたい話が終わる前に数十メートルも移動してしまっているからとても聞き取れないし、何かを言っても伝わらない。
 だから、湊は「静岡に向かってるのかなぁ」と思うだけで、その真意を確かめはしないのだけれど。もしかしたらもっと東、というか北が目的地かもしれないし、と考えながらポンポンとテレポートを繰り返した。
 
「腹減りましたね」
 オフィス街の高いビルの上、明らかに立ち入り禁止だろう場所で立ち止まって、そんなことを言い出すものだから、湊はそこまでお腹が空いていなかったのもあって「そうですか……?」と鈍い反応をしてしまった。
「あれ、休憩したくないです?」
「……私何か買ってきます」
「アハハ。俺カフェオレとおにぎり二つお願いします」
 ポケットからくしゃっとなった千円札を渡されて、とりあえず地上に降りないとコンビニもないだろうと、ビルから飛び降りた。お腹は空いていなかったけれど、休憩を挟むのはありがたかったからだ。個性の連続使用は脳の負荷が高いので、クールタイムが必要なのだ。それをホークスのほうから申し出てくれているのだから、甘えない選択肢はなかった。
 近くのビルの中、目についたコンビニで、指定されたカフェオレとおにぎり二つ、そして自分の分のミネラルウォーターを買う。ありがとうございましたー、と機械的に礼を言う店員にぺこりと頭を下げて、ビニール袋を下げて歩き出そうとしたところで、「キャアア」と悲鳴が聞こえた。

 悲鳴のほうへととっさに駆け寄り見れば、湊がいるビルのガラスがどろり、と溶けていた。ガラス近くにいる人たちが、走ってビルの中心部へと避難している。ガラスがなくなってしまったから、窓際にいては落ちてしまうと思ったのだろう。
「あれって」
「二丁目の「星のしもべ」じゃない?」
 そんな声を横目に、湊は駆け出す。まずは窓際で震えている女性を中へと避難させて、その他に逃げ遅れたひとがいないかの目視確認。ついで、建物から少し身を乗り出して、主犯格の後ろ姿を視認した。
 高いオフィスビルの林立する中を、宙に浮いてゆっくりと進む老人は、どんどん周囲の建物からガラスを吸い上げて大きな塊にしていく。高いビルが並ぶ場所なので、際限なくガラスが吸われて、大きさは膨れる一方だ。ガラスがなくなった建物のせいで空気の流れが乱れ、窓だった場所から書類などが吹き飛ばされていく。
「助けてーっ!」
 ビルのふちで捕まって、落ちかけているスーツの男性を救いあげる。危険物が落ちないように、人が落ちてしまわないようにとは注意を払っているけれど、この規模だ。湊一人ではどうしても対応が後手に回ってしまう。
 それに、一体なんの目的でガラスを集めているのかと、窓際に置いていたらしいシュレッダーの機械を建物内に押し戻していれば、老人は何かを叫んでガラス玉をぶん、と道路に投げつけようと動いた。

 まずい、と思ったときにはもう遅い。ガラスは道路に向かって落ちていて、視界の隅で、5階ほどの高さの窓際で震えている人が目に入る。どうする、何もできなくてもとにかくあのガラスを止めなければーーそう焦った湊の進行方向、真っ赤な炎がやって来るのが視界に入る。
 そうか、ここは彼の管轄か。一瞬で納得して、取り急ぎ窓際で震える男女をビルの奥へと避難させる。ここまでこれば問題ないと笑いかければ、外から苛烈な熱と閃光が降り注いだ。
「俺の管轄でやる事じゃない」
 それは本当に、肯定しかない。
 エンデヴァーの声に安心した女性を壁際にもたれかからせて、もう一度窓際へ戻れば、もう緊急性のある被害者は目につかなかった。道路にいた歩行者もすっかり消えている。敵は路地裏に逃げ込んで、エンデヴァーがそれを追っていく。湊が深追いする必要はないだろう。それより、ホークスは一体どこにいるのだか。二人が立ち寄ったビルからは少しだけ離れてこれだけの騒ぎが起きているのだから、気がついていないはずがないだろうに。
「おーい!」
 地上で見知らぬヒーローが、ぶんぶん、と手を振っていた。ぱっとテレポートをして、彼の目の前に着地する。
「おわっ!」
「はい、何でしょうか」
「いや、このへんで見ない顔だから……どこかの事務所の応援? それとも偶然居合わせた?」
「インターンです」
 えっ、とサングラスをした小さく彼は驚いて、「ウチの事務所、女の子が来るとは聞いてないけど……」と怪しんだような声色になったものだから、彼がエンデヴァー事務所のサイドキックであることを察した。管轄で、見知らぬインターン生がいたらそれはたしかに、身分を検めたくなるだろう。
「監督ヒーローはホークスで……仮免がこれです」
 えっホークス? と復唱された言葉に頷きを返した。ここは静岡、ホークスの本拠地は福岡。そりゃあ、なぜここにいるのかと思うのも無理はないだろう。彼は仮免を見て、安心したように笑った。
「あぁ、いや、監督ヒーローがいるならいいんだ。それに、随分手慣れていたからびっくりしたよ」
「いえ、そんな……避難誘導、お手伝いしましょうか」
 ガラスが散乱した道路、避難対象はガラスが吸われてしまったビル全域に及ぶとなれば、それなりの規模だ。手伝いがあったほうがいいだろうとの申し出に、彼は「大丈夫」と迷う事なく言った。
「エンデヴァーが敵を確保したし、それより君は監督ヒーローと合流したほうが良い」
 確かに、仮免は本免ヒーローの監督下でのみヒーロー活動が許される免許。監督者がいない状態でヒーロー活動を継続するのはいささか問題だ。

 これだけの規模の避難誘導を、とっさに自分たちだけでできると判じられるその強固なチームワークと実力に、さすがナンバー1ヒーローの事務所は違う、と感心してしまった。
 ありがとうございます、とその彼に礼を言って、ホークスを探すべくビルの屋上へとテレポートした。すっかり高所を起点とした活動に慣れてしまっていた。見通しが良くて、効率がいいのだ。

 ホークスは案外と近くに、というかエンデヴァーが向かった路地の先にいた。近くには雄英の制服姿の緑谷、爆豪、轟もいる。どうやら早速、捕らえた敵を警察に引き渡している様子だった。放せ、放さんか、と暴れる敵が、警察に連行されているのを見守る彼らの背後に、とん、と小さな音を立てて着地した。



2022/10/16


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