What a wonderful world!


≫site top ≫text top ≫clap ≫Short stories

8 見ていてくれ




 さすがヒーロー科と言うべきか、誰ともなくクラスの全員が共有スペースに集まってテレビの見える位置へ腰をおろした。もうすぐ、ヒーロービルボードチャートJPがテレビ放送されるためだ。
 湊は大きなソファの端に小さく座った。隣には轟が、いつもの無表情で座している。その向こうには緑谷がいて、いつものノートを手にしていた。

『神野以降初めてのビルボードチャート! その意味の大きさは誰もが知るところであります!』
 始まった中継に、ざわざわしていた皆がテレビに集中した。レッドカーペットが敷かれた道をヒーローたちが歩いているのが画面に映される。次々と車から降りて来るヒーロー達の説明を、アナウンサーが簡潔に行う。さすがの湊も、トップ層については名前くらいは聞いたことがある。しかし、万単位でいるヒーローの全てを把握しているはずもない。
「緑谷くん、全員わかるの?」
「もちろんだよ! 今日来てるのはトップ50くらいだからよくヒーローニュースで見るんだ!」
 流石だなあ、と画面に目線を戻した。テレビでは、レポーターが次々と現れたトップテンのヒーローたちを紹介している。
『活動休止中にも拘わらずNo.3! 支持率は今期No.1! ファイバーヒーロー、ベストジーニスト! 一刻も早い復帰を皆が待っています!』
 画面内、モニタに映されたジーニストの姿に、湊は興味なさげに立って画面を見ている爆豪をちらりと見た。何の表情も読み取れなくて、視線を逸らす。そういえば、髪をセットされた以外の職場体験の話を全く知らないな、と思って意識を液晶に戻す。画面の中では、ホークスがこちらもだるそうに首に手を当てて立っていた。

『そして! 暫定の1位から今日改めて正真正銘No.1の座へ! 長かった! フレイムヒーロー、エンデヴァー!』

 堂々と立っている姿が、画面に大きく映し出された。隣にいる轟が少し気になって、でも視線をやるのはやめた。
 ヒーロー公安委員会の会長である女性が話し始めて、会場が静まりかえる。厳格そうな女性だ。それなのに、画面にちらりと映ったホークスといったら、ぼーっと宙を見つめ、挙げ句エンデヴァーになにか耳打ちしてにらまれていた。
 10位から順に、コメントを述べていく。1分にも満たないのに、随分と色が出るものだ。

『支持率だけであればNo.3の座でした……!』
 進行役のアナウンサーが、エッジショットにそうマイクを傾ける。
『数字に頓着はない。結果として多くの支持を頂いた事は感謝しているが、名声の為に活動しているのではない。安寧をもたらす事が本質だと考えている』
『それ聞いて誰が喜びます? ステインくらい?』
 エッジショットのコメントに被せるように、ホークスが剣呑な態度でそう言った。会場が静まり返る。
「あぁ……」
「ホークスすげぇ」
 湊が思わず声を上げると、周囲の男子たちも苦笑していた。すごいというか、なんというか。別に悪いと思っているわけではないけれど、事なかれ主義なところがある湊は見ていて胃が痛くなる。どうして中継されているのにそんなことを。
 アナウンサーの手からマイクを奪い取って、ホークスは羽ばたく。
『過ぎたことを引きずってる場合ですか。やる事変えなくていいんですか。象徴はもういない。”節目”のこの日に俺より成果の出てない人たちが、なァにを安パイ切ってンですか! もっとヒーローらしいこと言って下さいよ!』
 どうして積極的に敵を作りに行ってしまうのか、と湊は思うけれど、言っていることは間違っていないのかもしれない。言い方はあるだろうと思うけれど。彼はどこか、ヒーロー社会全体を憂うような、広い視野でものを言うことがあるのだと、たった数週間だけれど湊は感じていた。
『俺は以上です。さァ、お次どうぞ。支持率俺以下、No.1』
 不遜にも、親子ほどに年の離れたエンデヴァーすらも煽って、ホークスは地上に降りた。マイクをエンデヴァーへと手渡し、エンデヴァーはしかめ面のままで口を開く。

『若輩にこうも煽られた以上、多くは語らん。俺を見ていてくれ』

 そのたった一言に、会場が飲まれた。
「すごいね、エンデヴァー」
「……あぁ」
 これが、日本を背負うヒーロー。人としてどうとか、それは湊にはわからないけれど。今テレビに映って、人々に安心を与えている彼のことを素晴らしいヒーローだと、ただそう思った。



 翌日。日曜である本日だが、休んではいられなかった。ロードワークをしてトレーニングをして、予習復習をして。なんとか一週間ハードにしていたおかげで、補習も落ち着いたし授業もおいついた。一人だけ負荷が高いから、テスト順位が下がるとまた相澤に「インターンやめるか」と言われてしまいそうで気が抜けなかった。特に苦手な現代文とか。

 ブブ、と携帯が振動して、集中が途切れる。ちらりと画面を見れば、八百万からだった。

『共有スペースへ来られますか。福岡に脳無が出て、ホークスとエンデヴァーが交戦している様子が中継されています』
 その文章に思わず息を呑む。急いで部屋を出て、鍵もかけずに階段を転がるように降りた。

「あぁ、湊さん!」
「ありがとう百ちゃん」
 八百万の顔を見て、返事をするのも忘れていたことを思い出す。共有スペースには勉強会をしていたらしい八百万、上鳴、芦戸らがいた。湊に少し遅れて、轟と常闇も男子寮から降りてくる。

 液晶のむこうでは、見覚えのある博多の町が混沌に貶められていた。真っ黒な脳無の攻撃でビルが真っ二つに焼き切れて、ホークスがそのビルから人を避難させ、エンデヴァーが上半分を細かく切る。それをホークスが運ぶことで、下にいる人に被害が及ばないようにする。鮮やかなほどの対処に、思わず唸る。さすがとしか言いようがなかった。

「……座りますか?」
「ううん、大丈夫……」

 黒い脳無は、他の個体と同じように個性を複数持っているようだった。ヘリの中継では何を言っているのかまで聞き取れないが、エンデヴァーと会話をしているようにも見える。そう、知能があるように見えるのだ。ゾク、と背筋をいやな感覚が走った。嫌な予感とも言えた。
 黒い脳無の体内から白いものが出る。それは蠢いて、形をなす。脳無だ。たくさんの脳無が、博多の街に解き放たれる。それをホークスがいなしているのが、画面の端に映った。

『ああ今! 見えますでしょうか!? エンデヴァーが! この距離でも眩しい程に! 激しく発火しております!』

 実況の通りに、まるでもう一つの太陽みたいに発光して脳無を焼く。激しい光が収まって、ほとんど燃えカスになった脳無とエンデヴァーが残る。これで、と安心した、その瞬間だった。
 脳無のいた方向とは違う場所から、ズオ、と黒いなにかが伸びて、エンデヴァーを貫く。
 ヒッ、と息を飲んだ。落ちていくエンデヴァー、再生する脳無。嫌な想像が脳裏に浮かぶ。血まみれの、死を察知させるような。
 口を押さえていた手が震えて、思わず隣に立っていた轟を見つめる。肉親が大怪我をする姿なんて、見たくないはずなのに。彼は歯を食いしばって、テレビを見つめていた。
『突如として現れた一人の敵が! 街を蹂躙しております! ハッキリと確認できませんが、”改人脳無”も多数出現しているとの情報が入ってきております。現在ヒーローたちが交戦・避難誘導中! しかしいち早く応戦したエンデヴァー氏はーー』
 うまく音声も処理できない。悪夢みたいな光景に、皆が何も言えず、ただテレビを見つめた。

『この光景、嫌でも思い出される3か月前の悪夢ーー』

 その瞬間、エンデヴァーが動く。ボワッ、と背中から炎を噴出して、勢いのままに脳無に殴りかかった。脳無はそれを掴んで、ブン、と投げた。間の建物をなぎ倒して、 一つのビルに埋まる。見ていられなくて、でも目線を反らせなかった。
『大丈夫! 落ち着いて! 押さないでください! 大丈夫です、案内に従って下さい!』
『乗せて!』
『押すんじゃねぇ!』
『どいてよ!』
 テレビの向こうは地獄絵図だった。パニックになった人々が自分勝手に逃げ出して、泣き声と怒号が響く。

『象徴の不在……これが、象徴の不在……!』

「轟……! ……もう見てたか……!」
 寮へ飛び込んできた相澤が、立ち尽くす轟を見て近寄ってくる。
「ふざけんな……」
 小さく呟かれたその声に、思わず轟の方を振り向こうとした、その時。

