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7 つまらないものですが




 雄英の校章付きのスクールバスに乗って、見慣れない道を進む。折寺という地名が爆豪の生家のある地で、雄英から電車に乗ってしばらくの場所であることは頭に入っていたけれど、そんなことはどっちだって同じだった。
 どきんどきん、と心臓がうるさい。緊張のあまり手指が冷え切って、感覚が薄くなる。こちらを何度か伺う、隣の席に座った爆豪に取り繕う余裕もないくらいに、ぐるぐると思考が回っていた。
「ビビっとんか」
「……うん。大丈夫かな」
 小さな声で問いかけられて、はぁ、と浅くなっていた息を吐いた。なにか変なことをしてしまわないか、言ってしまわないかとにかく不安で仕方がなかった。ご両親に嫌われたり、おかしな子だと思われるのがどれほどまずいことなのかは湊にも察せられる。失敗してはならない、おかしなことはできない。そう思うと、ガチガチに緊張してしまう。
「……俺はいつも通りのお前がいいと思っとる」
「え? ……うん、ありがとう……?」
「だから、俺の親の前でもいつも通りのお前でいろや」
 爆豪はまるで湊がどうすれば安心するのか知り尽くしているみたいに、湊の手を取って握ってくれた。
「……うん、わかった。ありがとう、勝己くん」
 こくり、ひとつ頷いて、こちらを見つめる赤い瞳を見つめ返す。どくんどくんと早鐘を刻む鼓動が、ゆっくりと落ち着いていく。やっぱり勝己くんはすごい、と再確認して、触れ合う手のひらから伝わる熱を感じていた。

 爆豪の家は、二階建ての一軒家だった。着替えやら必要な物を詰めたリュックを背負い直して、ゴクリ、と息を飲む。爆豪は、湊の覚悟が決まったのを見計らってか、玄関扉に鍵を差し込んで回した。
「たでーま」
「おかえり勝己! いらっしゃい、湊ちゃん」
「お、おじゃまします……!」
 ぺこり、と腰をおれば、深くお辞儀をしすぎてリュックが前にずり落ちた。隣にいた爆豪がひょいと支えてくれる。頭を上げれば、声をかけてくれた光己さんの隣に、優しそうな男性も立っていた。
「雄英高校1年A組、標葉湊と申します。二日間、お世話になります」
「はじめまして。勝己の父親の勝です。こちらこそよろしくね」
「あはは、硬すぎ硬すぎ! 実家だと思ってゆっくりしてってね」
 勝己、あんた手洗ったら湊ちゃんの荷物客間に持ってきなさいよ。言われんでも分かっとるわ! とぽんぽん会話をする二人に置いていかれながら、促されるままに靴を脱いで、手を洗ってリビングのソファに通された。荷物と防寒具はもう爆豪に回収されて、目の前には温かい飲み物まで用意されている。すん、とすっきりした匂いが鼻をくすぐる。カモミールティーだった。食べれたらどうぞ、とドーナツまで出していただいて、「ありがとうございます……」と呆気に取られて礼を言えば光己は笑う。
「前に、好きだって言ってたでしょ」
 覚えていてもらえたことに感激しながら、マグカップに手をのばす。温かい飲み物に、緊張に固くなった身体が弛んだ気がした。
「湊、これ」
 爆豪が二階から戻ってきて、紙袋に入った箱を差し出した。緊張しすぎて忘れていた手土産だ。
「あ、ありがとう……あの、これ、つまらないものですが……」
「やだ、そんな気を使わなくて良かったのに! ありがとうね」
 通りもんじゃない。私これ好きなのよね。と箱を開けている光己さんと、買ってきすぎだわ、と呆れ気味の爆豪。とりあえず、チョイスミスはしていなさそうで安心した。
 爆豪が隣にどか、とソファの隣に隙間もなく座る。慣れた気配にほっとして、肩の力を抜いた。正面には、光己と勝が座っている。お茶も淹れてきて、湊の持参した手土産でお茶の時間にするようだった。
「湊ちゃんは、あのホークスのもとにインターンに行っているんだって?」
「はい。といっても、まだ2ヶ月くらいなんですが……たくさん学ばせてもらっています」
「いいね、きっといい環境なんだろう。勝己も今度からインターンに行くんだよね?」
「エンデヴァーんとこな」
 勝さんとそう話している爆豪は、ぽい、と丸いまんじゅうを口に放り込んで一口で食べてしまう。唖然として見つめていたら、「食いてぇなら食え」と一つ差し出された。そういうことではないのだけれど、味が気になっていたのも事実だったのでありがたくいただく。
「勝己が仮免落ちたって聞いたときは一体どうしたもんかと思ってたけど、よかったわねアンタ、湊ちゃんに見放されなくて」
「み、見放すなんてそんな……」
「テメェこのクソババアぶん殴ンぞ!」
「ババアって言うなってんの!!」
 激しい喧嘩が勃発して、湊は目をぱちくりと瞬いた。爆豪が家族といるのは初めて見たが、気の置けない良い関係なのだろう。ぎゃいぎゃい、と言い合っている二人を見て少し口角が上がった。
「ごめんね、湊ちゃん。騒がしくて……」
「いいえ。楽しいです」
 硬さもとれて、ちゃんと普通に笑えた。勝さんは「それならいいけど……二人とも、湊ちゃんが見てるから」と二人を仲裁しようとして「あんたはいつもーー」と飛び火していた。
「チッ!」
 イライラした様子でお茶を飲んでいるけれど、席を立とうとはしない。それがいつものことなのか、湊のためなのかはわからないけれど、そうやってそばにいてくれるのは嬉しかった。

