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14 なりたかったの




 B組との合同授業を終えて、爆豪がTDLにて緑谷を扱いたあとのこと。ブツブツと煮え切らない緑谷の態度にイラつきながらも、寮への道を辿る。明かりが見えてきたころ、エントランスのすぐそばに人影を視認した。もっと近づくまでもなく、それは湊で。「湊」と声をかけると、ばちりと視線がかちあう。
「勝己くん」
「どーしたんだよ」
 授業開始前に寒い寒いと言っていた割には部屋着に一枚羽織った程度の薄着のままでいるから、何か羽織れと言いたいところだが、あいにく訓練帰りの爆豪は何も余分な服を持っていなかった。
「あのね、今日の夜ご飯はB組の人たちと食べるんだって。それで、準備してたんだけど勝己くんいなかったから、どうしたのかなって」
 探してたの。その言葉にどこかむず痒い気持ちになりながら、頭に手を置いて頭を撫でる。どこか、忠実な犬のようでかわいい。
「デクと訓練しとった」
「あぁ、緑谷くん。今日大変そうだったもんね。あの黒いもの、新しい個性だよね。オールマイトは使えないのに緑谷くんが使えるのは何でなんだろう? でも、ちゃんとコントロールできたら汎用性高そう」
 
 ンな呑気なこと言ってられねぇ、今すぐ使いこなさねぇと、と言おうとして、口をつぐむ。今こいつ、なんて言った?
「……は?」
「え?」
 爆豪が何に驚いているのかも全く理解していないように、湊は小首を傾げている。いや、は? オールマ……は?

 「ど、どうしたの? ごめんなさい、私また何か……あの、言ったらいけないこと、だった……?」
 ぴしりと固まって頭を抱えた爆豪に、湊はおろおろ、と目に見えて狼狽して謝る。何も謝ることではないのだけれど、理解が追いつかなくて、ちょっと待て、と言えば律儀に動きを止めて口をつぐんだ。フゥゥ、と大きく一つ息を吐いて、現状を理解しなければ、と思い直す。
「違ぇ。別に、怒っとるわけじゃねーわ。……クソデクからなんか聞いたんか」
「なんか……? ううん、緑谷くんからは何も。オールマイトも、このことはきっと隠してるんだよね。でも、勝己くんには共有してるんだと思って……今日とか、話してたり、特訓しているのはそうだから、だよね? 違ったらこめんなさい」
 共有されているから、話してもいいのかと思って、と湊はまるで気がついて当然のように話す。本日、二人で固まってこそこそと話をする二人に対して「てめーら、人に守秘強要しといてバンバンコソコソしてんじゃねェ! バレるぞ」とキレたのが思い出される。もう手遅れだったわけだ。どういうつもりなんだよ秘密ってンな程度のもんじゃねぇだろが、と内心ブチギレながらも気持ちを切り替えた。
「合ってるし、いい。俺には言ってもいい。じゃあ聞いてねぇのになんで分かった?」
「何で……? 私、緑谷くんの個性は後天的なものなのかなってずっと、入学したときから思ってたの。それで……えぇと、緑谷くんって、ほら、隠し事が苦手……でしょ? それで、いろんな節々から、オールマイトからのものなのかなって」
 説明下手くそか、と思ったけれど、今に始まったことではない。
 湊の頭脳がどれほど常軌を逸しているか、一番近くで見てきた爆豪がわからないはずもない。湊にとっては当然のことで、むしろ周囲が気付かないことに疑問を抱いているくらいなのだろう。
 それに、湊が異常に鋭い部分もあるが、あの二人が油断しすぎなのだ、どう考えても。材料さえ与えれば何でも推測できるだけの頭がある湊だとしたって、材料を与えすぎだという話だ。
「それ、誰にも言ってねぇな?」
「うん。緑谷くん、隠したいみたいだったから言いふらしたらまずいんだろうなって思って……でも、緑谷くんってあまり隠し事が上手じゃないから、私の他にも気が付いてる人いるんじゃないかな」
「いてたまるか」
 もしいたら、デクのことを半殺しでは済まない、と言えば、冗談だと思ったのか湊はくすくすと笑った。全く冗談を言ったつもりはないし、もしそんなことになったらオールマイトすらも怒鳴りつけるだろう。

 しかしまぁ、気がついたのが湊だったのは不幸中の幸いというか。誰にも言うなと言えば言わないだろうし、しかも今日見たようにOFAがこの先個性の幅を広げていくのならば、いつかは隠しきれなくなるときがくる。その際に真っ先に気がつくのは湊のようにある意味鋭くて頭がいい人間だろうから、もう諦めて仲間に引き入れてしまうのがいいだろう、と爆豪は思い直した。つーか、アイツらが全面的に悪いだろこれは。湊悪くねぇだろ。 
「誰にも言うなよ。国家機密レベルの話だ」
「うん、大丈夫だよ。さっきはごめんなさい、ちょっと……勝己くんだから、油断した」
 そう言われて強く言えるわけもなく。こいつは本当に人を喜ばせるツボを無意識に理解しているからタチが悪い、と、嬉しくなってしまった自分にどことなく苦々しいものを感じながらも、ふるり、と身体を震わせた湊を室内へと誘導する。
「俺待ってんのはいいが寒ィならもっと服着ろ。つーか、中で待ってろ」
「うん、次からそうしようかな」
 二人そろって室内へ入る。幸い誰かに見とがめられてからかわれることもなかった。爆豪は荷物を置きに男子寮へと戻りながら、このことをどうやってオールマイトに伝えたものか、そしてあのクソデクはどうしてやろうか、と考えていた。
 


