What a wonderful world!


≫site top ≫text top ≫clap ≫Short stories

13 ご心配なく




『第5セット目! 本日最後だ! 準備はいいか!? 最後まで気を抜かずに頑張れよーー!!』
 スタートだ、という大声とともに始まった最終セット。A組:芦戸、麗日、緑谷、峰田 vs B組:小大、庄田、物間、柳+心操。チーム編成的には第4セットと似ているが、索敵がいない分緑谷に掛かる負荷が大きい。近距離戦闘特化がいないのも地味にネックだろうか。緑谷がどんな作戦を立てて望むのだろう、と興味を持ちながら、湊は液晶スクリーンをみつめた。

 先行する緑谷を迎え撃つのは物間だ。言葉で煽って緑谷の心を乱そうとしているのか、洗脳をコピーしていてかけようとしているのか。緑谷もそれは同意見のようで、言葉を発することなく対応している。
 分断された形の麗日達を、柳のポルターガイストで操作された障害物が襲っていた。こうなってしまうと第4セットとは全く違った展開になりそうだな、なんて考えていた矢先。
 画面内の緑谷の右手から、ブワッ、と黒い何かが溢れ出た。
「!?」
 驚いたのは一瞬。ぱちり、一つ瞬きをして思考を切り替えた。あれは異常だ。ちらりと見えた緑谷の表情も、焦りが浮かんでいた。わからないけれど、よくない予感がした。
「先生! 緑谷くん、暴走してませんか!?」
 ぱっと相澤のほど近くへとテレポートしてから、焦ってしまって早口で、しかし周囲の生徒たちには聞こえないよう音量を抑えて言う。相澤は「何?」と言って、画面を見つめる。その間にも、緑谷から伸びた黒線が生徒たちを襲い、建物を破壊していく。
「相澤くん、ブラド。止めたほうがいい、おかしいぞ!」
 オールマイトが焦燥の表情でそう言って、相澤もやっと事態を理解できたようだった。
「近くまで私が連れていきます」
「……あぁ、頼む。オールマイト、あなたも」
「でも、標葉少女の個性上限が……」
「ご心配なく。みなさんが走るよりは速いです」
 確かに、3人を一度にテレポートさせることはできないけれど、自分を除いた二人+自分と一人のテレポートを繰り返すのだって普通に走る数倍は速い。御託は置いておいて、なんの掛け声も合図もなくテレポートさせた。急がなくては。

 安定した足場を伝って、緑谷が視認できる位置まで10秒もかからなかった。ここでいい、という相澤の声に脚を止める。
「心操くん!! 洗脳を!! デクくん、止めてあげて!!」
 正気を失って苦しんでいる緑谷にしがみついている麗日が、心操に向かってそう叫ぶ。ほとんど間髪いれずに、「緑谷ァ!!」という心操の声がここまでハッキリと聞こえてきた。
 
「俺と戦おうぜ」

 応、と緑谷が答えたその瞬間、黒いものはシュルシュルと緑谷の体に収まっていった。
 洗脳にかけられた緑谷は麗日の個性で宙に浮いて、呆然としている。湊たちも固唾を飲んで見守った。麗日がパシン、と平手打ちをして、緑谷が正気に戻った。
「大丈夫!?」
「麗日さ……離れて、危ないよ!!」
 その様子はもういつもどおりの緑谷で、湊はほっと肩の力を抜いた。授業が続行されているステージは、騒ぎの中心に皆が集まったせいで大乱闘になっていた。

