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1 心配してない




 ベッドから降りると床がひんやりしていて、ふるり、と身体が震った。もともと寒さに弱いのは自覚していたから、枕元に置いてある靴下を履いてから、ルームシューズに足を通す。寝起きに冷えてしまわぬようにと、カーディガンまで羽織ってから部屋を出た。
 断熱防音がある程度できた寮とはいえ、冬は寒いものだ。暖房がきいていてもあまり薄着だと爆豪に「部屋戻れ」と言われてしまうので、そうならぬよう気をつけていた。
 今日は休日だ。どこか時間がゆっくり流れていて、日々の忙しさを忘れることができる。共有スペースへ降りても、いつもの半分ぐらいの人出しかなかった。
「おはよう」
「おはよう標葉さん」
 近くにいた尾白が声をかけてくれる。同じ卓にいた障子も続いたそれに返し、空いている四人がけに腰掛ける。こうすると、起きてきた女子の誰かしらが空いた席に座ってくれて女子卓が出来上がるのだ。
 時間を置かずに起きてきた梅雨ちゃんが正面に座って、もそもそ、と朝食をとる。ふたりとも寒さに弱い組なので、冬の朝はなんとなく元気がでなかった。

 途中、出掛ける仮免補講組に手を振って、エールを送る。実は彼らは今日が最終日で、うまくいけば仮免が発行されて晴れて仮免ヒーローなのだ。なにができるわけでもないけれどそれを見送りたくて、共有スペースで時間を潰していた。
 心配をしているわけでは決してないが、なんとなくそわっとしてしまう。部屋で過ごすのが落ち着かなくて、朝食後もあたたかい格好のまま共有スペースにとどまって自習をすることにした。
「雪だーーー!!」
「心頭滅却乾布で摩擦!!」
「布濡れますわよ」
「ドア閉めてー! 梅雨ちゃん動かんくなった!」
 大変に騒がしい共有スペースだが、この騒がしさが好きで、一種の安心感があった。騒ぎの中心から離れたテーブルで参考書を広げていたけれど、騒ぎに加わりたくてソファに移動する。丸まって小さくなる蛙吹に自分のブランケットを半分分けて掛け、ぬくもりを分かち合った。
「雪だ」
「湊ちゃんは雪遊びいかないの?」
「うん、寒いから」
 これで油断してまた体調を崩そうものなら、そろそろ「体調管理がなってなさすぎる」として相澤からお叱りを受けそうだった。それに、外に向かったのは大半が元気な人達で、寒くてそこまで乗り気じゃない湊がついていけそうもなかった。
「ねぇ轟たち何時くらいに帰って来るか聞いてる? 漫画の続き借りてェの」
「6時くらいって」
 瀬呂と緑谷の会話が漏れ聞こえる。
「今頃テスト中かねぇ。大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょ! 爆豪くんも最近感じ良いし! 悪いけど!」
 ねぇ、湊ちゃん! と葉隠が湊に話を振る。え、と言葉に詰まってしまって、ぱっと何人かの視線が集まった。
「……うん、いつも感じ良いと思うけど、大丈夫だと思う。心配してない」
「おおーー。正妻の余裕?」
「それはなんかちゃう気がする」
 砂藤が「ケーキでも作って待ってようか」と言って、周囲が盛り上がった。湊もなにかしたいが、実は爆豪から実質のキッチン立ち入り禁止令(正確には一人での包丁・コンロ使用禁止)が出ているので、砂藤になにか手伝えないか聞いてみよう。
「俺があの二人に唯一勝ってたのが仮免持ちっつーとこだったのになー」
 上鳴が冗談めいた口調でそう言って、テレビを点けた。お天気お姉さんが、夜までの降雪が見込まれると話している。今日は寮から出るのはやめておこうかな、と思って、参考書に目を落とした。
「チンケな事言うなよ」
「お前だけの良さは多々あろうに」
「障子ありがとう。でもなァ、座学も標葉に世話になりっぱなしだし?」
「そんなことないよ。最近頑張ってるから、授業だけでちゃんと理解できてる部分が増えてるし、それに、上鳴くんには社交性っていう良さがあると思う」
「標葉ーー、俺お前に一生ついてく!」
「一生はやめたれよ」
 泣き真似をする上鳴に、峰田が突っ込む。確かに一生は嫌だけれど、それが冗談だというのは堅物と称される湊にも分かったので、くすくすと笑って返した。
 
