What a wonderful world!


≫site top ≫text top ≫clap ≫Short stories

16 あたま、はたらかないかも




 試したいことがあるから、協力してほしいの。
 部屋を訪れるやいなやそう言った湊に、爆豪は特に抵抗することもなく、先を促した。爆豪が安請け合いなどしないことはよく知っていたので、さっさと話を続ける。
「あの、一緒に寝たいの。今晩、ここで」
「却下」
 えっ。
 ノータイムで却下されるとは思っていなくて、湊は固まった。それでも爆豪は何も言わず、黙って湊を見つめる。
「ど、どうして?」
「どォしても。危機感足りなさすぎんだテメーはよォ」
「ききかん……?」
「何言ってるかわかんねぇみてぇな顔すんな」
 絶対ェダメ、と取り付く島もない様子に、しゅんと肩を落とした。理由も言ってくれないなんて、そんなにいけないことを頼んでしまったのだろうか。
 でも、よく思い出すと爆豪に意見を棄却されたことがほとんどないくらいにいつも、湊のわがままを聞いてくれていることに気がつく。
「……ごめんなさい。いつもありがとう」
「はァ? ンで今礼言ったよ。ダメだっつったんだぞ俺ァ」
 もちろん聞こえてはいたけれど。「断られてびっくりするぐらい、いつも勝己くんは私のわがままを叶えてくれてたんだなと思って……」と言えば、爆豪は頭を抱えていた。
「こんなもんちっともわがままじゃねぇわ……」
 クッソ……と小さく悪態をついて、「とりあえず理由ぐらいは聞いてやってもいい」と言ってもらえた。今がチャンスだと、慌てて弁明を始める。
「あの、あのね、勝己くんの隣にいると私いつも眠くなっちゃうでしょ」
「……確かに最近ウトウトしとんな。疲れとるからだろ」
「それもあるんだけど、勝己くんの横にいる時が一番眠くなるの。多分それって、安心してるんだと思ってて……それでね、この間、相澤先生に個性を消してもらって、脳の個性をオフにする感覚は掴めたんだけど、自分では意識的にできなくて。勝己くんの横にいる時はすごくリラックスできるから、もしかしたら何か掴めないかなって……」
 相澤に個性をかけてもらってから、何度か自分ひとりであの感覚を再現できはしないかと試したが、そう上手くはできなかった。あのときは、見ている世界の情報量が少なくなって、それを受けての自分の思考も鈍くなっていた。ヒーロー活動中には当然良くない状態だが、逆に言えばいままでは日常生活をオーバースペックの状態で過ごしていたのだ。オンオフをコントロールして省エネの状態で過ごせば、個性上限も自ずと上がったりするのでは、というのが湊の目論見だった。
 爆豪と話した後は心が緩んで少し眠りやすい。隣にいる時は体温が、声が、においが安心させてくれて、気がつくと意識が落ちそうになっている。防衛本能が限りなく刺激されない状態だからこそ、個性をコントロールするには良い状態だと思ったのだ。もしも一緒に眠れたら、効率的に休めるんじゃないかと思ったのだけれど。

 正直に湊が話せば、爆豪は「何言っとるかわかっとんか…………」と大きくため息をついた。湊には結局爆豪が断る理由がよくわからなかったけれど、黙って返事を待つ。すこしして、もう一度はああ、と大きなため息の後に、今日だけだからな、との制限付きで許可が降りる。
「あ、ありがとう……!」
「隣で寝るだけでいいんか」
「うん。あ、でも、寝る前にお話ししたい。話をしてると、安心するから」
 今日はね、エリちゃんのところに行ってね、と他愛もないことを話すのを、大して面白くもないだろうに爆豪は黙って聞いていてくれる。そうしていれば、自然と頭が重たくなってきて、うと、と瞼が重くて目が閉じてくる。
「……寝るか」
「ん、うん……」
 こくり、と頷くと、爆豪は湊を壁側に寝かせて、隣に自分が横たわる。湊は爆豪の近くに寄って、胸元に擦り寄った。抱きついた時に嗅ぐそれが肺を満たして、落ち着く。相手のことをいい臭いだと思うのは、遺伝子的に相性が良いということらしい。もうほとんど目も開いていない湊の背中を、大きな手がさする。あぁ、すきだなぁ。そう思って全身の力を抜いたら、ぱち、と頭でスイッチが切れたような感覚がして、意識が落ちた。





