What a wonderful world!


≫site top ≫text top ≫clap ≫Short stories

2 ありがとうございました……?




 期末テストも終わり、すっかり気の抜けた12月20日。湊はテスト直前に予定されていたインターンが先方都合でリスケになり、心と時間の余裕はできたものの、なにかが起きている気がして違和感が拭えなかった。
 ホークスが、なんだか湊を遠ざけているような気がするのだ。今までは個人でメッセージが来たり電話が来たり(業務連絡だけれど)していたのに、パッタリと途絶えた。インターンにも来なくていいというか、来てくれるな、というような感じだった。もちろん、忙しいのだろうというのはあるが、それだけじゃない気がしてならない。ただの勘だけれど。
 だから、今週末からの今年最後のインターンは、断られない限り絶対に参加しようと心に決めていた。

『仮免取得からわずか30分後にプロ顔負けの活躍! 普段から仲良く訓練されているのでしょうか!?』
『はい、仲は良いです』

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「一時間もインタビュー受けて!!」
「爆豪丸々カット!!」
「使えやぁああ……!!」
「ある意味守ってくれたんやね」
 湊が補講でいない間に、テレビ局が爆豪と轟のふたりにインタビューをしに来たのだという。爆豪はいつもの調子で受け答えたため、放送では全カットされており、その話題でA組は持ちきりだった。ずっと画面の端に見切れているのだ。

「もう三本目の取材でしたのに……」
「”仮免事件”の高評価が台無し」
「いつもどおり勝ち気で良いと思うんだけどなぁ」
 それアンタだけね、と耳郎が苦笑する。たしかに轟に喧嘩を売るようなものやインタビュアーにキレ散らかしているようなものはよろしくないけれど、全カットはさすがにやりすぎだと思っていた。湊はインタビューされる姿を見ていないけれど。

 少し前に、街一つが敵によって壊滅状態に陥った。泥花という街だ。地方に位置していたため死傷者数は多くなかったが、被害規模はあの神野以上。神野の悲劇を味わった身としては、ぞっとしない事件だ。たったの20人の敵が、1時間足らずで街を壊滅させたのだという。ある意味で、ヒーローの信頼を失墜刺せるような、俗っぽく言えば「嵌められた」事件。
 どうしても、今日本全体が危うい状態になっている。そんな中、爆豪のように自信に溢れたルーキーは良い風になると思うのだけれど。湊の意見はどうしても色眼鏡がかかっているように見られて、苦笑いで流されることが多かった。

 「「見ろや君」からなんか違うよね」
「エンデヴァーが頑張ったからかな!」
 世論が、揚げ足取りのようなヒーロー批判から、ヒーローを応援する姿勢へと変わっている。それはたしかに、平和の象徴たるナンバーワンが、どこか人間味のない完璧なヒーローであったオールマイトから、躓いて挫折を知っているエンデヴァーへと移り変わったことが要因としてあるのだろう。良し悪しは別として。麗日・芦戸にそう言われて、少々不服そうな轟を見計らったかのように、「楽観しないで!」と大きな声と共に教室の扉が開いた。
「良い風向きに思えるけれど、裏を返せばそこにあるのは”危機”に対する切迫感! ショービズ色濃くなっていたヒーローに今、真の意味が求められている!」
「Mt.レディ!?」
 マウントレディに続いて、ミッドナイトも入室してくる。一気に対象年齢が跳ね上がった。峰田は相当のトラウマがあるのか、「わあああ!!」と怪奇でも目撃したかのように緑谷のネクタイにすがっていた。
「特別講師として招いたんだ。おまえら露出も増えてきたしな」
「増えてねンだよ」
 ガチガチ、と爆豪の歯が欠けそうなほどに鳴らされた。もしかしたら、歯の強度すらも湊とは違うのかもしれない。そう言われても違和感がなかった。
 講師を招いていったいどんな授業を行うのかと思っていれば、マウントレディは『Media』と書かれたカードを手に言った。
「今日行うは「メディア演習」。現役美麗注目株であるこの私、Mt.レディが、ヒーローの立ち居振る舞いを教授します!」
 嫌な予感しかしなくて、盛り上がる男子勢についていけない。それってつまり。

