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2 余計な心配だわ




 ぱちり、と目を開く。視界に映っているのは、自室の天井だ。むく、と身体を起こすと、少々の気だるさと寝汗で湿った寝間着が気持ち悪い。しかし、それ以外には異常はない。
 昨日の記憶が共有スペースで寝てしまったところで途絶えていて、もしかして迷惑をかけてしまったのでは、と青くなった。起き上がって机を見れば、メモに「起きたら熱を測って連絡しろ 相澤」と書かれている。充電されていたスマホを見ると、女性陣からの心配のメッセージ(一部「元気になったら詳しく聞くからね」という文言があって首を傾げたが)と、一部の男子からのメッセージ、クラスのチャットグループに飯田からの業務連絡、爆豪からのメッセージが溜まっていた。
 まだ時刻は朝方の5時前だ。まだ、クラスのチャットグループなどに返すには迷惑だろう。だが、爆豪からの「目が覚めたら何時でもいいから体調を報告しろ」という端的な指示にはさすが、なんでも分かっているなと感心した。湊が変な時間に起きたら気を使うことまで分かっているのだ。そしてこう言われれば湊が従ってしまうのも分かっている。
 ちょうど鳴った体温計には、7度2分と表示されていた。まだ微熱があるが、そこまでしんどいわけではない。昨日シャワーを浴びていないこと、夕食を抜いたせいでお腹が空いていることを思いながら、爆豪への個人メッセージで「おはようございます。起きました。熱はちょっとあるけど体調は」問題ないです。そう書こうとして、いや嘘だな、と思い直した。爆豪がこういう時には細かく報告を望んでいることくらいは、この付き合いで分かっていた。
 熱も体調も正しく記載して、ついでに「食欲はあります」とまで追記すれば、即座に既読がつく。返事が帰ってくるまえに、と相澤にも体温を伝えるメッセージを打って、シャワーの準備を持って部屋を出た。朝食まではあと2時間ほどあるのだが、珍しくとてもお腹がすいていた。とりあえずなにか飲んで、シャワーでも浴びて気を紛らわせたかった。

 エレベーターを降りて共有スペースに足を踏み入れる。まださすがに誰も起きてはいなくて、暗い。ぱち、と電気を点けてキッチンを見たが、湊はあまり間食をするほうではないので備蓄食料はない。どうしようか、プロテインでも飲もうかな、と考えていれば、男子寮のほうのエレベーターが開いて爆豪が降りてきた。
「あ、おはよう勝己くん」
「……はよ」
 少し眠そうにしながらもじっと見られて、視線をそらさずにいれば普通に挨拶を返された。そう思えば、ひょいと抱き上げられてソファに降ろされた。「まって、昨日シャワー浴びてなくて」と抵抗しても、「知っとる」と聞き入れてはもらえなかった。
「病み上がりのくせにハラペコでキッチン漁っとったんだろ」
「う……うん……」
「つかまだ病み上がってねェんだわ。お前の7度2分は発熱寄りの微熱なんだわ」
 そこ座ってろ。そう言って、爆豪はフワァ、とあくびをしながらキッチンへ行く。どうやら、何か作ってくれるらしい。爆豪の料理は素直に嬉しくて、黙ってソファに座って待った。
 ものの10分もしないうちに、野菜と玉子の雑炊が目の前に差し出された。ぐぅ、とお腹が鳴って、爆豪が笑う。恥ずかしかったけれど背に腹は代えられなくて、礼を言ってからスプーンで口に運ぶ。優しくてあたたかくて、美味しかった。

「あの……私、実は昨日の記憶あんまりなくて……誰が部屋まで運んでくれたんだろう。私、共有スペースで寝ちゃったよね?」
 食事を終えて一息ついてからそう聞けば、隣に座った爆豪がなんてことなさそうに「俺だわ」と答えた。
「え、そうだったんだ。ごめんね、私全然覚えてなかったよ」
「そうだろうなと思っとった。つか飯食ったんだから寝ろ。まだ熱あんだぞ」
「え、いや、でもシャワー浴びないと。それに今から寝たら学校間に合わないよ」
「お前学校行く気なんかよ。昨日ぶっ倒れといて」
 リカバリーガールに見てもらって大丈夫なら行くつもりだった。身体のだるさも、多少だ。昨日よりはよっぽどマシである。
 とにかくシャワーだけは気持ち悪いから浴びたいと主張すれば、爆豪は「見張ってるから今行け、ただし違和感を感じたらすぐに中に入るから手短に済ませろ」と心配が全面に出たことを言う。確かに昨日共有スペースで寝落ちして、しかも爆豪に運ばれながらまったく気が付かなかったのだから相当重症だったのだろうから、心配も最もかと特に抵抗せずに浴場へ向かった。



 いつもより早くスマホの通知で起きたせいで、少々の眠気を抱えながら爆豪は共有スペースのソファで時間を潰していた。ロードワークに行くわけにはいかない、あのポヤポヤの湊になにかあってはいけないからだ。爆豪はまだ、湊の体調評価には信頼を置けていなかった。
 こんな朝早くに誰が来ることもないだろう、と気を抜いてうつらとしていれば、予想を裏切って寮の扉が開く。そこにいたのは相澤とリカバリーガールで、何の用でやってきたかすぐ分かってしまった。
「……爆豪、お前早いな」
「湊ならシャワーっす」
 くい、と顎で示せば、相澤は少し微妙そうな顔をして、「念の為聞くが、まさか一緒の部屋で寝起きしていたわけじゃないな?」といらぬ心配をしている。ンなわけあるか、とため息をついて、ソファに戻る。
「というか、アイツまだ熱あるのにシャワー浴びているのか」
「気持ち悪いっつって聞かねぇから。まだ入ってから8分くらいっすけど」
 全体的に遮音性の高い寮では、共有スペースからシャワールームの様子を伺うことはできない。ただ、15分出てこなかったら突入すると言ってあるから、あと数分のうちに髪が半乾きでも出てくるだろう。
「爆豪、お前の目から見て体調はどうだった」
「ぱっと見はふつー。食欲もあって、雑炊一人前弱食ってた。顔色もちょっと赤ェくらい」
「そうか。本人はなんて?」
「微熱、ちょっとだるい、頭は痛くねぇ、腹減った」
 それならよっぽど心配いらなさそうだねぇ、と昨日も診察に来ていたリカバリーガールが言う。ちなみに、彼女の個性は怪我を治すことには有用であるが、今回のような病気は体力が削られる特性上使用できない。