 いつもより重い頭を自覚しながら、目を開く。目の前にはすやすやと眠る恋人がいて、はぁ、と爆豪は起き抜けにひとつため息をついた。
 昨日、この無防備で危機感のない生き物の頼みを断れず、爆豪は寝床に迎え入れてしまった。ベッドに横になった途端熟睡し始めた彼女とは違って、気になって多少眠れなかったため軽い寝不足である。責めるつもりはないし、自分の課題に対して必死に立ち向かっているのだから協力をしてやりたいとも思っているけれども。
 半開きの唇から、穏やかな寝息が聞こえる。入眠してから微動だにしていない。
 熟睡しているなら起こさなくても良いかと、そっとベッドを降りて、物音を立てないようにして着替えをして、ロードワークに向かった。

 爆豪が「何かおかしくねェか」と思ったのは、ロードワークを終え、シャワーも浴びて、部屋に戻ったタイミングだった。時間にするとまだ朝の7時過ぎではあるけれど、物音を立てても、全く起きる気配がない。試しに「湊」と声をかけてみても、肩を軽く揺すってみても、起きない。寝息が乱れすらしない。
 湊はいつもたいてい、7時間から8時間の睡眠をとっていたはずだ。であれば、もう起きてもおかしくはないのに。それに、ここまで外界の刺激に鈍感になるものだろうか。完全に寝ている湊を起こす経験はしたことがないが、寝起きが悪いイメージもない。
 さすがの爆豪も少し焦る。一旦、昨日の湊が言っていたことを思い返した。相澤に手伝ってもらって個性を消された感覚がわかったから、自分の意識でそれが行えるように試行錯誤している、という話だったはずだ。個性が常時発動していた状態から、それが休めるようになったのならば、むしろ睡眠時間が短くなってもおかしくはない。でも今、湊は9時間以上すやすやと安らかに眠っている。
 今日は休みなので、しばらく寝ていたとて大きな問題はない。ないが、女子が「あれ、湊いないね」となる可能性は高い。湊は休日だって常と変わらない時間に朝食を取っているからだ。どうすべきか、と考えて、寝顔を見つめる。やっぱり全く起きる様子がなくて、人差し指で頬を指した。無抵抗だ。

 …………とりあえず、朝食に行くか、とメモ帳に伝言を残して部屋を出る。もちろん心配ではあるが、とにかく安らかに眠っているだけなのだ。もしかしたら三十分後に何ごともなく起きてくる可能性もある。もし女子が湊のことを探していたらそのときはその時だと、開き直った。


 
「えっ、湊が? 起きない?」
「どういうことですの」
「俺が聞きてェんだわ」
 結局、爆豪が朝食をとり、部屋に戻り、課題をしながら待っても湊は起きる気配がなかった。これはいよいよ大事になるかもしれない、と爆豪は取り急ぎ、大騒ぎしそうな女子に先手を打つために耳郎と八百万にチャットを打って人気のない寮の裏に呼び出した。
 二人は思ったとおり冷静で、何なら爆豪の部屋でよく会っていることすら把握している様子だった。一緒に寝たことには驚いていたけれど、「湊なら言い出しそう」と納得している。
「つまり、昨晩からもう12時間近く眠ったままなのですね」
「しかも揺すっても声をかけても起きないと……」
 正直、異常事態なのですぐにでも相澤に報告すべきかと思う。しかし最悪なのは、爆豪の部屋で寝てしまったことだ。休日の寮内、眠った人間を誰にもみつからず運ぶことなんてできそうもない。しかし今相澤を呼ぶと、湊が爆豪の部屋で寝たことがおおやけになってしまう。
「……本当に眠っているのですよね?」
「どういうこと?」
「いえ、なにか……例えば昏睡ですとか、そういう医療行為が必要な状態ならば急を要すかと」
 それは爆豪も何度も思ったことだ。しかし、熱も脈も正常だし、顔色も悪くなければ呼吸にもおかしなところはない。本当にただ、安らかに眠っているだけなのだ。
「外界の刺激に反応がねェこと以外はただの睡眠状態にしか見えねぇ。ただ、こんだけ経ってると脱水と低血糖が心配だわな」
 なにか異変があれば、爆豪が見逃すわけもない。その場合はなりふり構わず相澤を呼んでいるだろう。本当にただただ寝ているから、困っているのだ。
「……わかりましたわ。皆さんには私と耳郎さんでなんとか誤魔化すとして……いつまで起きなければ相澤先生にお知らせするか、決めましょう。もちろん、異変があったらその限りではないですけれど」
 結局、「夕飯にいなければそれ以上は絶対にごまかせない」という結論にいたり、18時をリミットとすることに決めた。18時に起きていないということは、20時間眠り続けているということだ。さすがにどう考えたって異常である。それまで爆豪は念の為部屋で過ごすことにして、うまい言い訳は八百万と耳郎のふたりで考える運びになった。

