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3 舐められている?




 標葉、放課後職員室来い。
 相澤から告げられた言葉に、自分は何かしでかしてしまっただろうかと思うことはもう特になかった。ビックリはするが、ヒーロー科生徒はなんだかんだ教師に名指しで呼び出されることが多いとこの半年で理解できていたからだ。

 それでも、さすがにこの要件は予想もしていなかったけれど。
「お前、ホークスと会ったことあるか」
 そう言われて、思い出されるのは文化祭の日のあの一瞬。挨拶だけされた、奇妙な時間だった。かなり怪しかった。ちなみに、爆豪に「ンだそれ次あったら通報しろ」と怒られていた。
「い、一度だけ……。文化祭の日、校舎裏で声をかけられました」
「不審者か。あいつも何を考えているかわからんな……」
「どうしたんですか? ホークスが、私に何か?」
 確かに警戒心バリバリで接してしまったけれど、それでクレームが来たりしたのだろうか、とおそるおそる聞いてみれば、「そんなことはないが」と言いながら、一つの書類を差し出した。
「お前に、インターンの誘いが来ている」
「えっ。私、体育祭のときにもホークスから指名もらった記憶ないです」
 そうだな、と言う相澤は、当然それは調べていたようだ。そもそも、雄英生徒の取り合いを防ぐためにインターンは生徒からの指名制で、ヒーロー側からオファーしてはいけなかったはずだ。重ねて、インターン自体が学校と事務所の話し合いのもと、しばらく様子見だったはず。それが今、一体何故。
「お前が行きたくないと言えば断れる」
 そう言われると、行くべきだとしか思えないけれど。
 ホークス。速すぎる男として、九州に活動拠点を置きながらビルボードチャートでもトップの成績を残している。最大の武器がスピードであるところは、湊と似ていると言えた。当然ながら、学べるところは多いだろう。そして、将来を考えたらトップに近いヒーローの元で学べる機会は喉から手が出るほどに欲しい。ほしいのだけれど。
 事情がわからなさすぎる。通常の生徒が行っていない時期のインターンを雄英が湊に打診している理由も、ホークスが今になって湊に誘いをかけてきた理由も。わからないから警戒するか、好機と飛びつくか。湊はすぐに判断することができない。
「……先生、は、どちらにすべきだと思いますか」
「……お前、いい性格になったな。……今の時期にインターンに行く生徒は一年ではお前だけだ。学業面は心配していないが、ホークスは遠方。補講やなんやで今までより断然忙しくなる。正直言えば過負荷だ」
 相澤ですら、どちらを選べば湊の為になるのか決めあぐねているように見えた。それでも、今口に出された理由は、「行かないほうがいい理由」だ。ということは、本当は行ったほうがいいけれど、何か……それこそ、湊には言えない懸念事項でもあって、行かないで済む方法はないかと思っているのではないか。

「先生から見て、ホークスはどんな人ですか」
 湊が見たホークスは、テレビ越しか、文化祭での一瞬の印象だけだ。何の思惑があって湊に声をかけてきたかなんて、分かるわけもない。
「口が立つ。対人交渉には長けているタイプだろうな。頭もキレる。軽口を叩いて自分のペースに持っていくのがうまい。腹の底で何を考えているか読めないが、ヒーローとして立派なのは確かだ」
 そうでなければ、まさかHBBで上位には入れまい。星の数ほどいるヒーローのトップなのだ。人を見る目がある相澤が言うのならばそうなのだろうと、湊はそれを聞いて一つ頷いた。

「ありがとうございます。私、インターン行きます」
「…………そうか」
「すみません、先生。でも、私にはいい経験になると思うんです」
 プラスがマイナスに打ち勝ったというだけの話だ。湊は職場体験とインターンと、それこそ神野だのと事件に立ち会ったりはしたが、ヒーローとしての経験はまだまだだ。そう考えたら、デメリットを差し引いても行く価値がある。
「わかった。先方に伝えておく。詳細な日程などは連絡待ちになるが、準備だけはしておけ。あと、混乱を招くからまだクラスメイトには伝えるな。面倒を避ける為に俺から適当に伝える」
「わかりました」
 これは守秘義務に当たるだろうか、爆豪にだけは言ってもいいかと考えていたら、相澤が何を察したのか「面倒にならない相手なら言っておいても構わんが」と付け加えた。

