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6 役に立てたかな




 ふっ、と意識が戻る。目を開けると、真っ白い天井が目に入った。
 ひとつ、ふたつと瞬きを繰り返しながら何故寝ていたか逡巡して、訓練中に敵襲があったことを思い出す。モヤ状の敵に襲われて、飯田くんを外に出そうと必死になって、そして。
 そこまで思い出して、勢い良く上体を起こした。途端に、ぐらり、と脳が揺れる。だめだまずい、と思っても、咄嗟に視線を彷徨わせてしまう。ぐるり、目が回るほど、あたりを見回してしまう。ここは、ここはどこ。

「おい」
 強い声がして、湊の肩を大きな手が覆った。はっとそちらを向けば、きらきらとした金髪と、目が覚めるような赤い瞳がこちらを向いていて。
「ば、くごー、くん……」
「……ばーさん呼んでくる」
「まって、」
 はぁ、はぁ、とまるで全速力で駆けた後のように息が整わない。掴まれたままの肩が大きく上下するのを、爆豪は何も言わずに、待っていてくれた。
 呼吸が落ち着いて、とっ散らかっていた思考がまとまってくる。いくつか瞬きをしてから最後に一つ息を吐けば、彼は様子を察したのか、肩から腕を離した。
「あの……さっき、ありがとう。ごめんね、私……」
「あの状況でビビらねぇ奴はいねーだろ」
 そうは言うけれど、爆豪くんがビビっている姿は想像できない。だからその言葉が、おそらく私を励ますためのものだとすぐにわかる。
「私、結局、自滅して……役に立てたかな……私……何か、できたかな……」
 独り言のようにそう呟けば、はっ、と爆豪くんは鼻で笑った。
「お前がいなきゃ、助けがこなかった。そうだろうが」
 あの後、飯田は無事に校舎に辿り着いて、先生を呼んでこられたのだろう。そうでなくては、湊も爆豪も、ここにはいられないはずだ。
 なにも、正面から戦うことだけが全てではない。今日、今の自分がすべきことは少なくともできていた。
 でも、それではヒーローは務まらない。敵を前にして、守るべき人を前にして逃げ出すのはありえない。イレイザーヘッドを見てそう思ったじゃないかと、思い直す。

 爆豪はじっと、ベッドを見下ろしている。その瞳になにか、解せないような、納得しきっていないような色が見えて不思議に思った。口を開いて、閉じて。そうやって言い淀むのも、なんだか珍しい気がする。彼はいつだって、迷いとは無縁の存在だ。
 オイ、という言葉に、首を傾げて返す。はぁ、となぜかため息をついて、また口を開いた。
「お前の個性は、速ぇ。手を伸ばしたいと思ったその瞬間、お前は届く。そうだろうが」
 届く。
 そうだ。どんな人も、オールマイトですら、両足を使ってパワーで加速する。それとは物理的、原理的に異なる方法で移動できる湊は、もはや別の次元にいる。
 自分の能力を、そんなふうに言われたことも、考えたこともなかった。
「手が、届く……」
 自分の個性を、人を助けるためにどう使うか。その問いに対して、助けを求めた人のところまで駆けつけて、手を握ってあげられるような。そんな存在になれるのだと、答えをもらった気がした。
「わかったなら、とりあえず休めや。ばーさん呼んでくる」
 次は引き止めることすらも許されなかった。迷いなく、区切られたカーテンの先に行ってしまう爆豪くんを見送る。静まり返った保健室で、ただ自分の鼓動だけがうるさかった。


