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3 呼んでもらったの




 時は遡り、12月初旬のこと。年末年始は帰省してもいいぞ、そう相澤からHRで連絡があり、クラスはにわかにざわついた。
 してもいいぞ、という言葉とは裏腹に、家庭にも「帰らせますよ」くらいの連絡が行ったらしく、皆のもとにそれぞれ保護者から「いつ帰ってくるんだっけ?」というような連絡が来ているらしい。クラスでも寮でも、帰省の話がよく出ていた。

 クラスメイトは皆、気遣いのできる人たちだ。湊がその会話に入らないのに気がついて、ごめん、とか、さっと話を切り上げてくれたりする。こちらこそ、気を遣わせて申し訳ないのに。
 湊には帰る場所がない。一人暮らしをしていた部屋は引き払った。施設へ帰れるかと聞かれれば難しいし、身寄りもない。親戚の有無すら知らない。それ自体を悲しいと思うことはないが、帰る場所があるのは少し、羨ましいなと思う。
 相澤からはあらかじめ、それとなく「寮に残ることもできる」というような話は聞いていた。基本全員帰るので寮内に一人になるが、それは職員寮預かりになっているエリちゃんとて一緒だ。たった1日だから大丈夫だと、そう思えていた。

「湊」
 共有スペースでテレビを見ていれば、ぽん、と頭に手が置かれる。反応して見上げれば、勝己はン、とアゴでひとけのないキッチンを指していた。
 立ち上がって着いていけば、周りの音が遠ざかる。二人きりになったような気分だった。
「どうしたの?」
「お前、年末年始、ウチ来るか」
 ウチ。一瞬理解が及ばなくて、なんのことかと首を傾げてしまう。その様子から理解できていないことも爆豪には丸わかりだったのだろう、「年越しを俺の実家で過ごさねぇかっていうことだよ」とわかりやすく言ってもらって、やっと理解した。
「ババアが呼べって煩えんだよ。どうせ寮に残んなら、来ればいいだろ」
「え……っと、……い、いいのかな」
「ババアが言ってんだからいいだろ。先生にも許可もらったらしいからな」
 爆豪くんはいいの。そう聞こうとして、嫌ならそもそもこんなことを湊に言わないだろうと思い直す。
 光己さんに会ったのは、神野の後、入院していた時だけだ。少しの時間だったけれど、とても温かい人だった。きっと、お父様もそうなのだろう。
 家族の形なんてしらない。他人が入っていいものだとも思えない。でも、そうして差し伸べられた手を取る資格を、彼が与えてくれるから。
「じゃあ、お邪魔、したい」
「ン。先生にも伝えとけよ」
 こうやって甘えてしまうのだ。
 なんでもないことみたいに立ち去ろうとする彼の腕を掴む。言い淀む湊を待ってくれる爆豪に、ひとつ呼吸をして口を開く。
「か、勝己くん、ありがとう……」
「……年末年始、帰る場所、あんだから。ンな顔すんなや」
 なんてことないと、寂しくなんてないと自分でも思っていたのに。彼には、奥底で感じていた違和感のような本心すらも見抜けてしまうのかと、感心した。
 ぽん、と大きな手が頭の上に乗せられる。そのまま踵を返して去っていくのを、じっと見つめた。ぽっと心にやわらかな火が灯ったみたいに、あたたかくてなんだか泣いてしまいそうだった。
 
