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7 頑張らないといけないよね




 襲撃の翌々日。臨時休校を一日挟んだおかげで、体調は万全とまでいかずとも体力はある程度回復していた。
 精神的には、心が揺さぶられすぎたせいかなんなのか、夢見が悪く寝付きが悪い。こんなことではいけないと、心の弱さを見ないふりして、努めていつも通り振る舞えるように気分を切り替えた。
「爆豪くん!」
 いつもより少し早く登校すれば、下駄箱でばったりと爆豪に出くわす。おはよう、と声をかけると、応えることはないが立ち止まり、湊を待ってくれる。
「あの、ありがとう」
 それに返事はなかったが、ちらり、と湊の方に目線を向けて、また前を見る。
「体調、戻ったんか」
「うん、昨日一日休んだから。もともと、外傷があるわけじゃなかったし」
 そうかよ、と言って、今度は湊を顧みず歩き始める。目的地は一緒だったが、駆け寄るのはやめておいた。彼はあまり、他といることを見られたくないタイプの人だと理解していた。
 少し時間をずらして教室へ着き、おはよう、と言いながら大きな扉を潜る。
「湊ちゃん!」
「標葉くん!!」
 麗日と飯田が駆け寄ってくる。大丈夫だった!? と詰め寄られて思わず一歩後退した。クラス中がこちらを向いていて、やはり失神して保健室に運ばれたことは皆の知るところとなっていたようだった。
「ごめんね、迷惑かけて。もう大丈夫だよ」
「湊ちゃん、あんま無理せんようにな」
「そうだぞ。あれは個性の副作用か何かなのかい? かなり尋常でない様子だったが」
 烈火の如く心配してくれる二人には申し訳ないのだが、副作用でもなんでもないのだ。ただただ、湊が至らないというそれだけで。
「私の心が、弱いせいだから。本当に、心配しないで大丈夫」
 曖昧に笑って、目の前の二人から抜け出す。誰の目も見られなくて、俯いて足速に歩く。不甲斐なさと後ろめたさでいっぱいだった。
 真っ直ぐに席を目指していれば途中で、八百万の机あたりに固まっていた八百万と耳郎に声をかけられた。
「湊さん。大丈夫でしたか?」
「アンタ、助け呼びに行ってぶっ倒れたって……すごい心配したよ」
「ごめんね。もうなんともないよ」
 自分の個性で自滅したなんて、本当に恥ずかしい理由だ。あまりひけらかしたくもない。言葉を濁して席に着く。
 大怪我を負ったという相澤は流石に復帰に時間がかかるだろうから、その間はどうするのだろう、などという話題が飛び交っているのを聞き流しながら、準備をすすめる。今日は実習もないので、髪は下ろしたままだ。
「皆ーー!! 朝のホームルームが始まる、席につけーー!!」
「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」
 飯田が腹から振り絞った大声でそう言うと、瀬呂から鋭いツッコミが入った。
 午前の教科で使用するテキスト類を机の下に入れたところで、ガラリ、と扉が開いて、ミイラ男……いや、担任である相澤が入室してきた。
「先生! 無事だったのですね!」
 飯田がそう元気よく言うものだから、湊は「無事」という言葉の定義について考える。あれを無事というのなら、大抵の状態は無事になってしまうのではないだろうか。
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」
 本気でどうでも良さそうに進める相澤に、ざわ、と不穏な空気が漂った。敵に襲われたのはつい二日前なのだ。まさかまた、何かあるのか、そう重い空気が場を席巻した、が。

「雄英体育祭が迫ってる!」

 雄英体育祭とは。年に一度行われる雄英高校の体育祭のことだ。その勢いはとてつもなく、テレビ放送もされる。
「年に一回、計三回だけのチャンス。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ!」
 なにせ、プロヒーローもスカウト目的で大勢見にくるのだ。このたった3回で、今後のキャリアが決まるといっても過言ではないほどの大イベント。
 ちなみに湊は、この存在を昨年知った。放映されているのを見たこともない。広間のテレビで流れていて、一部の子供達が見ているのを、横目に見ていた記憶が微かにある程度だ。
 今年はその、テレビで放映されて皆が注目する大イベントに出演することになるわけだ。目立ちたくない上に顔を必要以上に晒すことも憚られて、重たいため息を一つついた。



「体育祭、頑張らないとだよね。入学して一ヶ月で結果出せってのもちょっとキツいけどさ」
 昼休み。耳郎と八百万とともに、食堂で昼食にありつく。話題はやはり、体育祭についてだ。
「そうですわね。しかしせめて、プロヒーローの目に止まるようなところまではいきませんと。有象無象では選ぶ方も困りますもの」
 本日の日替わりである白身魚のフライを齧りながら、会話には参加せずにただ聞き役に徹する。

 つい先日、USJの時に気が付いたみんなとの差がこういうところにも出ている気がして、気が滅入るばかりだった。湊はつい少し前まで体育祭だって気合を入れるつもりはなかったし、それなりに過ごしてそれなりに卒業できればいいとすら思っていたのだから。
「湊は個性コントロールも上手いし、冷静だし、結構すごいところまでいきそうだよね」
「えっ? いや、そんなことはないと思うけど……」
 急に振られた話に、驚いてフライを皿に落とした。幸いにも服に飛んだりはしていないが、八百万が「まぁ、湊さん」と言って紙ナプキンを差し出してくれる。
「……湊って、なんでヒーロー目指そうと思ったの?」
 耳郎が、自分の親子丼を突きながら、そう問いかける。その声色に含まれた疑念に、ざわりと心が揺れて、箸が止まってしまった。
「いや、なんかさ。すごい個性で、しかも雄英受かってて。結構な努力が必要なんじゃないかなって思うけど、それにしては自信なさげすぎるから、単純に疑問で」
 言葉に出すにはまだ、湊の中でそれが形を為してはいなかった。クラスメイトとの意識の差について、どうしてそれが生じるかについて考え始めてから数日なのだ。でも、なんとなく。嘘ではないと思える気持ちも中にはある。
「……唯一の光、なんだ。私にとって、ヒーローは」
 どういうこと? と口には出さずとも、二人とも同じような反応をしているから、思っていることは伝わる。でも、それ以上言葉を紡ぐつもりもなかった。今自分に語れるのはそれだけだと、なぜか思ったのだ。
「ヒーロー目指そうと思ってるのは、本当だよ。だから、うん。体育祭、頑張らないといけないよね」
 笑って有耶無耶にして、フライを箸で掴んだ。今度はちゃんと口に持っていく。そうだ、気持ちがどうあれ、迷いがあれど、体育祭は二週間後に迫っているのだ。
 ただひたすらできることをするだけだ。そう気合を入れ直せば、二人は不思議そうに湊を見ていた。



 そして、放課後。
 帰りのホームルームも終わり、各々が帰宅しようと支度をしている。
「湊は今日も図書室行くの?」
「うん。家に帰ってもすることないから」
 素晴らしいことですわ、と八百万が頷く。実際のところ、無駄に家にいたって水道光熱費が嵩むだけなので、最終下校時刻までは学校にいるようにしているだけなのだが。奨学金暮らしの湊は、毎月生活費との戦いであった。

「何ごとだぁ!?」
教室の前扉から大声がして、三人揃ってそちらを向く。先頭で出ようとしていた麗日を遮るようにして、クラスの前に肉壁が出来上がっていた。
「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」
「敵情視察だろザコ。敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育祭の前に見ときてえんだろ」
 やっぱり爆豪という男は口が悪い、というよりもワードのチョイスがいちいち過激であるが、その実冷静で頭も良い。

「意味ねェからどけ、モブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!」
 繰り返しておくと、ワードのチョイスはいただけないが。
 先頭に立って集団を睨みつけている爆豪に相対するようにして、一人の男子生徒が進み出る。
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ。知ってた? 体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって」
 その逆もまた然りらしいよ。その言葉に、度々感じる相澤の値踏みするような目線が思い出された。

「敵情視察? 少なくとも普通科は、調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー、宣戦布告しに来たつもり」
 あまりの大胆不敵さに、A組全員が固まる。
 B組であるという男子生徒もそこへと加わってしまって、敵に襲われたという避けようのない不幸に見舞われただけだというのに、こんなにも四面楚歌な状態になってしまうものかと関心すらした。

 そういう煽りを受けて真っ先に反抗しそうな爆豪はといえば、意外にも黙ったままでいた。クラス中がリアクションを恐れる中、爆豪は一言も発する事なく、もはや彼らなどどうだっていいどころか、ただの邪魔な障害物を押し退けるかのようにぐい、ぐい、と生徒たちの間を帰ろうとしたのだ。
「待てコラどうしてくれんだ! おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!」

「関係ねぇよ……上に上がりゃ、関係ねぇ」
 静かに言い放たれた言葉に、集まったギャラリーですらもなにも言えなかった。だってそれは確かに、正論であったのだから。

 爆豪が帰り、野次馬たちも散っていった。帰りましょうか、と三人揃って教室を出て、廊下で二人と別れる。
「あら、湊さん。図書室はそちらではありませんよ」
 八百万がめざとく、図書室へ向かう道とは違う方向へ足を進める湊を止める。
「あ……うん。なんか今日は……もしトレーニングルームが空いてたら、そっちにしようかなって、思って」
 日々のトレーニングを怠っているわけではないけれど、爆豪のあの気迫に、背中を押された気持ちのままトレーニングがしたい気分だった。




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