 しばらく待っている間、疲労感によって瞼が重たくなってきた。まどろみの淵をうろうろしていれば、やっとのことでリカバリーガールがやってきた。簡単な受け答えをして、身体の様子をチェックされた。問題ないね、とお墨付きをもらう。
 スーツ姿の男性が続いてやってきて、塚内です、と名乗った。警察のひとらしく、事情聴取をさせてほしい、という申し出に、断る理由もなくうなずいた。
「起きてすぐのところすまないね」
「いえ、問題ありません」
 ベッドのままで問題ないとのことだったので、上体を起こした体制のまま、脇のパイプ椅子に腰かけた塚内さんのほうへ体を向ける。
「ただ……私が見たものは、他の子とほとんど同じだと思うんですが」
「あぁ、君に聞きたいのは他のことでね。君は空間系の個性持ちだったろう。事情聴取もそうなんだが、敵連合の黒霧と呼ばれていた男の個性について、なにかわかることがあったら教えてほしい」
 黒霧というのは、あのモヤの敵のことだろう。
 空間に作用する個性はとても希少で、湊もその一人だ。むしろ、湊のそれは典型的だと言っても過言ではない。
 あの時に見た、紫がかったモヤを思い出す。何をしていたか、どんな個性か。
「自身の身体を変異させてゲートのようなものを作ることで座標AとBを指定、座標Aと座標Bの空間を、一度高次元を噛ませることで繋げてしまうような能力だと思います。簡単に言うとワープ、ですね。そこまで高次元の計算が必要なようには見えないので、おそらく四次元か五次元ではないでしょうか。推測でしかないですが、始点か終点、どちらかが一つでないと計算が難しすぎて実用出来ないように思います。今回も、使用時は一対一もしくは一対他でしか使用しているのを見ませんでした。私の能力と違う点は、座標一点の移動ではないので、運動エネルギーが保持されたまま転移することでしょうか」
 自分の個性と比較して、原理を考えた。しかし当然ながら推論でしかなく、たいした情報は出せない。しかも、見ていれば誰でもわかることだ。
 塚内さんは目を丸くして、何も言わない。大したことなさ過ぎただろうか、と恥ずかしくなって「すみません」と謝れば、いやいや! と大声で遮る。
「すごいな、少し見ただけだろう? わかるものかい」
「……本当にただの推測も交えていますが、私の個性と比較するとそうかもしれないと」
 学生でそれはすごいなぁ、と褒められて、萎縮する。空間系個性持ちであればこのくらいはおそらく誰にだってわかるものだ。常に頭を使って個性を使っているし、自分に似た個性であれば比較して理解もしやすい。そういうものだろうと思う。
「でも、あの、なんだか……私見ですし、突拍子もないことで申し訳ないのですが。個性が複雑で、複合個性のように見えるんです。ワープをさせるだけなら、自身が靄になる必要がない。例えば、自身を靄にする個性と、ワープするゲートを作成する個性、それぞれの両親を持ったその子供のような」
 ワープするゲートが作れることと、身体がモヤになって物理攻撃を無効化できること、それ自体には全く関連性がない。組み合わさって一つになることで違和感なく受け入れられているようだけれど、なんだかそう狙って作られた個性のようで、逆に不自然だった。
「ありがとう。すばらしい情報だよ。何かの役に立てさせてもらおう」
 塚内さんはペンを走らせていた手帳を閉じた。これで終わりかと少し安心していれば、最後に、と塚内さんは湊を見る。
「君には少し聞きづらいことだが……君のいた個性研究所で、そのような個性の人間を見たことはあるかい」
「いいえ。私以外に、空間系は一人もいませんでした。記憶が欠損していなければ」
 それだけは思い出すまでもないことだった。ので、即答した。記憶が完全に残っているとも言い難いのは確かだが、湊は唯一だった。だからこそ特別扱いをされて、一人暗い牢の奥で閉じ込められて、そして、個性を伸ばすために、来る日も来る日も、幾人もの子供たちから、殺されかけ――
 ぐる、と胃がひっくり返りかけて、思わず口元を抑えた。ぎゅっと強く目を瞑っても視界が回っているような感覚に、上体を丸まらせて耐える。
「っ、大丈夫か。リカバリーガール! いるかい!?」
「はいはい、吐きそうかい。これ使いな。もう終わりでいいね? これ以上は難しいよ」
 カーテン越しに待機していたのであろうリカバリーガールが出てきて、てきぱきと様子を見ていく。もう大丈夫です、と言っている塚内さんの姿を横目に、手渡された桶を抱え込んでひたすら吐き気に耐える。そもそも少し前に吐き戻したばかりで出てくるのは胃液だけのはずだが、それでも抵抗感があった。

 結局、体調が落ち着いたのはそれから半刻後のことで。心配してくれたリカバリーガールが、手の空いた先生に家まで送ってもらえるよう手配してくれた。
 その夜は、身体は疲労し睡眠を求めていたはずなのに、酷く悶々としてほとんど眠れなかった。




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