 失礼します、と湊が仮眠室に入室すると、そこはまるで葬式のように暗い雰囲気だった。
 
 放課後、さっさと教室から姿を消してしまった爆豪から電話があったのは、終業後しばらくした夕方のことだ。ちょうど自習室で自習をしていた湊はそれに応じて、「今から指定する場所に来れるか」という言葉にも一も二もなく応えた。そうして爆豪から呼び出しがあるのはとても珍しいことだからだ。荷物を片して指定された場所へ行くと、そこは生徒が使うことはない、仮眠室だった。少し不安になりながらもノックをしてとびらを開いた先には、先述の通りの雰囲気のオールマイトと緑谷、そしてふんぞり返った爆豪がいて、爆豪に示されるままに湊は隣へと腰掛けた。
「えっと……?」
「急に呼び立ててすまないね、標葉少女。爆豪少年から聞いたよ。その……私たちの秘密を、知ってしまったと」
「あ、はい」
 軽い! わあぁすみませんオールマイト、と騒いでいるオールマイトと緑谷とは裏腹に、爆豪はむすっ、としたまま黙っていた。爆豪から話が行ったのだろうということは察しがついたので、湊から特に何かを言うことはなく隣でじっとしていた。
 時間をかけて落ち着いたオールマイトが、はぁあ、と大きくため息をついて口火を切る。緑谷は青くなって戻らない。
「改めて、気が付いたのに黙っていてくれてありがとう、標葉少女。これは国家機密と言っていいほどの秘密なんだ。きみは頭がいいから気が付いているかもしれないが、この話が広まれば平和が脅かされる危険性すらある」
 オールマイトはそう話し出して、オールマイト自身と緑谷の個性について教えてくれた。
 オール・フォー・ワンと対をなす個性、ワン・フォー・オール。力をストックし、別の人間に譲渡する個性。ルーツは超常黎明期までさかのぼり、もともとはAFOの弟が持っていた個性だったのだという。そこから幾人もの人間を経由して、数多くの個性をため込んだOFAは強大な力となって先代のオールマイトでついにAFOを打ち倒すまでになった。しかし、現在臨界点を迎えており、オールマイトの時代には発現しなかった過去の継承者の個性までもが発現するようになったのだという。
 
 推測しえなかった部分まで教えてもらって、理解が深まる。ある程度は推測通りだったが、やはり外から見ただけではわからないこともある。というか、湊は秘密を抱えていくつもりだったのでまったく教えてもらう必要はなかったのだけれど、オールマイト曰く「誠意」なのだという。
「わかりました。教えていただいたからには、何か手伝えることがあったら言ってください」
「ありがとう。何か困ったら声をかけるよ」
 オールマイトはそう言ったけれど、きっと声がかかることはないのだろうな、と湊にはわかった。