「何だよ爆豪、イチャイチャすんなよ!」
「してねぇわクソが! 業務連絡だ!」
 ふたりで話しているのを目ざとく見つけた男子が騒いで、しかも「年末年始ウチ来るって話だわ!」と爆豪があっさり暴露してしまったから、もう共同スペースは大盛り上がりだった。
「エェ!? 両親にご挨拶ってもう結婚じゃん!」
「ちッげぇわ! 一人で寮残るよりマシだろォが」
 どきどきしてしまって、黙って元のソファに戻った湊を、耳郎や八百万たちが囲む。
「ええっ、マジで? マジで行くの?」
「う、うん……呼んでもらったの……」
「ヤバいじゃん! ご両親への挨拶!? 準備しなきゃ!」
 何の、と聞くまでもなく、ソファを囲んだ女子、主に芦戸と葉隠、八百万なんかが大盛りあがりだ。スマホを手にとって、さっそく調べ始めた。
「手土産! 手土産いるって!」
「それであれば、私の両親が贔屓にしているお店の洋菓子の詰め合わせがあるのですが、取り寄せましょうか!?」
「てて、てみやげ……?」
「それに服装はきれいめで、あんまりカジュアル過ぎないほうが良いって!」
「きれいめ……?」
 盛大にハテナを飛ばす湊などおかまいなしで、きゃあきゃあと盛り上がる女性陣。蛙吹が空気を察して「みんな、」と止めに入るよりも前に、いつの間にか近寄っていた爆豪が「オイ」と割って入り、湊の頭をがし、と掴んだ。
「てめーら勝手なことばっか言うんじゃねェ。そもそも服装は制服だし、実家帰るだけなんだから手土産がいるわけねーだろが」
 こいつ間に受けんだろ、と手のひらをぐりぐり、と回すと湊の首も少し揺れる。その言葉に、今のは真に受けなくていい言葉だったのかとやっと知った。手土産とはなにか、きれいめな服とはなにか、そればかり考えていた。
「えー、でもご両親に良い印象持ってもらうためには必要なんじゃないの?」
「アホ抜かせ。俺がいらねぇっつってんだからいらんのだわ」
「あっでもさ、爆豪くんと一つ屋根の下で寝るんでしょ? かわいいパジャマとかあったほうがいいんじゃない!?」
 え待って、それって実質お泊り!? キャー、と湊そっちのけで、今度は別ベクトルで盛り上がった女子たちに、爆豪は一つ大きなため息をついた。湊は口をはさむ余裕もない。
「もういいわ。俺が荷造りする」
「えっ何言うてんの爆豪くん」 
「てめーらの意見も湊の意見も聞かねぇ。俺がこいつの荷物全部管理し殺す」
「ホントに何言ってんの爆豪?」
 それでこの話は終了、と男子寮へと去っていった爆豪を、湊を除く女子は全員ぽかんとして見送った。爆豪の背中が消えると、湊に視線が集まる。湊はといえば、爆豪の発言の意味を噛み砕いていた。
「確かにそれが一番安心かも……」
「えっ湊正気? 荷物爆豪にチェックしてもらうの?」
「あ、ううん、全部見てもらうとかじゃなくて……多分、勝己くんはあんまり気を使うなって言いたいんだと思う。お家に呼んでくれるのも、私が寂しくないようにって気をきかせてくれたんだと思うんだけど、それで私が別の悩みを持ったら本末転倒だから……」
 もちろん緊張はするし、何にするにしても手土産くらいはなんと言われようと持っていったほうが良いだろう。けれど、服装だとか必要以上に考えすぎてパニックにならないようにしてくれているのではないかと湊には思えた。そもそも湊は、誰かの家にお泊りするという状況すら初めてなのだ。林間合宿の荷造りですら爆豪に手伝ってもらった有様を思えば、それがベストにすら感じる。
「はーー……爆豪くんってなんていうか本当……湊ちゃんのこと大好きやんな……」
「えっ」
 麗日の言葉に、ぽん、と頬が赤くなった。「えっそこで照れるの?」と耳郎がツッコミをいれているが、照れるにきまっていた。言葉にされるとなんだか、すごい威力だ。真っ赤になっているであろう頬を両手で隠して、目線を下に向ける。頭が茹だって、おかしくなってしまいそうだった。
「だ、大好きなんて、そんな……」
「カワイイけど、今発覚した事実じゃないよコレ」
 なんだか女子勢はそのことをずっと知っていたみたいに苦笑している。曰く、見ればわかる、らしい。違うの、たくさん色々してもらったり大事にしてもらっているけれど、大好きっていうのとは別なの、と湊が訴えてみても響かず。ただ「その顔爆豪にしてやんな」と言われてしまった。





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