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8 許してもらえるなら




 食後、何を言われるまでもなく皿を下げた爆豪に倣って、湊も皿を下げた。洗うことはさせてもらえなかったが、お皿を拭くぐらいは湊にもできるので手伝わせてもらっていれば、「湊ちゃんお風呂入っておいで」と風呂まで案内されてしまって、断ることもできず一番風呂をいただいてしまった。
 髪を乾かして洗面台から出ると、ちょうど爆豪と出くわした。
「お先にお風呂いただきました」
「フ、かしこまりすぎだろ」
 先に風呂に入らせてもらったらそう言うべきだと知っていたのだが、それはどうやらすこし距離感のある相手に言うべきものらしい。風呂上がりにいつも会っているのに、いつもと違うシチュエーションにどきどきする。
「次、勝己くん入る?」
「……いや、ババアが先入るってよ」
「そっか」
 
 連れ立ってリビングへ戻ると、光己さんが「ちゃんと温まった?」と問いかけつつソファを勧めてくれたので、座る。爆豪も隣に座った。お風呂へと消えた光己さんに代わって、勝さんが近くに座る。
「湊ちゃんは大晦日といえば餓鬼使かな? それとも紅白かな」
「が……き?」
「年末特番のお笑い番組。毎年やってんだ」
 爆豪が注釈を入れてくれて、やっと話を察した。施設にいるとき、大晦日はたしかに遅くまでテレビが点いていたが、湊はいつも自室に引っ込んでしまっていたので、みんなが何の番組を見ていたのかすら知らなかった。
 黙ってしまった湊に、勝が慌てて「ごめんね、あまりテレビとか見ないのかな」と弁明しているのが申し訳なくて、口を開こうとした湊を爆豪が遮る。
「ウチは毎年餓鬼使だから湊も見てろ」
 そう言われてテレビに意識を向ければ、流れているのがたしかにそのお笑い番組なのだろう。芸人らしき人が仮装をして、なぜか時折お尻をバットで殴られていた。
「わかったよ。彼らはどうしてお尻を叩かれているの?」
「今映ってる奴らをゲストが笑かそうとすんだよ。で、笑ったらケツバット」
 特番というだけあって、とても大掛かりな撮影がされている。年によってはヒーローが出たりもするらしい。画面では路線バスの中で寸劇が始まって、笑ってしまった人が殴られている。
「痛くないのかな」
「まぁ、多少は痛ェだろな。でもそれより、身体張ってでも視聴者を笑かすのが仕事だろ」
 そう言われると納得する。ヒーローとて、自分が怪我をしても一般市民を守るのが仕事だ。似ているのかもしれないな、と頷いていたら勝さんが「楽しい?」と苦笑していた。
「はい、一人では見ないので……新鮮です」
「そっか、それならいいんだけど」
 あまりバラエティは見ることがない湊が、あれは何、これはどうして、と聞いても、爆豪は嫌な顔ひとつしない。時々寸劇の内容に笑いをこぼしているのを見ながら、もう少しこういう娯楽に造詣が深くなれば、一緒に笑うことが出来るのかもしれない。でも今は、こうやって隣で見ているだけでも楽しかった。



