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13 でも、せっかくなら




 雄英クイズ大会、本戦は15時から。出場者は14時14時30分の間に本部に来てください、という指示の通り、湊は14時15分には本部に向かい控室で待機していた。
 予選終了からの1時間は、耳郎と八百万と共に文化祭を楽しんだ。生涯で祭りというものにすら参加したことがないが、こういう賑やかさは良い。出店でたこ焼きやクレープを食べて、セメントス先生型のジュースを飲んだり。皆が楽しそうに笑っているその雰囲気がもう、楽しかった。

 途中、耳郎が「爆豪と回らなくてよかったの?」と聞いてくるから、そこで初めてこういうものは恋人と過ごすのも醍醐味なのだと知った。本日のハードスケジュールぶりに、まだふたりきりで言葉を交わしてすらいない。ただし、隠れて付き合っているという関係上、表立ってふたりきりで会うことも避けた方がいいだろう。だから、半ば諦めていたけれど。

 本線の控え室。間仕切りされた空き教室で一人ぼぉっとしていれば、爆豪が黙って入室してきた。
「あれ……どうしたの?」
「耳が変な気ィ回してきた」
 曰く、耳郎が「今なら二人になれるから行ってきたら」と気をつかってくれたらしい。恥ずかしいけれど、嬉しかった。
「予選、見ててくれた?」
「あんなもん当然だわ。同年代のザコに負けるわけねェ」
 そうやって信頼してくれているのが何よりのエールをくれているようで、自信になる。爆豪が湊のことを信じてくれるのなら、湊は爆豪のことは信じられるから。

「……化粧」
「あ、これ? 三奈ちゃんと透ちゃんがしてくれたんだ」
「唇、取れとる。持ってねぇんか」
 確かに、食事や水分補給をしたからリップが取れてしまったのだろう。八百万に「こちら、お化粧直しの際に」と渡されていたリップの存在を思い出して、爆豪に手渡した。湊でははみ出さずに色を乗せられる自信がなかったけれど、爆豪は器用だからきっと出来る。
 クイ、と顎をあげられて、爆豪を見上げる形になる。無抵抗な唇を、柔らかいバームが滑る。唇を見つめる真剣な赤色が格好良くて、ついじっと見てしまった。唇の形をなぞって、離れて。その色を確認したと思ったら、ぐい、と顔が近づいて、やわらかい感触がした。 
「ン、いいんじゃね。ちょっと赤ェけど」
 そう言って頬を撫でるものだから、「それは爆豪くんのせい……」とつい恨み言のように出てしまう。こんなふうにされたら、頬が赤くなるに決まっている。
 爆豪の唇も、湊の唇の色が移って少し赤くなっている。「ついちゃったよ」と手を伸ばして、指で拭う。この指をどうしようかと思っていれば、呆気にとられた爆豪がその手をとって、唇を寄せようとして……
「あんたら、想像の100倍イチャイチャすんだね二人だと……」
 呆れたような耳郎の声に、ぱっ、と二人揃って顔をそむけた。いつの間にか耳郎と八百万が入室してきていたのにも全く気が付かず、二人の世界に入ってしまっていた。頬が赤くて、二人の顔が見られない。爆豪がチッ、と大きな音で舌打ちをした。
「お邪魔してすみません、そろそろ皆さんが本戦前に一言、といらっしゃってますの」
「お、お邪魔じゃないよ……!」
 真面目な顔で八百万がそう言うが、いたたまれなさが尋常ではない。もう一度爆豪が「チッ」と舌打ちをして、耳郎が苦笑した。
「ていうか。爆豪はここにいると怪しまれるんじゃない?」
「わァーっとるわ」
 爆豪は不服そうにそう言って、振り返ることもなく教室をあとにする。「いいの? ちゃんと激励してもらった?」と耳郎が心配してくれるが、湊には十分だった。頑張れと言葉に出されなくても、向けられた信頼だけでもう、結果が出せる気がした。

 クラスメイト皆が代わる代わる応援してくれて、あっという間に本戦の時間になる。
『お待たせ致しました。第35回雄英クイズ大会、本戦を始めさせていただきます!』

『出場者の紹介です。まずは1年生、予選突破順に入場です。1年A組、標葉湊さん。なんと、体育祭では4位の実力者。ちなみに、体育祭の表彰台に上がった生徒がこのクイズ大会の本戦に出場するのは、実に15年ぶりの快挙です』
 あぁ嫌です。見ないでください。そんなふうにまさか言えるわけもなく、緊張にこわばる顔面をなんとかほほえみの形にして指定されたブースへと向かう。1年生予選をぶっちぎり一位で通過した、体育祭でもそれなりの成績の生徒といえば確かに視線を集めるのも仕方ないかもしれない。予選よりも大きなステージで、観客も倍近い。酷い緊張にそれでも、がんばらなくちゃと気合を入れる。

 しかし、本戦はそれほど容易い勝負ではないと、湊もよくわかっていた。事前情報によると、三年生の経営科には競技クイズ経験者がおり、さらに彼は去年・一昨年ともに優秀な成績を残している。今年の優勝候補筆頭だ。付け焼き刃の湊では少々分が悪い。
 本選出場者10人(各学年3人ずつと、昨年度優勝者)が全員入場し、司会者がルールを説明した。