「アンタたち、外出ダメなんだったよね? 初詣でもと思ってたけど、まぁおせちやら蕎麦食べてれば明日なんてすぐか」
「外出が大丈夫だったら、初売り行ったり初日の出見たり……いろいろしたいと思っていたんだけどね。仕方ない」
 一瞬で切り替えた光己さんがそう言って、勝さんも頷いている。初詣はまだしも、初売りも初日の出も湊は体験したことはないが、それが何を指すのかはなんとなく知っていた。
 雄英は学生の帰省は促したものの、さすがに散った学生の安全確保は難しいと思ったのか「極力の外出禁止」も同時に課した。直近のトラブル頻度を鑑みれば家族団欒の機会を与えているだけでマシかもしれないが。
 そのため、爆豪と湊は明日の昼ごろ、セメントス先生が迎えに来るまで家から出てはならないのだ。
「別にどれも、一年ぐらいしんでもどーってことねぇわ」
「あら、勝己あんた毎年下着と靴下は初売りで買い替えてたじゃない」
「……チッ。別に年1で買い替えたほうが気分的に良いっつー話なだけだろ」
「嘘嘘。行った時に買ってくるわよ」
 爆豪はマイルールの多い人なので、ルーティン的なものが崩れるのは避けたいのだろう。初売りでは福袋などで商品が安く提供されると見たことがあったので、安いタイミングでまとめ買いするのと、年の節目に身の回りのものを一新するためかもしれない。
 夏からこれまで四ヶ月そばにいてもらったけれど、それでもまだ四ヶ月。知らないことはまだまだあるのだろう。こうして家族の輪の中に混ぜてもらったから見られた一面がある。緊張してはいるけれど、招いてもらって良かったと思う。
「湊ちゃんは? 正月はいつもどうしていたの?」
「えっと……私、去年までは、児童養護施設にいたので、お正月はみんなとお節を食べたり、近所の神社に初詣に行ったり、新年会といって施設長のお話を聞いたり……ですね」
 養護施設は案外、ボランティアの方や職員さんが考えてくれて、季節イベントにはそれなりのことをすることもある。お節も一部手作り、一部は寄付のような形で有志の方が用意してくれた市販品だった。
 うっかり普通に話してしまってから、あまり言わないほうがよかったのでは? と不安になった。湊の過去は重たいから。皆に知られてしまったとはいえ、詳細は話さないほうがよかったかもしれない。

「あら、それも賑やかで楽しそう」
「それなら、湊ちゃんは集団生活にも慣れているんだね」
「え……あ、はい。そうですね……」
 なんてことはないようにそう言われて、こちらが呆気にとられてしまった。「湊ちゃんは北関東にいたのよね、それならお節の地域差もあるかも」などと続けている二人の話を聞いていれば、隣の爆豪がぽんぽん、と湊の手に手を重ねてくれた。

*   *

 たまのお休みなんだからゆっくりしていいのよ、勝己アンタは手伝いなさい。そう言われてキッチンに連行された爆豪を、湊はソファに座ったままでソワソワとして見つめた。休んでいていいと言ってもらえても、何もしないのは気が引ける。ただ、立ち上がろうとすると光己に「休んでて」と言われるし、爆豪も「危ねェから座ってろや」と援軍になってはくれない。林間合宿でひどく指を切ったのが、まだ響いているらしかった。
「湊ちゃん。手持ち無沙汰かな」
 どこかの部屋に行っていた勝が戻ってきて、湊の隣に座った。少し姿勢を正して応じる。
「何かお手伝いできたら良いのですが、私料理がからきしで」
「そうなんだね。まあ料理は勝己が得意だから、手伝いは任せていいよ。もしよかったら、書斎を見るかい?」
 そう言われて、書斎? と聞き返してしまった。なんでも、勝が在宅勤務をする際などに使っている書斎があって、いくらか蔵書があるのだという。
「仕事関係の本も多いんだけど、個人的に集めているものもあってね。勝己から、湊ちゃんは本も読むって聞いて……」
「はい、読みます」
 最近は時間がたりなくてそこまで手が回っていなかったけれど、以前は放課後を過ごすのによく使っていたので、よく本は読んでいた。勝はどうやら、光己と勝己の二人は本の趣味が合わないらしい。
 書斎に案内してもらうと、壁際に本棚を設えたその部屋は圧巻だった。たくさん並んだ本は洋書の翻訳が多いようで、聞いたことのあるタイトル、著者ものもちらほらある。そのうちの一つを手にとって、ぱらぱらと読む。文体が古いのですんなり頭に入ることはないのだが、面白い物語だ。
「面白いかい?」
「はい。あまり読まないジャンルなのですが、とっても」
「そうか、嬉しいな。勝己も本は読むのに、古臭いから好きじゃないと言われてしまってね」
 にこにこと笑っている勝が、「もし気に入ったら、それ読んでくれるかい。次に会ったときにでも返してくれれば大丈夫だから」と湊の手の本を指差した。
「良いんですか?」
「もちろんだよ。もし気に入ったらまだまだあるから」
 そう言われると断る理由もない。読書は好きだし、幅が広がるのは良いことだ。お言葉に甘えて、一冊借りてリビングへ戻る。大事にカバンへとしまった。
「勝さん、湊ちゃんに本押し付けたの?」
「違うよ! いや、読んでくれたら嬉しいとは言ったけど……」
「湊、嫌なら断れよ」
 夕食ができたのか、キッチンから料理を運ぶ二人はまるで勝の味方ではなかった。配膳くらいは手伝えるので料理や皿を運ばせてもらう。
「嫌じゃないよ。むしろ、自分で選ばないから嬉しい」
「……そうかよ」
 四人で食卓につく。そばにお刺身にと、豪華な夕食だ。ありがとうございます、と湊が言えば、お口に合えばいいんだけど、と光己が言う。
「こんにゃくねェから大丈夫だろ」
「何、湊ちゃんこんにゃく苦手なの?」
「いえ、苦手というわけでは……もう、勝己くん、いじわるしないで」
 爆豪はククク、と笑っている。爆豪はじめ瀬呂や上鳴がよくしてくるから、からかわれていることはいい加減わかるようになってきた。むす、と膨れれば、爆豪が頬をつついてくる。ぷしゅ、と空気が抜けた。
「ふたりとも仲良しだね」
 勝が笑いながら言って、箸を進める。室内だから当然なのだけれど、なんだかとてもあたたかく感じた。





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