「ヒーローインタビューの練習よ!」
「やっぱりそういうことだった…………」
「湊元気だして」
 グラウンドに設置された仮ステージ(にしては立派である)の上でマウントレディがインタビュアーのように立ち、一人ずつ生徒を呼ぶ。つまり、自分が仮にプロヒーローになったとしてその時にインタビューでどういう受け答えをしろとか、そういうものを学ぶ授業ということだ。

「凄いご活躍でしたね、ショートさん!」
「何の話ですか?」
「なんか一仕事終えた体で! はい!!」
「はい」
 トップバッターは轟だった。すっとぼけた様子でまったく緊張することもなく、ごく普通に受け答えをしている。
「ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう!?」
「俺が来て……皆が安心できるような……」
「素晴らしい! あなたみたいなイケメンが助けに来てくれたら、私逆に心臓バクバクよ」
「心臓……悪いんですか……」
「やだなにこの子」
 ど天然な受け答えだ。真顔で何を言っているんだ、という姿はある意味でいつも通り。きっとこのインタビューは、今から授業中のうちに全員実施するのだろう、湊は今のうちに心構えをしていた。いつも通り、気負わなくて大丈夫。そう自分に言い聞かせた。
「どのような必殺技をお持ちで?」
 そう言われて轟はステージを降り、生徒のいないほうに向かって右の個性をぶっ放す。
「穿天氷壁。広域制圧や足止め・足場づくりなど幅広く使えます。あとはもう少し手荒な膨冷熱波という技も……」
 あれは? 赫灼熱拳! あれは親父の技だ、と話しているのを横目に、湊は顔を青くしていた。湊の必殺技というのは瞬間移動一辺倒で、皆のように多種多様なものがあるわけではない。
「パーソナルなとこまで否定しないけど……安心させたいなら、笑顔を作れると良いかもね。あなたの微笑みなんて見たら、女性はイチコロよ」
「俺が笑うと死ぬ……!?」
 ド級の天然発言を繰り返す轟に、マウントレディは「もういいわ!」とインタビューを切り上げた。笑顔は、仮免時からの湊の課題でもある。未だに全く克服できていない。
 技も披露するのか? と疑問を述べた常闇に、「あらら! ヤだわ雄英生。皆があなた達のこと知ってるワケじゃありません!」と一刀両断した。
「必殺技は己の象徴! 何が出来るのかは技で知ってもらうの。即時チームアップ連携、敵犯罪への警鐘、命を委ねてもらう為の信頼。ヒーローが技名を叫ぶのには大きな意味がある」
 さすが、第一線で活躍するヒーローの言葉は重みが違った。確かに、ヒーローが皆ヒーローに詳しいわけでもないし、敵はヒーローの見た目や経歴で警戒するとは限らない。こういうことをする人だから、信頼できるだとか、恐れるだとか、そういうキャッチーななにかこそが必殺技なのだろう。そう考えると、ますます自分の必殺技はインパクトが弱いのでは、と思えてしまっていけなかった。メディア避けを覚えるから免除してもらえたりしないだろうか。そう思って相澤を見たけれど、目があわない。そんな上手くいくわけもなかった。
 飯田が、八百万が、麗日が、とどんどん皆がこなしていく。順番はどうやら、マウントレディの独断で決められているらしい。もういっそ一思いにしてくれないか、と思っていれば、「次、標葉さんね」と呼ばれてしまって、ガチガチに緊張したままでステージに立つ。
 