『それでは、第一問、参ります。問題。フランス語で「隠れ……」』
 ピコン、と早押しボタンが押される。押したのは、三年の藍田。昨年度の優勝者だ。例の優勝候補筆頭である。
『エルミタージュ美術館!』
『正解です。フランス語で「隠れ家」という意味がある、サンクトペテルブルクに位置する美術館は何? ということで、エルミタージュ美術館です。藍田さんに1ポイント!』
 観客がざわつく。早押しにて、必要なのは「答えが推測できる情報が揃ったら、できるだけ早くボタンを押す」ことだ。それは往々にして、早押しクイズの練習をすることで磨かれる。教科書ばかり睨んでいた湊には足りない、経験がものを言う世界だ。彼は強敵だと今の一問でわかってしまって、早押しボタンにかけた手をぐっと握った。
『さすがですね。藍田さんは昨年度の優勝者であり、あのハイスクールクイズ大会にて決勝大会まで残ったメンバーでもあります』
 勝ち抜くとこうして、視聴者や観客向けに情報が開示されるようだ。そういえばこれはテレビ放送もされているのだと、そこでやっと思い出して気が遠くなる。いけない。
『さてそれでは、次の問題に参ります。問題。48と75のよ……』
 今度は湊がボタンを押して、ランプが着く。
『婚約数』
『正解です。48と75のように、1と自身を除いた約数の和が互いに他数と等しくなるような異なる2つの自然数の組を何というでしょう? ということで、答えは婚約数ですね。標葉さんに1ポイントです』
 ぐっ、と手をにぎる。数字関係は湊の得意分野だった。

『「もう少し」という意味の英語「som……』
『スモア!』
『「世界三大貴腐ワ……』
『トロッケンベーレンアウスレーゼ!』
『地球上で人間が居住不……』
『アネクメーネ』
 大会はほとんど彼、藍田と湊の一騎打ちだった。最終ラウンドまで残ったのも二人であったし、敗退していった生徒たちも「バケモンじゃん勝てねぇよ」といった表情で降壇していった。しかし、やはりかけた時間と経験は、ずっと前からクイズプレイヤーをしていた彼には叶わず。藍田の優勝で大会は幕を閉じた。

「めちゃくちゃくやしい……」
「そうだろうね」
「また来年! 頑張りましょう!」
 準優勝のメダルを手にして悔しそうに唇を歪めた湊に、耳郎と八百万が励ましの言葉をかける。ちなみに藍田は3年生なので、来年は在校生ではない。
「湊ちゃんおつかれ!! めっちゃすっごかった! なんかもうすごい以外なんて言えばええかわからん感じ!」
「ありがとう。でも、せっかくなら優勝したかった……」
 合流してきたお茶子にも褒めてもらって、やっぱり悔しい、と言っていれば、お茶子はきょとん、としてから「湊ちゃんがそうやってあからさまに悔しがるのって珍しい」と笑った。
「そうかな」
「そんだけ頑張ったってことやんね。来年に向けて、みんなで特訓しよ! 来年こそは優勝!」
 エイエイオー、と拳を突き上げたお茶子にならって、湊もそうする。気合を入れるポーズなのだという。
 確かに、今まで頑張ったことが報われなかったことはなかった。というか、体育祭からこちら、本気で人と争って、勝ちたいと思うことがなかった。悔しくて悔しくてたまらないけれど、こう思うことは健全なことなのかもしれない。体育祭の時は、敗北を悔しがるどころではなかったのだから。



 あっという間に閉場の時間になってしまって、エリちゃんの帰る時間がそろそろだと思い出す。通形に連絡を入れれば、「もうすぐ帰るから校門までおいで!」と言ってくれたので、一人校門をめざして急ぐ。  

 道中、ばさ、と羽撃きの音がして、違和感を感じ足を止める。ショートカットの為に通った、校舎の間の人気のない道だ。生徒はおろか、監視の先生すらやってこないような。
「やぁ、コンニチハ」
 聞いたことのある声に、びくり、と肩が震えた。夕日の逆光で視界が不鮮明ながら、声のほうを見ると、夕日と同じ色の羽根、黄色いコスチュームに黄土色の髪。赤いサングラス。見たことがあるどころではない出で立ちに、ぽかん、と口が開いてしまった。
「ホークス……?」
「あ、俺のこと知ってます?」
 現役ヒーロー科生徒が、現役トップクラスのヒーローを知らないはずがあろうか。なぜここに、という湊の疑問が分かっているはずなのに、彼はそれには応えるでもなく、「標葉さん、見てましたよ。準優勝おめでとうございました」と笑っている。
「ありがとう、ございます……」
「そんな警戒しないでくださいよ。雄英にちょっと野暮用があって寄っただけなんで」
 それは雄英にいる理由であって、湊に話しかけてきた理由ではないのだけれど、そんなことは彼もわかっていて話しているのだろう。掴みどころのない人だ。あまり得意なタイプではないかもしれない、と口角を無理に上げながら「そうですか」と受け流した。
「では私、先を急いでいるので」
「あぁ、足止めしてすいません。じゃ、また」
 また、なんて、そんな機会は来ないと思うけれど。そう少々警戒して、会釈をして校門へと向かう。しばらく進んだ後振り返って見れば、まだ湊のほうを見ながらひらひら、と手を振っていて、もういちど会釈をして足を早めた。
 
 どうして彼は湊に話しかけて来たのだろう。雄英に野暮用というのは嘘じゃないのだろうとは思う。ホークスは雄英出身ではないとはいえ、文化祭に招かれていてもそこまでおかしくはないだろうに、わざわざ「野暮用」なんて雑な嘘をつく理由が見当たらないからだ。文化祭に招かれてまして、でも通る。
 理由のない行動をするような人物にはどうも見えなくて、不信感と不安が募る。何か、嫌な予感がぞくり、と背中を走った。





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