『てきとうな事言うなや!』

 テレビから聞こえてきた叫びに、全員の視線がそちらを向いた。
『どこ見て喋りよっとやテレビ!』
『やめとけやこんな時に!』
『あれ見ろや! まだ炎が上がっとるやろうが! 見えとるやろが! エンデヴァー、生きて戦っとるやろうが! おらん象徴の尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや!』
『ガチすぎやろやめろや! はよ逃げよって!』

『今、俺らの為に体張っとる男は誰や! 見ろや!!』

 知らない人だ。きっと一般人だろう。でも、もう忘れられないだろうほどに彼の言葉が、心に突き刺さる。誰もが口にしなくとも、心のどこかで感じていたオールマイトがもういないことへの不安。それは否定のしようがないことだけれど、ないものねだりをしたって仕方がないのだ。
 今、この瞬間、誰かのために、皆のために命を燃やしている男。彼のことを、見なければ。

『再び空からの映像です。あっ! 黒の敵が……あっ! 避難先へ! あぁ! 追っています、しかし追っています! エンデヴァー!!』
 リポートも拙いものになっている。それだけ緊迫した状況だ。脳無の後を、炎で加速したエンデヴァーが追う。もう、ケガの具合から動くのも辛いはずなのに、それでも全力で。
 ホークスが追いついて、羽で脳無の頭を刺す。そして、剛翼をエンデヴァーの背中に突き刺して、推進力の足しとした。エンデヴァーは脳無の口内へ手を突っ込み、内部から焼いていく。それでも再生が間に合って、一度で仕留めきれない。

『エンデヴァー……戦っています』
 見ろや、と叫んだ彼に感化されていることは間違いない。それでも、テレビの中、視聴者、皆の心はきっと一致していた。

「親父……っ」
『身をよじり……足掻きながら!』
「見てるぞ!!!」

 その声が、エンデヴァーに届くことはない。それなのに、エンデヴァーの火力がここに来て増した。
 上空高くにまで飛び上がったエンデヴァーが、まるで太陽のように発火する。さっきよりも遥かに強く、眩しくて直視できないほどに。
 黒い塊が落ちてきて、その場にいたヒーローがそれをキャッチしようと動く。誰もがかたずをのんで見守った。土煙が晴れるのを。そして、その中から、確りと両足で立ち、片手を高く挙げたエンデヴァーが現れるのを、すべての人が見ていた。

『立っています!! スタンディング!! エンデヴァーーー!!! 勝利の!! いえ!! 始まりのスタンディングですっ!!!』
 レポーターが興奮してそう言った。安堵にほっと息をつけば、隣にいた轟が崩れ落ちて、屈む。湊もそれに合わせて屈んで、ただ何も言わずに背中を擦った。
 少しして立ち上がった轟は、「ありがとな」と小さく湊に礼を言う。ふるふる、と首を振って答えておいた。
「轟くん、座ったら? 疲れたでしょーー」
『敵連合! 荼毘です! 連合メンバーが!』
 安堵の空気が広がっていたのに、テレビから聞こえた単語にまた全員の視線が釘付けになる。青い炎が道路を覆っていて、そのなかにエンデヴァーたちが閉じ込められているらしいが中継映像では遠すぎて見えない。
 荼毘と言えば、湊のことを勧誘してきたツギハギの男だ。どうして白昼堂々と、こんな街中に。また何をしでかす気かと、緊張が走った。
 荼毘とエンデヴァーたちは何か言葉を交わして、荼毘が二人に襲いかかろうとする。そこにミルコが突っ込んできて、一触即発の雰囲気……かと思いきや、神野の際にも使用した、液体を用いたワープのようなもので荼毘は消えた。

『危機は……荼毘は退き……敵は……消えました……! 私の声は彼らに届いておりません……しかし! 言わせてください! エンデヴァー! そしてホークス! 守ってくれました! 命を賭して! 勝ってくれました! 新たなる頂点がそこに! 私は伝えたい! 伝えたいよ、あそこにいるヒーローに! ありがとうと!』

 『俺を見ていてくれ』、HBBでのその言葉通り、背中で語っていた。この国のNo.1ヒーローとしてのあり方を、姿を。ほっと一つ息をついて、こわばっていた体から力を抜いた。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -