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6 得るものがあったんなら




 次の週末も来ますか、とホークスが言ったが、湊が雄英に帰ってきたのは火曜日。つまり三日学校に行ったら週末であり、湊は中二日で金曜の夜にはまた新幹線に乗っていた。
 学校では通常授業と補習に明け暮れ、相澤の「はっきり言って過負荷だ」という言葉が思い出された。確かに高負荷であることは否定しようもない。来週はないから良いけれど、立て続けは厳しいかもしれないなと考えていた。

 つまり、十分な休息が出来ていなかったのだろう。金曜は学校が終わってから福岡へ移動して、以前と同じビジネスホテルで眠った。睡眠不足というほどのものでもないけれど、いつもより短い睡眠ののちに行われた土曜日のインターンは、先週よりも短い、昼過ぎの時点でホークスを追いかけられなくなってしまった。ひどい頭痛に足を止めると、ホークスもパトロールを中断して湊に寄ってくる。
「また個性の反動ですか?」
「そう……みたいです。どうして先週より早いかは……わからないんですけど」

 ズキズキと内側から殴られているような頭痛に、少しだけ眉を歪めて会話をする。先週はすぐに立ち去っていたホークスが、何か考えるそぶりで湊をじっと見つめた。
 ちょっと休憩しましょうか。そう言われて、ビルの屋上に止まる。ちょうど昼休憩になると、ホークスが近くのベーカリーで買ったパンと飲み物を手渡してくれた。
「ちゃんと寝てます?」
「……はい。平均7時間程度は」
 近くに人気もあるはずなく、たった二人で風の吹き抜けるコンクリートの上で話す。何が起きたわけでもないのに、ホークスとの心の距離が縮まった気がしていた。なぜだろうか。
「個性、瞬間移動でしたっけ。発動型? でも頭が痛くなるってことは何か頭使ってるんです?」
「発動型です。転送先の座標を指定して、計算することで移動しています」
 ホークスは異形型だ。個性因子の影響で身体の作りごと超常前の人間とは異なる。湊は発動型、つまり、見た目にはわからないけれど、自身の意思で個性を発動し、何かの超常事象を起こす事ができるタイプ。ちなみにもう一つ、個性を使用すると身体に異変が起こる変形型がいる。
「へぇ。じゃあ頭がお粗末じゃ使い物になんないんだ。そいえばクイズ大会とんでもなかったですもんね」
「あぁ、それは、私の個性は頭脳系の個性と空間系の個性が掛け合わされているみたいで。なので、この頭脳も個性の一部と言えるかと」
「ふぅん、よく出来てますね。じゃあ頭のほうは異形型ってことですか」
 脳のMRIを撮っても超常前の人類と同一の脳、つまり見た目には異ならないから異形とは違わないのでは。そもそも湊は個性を複数持っているわけでは。そう考えて、ん? と少しの引っかかりを感じた。
「強化された脳でも反動が来るって相当ですね。それって個性を使わないと休まってるもんなんです? それとも寝らないかんと?」
 ホークスの言葉に、引っ掛かりが大きくなる。

 湊の個性が瞬間移動であること、父か母かは知らないけれどどちらか(おそらく父)が頭脳系の個性を持っていたため、その影響で、瞬間移動時の異常なほどの処理に耐えうる脳を持っているということは病院の検査で発覚しているから間違いがない。
 では、自分の脳について深く考えたことがあるかというと、思い出す限りではない。反動の頭痛や鼻血は脳が熱暴走を起こしているからで、簡単に言えば瞬間移動の使いすぎ=個性の使いすぎ=脳の使いすぎだと単純に思っていた。
『それよりもオーバークロックした脳を効率的にクールダウンする術を考えるべきかな』
 個性科の医者の先生の言葉が思い出される。個性を使うなではないのだ。何らかの方法で、脳のクールダウンを早く行うことで、熱暴走を防ぐと。湊はそれよりも脳のスペックを上げるべきだとその時思ったけれど、それはあまりにも脳筋的発想だったのではないかと気が付かされた。

 つまり何って、自分の脳ができるだけ熱暴走しないためには「現状の生活を保ったままで極力個性を連続使用しない」状態で十分なのか、それとも「生活習慣ごと変えて日常生活から脳の負荷を減らすよう努力すべき」なのか、「そもそも個性使用時の処理負荷が高すぎて小細工は無意味」なのか、現状の湊では判断できないほどに材料が揃っていない。自分の個性の最大の理解者でないのは、湊のプライドが許せなかった。

「おーい。大丈夫です? 目を開けたまま寝てます?」
「はっ、すみません。考え事してました」
「まぁ、いいんですけど。何か得るものがあったんなら」
 ホークスはさほど興味がなさそうに、手元のホットコーヒーをすすった。気がついたらもうホークスの手にパンはなくて、湊のパンは半分も残っている。焦って口に詰め込んだ。
「あの。もう少しだけいいですか。今の休憩で頭痛もだいぶ治まったので」
「構いませんけど、鼻血出してる女の子連れてるの本当絵面が問題なんで、そうなる前に自分でセーブしてください」
「わかりました」
 最後のひとくちを詰め込んで、昼を終える。可能な限り、ホークスの手腕を目に焼き付けておきたかった。



 早速その日のインターン後、書店に立ち寄って脳の書籍を買った。善は急げだ。
 脳を休ませるには、瞑想するだとか、アロマなどで副交感神経を優位にするだとか、良質な睡眠を取るだとかが有効らしい。
 そして、脳というのは内部でネットワークを構築しており、一部だけ動くなどではなくて、使用用途に応じてネットワークを使い分けて稼働している。その一種にデフォルト・モード・ネットワークというものがあり、脳が意識的な活動をしていない際に活性化する部分だ。主な機能は危機への備えと情報の整理。ただし、これが活性化しすぎると脳のエネルギーを異常に使用してしまって脳疲労につながる。

 知識と対処法を頭に叩き込みながら、考える。
 医者は、個性使用時にのみ異常な負荷がかかっている、と言っていた。湊の脳は頭脳系個性を持っているため人より発達していて、そのおかげで異常な負荷に耐えることができる。つまり、この個性は、湊でないと……いや、湊の脳でないと使用に耐えないものなのだ。
 ここで、2つのことを考えるべきだと思う。まずひとつ、取り急ぎ脳を休めるとはどういうことかを理解し、実践すること。一旦脳に影響する個性のことは忘れて、瞬間移動の連続使用に耐えうるように、脳の冷却機能を鍛えるとともにその技術を磨くこと。そしてもう一つ、いままでふんわりとしか捉えていなかった頭脳系個性についてのこと。
 冷却機能を鍛えて技術を学ぶことについては、マインドフルネスなどの本を読んでみようかと思う。とても簡単に言えば瞑想だ。これはやろうと思ってすぐ出来るものでもないので、選択肢の一つとして。重ねて、例えば渡り鳥の脳の休め方は半球睡眠と言い、片目ずつ瞑ってごく短時間脳を休めるのだそうだ。人間に可能かどうかは十分な研究結果がないようだが、試す価値はある。それに関連して、視覚情報というのはかなり膨大なため、それを遮断するのは一定の効果がありそうだ。一つ一つ、検証していく必要があるだろう。

 頭脳系の個性について、湊は詳細を全く知らない。そもそもAFOが言及し、病院で検査した結果それが事実だと判明したくらいだ。知る由もない。
 ただ、いくつかの仮説を立てることはできる。この個性は、医者が言うには「複合型個性」であって、「個性の複数持ち」ではない。つまり、湊の個性は正真正銘「瞬間移動」の一つであり、もう一つ頭脳系のものがあるわけではない。
 であれば、この個性は「発動型」なのだ。「異形型」つまり、常時発動しているのが自然な形ではない。そのはずなのに、湊は特に瞬間移動時だけ頭脳が飛躍したとは感じない。
 ということはもしかして、湊は個性が発言した4歳から、もしくは過去のどこかの段階からずっと、発動型の個性を発動し続けている状態なのではないだろうか。つまり、湊の脳には個性ONの状態とOFFの状態が存在して、日常生活や睡眠時、待機時はOFFに出来ることができたら、脳の負荷を下げることができるのではないか。

 なんの根拠もない、ただの仮説にすぎない。けれど、それがもし本当なら、個性上限を伸ばせるんじゃないだろうか。
 いや、違うな、と湊は否定した。
 個性上限を伸ばさなきゃいけないのだ。考えられる努力はしなければ。プルスウルトラ、更に向こうへと向かうために。





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