「どうする、イレイザー」
 鉄パイプの合間、生徒たちからは視認できない位置で立ち止まった4人。判断をイレイザーに任せたブラドキングに、相澤は少し黙ってから「……オールマイト」と呟いた。
「少し……様子を見ます」
「相澤くん!? 何を……」
「第5セット、継続します」
「続行!? 先程の緑谷……明らかに異常だったぞ」
「またああなった場合は即止めて、緑谷を退かせます。実際、心操の"個性"で止まった。"個性"の範疇であれば、俺が止められる」
 湊は少し離れた場所で、気配を消して遠目に緑谷たちを見守った。相澤のことは信用しているから、相澤がそう言うのなら異論はない。それに、先程の異常な様子は完全に鳴りをひそめていた。
「相澤くん、何故……」
「まだやる気だからです。緑谷も、心操も、全員まだ勝ちに行く気だ」
 その言葉に、ブラドキングが「おまえ意外と甘いよな」と呆れたように言う。相澤はたしかに、生徒に厳しいようでいつも愛情を感じるのだ。湊が相澤をじっと見つめると、「視線がうるさい」と怒られてしまった。

 結局、乱戦を制したのはA組だった。
 緑谷が心操を、麗日が物間・小大・柳を次々捕らえて、芦戸が庄田をノックアウトした。それを見守って、「戻りますか」と声をかけると、相澤は首を横に振った。
「標葉、助かった。俺とブラドキングは第5セット組に声をかけてから戻るから、お前はオールマイトと戻っていろ」
「わかりました」
 ぺこり、と湊は頭を下げてから、オールマイトとともに来た道を歩いて戻る。
「とっさの判断、素晴らしかったぜ標葉少女。反応速度はプロ並みだ。ホークスのおかげかな」
「……ありがとうございます。そうですね。ホークスのもとでの訓練のおかげです」
 ホークスのもとで鍛えられたのは実際にそうだ。 迅速な判断、対処。まだまだだと思っているし実際ホークスの前では何もできないのだからすこし複雑だが。

 OZASHIKIに戻ると、総合勝利に湧くクラスメイトたちに混ざった。バンザイする皆のマネをして、両手を挙げてみる。楽しい。にこにことしていたら、相澤たちが戻ってきて「講評するからあつまれ」と声をかけた。一瞬で皆が集まった。まさに鶴の一声だ。
「えー、とりあえず緑谷。何なんだおまえ」
 皆の前でそう言われた緑谷は、気まずそうな顔で黙っている。クラスメイトたちは、「新技にしちゃ、超パワーから逸脱してねえか?」などと好き勝手言っていた。
 湊は正直、緑谷の隠し事がなんなのかほとんど予想がついてしまっているから、緑谷がどう切り抜けるのだろう、と少しハラハラしながら見守った。緑谷とオールマイトはあまり隠し事が得意ではないから。
 緑谷は、個性の詳細について「まだハッキリわからない」と濁した。嘘はついていないのだろう。
 今まで信じていたものが牙を剥いたみたいで、でも心操と麗日のおかげで留まることができた、と言う緑谷に、心操が「俺は別に緑谷のためじゃないです」とネガティブなことを言う。それに対して、相澤が近寄って首に巻いた捕縛布をキュ、と締め上げた。急な行動にヒィェ、と声が出てしまう。
「暴力だーー!! PTA! PTA!」
 騒ぐ上鳴たちをガン無視して、相澤は「誰もおまえにそこまで求めてないよ」とつぶやくように言った。
「ここにいる皆、誰かを救えるヒーローになる為の訓練を日々積んでるんだ。いきなりそこまで到達したら、それこそオールマイト級の天才だ。人の為に、その思いばかり先行しても人は救えない。自分一人でどうにかする力が無ければ、他人なんて守れない。その点で言えばおまえの動きは、充分及第点だった」
 その言葉は、湊にも響いた。目標を高く持つことは大事だけれど、目標ばかり高くてもいけない。人は少しずつ成長するもので、それを認めないといけない。湊が言われていることとかなり似ていて、なんとなく心操に親近感を抱いた。
「これから改めて審査に入るが、恐らく……いや、十中八九! 心操は2年からヒーロー科に入ってくる。お前ら、中途に張り合われてんじゃないぞ」
 ブラドキングの言葉に、「おおーー!! どっちーー!!? A!? B!?」とクラスがとんでもなく盛り上がる。体育祭のあのとき、自身の個性をまるで卑怯な手段みたいに勝ち上がった心操はもういないのだろう。私も負けないようにがんばらねば、と思うと同時に、やっぱり精神干渉系の個性にかかるのは苦手なので、授業でかけてもらったらそれも克服できるだろうか、と考えていた。

