15 ちゃんと使いたいの
個性をかけてほしい、と言った際「明日の放課後にしろ」と相澤に言われた通り、湊は個性をかけてもらおうと職員寮までやってきた。それだけではなくて、エリちゃんの個性を物間がコピーするのにも立ち会うつもりだ。
私服のままの通形、これから何がおこなわれるか全く想定ができていなさそうな緑谷の隣に立っていれば、相澤がエリちゃんを連れてやってきて、それに遅れて物間もやってきた。
「ゆうえいの……ふのめん……」
「アハハハ何言ってんのかなこの子ォ! 何言ってんのこの子ォ!?」
やっぱり、常時テンションが高くてネジが一つくらい外れていそうな物間は湊でも怖い。怯えたように後ずさるエリちゃんの近くに屈んで、抱き上げる。体温が高くて、少し暖かくなった。
「あの……一体何が始まるのでしょうか」と冷静に進行を買って出た緑谷のおかげでやっと本題に入ることになった。なによりもまず寒いので室内へと入って、エリちゃんをソファ近くの床に下ろし、湊もその隣に座りこむ。
「物間、頼む」
相澤がそう言って、物間がエリちゃんにふれる。にょき、と角が生え、……しかしなにも起こらない。
「うーん……スカ、ですね。残念ながらご期待には添えられません、イレイザー」
「……そうか。残念だ」
なにか、自分が悪いことをしてしまったみたいにしゅんとした顔をするエリちゃんの手に触れて、肩を抱いた。エリちゃんが悪いことなんて一つもないと伝えるみたいに。
「エリちゃんの個性をコピー……!? 一体何を? それに物間くん、スカって……」
「君と同じタイプってこと。君も溜め込む系の個性なんだろ?」
何が起きているのか充分な情報を与えられなかった緑谷の問に、物間は率直に答えた。「溜め込む系」という言葉に、つい最近に聞いたばかりの緑谷の秘密がよぎった。物間の個性、「コピー」は個性の性質をコピーするものなので、今まで溜め込んでいたものまではコピーできない。
「なんでコピーを?」
「エリちゃんが再び個性を発動させられるようになったとしても、使い方がわからない以上またああなるかもしれない。だから、物間がコピーして使い方を直に教えられたら彼女も楽かと思ってな。そう上手くはいかないか」
「それに、成功イメージがあったほうが成功しやすいものですから。エリちゃんの個性は少し特殊というか、どうなったら成功なのかがわかりにくいので、誰かがお手本を見せてあげたほうがいいんじゃないかなって」
この案を出したのは湊で、具体的に物間に頼めばできないかと提案してくれたのは相澤だった。湊の個性は難しいわりには成功イメージがつかみやすいものなのでそこに苦労をしたことはないが、自分の個性で具体的にどうできて、というのを考えるのは高校生でも難しいことだ。どうしたら制御が成功しているのかもよくわからない状態のままでいるのは良くないと思ったのだけれど、やはりうまくはいかない。
「……ごめんなさい、私のせいで困らせちゃって」
エリちゃんは自分の右手を、少し膨らみが目立ち始めた角に当てた。
「私の力……皆を困らせちゃう…………こんな力、無ければよかったなぁ……」
その言葉は、昔の湊が思っていたことそのままで。あぁ、やっぱり湊には、湊では、エリちゃんを助けてあげられないんじゃないかと思ってしまう。なんて言葉をかければいいのか、わからない。
「困らせてばかりじゃないよ。忘れないで」
緑谷が、微笑んでエリちゃんの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。胸を張って、当然みたいに、言う。
「僕を救けてくれた」
緑谷は、たしかにエリちゃんの個性で治崎に打ち勝てた。しかしそれは結果論に過ぎなくて、もし一歩間違っていたら緑谷だって死んでいたかもしれない。それでも、彼の言葉には偽りはなくて、本心から言っている事が伝わる。誰かを救う一言だった。
「私、やっぱりがんばる」
一転して明るい表情で、ぐっと拳を握ったエリちゃんがそう言って、緑谷が明るく答える。近くにいるのに何もしてあげられないことが後ろめたくて、そっと立ち上がった。湊はまだまだで、やっぱり緑谷はこんなにもすごいヒーローだ。いろんなものを、人を、その存在と優しさで救うことができる。落ち込んでいる暇はないけれど、わかっているけれど、不甲斐なさがこんなにも歯がゆかった。