 わかったら戻ってよろしい、という言葉に湊は職員室をあとにした。
 相澤は、「なんでもかんでも爆豪に相談しているのか」「うまくやれているのか(主に爆豪の暴力的な一面について心配している)」「まさかお前個性で部屋を行き来したりしていないだろうな」といった言葉をその背中にかけそうになって、思いとどまっていた。ある意味セクハラで告発されそうなのものあるし、そんなことを心配するのは教師の仕事から逸脱していることも理解はしていたから。
 しかし、いままで教師をしてきて色恋沙汰は見てきたが、過去一番異色の組み合わせなのだ。気になるのも仕方ないことだろうと自分に言い聞かせて、インターンの件を報告すべく自らも腰を上げた。



 週末。
 トントン拍子にインターンの日取りが決まり、土曜の朝には静岡を出て昼には事務所の位置する博多駅へ着いていた。新幹線だと4時間以上かかる。飛行機で行くとすると富士山静岡空港が市内から少々遠いので、そこまでに時間がかかる。飛行機に乗っている時間自体は2時間足らずだが。つまりどちらも五十歩百歩なのだった。どちらで行っても交通費は経費で落ちるとのことだったので、今日は新幹線だ。
 博多駅はさすが九州一の都市ということもあり、かなり都会の様相だった。静岡よりもよほど都会だ。今回の滞在分の服などを入れたリュックサックと、コスチュームを入れたトランクを手にしてスマホの道案内どおりに事務所までの道を急ぐ。

 ホークス事務所は、この博多駅から徒歩5分ほどの場所に位置している。ホークスは22歳と、順位にしては比較的若手ヒーローであるが、しっかりとビル一棟を事務所とし、サイドキックも20人以上、事務員等も含めると更に所員は多い。この数日、ホークスについては飽きるほど調べたのだ。実は事務所の場所も頭に入っている。
 目当てのビルにたどり着き、受付の女性に声をかける。
「本日よりインターンでお世話になります、雄英高校1年A組の標葉湊と申します」
「あぁ、お待ちしておりました」
 受付の人に案内されて、更衣室へ。コスチュームに着替えてから指定された部屋(おそらくサイドキックたちのデスクがある部屋)へ顔を出すと、サイドキックのうちの一人が「あっ」と声を上げた。
「えっと、ポルテちゃんだよね」
「あ、はい。そうです。標葉湊、ヒーロー名はポルテです。よろしくお願いいたします」
 何か、気まずそうにして「シザーネールです、よろしく」と手を差し出されたので、握手をした。髪が逆立った、鳥のような被り物をした人だ。誠実そうな男性。
「やー……ごめんね。実は、ホークス出てしもうてて……今日は戻らんかもしれんとよ」
「えっ」
 もしかして日付を間違えただろうか、そう肝が冷えたが、どうもそうではないらしい。言い方的に、ホークスがインターン、というか湊のことを放り出して仕事に行ってしまったらしい。
「ということで、今日は俺らと一緒にパトロールしようか」
「はい、お願いします」
 パトロールをしに来たわけではもちろんないけれど、パトロールとて立派なヒーロー活動だ。湊は結局治崎と出会してしまったあの一回しかまともなパトロールをしていないから、経験を積むに越したことはない。

 とはいえ。
「……もしかして、なめられている……?」
 サイドキックに案内された、事務所近くの綺麗なビジネスホテルでベッドに腰掛けて、首を傾げた。
 もしかしなくてもそうじゃないだろうか。舐められているというか、軽く見られているというか。状況的にそう見えるが、そうなると何故湊をわざわざインターンに呼んだのか、というのも辻褄があわなくなってくるが。
 備え付けられた机と椅子に腰掛けて、持ってきた参考書をすすめた。何を考えたところで、実際にホークスに会ってみないことにはどうしようもないからだ。
 いつもの時間に電話をする約束はしているけれど、今日は爆豪に会うことができない。それがなんだかさみしく感じた。





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