「あの…標葉さん」
「ん?」
「ちなみに参考までに……どうして気が付いたか細かく教えてもらえないかな。僕ほんとに、全然そんなことになっているって気が付かなくて……このままじゃまずいなって思ってて」
 緑谷にそう言われて、湊はなぜ気が付いたのかを思い返した。
「入学当初、爆豪くんは緑谷くんのことを無個性だと思っていたよね。幼馴染がそう言うってことは、緑谷くんは本当に無個性だったか、なんらかの理由で個性を隠していたってことになる。ということは、少なくとも今まで、個性をたくさん使ってはこなかったんじゃないかと思うの。個性って、個性因子に基づいた身体機能の一つだから、使えば使うほど上手くなるし、個性自体も強くなることが多いのね。なのに、緑谷くんの個性は、個性が強すぎて身体がついていけていなかった。つまり、真逆のことが起きてたの。そこがまず違和感だったかな。まるで、後から強い個性を植え付けたみたいだなぁって」
「ヒェ……」
 入学当時のことを思い出して湊が話すと、緑谷の顔色がどんどん悪くなる。それでも、湊は気にすることもなく言葉を続けた。
「体育祭の時に、緑谷くんに病院に行ったほうがいいって言ったの、覚えてる? あの時、結構頑なだったから、もしかして原因がわかっているのかなって思ったの。大抵の場合、そんなのっておかしいから調べたいと思うはずなのに。それで、オールマイトが力を失って、違和感を覚えた。個性因子って、使いすぎや時間の経過で消えてなくなることはなくて。遺伝子みたいなものだから。身体が外傷で弱って個性を使うと怪我をしたりするのならまだわかるけど、全く使えなくなるのってどうしてだろうって。オールフォーワンの話を、個性を奪う個性のことを聞いて、なんとなくピンときていたというか。オールマイトと緑谷くん、お知り合いみたいだったし、個性を奪う個性があるのなら、個性を譲り渡すような個性があってもおかしくないと思って……オールマイトから緑谷くんに力が譲渡されていたなら、すべての辻褄があうなって。それでこの間、インターンの時に通形先輩に言っていたでしょ、『個性を渡せたら』って。そんな発想、普通は出ないと思って」
「全部テメェのせいじゃねぇかザコ」
「申し開きのしようもないっていうか……」
 湊の言葉に完全に肩を落としてしまった緑谷を、爆豪は怒りながら叩いていた。爆破しないだけ優しいのかもしれない。オールマイトはハワワ、と手を口元に添えながら「標葉少女の洞察力と考察力が凄すぎる……」と言っていたが、爆豪はそれにもイラついたようで、ガン、と足元の地面を踏み抜いた。
「デクもオールマイトも、詰めが甘すぎンだよ。めちゃくちゃ当然のように『お知り合いみたいだったし』とか言われとんな」
「申し開きのしようもない……」
 師匠と弟子だと反省の仕方も似るのかな、と、まったく同じ言葉を吐いた二人を見つめた。まぁ、湊からすれば隠し事をしていたこともその内容も何も言われずとも推測のできるものだったから、何も慰めてあげることはできなかった。
「勝己くんも気づいたの?」
「俺ァクソデクにバラされたようなもんだ」
 それ以上言われなかったので、追及することもやめておいた。なんとなく、夏のあの日が関係しているような気がしていたが、二人の友情には湊が入れる隙はない。

 「もっと気を付けよう」という反省をしている二人に、湊は一つだけ、話したいことがあったのだと思いだした。緑谷くん、という声に、緑谷は少々過剰反応気味に「はいっ」とひっくり返りかけた声を上げる。それを微笑むだけで流して、言葉を続けた。 
「私、入学した頃、緑谷くんになりたかったの」
 へっ? と緑谷が素っ頓狂な声を上げる。
「ううん、正確には違うな……自分の欠けているところを、緑谷くんで埋めたかった。あなたが、すごく、正しくヒーローをしているように見えたから」
 何の話をしているのか、と緑谷の目が語っていた。オールマイトですらもそうだ。勝己だけが、何も言わずに湊のことも見ずに、ただ前を見据えていた。
「でもね、雄英で学んで……いろいろ、たくさん言葉をもらって、経験もして、違うなぁって思ったの。私の足りないところを何かで埋める必要なんてないんだって。それに、すごく正しく見えてた緑谷くんのそれは、ヒーローとしては正しいかもしれないけど、人として間違ってることもあるんだって。……緑谷くん。あなたのこと、すごいヒーローだと思う。洸汰くんのことも、エリちゃんのこともそう。でもね、人間って、一人では生きていけなくて、誰かに寄り添って、助けてあって生きていくものだと思うの。あなたはいつも、一人で抱えて、一人で頑張って、そしていつか、一人でいなくなってしまいそうで怖い」
 それは湊の正直な気持ちだった。緑谷はいつも、同い年とは思えないものを背負っているように見えるのだ。湊だってほかのひとよりは重いものを背負っているけれど、勝己がいる。緑谷にはそういう人がいるのだろうか、この人になら絶対に、最後に縋れると思える人がいるのだろうか。彼はいつも両手以上のものを救おうとしているように見えて、それがなんだか湊には、恐ろしく思えたのだ。
 唐突に言った言葉に、緑谷は言葉も出ないほど面食らっているようだった。
「そ、んな、こと……」
「ないならいいの。でも、忘れないでね。緑谷出久は、世界に一人しかいないんだよ。死んだら、そこで終わりなんだよ」
 その言葉は、前に勝己が湊にくれた言葉だった。でもいまの湊の気持ちを一番正確に表しているのが、この言葉だったから。

「ありがとう……でも、大丈夫だよ」
 緑谷は少しだけ、何かに引いたようにそう礼を言った。湊はそれ以上何かを言うのも憚られたので、仮眠室が静寂に包まれた。それに耐えられなくなったのか、爆豪がすっ、と立ち上がる。
「爆豪少年?」
「帰る。いつまでもクソデクと同じ空気吸いたくねぇ」
「あ、待って、私も寮まで戻る」
 湊もそれに倣って立ち上がると、オールマイトが湊の背に向けて「標葉少女」と声を掛けた。振り返ると、オールマイトが神妙な顔をしている。
「申し訳ないが、このことは必ず内密にしてくれ。誰にも」
「大丈夫です。言いませんから」
 失礼します、とお辞儀をして湊が踵を返すと、爆豪は扉の前で待っていてくれたのでそれに続く。仮眠室の中には、オールマイトと緑谷が二人残された。





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