 と、珍しく爆豪が人に助力を要請するような事態だったのにも拘わらず、湊は16時ごろにあっさり起きたのだけれど。
「うんん……」
 その小さな唸り声に、爆豪は気もそぞろで向かい合っていた参考書にシャープペンを落とした。急いで立ち上がって、湊、と声をかけながら肩を揺すると、ゆっくりまぶたが持ち上がって薄氷のような瞳が現れる。それに心底ほっとして、肩の力が抜けた。
「…………ん……? おぁよ、かつき、くん……」
「何もおかしいとこねェか」
 寝ぼけて頭も回っていなさそうな湊をぺたぺたと触って、異常がなさそうかチェックする。いつもの100倍寝ぼけた湊は反応も薄く、頭上にハテナをいくつも浮かべたような表情をしている。
「うん……? のどかわいてる……?」
「そりゃそうだろうな。おら、水飲め」
 用意していたペットボトルを、蓋を外して手渡してやれば、ゆっくりと飲みくだされていく。脱水気味だったのはそうだったようで、一気に半分近くが消えた。
「おかしいとこねーんだな?」
「おかしいとこ……? すっごくおなかすいてる」
 それも当然である。最後に食事をしたのはほぼ24時間前なのだから。それには答えを返さず、爆豪はひとつ違和感を抱いていた。いくらなんでもちょっと雰囲気がゆるすぎる、というか、寝ぼけているようなふわふわした言葉が気になったのだ。湊はたしかに少しそういうところがあるが、基本的にははっきりしているというか、いつも少なくともこんなひらがな発音ではないはずだ。
「……湊、まだ寝とんかお前」
「ううん、おきてるよ……でもちょっと、あたま、はたらかないかも……」
 虚空を見つめてぼーっとしている様子は明らかにすこしおかしい。頭を働かせるための栄養が足りていないからだろうか、と一応用意していたカロリーバーを手渡すと、もそもそ、と食べ始める。半分を食べたところで、それでも改善はされない。そうであれば、もしかして。
「個性使えるか」
 爆豪が気になったのは、個性の発動をやめると脳の働きが落ちる、つまり何かしらの変化があるはずだ。それがこれなのではないか、ということだった。この寝ぼけた状態が個性を発動してない状態のデフォルトである可能性がある。手っ取り早く確認するには、と取り急ぎ個性が使えるか、と聞いてみれば、湊は「こせい……?」と言ってからぱちぱち、と何度か瞬きをして、そして急に覚醒したみたいに、目を見開いた。
「こ、個性使えない……!!」
「お前まじで寝ぼけとったんか…………」
 個性が使えない一大事は一旦おいておくことにして、爆豪ははぁ、と大きく安堵の息を吐いた。脳に影響するという個性が発動していないのが常時あの状態だとしたら、あまりにも危なかしくて目が離せないからだ。そうでなくてなにより安心した。
 急に覚醒して「こ、個性使えない……なんで……? え、待って、4時なのに明るい……? えっ、16時!?」と急に騒ぎ出した湊に、爆豪はベッドに腰掛けて、落ち着け、と背中をさすって静かにさせた。

 



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -