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6 出過ぎた真似




 師走という名の通り、12月、特に後半はヒーロー稼業にとって繁忙期にあたる。イベントごとがあると浮かれるやつがいるのはいつものことで、軽犯罪やトラブルが多くなるのだ。
 もう数日で今年も終わるというのによくやる、とサイドキックのシザーネールがこぼすのを横目に、湊は一人ドミノのように倒れた自転車を直していた。ひったくりが引っ掛けてしまって、10台以上が一気に倒れたのだ。
 いつもならホークスが剛翼で押し止めるか湊が気づいて止めるのだけれど、湊は転びそうになっていたご老人を抱きとめるのに気を取られて間に合わなかった。故障していなさそうなのが救いだった。

 現行犯で警察に連行されるひったくり犯を見送って、ふう、と一息つく。吹き抜けるビル風がフードを揺らした。少し先で警官と話しているホークスの羽が、ふわふわと浮いているのをじっと見つめる。
 なんとなく、今日の彼は精彩を欠いている気がする。自転車の件なんて一欠片でしかないけれど、人が傷つかない範囲で、誰も不都合を被らない範囲で、彼の手、いや羽の届かない部分が生まれている。
 速すぎる男に追随していて、彼の凄さというのは個性も当然だけれど、その取捨選択の素早さ、正確さにもあるのではないかと気がついていた。一つの現場を見たときに、一瞬で優先順位をつける。そうして、対処すべきものから順に対処していくとホークスのスピードでは被害がかなり抑えられる。
 今日はなんだか、優先順位の低いものにかまっていられないようだった。さすがナンバー2と言うべきか、湊にはそれを察せられたとてサポートできるようなものでもないけれど。

 行きますよ、と言われて、湊を待つこともなく彼は飛んだ。最近は、1日中ホークスにくっついていられる日もでてきた。トレーニングのおかげだ。ただくっついているだけじゃなくて、少しは対処できるようにもなったと思う。
 
 トラックに轢かれそうになっていた男の子を瞬間移動で助け出して、安全な歩道に立たせてあげる。ケガはないみたいで、びっくりして固まっているその子の頭を撫でる。
「大丈夫だよ」
「……おねぇちゃん、ヒーロー?」
「うん」
 かっこよか! と言われて、いえ、それほどでも……と固すぎる返答をしてしまった。母親が走り寄ってきて、ありがとうございます、とぺこぺこ頭を下げた。
 親子を見送って、振り返る。少し離れた目立たないビルの屋上で立っているホークスのもとへ戻れば、彼の視線は湊がいた場所に注がれていて。
「……ホークスさん、お疲れですか?」
「え?」
 湊のほうから雑談を振ることなんてめったにないが、その言葉がつい口をついてしまった。ビルの上に佇むその姿が、どこか哀愁めいていたからかもしれない。
 ホークスは目を見開いて、じっと湊を値踏みするような、警戒するような鋭い目線を向けた。踏み込まれたくなかったことは聞く前から分かりきっていたけれど、そこまでとは。
「……いえ、すみません。出過ぎた真似でしたね」
「あー、いえ。でも別に、そんなことないですよ。見間違いじゃありません?」
 別に心理戦をしているつもりもないのに、その様相になってしまって少し後悔した。湊は別に、彼のことを疑ったりしているわけじゃない。ただ、インターンに呼んでくれて、直々に教えてくれて、感謝しているからこそ、なにかできるならしたいだけなのだけれど。上手くいかないなぁ、と肩を落として、またホークスの後をついてまわった。

 年末年始くらい休みなよ、と事務所の人が言ってくれて、30日の本日、雄英に帰る。年末年始は繁忙期なので、プロになったら休みなしは当たり前らしい。もう慣れちゃったけどね、と言う彼らのおかげで街の治安は保たれているのだなぁ、と感心してしまった。年が明けたら常闇とともにインターンになるそうだから、湊一人のインターンは今回が最後だ。すぐに戻ってくるなら置いてけるものは置いてきなよ、との言葉に甘えて、事務所にあるロッカーに洗濯済みのタオルなどの、持って帰ってすぐに持ってくることになるものを置いて、リュックをできるだけ軽くした。
「あれ、通りもん。今更ですか?」
 ひょっこりと顔を出したホークスが、湊のリュックから覗く箱を見てそう言う。
「年末年始お邪魔させてもらうお家に、手土産にと思って。有名ですよね?」
「なるほど。有名ですよ。俺も好きです」
 ネットで見たところ、かなり有名だしハズレがないだろうと思ったのだ。地元民のお墨付きももらえて一安心した。
「お友だちの家にお泊りですか」
「はい、皆帰省して寮が空になってしまうので」
「あぁ……帰る場所ないですもんね」
 えぇ、と湊があっさり肯定すれば、沈黙が落ちた。それなりに減った荷物を整理し直して、チャックを閉めた。
「体育祭で戦ってた子ですか?」
「え?」
「お友達」
 どうやら雑談を続けてくれる気になった様子のホークスは少し離れたデスクに腰掛けて、こちらに目を向けることもなく話を続けた。どうして分かったのだろう、とは思ったけれど、否定する理由もなくて「そうです」と肯定を返す。
「私が寮にひとりになるから、誘ってくれて」
「いい子じゃないですか。楽しんできてください」
 はい、と返事をして、そろそろ駅に向かわなければ、とリュックを背負って、ホークスの卓上にある数冊の本に目がいった。赤黒い表紙に、異能解放戦線と銘打たれている。歴史を感じるデザインだ。それなりの厚さのハードカバーが、何冊か積まれていた。
「あぁ、その本。最近バズってるんですよ」
「バズ……?」
「流行ってるってこと。俺も読んどいたほうが良いかと思って読んだら、けっこう良いこと書いてありますよ」
「そうなんですか」
 急に饒舌になったホークスに呆気に取られながら、じっとその本を見つめた。なんだか少し胡散臭いというか、自分では選ばないタイプのものだけれど、ホークスがそう言うなら読んでみようか。そう思って脳内に書き留めていれば、ホークスは「上げますよそれ」と一冊湊に差し出した。
「えっ、これ全部同じ本なんですか? シリーズとかではなくて?」
「ハイ。布教するために持ってるんで」
 帰りの電車ででも、と手に押し付けられてしまえば、断る事もできず。読んだらこっそり戻しておこう、と決めて受け取った。

 長い新幹線の時間を使って、一通り目を通した。本の内容は、生まれ持った異能ーーつまり個性を、抑圧するような社会は異常であり、誰もが自由に個性を使える社会こそが正しい、それを目指すべき、というものだった。
 なかなか強烈な思想だ。思うことは自由だが、これはテロリズムなどにも繋がりかねない。良いことが書いてあるとはあまり思えなくて、2度ほど通読して本をリュックにしまった。





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