「あれ……おはようございます、先生」
「おはよう病人。なにのんきにシャワー浴びてんだ。お前昨日意識ないぐらい熱出してたのもう忘れたのか?」
 シャワーから出てきた湊は早速相澤に絞られている。すみません、と居心地悪そうにしつつ、リカバリーガールに体調を見られている。
「のどの腫れもないし風邪症状は熱以外治まってそうだね。でもあんたの平熱からしたら今の体温は微熱かどうかも怪しいくらいの熱だよ。分かっているだろうけど」
「はい、でもできたら学校には行きたくて」
「一日くらい休んだってバチは当たらないと思うけどねぇ」
 行きたい、と訴える湊に、リカバリーガールも相澤も少し呆れた様子で、ハァ、とため息をついている。
「……お前、もう朝飯食べたんだったな」
「え、はい」
「じゃあ今から寝ろ。二時間は寝れるだろ。登校時間に起きられて、熱が6度5分まで下がっていて、それ以外の症状が出ていなければ登校していい。マスクはしろよ。爆豪、監視しとけ」
「っス」
 爆豪が逆らうでもなく返事をすれば、相澤とリカバリーガールはじゃそういうことで、と踵を返す。なんだかんだ、爆豪はある意味で教師からも信頼されていた。
「……あ、言っとくが異性スペースには立ち入り禁止だからな」
「余計な心配だわクソが」
 ぎく、と湊が身体をこわばらせたのに、爆豪は当然のように言い返してしっし、と手で相澤を邪険にしている。二人はさっさと寮をあとにしてしまって、共有スペースには湊と爆豪が残った。
「……あれ、え、先生って、私たちのこと、知ってるのかな……」
「知ってっからあの態度なんだろ。なんでもいいから部屋戻んぞ。髪乾かしてはよ寝ろや」
 なぜ知っているかって爆豪のせいなのだが、それは黙っておく。湊は(親しい人限定で)ちょろいので、「そうだね部屋戻ろうかな……」と簡単に丸め込まれて部屋への道のりを歩き出す。つい数十秒前に放った言葉を忘れたように、爆豪もその背中を追って部屋までついていった。
「絶対髪乾かしてから寝ろよ。それと俺は起こさねぇからな。起きれたら体温計の写真送れ」
 はぁい、と気の抜けた返事とともに、ありがとう、と嬉しそうにして湊は部屋に戻っていった。熱は下がってほしいが、無理をしてほしいわけではないので、次起きたとき36.6度の熱があれ、と思いながら爆豪はエレベーターのボタンを押した。

*   *

 結局寝て起きたら熱は下がっており、平熱近くまで戻っていた。安心して爆豪に連絡して、念の為相澤にもその旨を伝えて登校する。とはいえかなりギリギリまで寝ていたので、教室に顔を出せば皆に心配されてしまった。
「大丈夫なの!?」
「うん、もう下がったよ。ごめんね、私昨日、共有スペースで寝ちゃったよね」
 湊がそう言うと、近くにいたお茶子と蛙吹がすこし微妙な顔をして、違和感を覚える。何か変なことを言ったかと思い返して、そう言えば湊を運んだのは、爆豪だと言っていなかっただろうか。皆が湊の風邪のことを知っていて、爆豪が運んだということはつまり。そう思い当たった瞬間、芦戸が背後からのしかかってきた。
「じゃ遠慮なく聞くね! 爆豪と付き合ってんのなんで教えてくれなかったのー!?」
「ヒェ」
 ぽん、と頬が赤くなった。全員驚く様子もなく、やんわりと聞き耳を立てている。つまり、昨日の晩のうちに全員に広まってしまったのだ。
「え、あの、えっと……?」
「昨日爆豪が言ってたよ! 夏から付き合ってるんでしょ! 教えてくれてもよかったのにー!」
 今度は葉隠がそう言うものだから、あの、えと、その……と口ごもってしまう。何でって、それは知られたらきっとこうなるだろうからである。
「あの……その……」
「もー、やめなよ。湊困ってんじゃん」
 耳郎が仲裁してくれて、「やだやだー! 恋バナしたいー! 新鮮なときめき浴びたいー!」と騒ぐ二人をまぁまぁ、と蛙吹も八百万も諌めてくれる。恋バナしてもいいけれど、心の準備をしてから、女子だけの空間でしたかった。男子からの視線が気になる。
「じゃあ今日の夜! 女子会ね!」
「あかんよ。湊ちゃん病み上がりやもん」
「じゃあ明日! 明後日でもいい! 絶対女子会するからね!」
「こ、心の準備ができてからなら……」
 絶対、絶対ね! そう騒ぐ二人が諌められて遠ざかって行くのを見ながら、内心で爆豪に謝った。今日の夜は絶対にちゃんと謝らなくては。こうなった要因が湊にあることは、何も記憶にのこっていなくてもはっきりと察せられたから。





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