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4 追いつけます




 翌日、8時30分前に事務所へ出社する。インターン活動は9時から17時まで、湊は準備などもあるので余裕を持って到着した。すると、そこには昨日とは違ってホークスが待ち構えていた。
 湊を視認して、ん? という顔をするものだから、ここぞとばかりに何度目かわからない自己紹介をした。機を逃してはならないと思ったからだ。
「あぁ、そういや昨日からでしたっけ」
「はい、そうです」
 貴方が呼んだんですよ、とは言わないことにして、よろしくお願いします、と言えばホークスはへら、と軽薄に笑って、「ま、なんかいい経験できるといいですね」ととんでもなく他人行儀な言葉をかけられた。昨日頭をよぎった「もしかして舐められている?」という疑惑が濃くなっていく。

 昨日も面倒を見てくれたサイドキックのシザーネールが出勤してきて、朝礼ののちにホークスは「んじゃ今日もいつもどおりに」と窓から出ていこうとする。待って、と湊が声を上げれば、ホークスは少し面倒そうに、「なんです?」とそれでも返事がある。
「待ってください。私、ホークスの活動を見に来たんです。ついて行かせてください」
「いやァ、無理だと思いますよ」
 君、飛べないでしょ? そう見下したように言われて、かちん、ときた。出来るか出来ないかで言われたら、できる、はずだ。テレポートを繰り返せば、地に足をつけずに直線距離で移動できる。それは飛べるのと同じこと。
 ただ、それがどれだけの間繰り返せるのか、現実的なプランは見えないけれど。
「私、飛べなくても、個性で追いつけます! 馬鹿にしないでください!」
「あー、そうですね。じゃ、ご自由にどうぞ」
 啖呵を切るみたいに言った湊を嘲笑するようなそぶりで、彼はバサ、と羽撃きとともに窓から出ていこうとする。ぽかんとしているシザーネールに「すみません、行きます!」とだけ言って、湊も窓から飛び出した。
 湊の個性は現在、自身の体重を飛ばすだけなら特に問題なく距離上限、つまり50メートル先ならブレなくテレポートできる。入学時には20メートルだったことを考えるとかなり成長したものだが、自身のテレポートはまだ、連続使用が難しい。次に使うまでに1秒ほどのタイムラグが発生する。さらに、ホークスの目的を持ってよどみなく進む速度と比べると、文字通りついていくのが精一杯なのだ。短距離競走とは違う。

 事務所から少し離れた場所で起きたひったくりをその剛翼で中に吊り上げてカバンをご婦人に返したホークスに、コンマ5秒遅れで現着する。確かに追いつけているけれど、湊も気がついていた。文字通り、追いついているだけだと。
 ホークスは少し意外そうにしてちらりと湊に目線を向けて、それでも何も言わない。湊はこれをどれだけ繰り返せるかと、不安がぐるり、と心を覆うのを自覚していた。握った手を胸に当てる。いけない。自信を持って、自分は絶対できると信じる。そうしないと。

 結局、朝一番から昼を食べることもなくパトロールからの事件解決を繰り返すホークスを追いかけ続けて、14時ごろには個性の使いすぎで身体が音を上げた。移動して事件解決、移動して事件解決なので移動にはインターバルが設けられるとはいえ、湊の今の状態ではこれが限界だった。少し前から音がするくらいにひどくなっていた頭痛と、たらりと垂れてきた鼻血に、ホークスが気がついてしまった。
「いやグロ……え、交戦してないですよね。超音波攻撃でも受けました?」
「個性の反動です」
 初めてではないので冷静にティッシュをあてて止血を試みている湊に、ホークスは苦笑していた。冷たい態度ばかり取られていたけれど、彼とてヒーローだ。体調の悪そうな人は放っておけないらしい。
「あーあ、無理するから。鼻血出した子連れ回してんの普通に世間体悪いんで、今日はサイドキックたちと一緒にいてくださいよ。もうすぐくると思うんで」
 今しがた坂道を転がりそうになっていた荷物を剛翼で回収していたホークスが、呆れたように言う。それに何も言い返せなくて、黙った。これ以上はホークスの活動の妨げになるかもしれない。それは許されない。

「ポルテ、君朝、馬鹿にしないでって言いましたっけ」
「……は、はい」
 ヒーローネームを覚えていたのか、と感動すら覚えて湊がうなずくと、薄ら寒い笑みを浮かべていたホークスが急に、すとん、と表情をなくした。
「確かに、俺のスピードに追いつけたのは予想外でした。でも追いついて、それで何ができました? 今日一日、一度でも俺の手助けできました? 一般人に来てもらっても、邪魔なだけなんで」

 湊が言葉を失っているうちに、ホークスは飛び去り、サイドキックが追いかけてきた。
「ポルテ! えっ、鼻血!? どげんしたと!?」
 シザーネールにそう驚かれても、湊はただ「個性の反動で」と力なくしか返せなかった。
 ホークスの言っていることは、何も間違っていないと湊が一番良くわかっているのに、わかっているからこそずっぷりとそれが刺さった心が、痛くて悔しくて、もどかしかった。



 結局事務所に帰って、取っていなかった休憩を取ってから、冷えピタを額に貼りつつ書類関係を手伝わせてもらって、その日の活動は終わった。いやに心配してくれるシザーネールに申し訳なく思いつつ事務所を辞して、夜は滞在用に事務所が借りてくれたビジネスホテルの部屋でゆっくりするだけだ。
『今日はホークスに会えたんか』
 習慣となっている夜の逢瀬、いやインターン中は通話だけれど、それが湊にとっての心の支えであることは確かだった。まだじくじくと傷になっている心が途端に凪ぐ。 
「うん。会えたよ。でもね、ホークス私が来ること本当に忘れてたんだって」
『トリは三歩で忘れっからな』
 スマホを耳に当てながら、思い出した悔しい気持ちが溢れないように堪えて話す。なぜか爆豪はホークスのことを毛嫌いしている様子だった。
「忙しいだろうから、もうそれはいいの。でもね、今日、……対処能力が低いって、指摘されちゃって。駆けつけるスピードがあっても、駆けつけたあと何も出来ないなら邪魔だって」
『……そりゃ、随分キツいこと言ってくれんな』
「ショックだったけど、事実だと思う。近接戦闘は他と比べておぼつかなくて、捕縛もろくにできない。プロから見たら、スピードがあるだけの一般人」
 しかも、一日ずっとくっついていられるだけの耐久力もない。言葉はきつかったけれど、事実でしかない。だから刺さったのだ。爆豪が否定しないのもそういうことだ。湊がずっと気がついていて、努力しても埋まらない足りないものに、もう目をそらせなくなっているだけ。

 湊が黙っていれば、爆豪も言葉に詰まっているのが感じ取れる。それに、そういえば今は向き合っていないのだから、表情やしぐさは伝わらないのだと今更ながらに思い出す。
「あ、あの、でもね、落ち込んでるだけじゃないんだよ。今日接した感じ、どうすればいいか詳細に教えてくれるような人じゃないんだけど、せっかく近くにいられるから、何か盗まないと。ただでさえ授業にも遅れを取っているのに、ここまで来て時間を無駄にするわけにはいかないって思ってる。がんばらなきゃ」
 爆豪に無駄な心配をかけたくはない。自分の状況を正しく伝えなくては、と焦って言葉を重ねる。凹んで、落ち込んで、焦って、それでもそのあと、自分を顧みない方法を選ぶのではなくて、ちゃんと前向きになれていると示したかった。

『……お前は、』
 その声が揺れているように聞こえて、湊はつい、「勝己くん……?」と声を上げてしまった。爆豪はそれに弾かれたようにしばらく黙ってから、『あんま無理すんなや』と今度はいつもどおりの声色で言うものだから、それ以上言及はできない。
 おやすみ、と言い合って通話を終えて、スマホを見る。もちろん話せて嬉しいし、こうやって時間を割いてくれるのはありがたいのに、なんだか物足りなさが募る。帰ったらちゃんと顔を見て、手を握って話をしたい、とすでに寮が恋しくなってしまった。





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