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7 二人だけのひみつ




 11月下旬。
 湊は相変わらず、忙しい日々を送っていた。今週はインターンがないためまだマシだが、授業を受けてから補講を受け、個性について調べて実施しながらも筋トレ・戦闘訓練・ランニング等の自主訓練を行い、自習を行う。忙しすぎて、皆がちょっと引いていた。
 ただ、大変なことばかりではない。ここ一週間以上脳を休めることについて調べて考えて実践していたからか、睡眠の質は上がったし、いくつかの仮説には結論が出た。半球睡眠は効果が必ずしも大きいとは言い難いが、そもそも視覚情報の遮断が脳を休めるのに大きな影響がある。半球睡眠を試していると聞いた上鳴は、「ついに人間やめんの?」と半笑いだった。
 それに、実は入学からずっと満点を取り続けていた数学・満点近くを取ってきた理科分野について、エクトプラズム先生から「補講ニ意味ガアルトハ思エン」と、少しの課題をこなしてテストで結果を出していれば補講は不要としてもらえた。もちろんあればありがたく聞くけれど、この忙しさでは免除してもらえるのはありがたいことこの上なかった。一週間のうち授業のうち、この2つが5分の1以上を占めるのだ。つまり補講が5分の1減った。

 気がつくと週末だ。こんなのばっかりである。ちなみに爆豪とは毎日会っているし、「頑張って脳を休ませてる」と言ってある。「休むのを頑張るってなんだ。本末転倒だろ」と苦々しい顔をしていたけれど。
 土曜日である本日は、平日よりも早く授業が終わる。授業後、相澤に呼び出されて職員寮へと向かう。死穢八斎會の作戦に参加したインターン組が、全員揃っていた。
「雄英で預かることになった」
「近い内にまた会えるどころか!!」
 随分柔らかく笑えるようになったエリちゃんが、波動に髪を結んでもらいながらソファに座っていた。背後には、残りのビッグ3の二人も立っている。文化祭での別れの際に、「近い内にまた会える」と相澤が言っていたのは、これを知っていたからだろう。
「わーエリちゃん、やったー」
「私、妹を思い出しちゃうわ。よろしくね」
「よろしくおねがいします」
 お茶子たちと挨拶を交わしているエリちゃんに、湊も近寄ってよろしくね、と声をかけた。
「湊さん、今日は髪の毛なにもしてない……」
「あ、うん。今日はいっぱい寝たくて、ごめんなさい」
「エリちゃん別に怒ってねぇと思うぜ! な、エリちゃん!」
「湊さんの髪、いつもかわいい」
「ありがとう……」
 反射的に謝ってしまって切島に励まされる。いつも気にしていたからこそなんとなく、気恥ずかしい気持ちがあったのだ。エリちゃんにまで気を使われて申し訳ない。

 相澤と通形にチョイチョイ、と手招きされて、揃って外に出る。エリちゃんに聞こえない場所まで行って、「エリちゃん、親に捨てられたそうだ」と相澤が話し始めた。
「血縁にあたる八斎會組長も長い間意識不明のままらしく、現状寄る辺がない」
 湊は何もかける言葉が見つからない。親に捨てられたのは悲しいことだけれど、雄英に引き取ってもらえるのは正直幸運な処置だろう。
 重ねて、エリちゃんのおでこにある角。個性の放出口になっているのだが、あの日デクに対して暴走して以来縮んでいたのが、少しずつ伸び始めているのだという。
「じゃあ……またああならないように……?」
「そういうことで、養護施設じゃなく特別に雄英が引き取り先となった。教師寮の空き部屋で監督する。様子を見て……強大すぎる力との付き合い方も模索していく」
 「検証するべきこともあるし」そう言って、相澤は視線を落とした。
 相澤だけでは負荷が大きいので、休学中の通形も面倒を見るらしい。「忙しいだろうけどみんなも顔出してよね」との言葉に、湊も頷いた。どんなに忙しかろうと、会いに来たい。

「エリちゃんが体も心も安定するようになれば……無敵の男復活の日も遠くない」
 優しくそう言って通形の肩に手を置いた天喰に、通形は「そうなれば嬉しいね」と笑った。たとえ本人がいなくとも、プレッシャーになるようなことは言わない。優しくて強くて、いい人だ。
 早速エリちゃんと遊んでいこう、と思っていた1年生たちに、相澤は「寮へ戻ってろ」と告げた。なんでも来賓があるらしい。クラス全員に来賓なんて、一体誰なのか、想像もつかないまま揃って寮へと戻る。

 楽な部屋着に着替えて、共有スペースに集まった。全員揃うようにと厳命されていたので、クラス全員が集合している。クラスメイトがわちゃわちゃと騒いでいる空気を感じながら、じっと目を閉じて脳を休ませようと意識した。何も考えないよう、ただ呼吸だけに集中する。一つのことにただ集中するのが良いらしい。こうして脳を休ませたら、個性もオフにならないだろうか。
「湊? 寝てる?」
「おきてる」
 ソファの隣に座った耳郎の声に目を開く。目を開く前と、大きな違いはない。発動している自覚のない個性の発動をやめるというのは、あまりにも難しかった。やっていることはメンタルヘルスに効果的だから、無駄ではないのだけれど。
「また瞑想してんの?」
「うん……? 意識を保ちながら脳だけ休んでくれないかなって」
「人間やめんの?」
 耳郎の隣にいた上鳴が無遠慮にそう言って、更にその向こうにいた八百万がそれを咎めた。人間をやめるつもりは毛頭ないけれど、耳郎もそれを聞いて苦笑しているからもしかしたら湊の使用としていることは人智を超えているのかもしれない。でも諦めるにはまだ早かった。可能性があるなら追わなければ。
 ぱちぱち、と瞬きをして虚空を見つめていれば、「湊にももういそう」と自分の名前が話題に出ていて、そちらを向く。お茶子が、「ふたりともホークスのとこインターン行っとるもんね」と言った。
「ん?」
「ファンがもう居るんじゃない、って話」
 隣から耳郎が付け加えてくれて、やっと話を理解した。
「それはないと思う」
「あぁ、そうだな。あそこは”はやすぎる”から」
 はやすぎる、ってどういう? と皆が首を傾げたその刹那、寮の入り口の扉がガチャ、と開く。飯田が「お出迎えだ!」と大きな声で言って、集まっていた皆がそちらへと向かう。来客だ。

「煌めく眼でロックオン!」
「猫の手手助けやって来る!」
「どこからともなくやってくる」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」」」

 私服のままお決まりの口上で名乗りを上げるのはプッシーキャッツだ。来客とは彼女らのことであった。湊もクラスメイトに混じって、彼女たちに近づく。
「湊ちゃん久しぶり!」
「あの時はごめんね」
 ラグドールとピクシーボブが少し後悔したような面持ちでそう言うものだから、湊はふるふる、と首を振った。
「あれがあったおかげで、私成長できたんです。だから、謝らないで」
 もう気にしていないことを示せば、二人は顔を見合わせて、笑う。
「なんかおっきくなったね」
「えっ、体格ですか?」
「いや、体格はあんまり」
 意識的に鍛えている成果が出たのかと思ったら、そうではなかったらしい。「そうですか……」と明らかに凹んだ声が出てしまった。

 洸汰くん! 久しぶり! という緑谷の声に意識を向けると、入口近くに佇んだ洸汰くんと緑谷が握手のようなことをしていた。そこに近寄って、マンダレイにお辞儀をする。
 あの日、緑谷はぼろぼろになりながらも、血狂いマスキュラーから洸汰くんを救った。その出来事が洸汰くんの心を救って、ヒーローというものに対する思いすらも変えてしまった。特徴的な赤いスニーカーをお揃いにしている洸汰くんは、緑谷に「お揃いだ!」といわれて恥ずかしそうにしていた。
「洸汰くん、久しぶり。また大きくなったね」
「……ケガ、もう大丈夫なのかよ」
 ぶっきらぼうにしながらも心配をしてくれて、笑みがこぼれる。目の前に屈んで、「大丈夫だよ」とうなずく。
「あの、覚えてるかな。5月にあった時に、『なんでヒーローになりたいか考えてみる』って言ったの」
「覚えてる」
 もう忘れてしまったかもしれないと思っていたけれど、洸汰くんは間髪入れずに頷いた。