「あぁそうだ、話のついでで悪いが」
 大騒ぎする生徒たちを横目に、相澤が今思い出したように「物間」と声をかけるのが耳に入ってきた。
「ちょっと明日、エリちゃんのとこ来い」
 え? まあ、わかりましたけど……と反応の薄い物間とは違って、湊は相澤の意図をちゃんと理解していた。
 エリちゃんの個性は強大で、しかも何度も反復して使うには影響が大きすぎる。がむしゃらに頑張って、というのが難しいのだ。それで人が死んでしまうことだってありえる。
 だから、個性の扱いにある程度覚えのある物間がコピーして使い方を教えられたら順調にいくかもしれない、という話を、世間話のように相澤としたのだ。湊がどうやって個性のコントロールを身に着けたかを聞かれたときに。
 暴走するか、という一点に置いては相澤がいる限り問題がないけれど、出力の調整は相澤では、というか誰も教えてあげられない。手足の動かし方を教えられないのと同じことだ。もう少し危険性のない個性なら、暴走からの抹消を繰り返せばある程度感覚がつかめるかもしれないのに……と脳筋なことを思って、ん? と何かが引っかかった。

 相澤は、個性の強制停止ボタンのようなものだ。つまり、湊が今試行錯誤している、「頭脳系の個性を止める」「そもそも個性がオフになっている感覚を理解する」ことが、相澤に「抹消」をかけてもらうだけで解決するのだ。あぁ、どうしてこんな簡単なことを、思いつかなかったのだろう!

 「先生、先生! 私に個性かけてくれませんか?」
 我ながらのナイスアイデアに、テンション高くそう言った。めずらしく興奮で声が上ずり大きくなってしまう。 
 そう、自分が大興奮だとしたって湊の思考回路は皆に伝わるわけもないし、何をしたわけでもないのに急に「個性を消してくれ」と言い出す人がいたらそりゃ変人である。湊の声が聞こえたクラスメイトたちは一様に、大丈夫かこいつ、という視線を向けた。
「……どうした? 頭打った?」
「湊がおかしくなっちゃったー!」
 保健室保健室! と騒ぐ芦戸に手を引かれて、「最近人間やめたがってたもんな……」と語弊しかないことを上鳴に呟かれる。
「ち、違うよ。ちょっと試したいことがあるの」
「標葉。何でもいいが明日の放課後にしろ。俺はこれから職員会議」
「はい、ありがとうございます」
 ぺこ、とお辞儀をすれば、相澤は少し不審そうな目を向けて去っていった。明日の、エリちゃんの個性をコピーする会は湊も立ち会う予定としていたのでそのときにでも構わないか、と考え直した。あまりの大発見につい気が急いてしまったのを反省する。しかし大真面目の湊と違って、というかその態度すらもおかしく見えたのか、クラスメイトたちは「最近根詰めすぎたからノイローゼなんじゃない」「保健室保健室!」「轟また担いでやれよ」と好き勝手言っている。
「個性使いすぎたか? 更衣室までおぶってくか」
「全然使ってないよ。それにもし仮に歩けないとしても、轟くんにはお願いしない」
「なんでだ。前にもおぶってやったろ」
「あれは担いだっていうの。悪目立ちするから本当にやだ」
「いいだろ、友達なんだから」
「友達だから何でもいいわけじゃないんだから」
 B組の「何あれ?」という素直な疑問に、「ウチの末っ子たちのケンカ」と瀬呂が言っている。末っ子でもないしケンカだってしていないというのに、心外だった。
 




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -