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12 一緒に、回らない?




 ブー。定刻にブザー音が鳴り響く。それを湊は、麗日の個性で無重力となり、天井裏の鉄骨に腰掛けたような状態で聞いた。
 たった10分足らずのステージ、湊の役割は観客の安全確保だ。後半、空中散歩体験を行うと会場はぐちゃぐちゃになる。その中でヒヤリハットに目を光らせて、未然に防ぐのが湊の役目。行動範囲の広さと状況判断の素早さが求められるその仕事を、自分ならできると湊から立候補したのだ。

 暗闇の中、舞台の幕が上がる。拍手が起こり、歓声も上がる。ぱっ、と電気がついて、舞台上にならんだダンス隊と、その一歩下がった中心で楽器を構えるバンド隊が見える。
「いくぞゴラアアア!!」
 楽曲の最初をコントロールするドラムの爆豪が声を上げてから、BooM! とド派手に爆発をかます。それを合図に、演奏とダンスが始まった。
「よろしくおねがいしまァス!!」
 耳郎がそう叫ぶ。びりびり、空間が震えるような迫力。観客たちも湧き上がる。大多数が笑っていて、楽しそうだ。クラスメイト達が考えたパフォーマンスが人を楽しませている、それが嬉しくて、自然と口角が上がった。

 緑谷が舞台袖へはけて、キャットウォークにいる演出組が動きを見せる。瀬呂がテープを出し、轟が右手から冷気を構えているのを見て、湊も鉄骨から飛び降りた。
「サビだ! ここで全員! ブッ殺せ!!」
 また、ドォン! と爆風が起きる。一瞬のうちに体育館中を氷の柱が覆う。切島が削っているキラキラした氷が降り注いで、皆の視線が上へ向く。
「楽しみたい方ァア!! ハイタッチー!」
 蛙吹に支えられたお茶子が両手を伸ばして、観客達を無重力にしていく。湊の出番だ。ふわふわと無重力になって、うまくバランスを取れずにもがいている人に個性で近寄り、危険がないように近くの氷に瀬呂のテープで固定したり、地面まで送り届けたり。基本的には一箇所に留まることなく、体育館を縦横無尽に移動する。
「わあぁあ!!」
 地面近くに寄ったとき、エリちゃんが通形に抱えられて、大きな声で笑っているのが聞こえた。その無邪気な笑顔に、湊の口角も上がった。誰かのために、皆のために。そう考えたこのパフォーマンスは、何も間違っていなかったのだと。

*   *

 ありがとうございましたァ!
 演奏が終了しても熱量の収まらない会場で、未だふわふわと空中から降りてこない人をさっさと地表に回収していく。一通り全員が地上1メートル以内に集まったところで、お茶子の個性を解除した。半刻ぶりの重力に、ぞ、と臓器が不思議な感覚になる。
「空中パトロールおつかれ」
 キャットウォークから降りてきた瀬呂がそう言って、親指を立てる。後ろにいた切島も、ぐ、と親指を立てていたので、湊もぎこちなくその仕草を返した。
「早速で悪いけど撤収しねぇと。氷ぶっ壊してくれるか」 
「もちろんだよ。危ないから離れててね」
 もともとその手はずだった。周囲に声をかけてから、パパパパ、と用意していた体操マットを氷を切断するような位置と角度でテレポートさせる。湊の個性は元あるものを押しのける形でテレポートさせることができるため、このように物を切断することもできる。
「これももう一種のパフォーマンスだな」
「そんな大層なものじゃないよ」
 1メートル四方ほどに切断した氷を地面に置いておけば、それぞれが運んでくれる。これから一箇所に集約して、轟・爆豪の熱エネルギー組が溶かす算段だ。
 あらかた切断し終わって、破片の運搬にも協力しようと氷の塊に触れた手を、背後から誰かに捕まれた。
「はいはい、後片付けは任せていいから」
「湊さん、そろそろ控え室へ向かいませんと」
「え、でもまだあと15分は大丈夫だよ」
 いいからいいから、と背中を押されて、言われるままに体育館から離れる。近くにいた障子が、頑張れよ、とひらひら手を振ってくれたので振り返しておいた。

 学年別の予選は三年生から順に行われていて、1年生は一番最後の12時からだ。1年生の控え室に行けば、もう何組かの生徒が準備をしていた。静かに集中する人、友人と談笑する人。湊は端に陣取って、椅子へと腰掛ける。
「湊Tシャツで出んの? 制服着替える?」
「ううん、みんなで作ったTシャツだもん。これで出たいな」
 オレンジ色の、AバンドTシャツ。クラスみんなでお揃いのこれは、密かな湊のお気に入りだった。
「何か軽く食べたほうがいいんじゃない? 買ってこようか」 
「ううん、あんまりおなかすいてない」
「いけませんわ。予選は一時間、糖分がないと頭が働きません。何か……せめて飲み物でも」
 じゃあ何か飲もうかな、と言えば、二人は嬉しそうに「セメントス先生のかたちしたジュースがあるらしい」と、何を買ってくるか相談し始めた。それに、「そのへんの自販機で大丈夫だよ」と湊が言えば、軽く怒られてしまう。でも違うのだ。湊は、今お腹を膨らませてはいけない理由があった。
「……予選、勝ったらね、1時間くらい自由時間なの」
「うん?」
「そこで、あの……一緒に、回らない? なにか、食べたりとか……」
 文化祭の醍醐味は、友人と回ることなのだという。湊は今日、ほとんど自由時間がないから半ば諦めていたけれど、轟や切島に言われた、湊も主役で楽しんで良いのだという言葉に思い直したのだ。
「ええ、ぜひ」
「お祝いってことでなんか奢ったげる」
 クレープとかどう? と、何を買うか話すのは楽しかった。きっと予選を勝ち抜いて、誇らしい気持ちで楽しみたいという望みが、より強くなった。



『さぁ続きましては、雄英クイズ大会学年別予選! 1年生ブロックです!』
 耳郎は緊張した面持ちでステージを見つめる。司会役の三年生がコールをすると、ステージに生徒たちが入場してくる。その中に、チークでごまかされているものの顔を青くした湊が居心地悪そうにしていたからだ。
「湊大丈夫かな……」
「実力は申し分ないと思いますけれど、そうですね、顔色が少々……」
 病人のようだ。あがり症で人前が嫌いなことは知っていたが、やはりこの短期間で克服できるものじゃなかった。
『何かと話題の1年A組からは、標葉湊さんです。標葉さんは体育祭でも4位と華々しい成績を残されていますね。意気込みをどうぞ』
『え……えと……がが、がんばり、ます』
『アハハ、緊張がこちらにも伝わってくるようですね』 
「標葉ガッチガチじゃねぇか」
「アイツ人前苦手だもんなァ……」
 近くにいた男子勢も、あちゃあ、というリアクションだ。きょろきょろとせわしなく視線を彷徨わせている。結局クラス全員が観戦しているが、今となって思えばそれすら湊の緊張を助長しているのかもしれない。
 しかも、ほかの出場者は『ずっとこれに出たくて』とか『全国模試10位以内常連でした』とか言っている。湊は確かに頭がいいけれど、やっぱりヒーロー科だ。経営科でずっと勉強している生徒や、普通科の大学進学希望者とは比べられないんじゃなかろうか。湊がこのしばらく頑張っていたのを知っているからこそ、耳郎は少し心配だった。なんか他の出場者全部男子だし。並んでいると余計にちいさく見えた。
『早速ルールを説明します。予選は早押しクイズです。正解で1ポイント、誤答でマイナス1ポイント。5ポイント獲得で勝ち抜け、上位3名が本戦出場となります。誰かが正解もしくは誤答した段階で次の問題へと進みます』

 よろしいですか? と司会者が呼びかけたのにも、周囲は反応しているが湊は深刻な顔をして口を閉ざしている。耳郎のほうが、緊張して手汗をかいてきた。隣にいる八百万を見ると、同様に緊張した面持ちでステージを見つめていた。

『それでは参ります。問題。スペイン南部の都市・グラナダにある、アラビ……』
 ピコン! ボタンを誰かが押して、問読みが止まる。『押したのは、標葉さん! 答えをどうぞ!』えっ。何もわからないんだけど。湊? 押したの? その空気の中、舞台上の湊は備え付けられたマイクに向かって、いつもどおりの口調で告げた。 
『アルハンブラ宮殿』
『正解です! 標葉さんには1ポイント追加されます! 問題文を読みますね。スペイン南部の都市・グラナダにある、アラビア語で「赤い城」という意味の名前を持つ宮殿は何でしょう? ということで、答えはアルハンブラ宮殿でした』
 近場にいたクラスメイト達が、ぽかぁん、と驚いている。舞台上の湊は喜ぶこともなく、ただ安堵を浮かべていた。
 
『さて次、参ります。問題。1889年に大日本帝国憲法が公布された……』
 ピコン! またもやボタンが押されて、湊の机のランプがつく。
『早い。標葉さん、どうぞ』
『黒田清隆』
『正解です! 標葉さんに1ポイント、計2ポイントです。只今の問題は、1889年に大日本帝国憲法が公布された時の、日本の総理大臣は誰だったでしょう? ということで、黒田清隆ですね。標葉さんは歴史が得意科目でしょうか?』
『いえ……数学が得意です』
 嘘つけよ、という空気が場を支配する。クラスメイトはもちろん、数学が得意なのは知っているけれど、それはそれとしてこれが得意じゃないわけないだろ。そんな声が聞こえてきそうだった。

 耳郎の緊張とは……というか、湊自身の悪い顔色とすら裏腹に、湊はポンポンと5問を取ってしまって、さっさと本戦出場を決めた。その速度と言ったら、他を全く寄せ付けないほどで。
「湊ー! あんたすんごいじゃん!!」
「素晴らしかったですわ!」
 予選を終えて降壇してきた湊に駆け寄る。心のそこから安心しているように息を吐いた姿は、強すぎて対戦相手にすらドン引きされていた人物とは思えない。
「みんなに……背負わせてもらったから。みっともない姿は見せられないと、思って」
 健気か。思わず少し涙腺にきてしまった。
「約束通り、クレープ食べ行こ。あっちで出店あるらしいから」
「湊さん、本戦までに栄養を補給されないといけませんものね」





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