「私、昔にヒーローに助けてもらって。だからね、憧れなの。私もそういうふうに、誰かの助けに、希望になりたいんだ」
 言葉にしてしまえばありふれた理由だ。同じ理由でヒーローを目指す人は星の数ほどいるだろう。でも、そうやって言葉にできるほどはっきり思えたのは、湊が成長できたから。あの時に答えられなかった、「なんでヒーローなりたいんだよ」という問いにやっと答えられた。
「……そう」
「洸汰くんは? なりたいもの、できた?」
 教えないと言われるかも、と思いながらの質問だったのに、洸汰くんは少し顔を赤らめて「耳、かして」と湊に一歩近づいた。湊が顔を横向けると、洸汰くんは湊の耳元で小さく、きらきらした未来への希望を教えてくれた。
「……そっか。私、応援するね」
「絶対、誰にも言うなよ……」
「うん。二人だけのひみつ」
 小指を差し出して、洸汰くんの小さなそれと絡めた。内緒話みたいにして話していたので、近かった顔はすぐにふい、と逸らされてしまったけれど。

「洸汰、照れちゃって」
「やめろってば!」

「しかしまた何で雄英に?」
 お茶を淹れた砂藤がやってきて、障子とお茶子がソファを勧めるけれど、「いいの、お構いなく」「B組にも行かないかんし」と固辞していた。
「復帰のご挨拶に来たのよ」
「復帰!? おめでとうございます!」
「ラグドール、戻ったんですか!? 個性を奪われての活動見合わせだったんじゃ……」
 プッシーキャッツは、神野事件での一件でピクシーボブがひどい怪我をし、ラグドールが個性を奪われた。その影響で活動を見合わせていたのだ。緑谷の言葉に、ラグドールはなんてことないように、「戻ってないよ!」と明るく答えた。

「タルタロスから報告は頂くんだけどね……。どんな、どれだけの個性を内に秘めているか未だ追及している状況。現状、何もさせない事が、奴をおさえる唯一の方法らしくてね」
 個性を返還するのに、個性を使わなければならない。その影響で、何が起きるかわからない。だから個性を使わせられなくて、ラグドールの個性も戻らない。
 個性は、アイデンティティの一部だ。それを奪われた状況で、湊は笑っていられるだろうか。きっと難しい。無理にでも、虚勢だとしても笑えるラグドールは強いひとだ。
「……では何故、このタイミングで復帰を?」
「今度発表されるんだけど、ヒーロービルボードチャートJP下半期、私たち411位だったんだ」

 ヒーロービルボードチャートとは、簡単に言えばヒーロー番付である。事件解決数、社会貢献度、国民の支持率などを集計してランキング化する。オールマイトはこれでずっと一位を取り続けていたからこそ、ナンバーワンヒーローと呼ばれているのだ。

「なるほど、急落したからか! ファイトッす!」
「違うにゃん! 全く活動していなかったにも拘わらず3桁ってどゆ事ってこと!」
「支持率の項目が我々、突出していた」
「待ってくれてる人がいる」
「立ち止まってなんかいられにゃい!」
 ヒーローらしいその言葉に、切島が「漢だ、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」と感涙している。そのヒーローマインドこそ、きっと人々に支持される所以なのだろうと湊も切島に同意した。上鳴には「うるせー」と言われてしまっているけれど。

 B組に行かなければならないから、とプッシーキャッツは帰っていった。そういえば、ホークスが忙しいと言っていたからすんなりとビルボードチャートだからか、と湊も勝手に納得したが、毎年ビルボードチャートにはヒーローは登壇しなかったはずだ。今年から違うのだろうか、と疑問に思った。





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