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11 よくない癖が出てた



「えーでは、ステージちょっと移動させまして、次行くぞ! 第3セット、準備を!」

 ブラドキングのその声で、第3チームが立ち上がる。湊もそれに続いてOZASHIKIから降りようとした刹那、常闇から「轟、標葉」と呼び止められた。
「ん」
「情けない姿を見せた。後は託したぞ」
「何で俺に」
 湊はなんとなく、常闇の言いたいことを察したので黙っていた。ホークスのところにインターンに行きはじめて、常闇とこうして話すのは初めてのことだった。
「ホークス、エンデヴァー。我々、先の戦いの英雄に師事を仰ぐ者故に、No.1・No.2の名を背負う責務」
「……あぁ」
「頑張ってくるね、常闇くん。ありがとう」
 そっけなく返した轟に続いて、湊もそう言って階段を降りる。ステージまでは少しあって、5人並んで歩いた。轟の顔がどうも浮かなくて、飯田が「轟くん!?」と声をかける。
「大丈夫かい!? 随分と怪訝な顔だが!」
「そうか?」
「うん! 何か悩みでも!?」
「何でもねェ。ありがとな」
 多分、何でもなくはないのだろうけれど。轟は、自分の心情を滅多に表に出さない。いつか、教えてくれたらいいな、とそんなふうに思いつつも、湊も特に言及することは止めておいた。
「轟、表情そんな変わらないからわかんなかったな」
 尾白がそう言う。
「委員長たる者、クラスの皆を見て悩む者には手を差し伸べるんだ」
「さすがだね、委員長」
「いやにハイだな。いつもだが」
 障子が冷静にそう言うと、ウム! と飯田は嬉しそうに首肯した。
「最近、兄さんの経過が良好でね!」
「おお! 良かったね!」
「俺もまた、インゲニウムの名を背負う者。皆を見るということは皆からも見られているということ。欠番ではあったが俺も体育祭3位! 皆に見せてやろう、継ぐ男の気概を!」
 その気持ちは素晴らしいものだと思う。湊とて、体育祭では3位に入ったのだ。表彰台には立てなかったけれど。だから、応援すると同時に、湊も気張らなければ、と一緒に引張りあげられた。

 といっても湊は最初の10分、牢の上から動けないのだけれど。
 バゴォ、ゴオオ、と大きな物音が建物の向こう側、B組の陣地から響いてくる。全員の視線がそちらへと集まった。
「向こうの意図は恐らく正面戦闘」
「やるぞ、A組チーム3!!」
「お、オー」
 湊も小さく気合を示して、走り去る4人を見送った。もどかしいったらないが、牢の上から動くわけにもいかない。アナウンスが聞こえないようにと手渡された耳栓をして、手元のキッチンタイマーできっちり10分後になったらスタートしてもいいという。特にアナウンスが流れないのは、隠密行動可能でこちらに有利だ。もしかしたら、偏向実況のブラドキング先生にバラされる可能性はあるが。
 体操座りのままで、なにをするでもなく先程物音がしていた方角を見つめる。ふと、同じ地点から氷が覗いた。轟の大氷壁だ。その後は特に目に見える異変はなく、しばらくして今度は炎が見え隠れした。どうやら、あの地点で轟が戦っているのは間違いないようだ。
「でも轟くんが戦っているなら、A組の皆は近くにいないかな……」
 炎の保持時間が長いということは、相手は消去法で鉄哲だろう。彼以外ではあんな熱に耐えられるはずがない。A組の仲間もしかりだ。あんな高温、耐えられる個性はほかにいない。それにしても、ベタ踏みの炎のようだ。我慢比べのようになっているのかもしれない。通常鉄の溶解温度は1500度ほどだが、鉄哲の鉄は個性によるものなのでその限りではないのかもしれない。
「おのれ敵め! 暴れるんじゃない!!」
 ダダダダ、とものすごいスピードで駆けてきた飯田が、苦心しつつも回原を投獄する。大声過ぎて、耳栓なんて何の効果もなかった。試験開始後の情報交換は禁じられていたので、ハンドサインだけで挨拶を交わして、飯田は去っていく。それを見送った。
 回原とも言葉を交わすことはない。牢の上でただ体操座りのまま、時が来るのを待った。

 1分かもう少し経った頃。ドドドドド!! と今までにないほどの轟音を立てて、大きな鉄塔が倒れたのが見えた。あんなもの、どうやったら倒れるの。考えるに、恐らく骨抜なしではまずありえないだろう。骨抜が塔の根本を柔らかくすれば、ない話ではない。では現在、骨抜はあそこにいる。無意にあれを倒しはしないはずだから、A組のメンバーのうち誰かもその近くに居るはずだ。
「……10分」
 ピピピピ、と間抜けな音を立ててタイマーが鳴った。立ち上がって耳栓を外して、一つ屈伸をする。さぁ、行かなくては。
 まずは鉄塔の根本。まだ敵がいることを想定して、姿を隠しながら行くべきだろう。パパッ、とテレポートをしながら、足場を見つけて進んでいく。A組の投獄数は1だが、B組の投獄数はいくつだろう。誰かと合流するか、もしくは数えるしかない。作戦に出遅れるというのは、こうも情報が与えられないものかとにわかに頭痛がしつつも、よく考えるとホークスの元でしていることは、仲間がいるかいないかの違いだけでほとんど同じだ。早く駆けつけて、瞬時に状況を判断して、適切な行動を。
 相手方に索敵のできる個性持ちはいない。少しだけ雑に移動を繰り返すが、見つかることもなくほど近くへと着地する。まだ誰にも気が付かれていないけれど、仲間とも合流できていないということだ。

 ひどい状態で倒れた塔は、案の定骨抜のしわざだったようで、もう原型がわからないほどに溶けた形で固まり直されていた。それに押しつぶされるように飯田がいるのを発見して、その先に障子が、なぜか空中を見つめている。視線の先には、角取が空中に浮いていて、意識を失った轟を抱いている。その脇には骨抜と鉄哲がぷらん、と角に浮かされていて、一瞬で状況を理解した。現在の投獄数1対1、3名気絶の1名行動不能。残ったふたり、勝機がないと察して角取は引き分け狙いで空へ逃げたのかと。

 障子と、飯田。ふたりなら言葉などなくとも意味を察するだろうと、飯田の肩に触れて溶けた塔から救い出す。ほぼ同時に、空中に浮かんだ骨抜と鉄哲に触れて、地面にテレポートさせる。角取が状況を理解するよりも前に、湊は角の一つに乗って、空中でバランスを取った。
「私のこと、忘れてるでしょ!」
 角取は思い切り、しまった、という顔をした。忘れられていたのはショックだけれど、でも、湊にお誂え向きの状況がちょうど、揃ってしまっていた。湊が一人いるだけでひっくり返るような状況が。

 湊が足場にしていた角取の角が暴れ出す。ヒョイ、と飛んで避けて、もういちどテレポートした。予感の通り、湊がいた空中を角が通過する。
「あぶない」
「っ、軽々避けて言うセリフじゃありませーん……!」
 今度は、角取の頭上にテレポートする。湊は空中戦もできるけれど、決してそれが得意というわけではない。できれば地上に引きずり下ろしたいので、正面から顔面に馬乗りになるみたいに襲いかかって、頭上の角を両手で押さえる。抱かれた轟に触れてすぐ近くの建物の安全な屋上にテレポートさせてから、急に後ろ方向に圧力がかかってバランスを崩した角取が、自身の角から脚を踏み外して落ちる。
「yipe!」
 上がった悲鳴を聞かないふりして、彼女の体ごと地面近くまでテレポートした。その勢いのまま、柔道の寝技みたいに、角を押さえつつも首を固めて、視界を奪う。これで残り四本の角も、うまく操ることはできないはずだ。
 ぱっぱっ、とA組の檻付近までテレポートさせれば、地面にテレポートさせておいた骨抜と鉄哲を檻に入れていた障子と飯田がいたので、湊ごと抱き上げて檻に突っ込んでもらう。これで4人、完封。

『だ、第3セット終了!』

 ブラドキングのその声に、ほっと肩の力を抜く。そして、二人と言葉を交わすよりもまず、置いてきた轟のことが気になって「私、轟くん連れてくるね」とだけ告げて轟の近くまでテレポートした。
 轟はまったく人間の温度とは思えないほど熱くなっていて、服越しに触れるだけで温度が伝わってくる。少し経っても熱が残るほど、炎を使ったのだ。熱くなるのも当然だった。
 A組の檻まで連れて戻って、救護ロボにけが人たちを引き渡した。気絶者多数につき、反省会は後回しになるようだ。第4セットが続けて行われるとのことで、湊と障子の無傷組は揃ってOZASHIKIに戻ることになった。
「さすがの判断力だった。標葉が来てくれて一気に形勢が逆転したな」
「うん……でも、ラッキーだっただけだよ。最後に残っていたのが角取さんだったのも、直接戦闘が苦手な私にとっては有利な状況だった」
「そう謙遜するな。何の共有もなくあの動きができるお前だから、俺たちも信頼がおけた」

 今回は湊にとって有利な授業だったし、有利な状況だった。ホークスのもとでは湊はただの金魚のフンでしかなくて、対処能力は一般人並と称されてしまったほどだ。だから、これがうまくいったからってどうということはーーと思ったところで、どん、となにかにぶつかった。びっくりしてたたらを踏んだが、尻もちをつくのだけは避けられた。
 進行方向を向けば、障子が立ち止まっていた。なにかあっただろうかと、ハテナを浮かべる湊に、障子はくるりと振り向いて湊を見つめる。
「俺の言葉では足りないか」
「え……?」
「俺の言葉では、称賛に足りないか?」
 向けられた唐突な言葉に、ぽかん、と固まった。ぱちぱち、と2つ瞬きをして、やっと理解できる。
「そ、そんなことないよ。でも、有利な状況をお膳立てしてもらって、それができるのは当たり前だなって思って」
「膳立てしたわけじゃない。あの状況で、お前がいなければ俺たちは勝てていなかっただろう。反省をするのも教訓を得るのも立派なことだが、できることはできると認めていったほうがいいぞ」
 お前はいつも自己否定ばかりしているから。障子の複製腕で作られた口にそう言われて、湊は少し反省した。ホークスのところへ行ってからこちら、自信を失ってしまっていたのかもしれない。
 たしかに、障子の言う通り、今日の授業では湊はうまく立ち回れた。その事実はどんな事情があっても変わらないのだから、別に苦手な事があったって、これはこれ、それはそれだ。苦手があるから得意が消されるわけじゃない。
「……ありがとう、障子くん。そうだよね。私また、よくない癖が出てた」
「そうだな。お前は完璧主義者だから、傍から見ると自分を追い込みすぎだ」
 自分のことを完璧主義だなんて思ったこともなかったけれど、そうなのかもしれない。今度こそ障子とならんで、OZASHIKIを目指した。




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