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1 言いふらすもんじゃねぇ




 文化祭も終わって数日、すっかりと吹き抜ける風が冷たくなってきた。
 湊はインナーを着込んだ上に制服も冬服にし、部屋着も冬用にしたせいで「今その服装で真冬どうすんの?」と言われてしまっている。もともと季節の変わり目には弱く、軽い風邪を引いたり、頭痛に悩まされたりしていた。精神的にある程度安定したので少しは軽減されないか、と思っていた――時期も、ありました。

「っくしゅん」
 くしゃみをして鼻水をすする湊に、八百万からティッシュが差し出された。大丈夫? と耳郎の問いかけに、頷きながらティッシュを受け取る。
「ありがとう……」
「うわ、鼻声。風邪? 今日は早く寝なよ」
「葛根湯ありますわよ、湊さん。飲みますか?」
 甲斐甲斐しくお世話をしてくれる二人に申し訳なくなりつつも、好意をありがたく受け取る。今日は午後にヒーロー基礎学があるので、できれば参加していたかったのだ。

 とはいえ、文化祭が終わったことによる疲労に加えてこの時期の寒暖差。最悪なことに生理まで重なって、なかなかに満身創痍な状態であったものだから、明らかに普通の体調ではないことは朝からわかりきっていた。
 さすがに今日は早く寝よう、と思っていたが、そもそも一日乗り越えるのが大変で。一日を終えて寮に戻ってきた瞬間に、共有スペースのソファで脱力してしまった。
 重力が5倍くらいになった気がする。少しだけ寝かせて、と誰にでもなく言い訳して、目を閉じた。自習室帰りだったので、夕食まであと三十分くらい。少しくらい寝落ちたって構わないだろう。
 こういうのを人はフラグと呼ぶのだ。結局湊はすっかりと寝てしまって、しかも「疲れてるなら少し寝かせておいてやろう」と気を遣われたために、目が覚めた時には夕食の時間も終わりに差し掛かったころだった。当然、自発的に目が覚めたのではなくて、熱が上がってウンウンうなされているのに気がついた耳郎がゆすり起こしてくれたのだが。
「湊。起きて」
 目を開くと、女子勢がソファを取り囲んでいた。ずきん、と頭痛がして、顔を歪める。ひどい寒気がしているのに、頬が火照って仕方がない。
「あー、風邪やろか……私、先生呼んでくるな」
「よろしくお願いします、麗日さん。湊さん、朝から体調が悪そうでしたものね」
「湊ちゃん、大丈夫かしら? 随分熱がありそうね」
 かけられた言葉をうまく咀嚼することすら難しくて、光の刺激すらも頭痛を誘発している気になって目を閉じる。なんでもいいから、寝かせてほしかった。
「お、どしたどした」
「体調悪いのか」
 寮を飛び出した麗日と入れ替わりにして、切島、上鳴が寄ってきて声をかける。なかなか大所帯になってしまって、後悔が募った。早くこの場から消えてしまいたい、迷惑をかけたくない。
「湊、なんかほしいものある? してほしいこととか」
 すぐ脇から、耳郎の声がした。言い訳でしかないけれど、それで気が緩んだのだ。ここがどこかも忘れて、ぽろりと本音が溢れた。今助けて欲しい人。近くにいて欲しい人。その名前が、口から漏れてしまった。

