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5 眠くなっちゃう




 今回のインターン期間は、火曜日までの三日半。最終日の定時を迎えて、ちょうど事務所へと戻ってきたホークスにありがとうございました、と声をかける。
 結局、日曜からの三日間、ずっと朝からホークスを追いかけて夕方前にへばる、ということを繰り返した。もちろん邪魔にはならないよう気をつけてだ。二日目からは鼻血が出る予感がわかるようになって、直前でやめることにした。頭が痛くなるからわかるのだ。サイドキックたちには「頑張るねぇ」と見られていた。
 ホークスも初日以外はキツいことを言うこともなく、ただついてくる湊を黙って見ていた。印象とは違って、無駄口を叩くこともなかった。湊が限界だとわかると「今日はここまでってことで」とだけ言って、立ち去る。たったそれだけ。

 正直、もしかしたらインターンに呼ばれたのは何かの間違いで、もう来なくていいですよ、と言われるかと思った。だって、ホークスの態度は歓迎とは程遠いものだったから。
 しかしホークスは「あぁ、」とそっけなくしながらも、この数日で初めてと言っていいほど珍しく、彼の方から業務連絡以外の話を湊にした。
「雄英生ってみんなそうなんです?」
 常闇もそうだった、とどこか嬉しそうに言うから、何の話かと首をかしげた。曰く、ふたりとも諦めが悪くていつまでもくらいついてくる、らしい。褒められているのか貶されているのか湊には判断がつかなかったけれど、質問に対する答えは持っていた。
「そうですね。毎日言い聞かせてます。更に向こうへって」
 少なくともヒーロー科は、A組のみんなは、高い目標を持って努力し続けている。今いるところで満足なんてせずに、更に上へ、先へと目指している。湊だって常闇だってそう。
 湊が強くうなずけば、ホークスは何か考えるようにしてからまたもやそっけなく言った。
「次の週末からも来ます? こんな感じになりますけど」
「……は、はい。もちろん、ぜひ」
 予想に反した提案にぽかん、としたけれど、ホークスの気が変わらない内にと返事をした。
「じゃ、サイドキックには伝えときます。あ、その次は俺忙しいんで、ナシでお願いします」
 再来週と言えば、ヒーロービルボードチャートJPの下半期表彰だ。ホークスがランクインしていないとは考えにくいから、忙しいのは当然だろう。
 いや、そうではなくて。ついてくるのは邪魔だとつい三日前に言われたばかりなのに、今の口ぶりではホークスは、自身で湊のことを見てくれるつもりなのだろうか。そうであれば、これほど嬉しいことはない。自身の持つスピードだけではなく、対処能力までも速すぎると評されるホークスの動きを真似できたら、学べたら、湊の欠点は減る。

 博多駅から、名古屋駅行きの新幹線へ乗り込む。まだ暗くなって少しなのだが、静岡へ着く頃にはすっかり夜になっているだろう。相澤に学校の着時間を連絡して、ほとんど同じことを爆豪にもチャットする。気をつけろよ、の返信に、「ついたら会いに行ってもいい?」と聞きたくて、でも打つのはやめた。寮の着時間がそもそも、いつも会う時間より遅くなるからだ。湊はそれから色々準備をしなければならないので、寝る時間も遅くなる。それを見越して爆豪に断られるかもしれない。
 適当に買った駅弁を食べてから、参考書を開いたまま寝てしまう。思ったよりよほど疲れていた。



 帰寮したのは、ほぼ消灯時間に近い時間だった。週半ばということもあって共有スペースにはほとんど人はいなくて、静かなものだ。ただいま、と声をかけると、その場にいた緑谷がおかえり……と返してくれつつ、ソファにちらりと視線を向けた。
 ソファの背もたれから見慣れたクリーム色がのぞいていて、え、と声が漏れる。緑谷は湊のその様子を見て、僕寝るね、おやすみ、とエレベーターへと去っていった。

「勝己くん……」
「おー、おけーり」
「起きててくれたの……?」
 爆豪はいつも湊と会う時間の直後に寝ているはずだ。湊に会うために起きていてくれたのだろうと思うと、胸のあたりがあたたかくなった。ソファの隣に座ると、爆豪は湊の顔をじっと見つめた。
「ン。無理してねぇか、確認しないと安心できねぇからな」
 湊のことをというか、湊の管理能力に信頼を置いていないということなのかもしれないけれど、それでもよかった。それに、口でなんと言おうと多分爆豪はただ顔を見て話したいからこうして待っていてくれた気がする。湊だって、こうやって顔を見てすごく満たされた気分になっているから。
「無理してないよ。個性も、オーバーヒートするまでは使ってないの」

 ふわふわとした気分で爆豪のとなりにいると、とろ、と瞼が落ちてくる。新幹線でも寝たはずなのに、疲れていたということなのだろうか。身体の力が抜けて、爆豪の肩にもたれかかった。伝わってくる温度が心地よい。
「……おい、ンなとこで寝んな」
「ん……うん、ねない……」
 半分寝ているような声で答えれば、爆豪は「寝とんだわ」と笑う。くすくす、と震える肩に少しだけ意識が浮かび上がって、瞬きをふたつした。微睡みを振り払うように、首をふる。
「そんなに疲れとんのか。ちゃんと風呂入れんのかよ」
「たぶん、大丈夫……勝己くんといると眠くなっちゃうの、なんでだろう……」
 明らかに、爆豪の近くにいるときに眠気が強くなっている。以前もそうだった。爆豪の体温を感じていると、気持ちが落ち着いて、なんとなく呼吸が深くなって瞼が重くなる。
 独り言のようにこぼれたそれに、爆豪は何も言わずに湊を立ち上がらせて、荷物を持ってくれた。ほら歩け、と言われて足を動かす。エレベーターの前で立ち止まって、上矢印ボタンを押した。
「部屋まで行く」
「ううん、大丈夫。ありがとう。あのね、今日会いたいなって思ってたけど、遅いからって言わなかったの。だから、起きててくれてすごく嬉しかったよ」
 わざわざ女子寮に入って、荷物を持ってもらうのは気が引けた。爆豪は素直に荷物を手渡してくれて、エレベーターの扉が開く。乗り込んで振り向くと、爆豪が半身エレベーターに乗り込んできて、触れるだけのキスをしてエレベーターから降りる。
「ン。おやすみ、湊」
「うん、おやすみなさい」

 エレベーターのドアが閉まって、一人きりになる。そういえば、少し前に電話したときの違和感に似たものはまったく感じなかったな、と思い出す。電話越しだったから、気のせいかもしれない。もしまた違和感があれば、その時に。そう思って、気にしないことにした。





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