 大晦日の雰囲気に浮かれていたが、それだけでは長年の生活リズムには勝てない。常の就寝時間より1時間を経過したあたりで、下まぶたに力が入って、まぶたが落ちてくる。それに気がついた光己が、あら、と笑う。
「そろそろ寝る? 勝己、客間の布団敷いてあるから案内してあげな」
「おー。湊、行くぞ」
 手を引いてくれるのに従って、二人におやすみなさいの挨拶をしてリビングを後にする。客室は1階にあり、それなりの広さの部屋に布団と、湊のカバンだけが置かれていた。
「起きたら洗面台とか好きに使やいい」
「うん、……勝己くんももう寝る?」
「俺は最後までテレビ見てから寝る」
 明日は外出禁止のため、ロードワークにも行けない。だから少し寝坊をするつもりなのだろう。本当は一緒に寝たかったのだけれど、こうして客間まで準備してもらっておいて文句などあるはずもない。眠くて仕方がないのも確かなので、眠ってしまおう。
「そっか……じゃあ、おやすみなさい、勝己くん」
「……言うの忘れとった」
「うん?」
「そのパジャマ、似合っとる」
 自分でも忘れていたことに言及されて、ぽかんと口を開いてしまった。たしかに爆豪にはパジャマのラインナップは知られてしまっていたし、なんだかんだと言いながら今日のためにこれを新調したことも知っているのはわかっていたけれど、褒めてもらえると嬉しくて口元が緩む。
「えへへ……ありがとう。梅雨ちゃんが勧めてくれたの」
「そーか」
 袖口のふわふわした生地で手を覆って爆豪に差し出すと、その触感を楽しむように爆豪の指が往復した。
「勝己くんは、せくしーなのよりこういうのが好き?」
「あ゛? 誰の入れ知恵だそりゃ」
 三奈ちゃんが……と口を滑らせてしまったがために、「寮戻ったら殺す」と爆豪が呟いた。後で謝っておかなくては、と思うのをよそに、爆豪はチッ、と舌打ちをした。
「……こういうのが好みだわ」
「そっか。覚えておくね」
「自分の好きなもん着ろや」
 そうは言ってくれるけれど、湊は服の好みも最近出てきたばかりだから、爆豪が好きなものに寄ってしまうのは仕方のないことだとも思う。パジャマはたいてい施設にいるときから使っているお下がりばかりだったので、全面的に刷新してもいいかもしれない。
「おら、はよ寝ろ。眠いんだろが」
「うん、寝る。おやすみなさい」
 頬に手を添えられて、目を閉じる。やわらかい唇が降ってきて、触れた。とくとく、と鼓動が少しだけ急いで、頬がふわりと熱を持つ。離れていった熱が名残惜しくて、できるだけゆっくりと目を開いた。
「……誘ってんのかよ」
「さそって……?」
 首をかしげれば、「ンでもねぇわ」と言って、今度こそ離れていってしまう。ドアが閉まる間際、もう一度「おやすみなさい」と言えば、「おやすみ」と返ってきたことに満足して、布団へと潜り込んだ。



 24時間に満たない滞在時間はあっという間で、お雑煮を食べてゆっくりして、早めのお昼にお節をつまめば、先生が迎えに来る時間が迫っていた。
「お世話になりました」
「ぜーんぜん。またすぐおいでね、ウチは大歓迎だからさ」
「今度はゴールデンウィークあたりかな。もちろん、外出許可が取れたらいつでもおいで」
 勝己もたまには帰ってきなさいよ、という光己さんに、気が向いたらな、とあしらっている爆豪が当然のように湊のリュックサックを手にして玄関扉を開く。
「行くぞ、湊」
「あ、うん。あの、本当にありがとうございました」
 ぺこり、とお辞儀をすると、二人は手を振って送り出してくれた。さっさと先に進んでしまった爆豪を追いかけて、お家が見えなくなるまでちらちらと振り返っては会釈をしてたら、「転けんぞ」と手をひかれる。

 待ち合わせ場所はすぐ近くで、ただ黙って住宅街を歩く。見慣れない街だ。爆豪がここで育ったのだと考えるとなんだか、優しい街に思えた。
「……湊」
「なぁに?」
「楽しかったか」
 じっとこちらを見る爆豪に、湊は立ち止まって向き直る。そういえばカバンを持ってもらったままだな、と関係ないことを思った。
「お二人に、なんて思われたのかなっていうのは、ちょっとまだ不安なの。でも、さっきまた来てねって言ってもらったのを疑ってはなくて……それにね、学校での勝己くんだけじゃなくて、おうちでの勝己くんが見れたのも、嬉しかったよ。もし許してもらえるなら、また行きたい」
 緊張していたし、気疲れしなかったとは言わない。でも、招いてくれて、湊のことを気遣ってくれて、まるで家族のように扱ってくれたことが何より嬉しかったのだ。
「そうか」
「うん。ありがとう、勝己くん。勝己くんが誘ってくれなかったら、私は一人で寮で過ごしていただろうし、それをなんとも思ってなかったと思う。こうやってお家に招いてくれたから、今までで一番楽しいお正月だったよ」
 帰る場所がないことも、一人で過ごすことも、なんともないつもりだった。でもこうやって機会を与えてもらって、体験させてもらうことで、そうじゃなかったと気がつくことができる。それがどれだけ幸運なことか、湊にはもうわかっていた。
「……ンな大したことじゃねぇ。またいつでも来りゃいい」
「ふふ、うん」
 学校指定のバスが見えて、握っていた手を離した。持ってもらっていた荷物も受け取って、脇に立つセメントスの元へと歩く。つかの間の休息が終わってしまって物悲しい気持ちもあったけれど、楽しかった余韻のほうが大きかった。




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