「っ……、かつき、くん……」

 しん、と共有スペースが静まり返る。

「カツキクン!!???!!!???」
「あ?」
 上鳴が、弾かれたように大声を上げる。うるさい、と耳郎に叩かれるのと同時に、男子寮のエレベーターが開いて当の爆豪が顔を出す。
 共有スペースに足を踏み入れてすぐに名前を、しかも大声で上鳴に呼ばれた爆豪は不機嫌そうに顔を歪めて、ずかずかと人だかりの元へと歩いてくる。
「爆豪! なんかわかんねぇけどお前のこと標葉が呼んでる!」
「あ゙ぁ?」
 ことの成り行きを見守る人だかりなど気にもせずに、爆豪はひょっこりと顔をのぞかせて、ソファで脱力する湊の姿を視認した。その一瞬で状況を察して、近くにいた女子達をしっしと追い払い、自分が最も近い位置を陣取る。
「湊」
 聞きなれた優しい響きの声に湊が薄目を開けば、すぐ目の前に屈んだ爆豪が、首元へと手を伸ばしていた。いつもなら爆豪の手の熱のほうが温かいのに、ひどく冷たく感じる。
「あッちィ……しんどいな。頭痛ぇか」
 こくり、ごくわずかな動きで首肯すれば、爆豪はその場にあったブランケットを湊の膝にかけ、「部屋いくぞ、首に腕回せ」と短く告げて湊の背中と膝裏へ腕を差し入れ、ひょいっと軽々持ち上げてしまった。
 落ちそうなんて少しも思わないほどには安定しているが、湊は言われた通りに首元へとしがみついて、目を瞑る。
「オイ、カエル。荷物持ってついて来い」
「わかったわ」
 完全に時間の止まった共有スペースを振り返ることもなく、爆豪は湊と蛙吹を引き連れて、一階に停止していた女子寮のエレベーターへと乗り込んだ。



 静まりかえった共有スペースに、しばらくしてお茶子が相澤を引き連れて帰ってくる。何が起きているのか知るよしもない二人は、ばたばた、と慌ただしく扉を閉める。
「標葉はどうした」
「あ、相澤先生……」
 問いかけには簡潔に答える。そうした相澤の教育が行き届いているA組だが、このときばかりは芦戸も口ごもって、うまく言葉を紡げない。そこに、八百万が被せるように、声を出す。
「お部屋へ行きましたわ」
「歩けたのか? 麗日からは相当重症そうだと聞いていたが」
 相澤が重ねてそう問いかければ、しん、とまた意味深な静寂に場が支配された。これは何かあったなと相澤が勘づくも、じゃあ具体的に何かと聞かれればまったく予想もつかない。誰もが微妙な顔をするのに痺れを切らして相澤が口を開こうとしたその時、背後にある女子寮へのエレベーターが開いて、蛙吹ともう一人、爆豪が出てきた。
「爆豪お前……」
 さすがの相澤も、その時何と言えばいいかわからなかった。
 通常、男子が女子スペースへ足を踏み入れるのは禁止されている。規則上明確な罰則があるわけではないが、禁止事項として校則に載っている。
 しかし、爆豪は相澤に決定的瞬間を目撃されても平然として、気まずそうなそぶりすらない。
「自力で歩けなさそうだったんで、部屋まで運びました」
「相澤先生、私もついていたわ。湊ちゃん、とても辛そうだったから」
 その言葉に嘘はないのだろう。どうして爆豪だったのか、その理由はまあ、相澤はある程度の事情を知ってしまっているのでなんとも言い難いが、人一人を運ぶのなら筋力のある男がするのが妥当な判断だ。蛙吹が側についていたというのも、上手いやり方だと思う。信頼がおける女生徒だからだ。
「……まぁ、緊急事態だからな。今回は不問とする。蛙吹、悪いがもう一度ついてきてくれ。俺も様子を見に行く」
「ええ、もちろん。今熱を測ったら38度3分あったわ。頭痛もあるみたい。水分を取らせないと心配だけれど……」
 生徒たちは時を止めたまま、ふたりが話しながらエレベーターへと向かうのを見送る。爆豪はマイペースにもスタスタと歩いてテーブルへと近づき、まだとっていなかった夕食をに手を付けようとしている。