『ライフスタイルサポートメーカー大手「デトネラット社」が、ヒーローサポート事業への本格参入に踏み切りました』
「これ、時事問題に出そう」
「え、期末のテストの話してんの?」
「うん」
 お天気から切り替わったテレビでは、今週のニュースが流れていた。ニュースで流れるヒーロー関係のニュースはできるだけ頭に入れるようにしていたし、ネットニュースでも積極的に集めている。今回のそれはなかなか大きなニュースなので、テストに出てもおかしくない。
「そういうところだよ標葉! いいか、今はテスト週間じゃない! そうやってテストのことばっか考えてっとなァーー」
「あら、お忘れかもしれませんが、もうテストまで2週間切ってますわよ」
 八百万が当然のように告げた事実に、怒っていた峰田と上鳴がギャーと騒がしく悲鳴をあげた。1ヶ月半に一度ほどテストがあるのだから、いい加減慣れればいいのに、と思ったが口に出すのはやめておいた。



「爆豪たち遅いねー」
「雪だし渋滞してんじゃねぇ?」
 18時を過ぎても二人は帰って来なかった。湊のもとには、終わった、とだけの簡素なメッセージが17時過ぎに届いた。それはつまり仮免は問題なかったということだろうと湊は理解していたので安心して待っている。
「せっかくケーキ作ったのにー」
「作ったのは砂藤だろ」
「それに、食うのはどっちにしろ夕飯食べてからな」
 湊も少しだけ(生地を混ぜたりと本当に少しだけ)手伝わせてもらったケーキだ。爆豪はあまり甘いものが好きじゃないと知っているが、少しでも祝いたい気持ちが伝わればいいと思う。

 ブル、とスマホが震えて、メッセージの受信を伝えた。画面を見ると、爆豪からで。瀬呂が言っていたとおり、渋滞でもしているのだろうかーーと思って本文を読んで、「えっ」ととっさに声が出てしまった。
「どしたの、湊」
「爆豪くんと轟くん、帰り道に敵に遭遇して、解決してたって……今終わったみたい」
「えぇ!? いくら何でも偶然が過ぎるやろ!」
 緑谷がさっとヒーロー速報をチェックすると、二人が雄英の制服のまま、行動でひったくりを行う敵グループを捕獲したことが伝えられていた。これから居合わせた人々の映像などが揃っていくのだろうが、いまは写真や文字のみでの報道だ。
「話題に事欠かねーなホント」
「テレビとかに取材されちゃうんじゃない?」
 遅くなっている理由がわかったので気が抜けたのか、皆思い思いに腰を下ろした。着時間が1時間ほどズレるとしたら夕飯を食べ逃してしまうので、「先に飯食おう」という話になっている。湊もそれに倣って、夕飯を食べるべく立ち上がった。

 
「ンで真っ暗なんだァ?」
「全員出かけてんのか……」

 帰ってきた二人を驚かせよう! と誰からともなく声があがって、クラッカーを手に皆で暗闇に潜む。真っ暗な寮に帰ってきた二人は、困惑しながら周りを見渡している。 
「仮免取得ぅーー」
 ぱち、と電気がつく。目を見開いてびっくりした顔のふたりが見えた。 
「おめでとうーー!!」
 パンパン、と破裂音が鳴り響く。クラッカーの音だ。思ったよりも激しい音で、自分で鳴らしたくせに「わっ」と驚いてしまった。となりで耳郎が笑っている。
「ケーキ食え!」
「こんなに食えるか!」
 砂藤が何段にも重ねたケーキを爆豪に押し付けると、イラッとした様子で噛み付く。しかし砂藤が「標葉も手伝ってくれたんだけどな」といえば、大人しく手づかみで1ピース食べていた。
「やったな、爆豪!」
「かっちゃん! これで一緒にヒーロー活動できるね!」
「何上から目線で言ってんだこのクソナードがァ!」
「そういうつもりじゃあ!!」
 ぎゃいぎゃい、と一気に騒がしくなった共有スペースで、何をしているわけでもないのに楽しくて笑いがとまらなかった。





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