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? 餌のひとつ



「敵連合に取り入れ、ホークス」
 公安の委員長に言われた言葉が、反芻される。ホークスはここ最近、敵連合に取り入るスパイ活動を行っている。情報を手に入れるためだ。
「取り入る間奴らが出す被害は? 目を瞑れって?」
「瞑れる男だと見込んでの頼みだ」
 大義のため、些事には目を瞑る。政が得意な上層部が好きそうな言葉だ。素直にそう思った。でも、自分が適任だというのも理解はできた。自分がやる他ないのだとも思えた。この戦争に勝つために、ホークスは必要悪となる覚悟はあった。

「それから、雄英のあの子、標葉という神野の被害者」
「…………はぁ」
 脈略のないその名前に、ホークスは眉を顰めた。ホークスとて知ってはいる。神野でさらわれた、体育祭で3位だった子だ。どうしてその名前が、と思った矢先に、「必要なら彼女も使っていい」と彼女は言った。
「は? 何の話です」
「知っているでしょう。敵連合はあの子を欲しがっていた。あのとき、生徒は二人攫われたけれど、理由はまったく違っていた。彼女は純粋に、敵連合に戦力として欲されていた」
 爆豪勝己は、当然体育祭優勝の実力を見込まれ、かつ精神に付け入る隙があると判断されたために標的にされた。しかし、もし彼が体育祭で優勝していなかったら、連れ去られなかったろう。隙があるといったって、なんの確証もない。
 だけれど、標葉湊は違う。生い立ちからして彼らと同じ物を感じる上に、希少な瞬間移動という個性。あのAFOが名指しで、ほしいというだけの人材。
「公安から直々に、雄英にインターンを申し込む。適当な理由をつけてね。それで、あの子はあなたの監視下に置く。連合に付け入るためのコマとして必要なら使いなさい。まだ彼らが仲間に欲しているなら、餌の一つくらいにはなるでしょう」
「…………それ、連合がもういらないってなってたらどうすんです? 俺これから学生の面倒見る暇なんてないと思いますけど」
「なくても見るのよ。あの子はこの戦争において、一つのキーとなりうる。あの子が、いえ、あの子の個性だけでもあちらに渡っては、戦況は不利になる。簡単に奪われるようでは困ります。ホークス、処遇はあなたに任せます」

 なんつーことを。ホークスは乾いた笑いが出そうだった。
 処遇。つまり、餌に使うついでに手元に置いて強くしてやれということだろう。簡単に奪われないように。そして、もし最悪の事態が起きるようなら、その前に殺せと。
 何と思ったって、ホークスに拒否権なんかない。ハァ、とため息をつく。ホークスとて、公安にとっては一つのコマでしかないのだ。


 結局、接触した敵連合はもう、標葉湊を欲しがってはいなかった。というか、彼女が大地雷の奴が一人いるらしい。そいつの猛反対と、「そもそもほしがっていたのはAFOであり、彼は檻の中。現状空間系は事足りている」という理由から、彼女を餌に使うような展開は免れた。ホークスとて、何も知らないこどもを利用するような真似は良心が咎める。
 もうインターンも寄越さなくていいのにと思った矢先、彼女は福岡へやってきた。
 しかし、公安はあぁ言っていたけれど、この状況なら彼女がどうあったとて、連合に個性も含めて狙われることはないのでは、というのがホークスの見解だった。空間系に今困っていないのだから、無理に奪うこともないんじゃないか。彼女が来るなら俺は抜ける、とまで言うような男が連合にはいるらしいし。
 だから、ホークスは連合に取り入ることに集中するため、サイドキックに面倒を見てもらうか、あわよくばインターンを辞退しないかと目論んでいた。初日は忘れたふりをして事務所に帰らなかったし、二日目だってキツイことをズバズバ言った。メンタル強くなさそうだし、折れて帰ってくれないかと。

 そこで帰ってくれれば、情を抱くこともなかったのにな、とホークスは思う。
 いくらキツイことを言ったって、無茶なことをさせたって、彼女の瞳から光が消えることはなかった。三日間、言葉を交わすこともなくただ後ろをついてこさせて、何を教えるわけでもなかったのに、彼女は折れるどころか日に日に動きを良くしていた。何かを学び取ろうと必死に食らいついてきた。

 若者は、未来への希望だ。
 ホークスとてまだ年若いけれど、若ければ若いほど可能性があることは間違いがない。自分と同じように速さを武器にする個性、ひたむきに努力する姿勢。後進育成なんて興味はなかったはずなのに、それを見ているとなにかしてやりたいと思ってしまうから不思議だった。たった3日なのに、もう情が湧いて、「来週も来ます?」なんて声をかけてしまっていた。

 根負けしたことは公安にとっては結果オーライで、結局公安の思った通りにことが進んでいるのが少し悔しい。それでも、ホークスの手の回るうちは手元に置いておきたい。ぴよぴよの雛鳥が自分で餌を取れるようになるまでは、見守ってやりたいと思わせる魅力があったのだ。





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