「そういえば標葉。個性が何だった」
相澤のほうから話を振ってくれて、うっかり忘れるところだったその話を思い出すことができた。
「個性?」
「あの、私の個性を消してほしくて」
話が分かっていなさそうな通形が、その言葉を聞いて、何で!? と大げさに反応した。緑谷も、物間ですらおかしいものを見る目でこちらを見ていた。
「別に構わんが……理由を言え」
「あの、私、自分の脳が発動型の個性を持ってるんじゃないかって仮説を立てていて。それが、発動型なのに常時発動してしまっている気がして……だから、消してみてもらって、その仮説の確認とともにその感覚を掴みたいと思っていて」
お前は相変わらず突拍子もないことを考えるな、と相澤が呆れたように言った。たしかに少々突拍子もないことかもしれないが、と思っていれば、エリちゃんが湊をじっと見ていることに気がついた。
「湊さんも……個性、うまく使えない?」
話の流れから、そうなってしまったのだろう。通形が、「そうじゃないぜ」と否定しようと口を開いたのを遮って、湊はもう一度、屈んでエリちゃんと目線を合わせる。
「うん。個性って、本当に難しいんだ。でも、私の力も、誰かを救けられるものだからちゃんと使いたいの。エリちゃんの個性と、一緒」
それがなにか、エリちゃんにとってプラスになるかどうかなんてわからないけれど。誰もが個性を完全に使いこなせているわけじゃなくて、私だって頑張らなきゃいけない、同じ立場なんだって教えてあげたくなった。
だから一緒にがんばろうね、と言えば、エリちゃんはこくこく、と頷いてくれた。
いいんだ、緑谷みたいにヒーローになれなくたって。きっと湊にしかできないこともある。自分の個性を心底恨んで、こんなものなくなってしまったほうがいいって、本気で考えたことのある湊にしかできないことが。
立ち上がった湊に、相澤が「事情はわかった。お前らはエリちゃんと遊んでろ」と緑谷と通形を離れた机のほうに促す。物間も帰らせて、同じ室内にはいるけれど相澤と二人きりで話すような状態になった。エリちゃんが万が一にも怖がることがないようにの配慮だろう。なにかが起きるわけではないので、湊のほうはどこでいつかけられても問題がなかった。ただ、湊は少々時間に追われているので、早く結果が知りたいだけだ。
じゃあいくぞ、と相澤がだるそうに言って、個性の発動兆候である逆立った髪、を視認した瞬間に、「ぶつん」となにかが切れる音がした。
幸いにして意識を失うことはなかったけれど、一瞬目の前が真っ暗になって、前後不覚に陥る。気がついたときにはふらり、と体勢を崩して、後ろに向かって倒れるところだった。
「おい!」
相澤の怒号が響いて、伸びてきた手がかろうじて背中を支えてくれる。なんとか、無防備に頭を打つようなことは回避された。
「どうしたの!?」
当然離れて遊んでいた3人にも聞こえたようで、緑谷が走り寄ってくる。相澤に支えられて近くのソファに座らせてもらって、「大丈夫か」という問いかけにうなずきながら、何が起きたのかを考えようとして、頭の回転がどこか鈍いことに気がついた。
うまい例えが思いつかないのだけれど、視力が悪くなったような心地だった。見ようと思わないと視覚から情報が入ってこなくて、なにか焦りのようなものが心に残る。なにこれ、と思って目線をさまよわせていれば、ものの数秒で今度は何か軽い音がして、思考がもとにもどる。
「…………すみません、もう大丈夫です」
「念の為リカバリーガールのところ行くか」
「いえ、本当に大丈夫です」
状況から、なんとなくわかる。これは普通の体調不良なんかではなくて、相澤に個性をかけてもらったから起きたのだ。相澤に個性を消された瞬間あぁなったのは、脳がなにか変化を起こしたから。やっぱり湊の仮説は正しくて、湊の脳は発動型の個性を常時発動しっぱなしということなのだと確信できた。
心配そうな目線を受けながら、相澤に礼を言った。確実に、一歩進んだと思う。仮説が正しいとわかれば、自分の意思で個性をオンオフできるようにならなければ。オフの感覚は掴めたから、電源スイッチの押し方を自分で把握しないと。
そんなふうに一人思考に浸っていたから、相澤が「やっぱり根を詰めすぎておかしくなっているんじゃないか」と言って緑谷が苦笑していたことになんて気がつきもしなかった。