 ぱたり、と相澤と蛙吹が乗ったエレベーターが完全に閉まったのを見送って、真っ先に動いたのは上鳴だった。
「まてまてまてまてまてまてまて!!!! エェ!!?? 付き合って……んのか!? お前ら!!??」
「ウルセェな」
 迷惑そうに顔を歪めた爆豪は、それでも食事の手を止めようとはしない。なんなら目線すらも遣らず、箸を動かして本日の主菜であるサーモンのタルタルソース掛けを口に運ぶ。
「えぇ!! 全然気づかなかったんだけど!! いつから、いつから!?」
「夏」
 今度は芦戸が問いかけると、爆豪は意外にも簡潔にきちんと答えを返した。それに味を占めて、芦戸と葉隠の質問攻めが始まる。
「どっちから!? どっちから告白したの!?」
「俺」
「何て!?」
「言うわけねぇだろクソが」
 目線すらやらないのに答えだけは帰ってくる。おそらく、彼の中の線引で返していい質問とそうでない質問があるのだろう、と察した女子二人が立て続けに質問する中で、上鳴がまた口を開く。当然ながら、この会話は共有スペースにいる全員に筒抜けである。
「なぁいつから好きだったんだよ!? 体育祭の時にはもう好きだったのか!? 好きなやつの顔面吹っ飛ばしたのかお前ぇ!?」
「殺すぞ」
 俺の質問にも答えてェ! と嘆き悲しむ上鳴だが、切島は「その質問じゃ無理だろうよ」と思いつつ、顔を赤くして黙っていた。奥手な男子高校生にはこういった話は毒なのである。
「デートもうした?」
「したわ」
「どこ行ったの?」
「買いモン」
「何で教えてくれなかったんだよ!」
「言いふらすもんじゃねぇだろ」
 ぽんぽん、と軽快なキャッチボールが進んでいく。器用だなと感心してしまうほどに、爆豪は一問一答形式で答えながら食事を進めている。怒って怒鳴り散らすこともない。

「でも実際、二人で話してるイメージないんだけど!もっとイチャイチャすればいいのに!」
「誰が人前でンなことするかよ。必要がありゃ話しとるわ」
「なぁキスは!? もうキスしたのかよ!?!?」 
 上鳴のその質問に、軽快な返答が一瞬止まる。口含んでいた白米をもぐもぐ、と咀嚼して飲み込んで、そしてそこで初めて上鳴のほうを向いた爆豪は、その顔に向かって心底馬鹿にしたように、鼻で笑った。
「ハッ」
「したのかお前ェエエ!!!!! 爆豪お前はもう俺らの敵だ!!!!」
 ウオオオァァ!! と絶叫する上鳴に、きゃあ、と歓声を上げる女性陣。また一瞬で食事に戻る爆豪。あの空気の中食事を続行できるのはもはや才能だな、とある程度の事情を知っている耳郎は遠くからその姿を眺めた。

 うぜぇからもう寝る、とさっさと食事を終えて部屋に引っ込んでいった爆豪に、興奮冷めやらぬ様子で話す葉隠・芦戸・上鳴を遠目に見て、耳郎と八百万、取り残された切島は苦笑していた。切島は見たところ、予め知らされていたりはしなかったらしい。照れているのか、顔が赤い。
「ば、爆豪、隠してたのにあんな……言っちゃっていいのかな」
 耳郎は、交際を隠していたのは爆豪の希望だろうと思っていた。今回、湊が口を滑らせてしまったせいで交際が公になって、もしかしたら怒っていたりするんじゃないかと思っていたのだけれど。そうして自慢するように答えていたということは、隠さなくてもよかったのではなかろうかと思ってしまうのだ。
「……いえ、おそらくですけれど、湊さんが起きた時に質問攻めにあわないように答えてあげているのではないでしょうか」
 八百万が神妙な顔でそう言う。確かに、言われてみれば、爆豪がだんまりとしていれば明日か明後日か、快復した湊は女子勢(主に芦戸と葉隠)から質問攻めにあうことだろう。それにタジタジになっている湊まで、ありありと想像できる。
「えっ」
「わかりません。憶測ですわ。でも、そのくらい爆豪さんは湊さんのことを大切にしておられるように見えますの」
 確かに、それなら納得がいく。でもそれは。
「べた惚れじゃん爆豪……」
「お、漢らしいぜ爆豪……」





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