「ポルテさん、すごい活躍でしたね!」
「あ、はい……」
「素晴らしい救助活動でした。ポルテさんは万能型のように思えますが、ご自身ではどこが強みだと思われてますか?」
「え、えっと……、…………、………………」
 全員がこちらを見ている。マウントレディは全員同じ質問を投げているわけではないので、この質問に対する回答は用意していなかったのだ。頭が真っ白になって、うろ、と視線を彷徨わせた。む、むり。たすけて。
「めちゃくちゃ助け求めとる」
「がんばれー」
 野次のようなエールが聞こえる。かろうじて、「す、スピード……でしょうか……」と挙動不審ながらに答えた。
「どのような必殺技をお持ちで?」
 そう言われて、待ってましたとばかりにマウントレディの目の前から消えてみせる。背後を取って、「瞬間移動(テレポーテーション)です」言えば、「ゥわっ」とマウントレディは素で驚いていた。さっと元の位置に戻る。
「自身を含む物体を、別の座標に瞬時に移動させることができます。救護、戦闘支援、移動と幅広く使えます」
 これは用意していたので、スラスラと言えた。インタビューを受ける際、全ての質問事項を先にもらっていれば上手く出来るのかもしれない。
「じゃあ最後に一言お願いします」
「………………ありがとうございました……?」
 勝手に終わらすなー! と瀬呂からの突っ込みが入った。また考えていない質問で、とっさに何も出なかったのだ。
「あがり症なの? そういえばホークスさんのところでインターンしてる割にはインタビューが少ないわね」
「お断りしているので……」
 実のところ、つい数ヶ月前、神野での事件の際にあんなふうにマスコミに取り上げられたものだから、学校もインタビューは断っていいという方針だった。ホークスもそこのところは個人に任せる方針であるし(実際のところ、たいていマスコミが追いつける速度で活動していないので断るまでもない)、インタビューだなんてこれまでは無縁中の無縁だったのだ。
 終了の気配にそそくさと個性をつかってまで舞台から降りて、八百万の真後ろに着地する。背中に隠れるようにして舞台から目を逸らせば、やっと深く息ができるようだった。隣にいた轟が呆れたように言う。
「お前、本当に人前苦手なんだな。いつもよく口回んのに」
「なんでむしろみんなはそんな出来るの……?」
「聞かれたことに答えるだけだろ」
「そんなこと言ったら、テストだって出された問題を解くだけだけど百点取るのは難しいでしょ」
「……それは確かにそうだな」
「丸め込まれてるよ、轟。ていうか湊も、その頭の回転をあっちに活かせればいいんだけどね」
 ぐぅ。唸って黙り込む。湊だってもう少しまともに話せたらと思うけれど、人に見られているというのがもうだめだ。しかも中継なんて、テレビのまえで何人が見ているかわかったものではない。
「クイズはできんのにね」
「あれは一つの絶対的な答えがあるから……」
「確かに前後のインタビューぼろぼろだったわ」
 ヒーローインタビューでもクイズを出して貰えば良いのでは? なんて本末転倒というか訳の分からない案が出てきたところで、はい次とマウントレディが次の生徒を呼んだ。

「俺ァテキトーな事ァ言わねェ! 黙ってついてこい!」
 爆豪の番になって、いつものように自身に溢れ、威風堂々たるさまで言い切る姿は、湊にとっては輝いて見えた。
「か、かっこいい……私もあんなこと言えるようになりたい……」
「やめな? 全然キャラ違うから」
 標葉の見た目であれ言ったら卒倒するやつ出そう、と砂藤が苦笑していた。もちろん湊とて、爆豪のキャラクターを真似ようという気はないのだけれど。爆豪が持っているものが湊には足りないから真似たい、という意味だ。
 緑谷のインタビューは湊に似て、上がりまくって「それは良かった」と繰り返す緑谷に皆がツッコミを入れていた。わかる、と湊は心のなかで緑谷にエールを送る。どちらかといえば、皆が何のハードルもなくできているのが特異な才能なのだとすら思っていた。
「そういえば例の”暴走”……進展があったと聞いたけど、大丈夫なの?」
 あの日、あの場所にいたミッドナイトがそう話を振ると、緑谷はすっと目を閉じて、右手を前に出した。ただならぬ様子に、皆が息を飲んでその姿を見つめた。そして数秒ののち、ピョロ、と短い黒いものが出て、一瞬で消えた。
「よっしゃ! 今はピョロっとですが、コントロールの第一歩です! ゆくゆくはこれも……」
 湊が間近で目撃した、あのときの暴走して全く制御できていなかった様子からするとたしかに成長だけれど、まったく実用できなさそうな状態で大喜びしている姿に全員が白い目を向けていた。緑谷の個性は特殊なので湊の経験則など何の役にも立たないかもしれないが、湊とて個性について少なからず悩んだ身だ。秘密を共有する者としても、なにか力になれることはないだろうか、と考えてそれを見た。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -