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11 私が一番はやいよ




 来る、雄英文化祭当日。

 1-Aのステージは10時からで、文化祭自体は9時から開催される。と言っても、ごく少数の関係者のみが招かれているため開場したからといって人が溢れるようなことはない。
 湊の出番は12時からの学年対抗予選と、そこで勝ち進めば15時からの本戦だ。余談だが、ミスコンとは違うステージで同時進行されるため、ミスコン出場者はクイズ大会には出られない。
 開催前に到着するエリちゃんのおめかしをするという大役を仰せつかっているので、寝坊は許されなかった。皆よりさらに早く起きて、ランニングをする。日々のルーティンを常の通りこなす方が、非日常に飲まれずにいつも通りのパフォーマンスが発揮できる。人生初めての文化祭に浮かれている自覚があった。
「おはよ、湊ちゃん」
「おはよう、お茶子ちゃん」
 シャワーを浴びて身支度をしてから共有スペースへ行けば、もう一部の女子は朝食をとっていた。同席させてもらって、朝食をとる。
「今日もかわいくしとるね、髪の毛」
「ふふ、今からエリちゃんとお揃いにするんだ」
 そっかぁ、とまだ眠そうにするお茶子はぴょん、と少し寝癖がはねている。
「湊ちゃんはもう行ってしまうのかしら」
「まだもう少し寮にいるよ」
「あっ、そいえば三奈ちゃんが、女子は全員化粧するんだって言うてた」
 え? と首を傾げた湊に、お茶子は「三奈ちゃんとヤオモモちゃんが道具持っとるらしいよ」と教えてくれる。いや、そういうことじゃないんだけれども。
「お化粧なんてしたことない……」
「私がやってあげるよ!」
 おはよー、と元気に降りてきたのは葉隠と芦戸だ。もう着替えて、手には何か大きな道具を持っている。
「文化祭といえばラブでしょ! なんかあるかもしれないんだからいつもと一緒じゃダメでしょ!」
 若干おかしなテンションになってしまっている芦戸にそう言われて、こくり、と頷いた。頷かざるをえなかったとも言う。ハイハイ座って! と言われるままに、朝食のトレイを片付けてからソファへ座らされた。
「湊は二重だし元々目おっきいからなぁ」
「単色シャドウとラメとマスカラでいこう」
 聞いたことのない単語が飛び交って、「ハイ目閉じる!」と言われたままに目を閉じる。目の周りに何か触れて、目を開いて、とそんなことを繰り返して5分ほどで、芦戸が「どーよ!」と目の前に鏡を差し出した。
「わぁ、目がキラキラしてる」
「そうでしょうが! 特別感あるでしょうが!」
「ある。ありがとう、三奈ちゃん、透ちゃん」
 まだ終わってないよ! 眉毛! チーク! リップ! と今度は眉、頬、唇に何かを塗られて、また鏡を見ればいつもより色がついている。元々の顔の作りは変わってないはずなのに、たしかに見違えたようだった。
「これでよし!」
「ありがとう」
「いいの! そのかわり男子となんかあったら絶対教えて!」
 なんかってなんだろう、と思いつつ、とりあえず「わかった」と了承した。何かある予定もとくにないけれど。例えば何? と聞くのもなんとなく憚られたので。

 寮を出て、クイズ大会の本部を訪れて当日の注意事項を聞いたあと、職員寮へと向かう。湊は全ての支度を終えているので、あとは時間までに体育館ステージ裏にいれば大丈夫。飯田・八百万には伝えてあるので、探されることもない。クラスメイトたちからなんとなく過保護にされていて、いないと誰かしらが探してくれていることは理解していた。もちろん、一人でももう迷子になったりはしないのだけれど。

 ロビーで少し待てば、相澤と通形がエリちゃんを引き連れて現れた。
「湊さん……きれい……!」
「ありがとうエリちゃん」
 きらきらしてる、と湊とほとんど同じ感想を言ってくれたエリちゃんに笑いかけて、二人に見守られながらエリちゃんの髪の毛を自分と同じように結ぶ。「ありがとう湊さん」と嬉しそうにしてくれてむず痒くなる。動画サイトで説明文を丸暗記するほど見て、何度も練習した甲斐があった。
「うんうん、かわいいんだよね! きっとデクさんもステージから見つけてくれるよ!」
「湊さんは踊らないの……?」
 指先を握られて、なんとなく悪いことをしたような気になる。でもとてもじゃないけれど湊は舞台上で踊るなんてできそうもない。クラス代表でクイズ大会に出るだけでも、こんなに緊張しているのだ。
「……踊らない、けど、午後からのステージに出るの」
「ステージ?」
「うん。頑張るから、もしよかったら、見に来てね」
 それは、自分に対してのコミットメントでもあった。今日まで、大した期間ではないけれどこのために頑張ってきた。だから人前が苦手とかそういうのは考えないで、ちゃんと頑張るのだと。クラス代表という嬉しい役目を、ちゃんと全うするのだと。
 こくん、と頷いて、行きます、と言ってくれたエリちゃんの頭を撫でて、「文化祭楽しんでね」と職員寮をあとにした。

 寮に戻る時間もその必要もなかったので、開場して少し経った頃に体育館裏へ向かった。9時からの出し物はないため、1-Aは1時間使って準備ができる。湊が到着した頃には、もう楽器もセットされていてほとんど仕事はなかった。
「えっ? 緑谷くんが帰ってきてない?」
「そうなんだよ。麓のホームセンターに買い出し行ったんだけどさ、もう一時間以上帰ってきてねぇし電話出ねぇし」
 そう言う瀬呂は怒り気味だけれど、湊はすこし心配になった。緑谷は誠実な人だから、帰ってこないのにはきっとやむを得ない事情があるはずだ。そのホームセンターをマップアプリで調べてみても、徒歩15分もあれば着くだろう場所だ。往復30分。買い物に時間がかかっても、もう帰ってきていておかしくない。
 ホームセンターの位置情報を頭に入れて、それまでの道のりを考える。これなら、湊が個性を使えば帰ってくるのに5分もかからないだろう。
「……私、探しに行ってくる」
「え、標葉一人でか?」
「個性使えば私が一番はやいよ。緑谷くん捕まえてすぐ戻って来られるし」
 大した距離じゃない。緑谷がいないと演出が完遂できないし、もしかしたら何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない。そう思って、相澤先生に言ってくる、と駆け出そうとした湊の首根っこを、何かが掴んだ。グエ、とぶさいくな声が出てしまって、足を止めて振り返る。轟がムッ、と唇をへの字にして湊を捉えていた。
「ダメだ。お前ただでさえ今日、ステージの裏手で個性使って、自分の出番もあんだから」
「大丈夫だよ少しくらい」
「ダメだっつってんだ」
「待て待て喧嘩すんなって!」
 喧嘩をしているつもりはないけれど、湊も轟も口論をするほうではないのでこうして言い合いになるとすぐに止められてしまう。大丈夫、ダメだ、大丈夫、と言い争っていると、皆が「なんだなんだ」と寄ってくる。
「こいつが一人で緑谷むかえに行こうとしてる」
「私が行くのがはやいよ。それに、先生に許可もらいに行くだけ」
「ダメだっつってんだ。緑谷ならきっと本番までに戻ってくるから」
「そんな確証ないでしょ。もしかしたら何かトラブルに巻き込まれてるかも」
「もしそうだとしたら、それこそ生徒の出る幕じゃねぇ。先生に任せるべきだ」
「私だって首突っ込むつもりはないよ。でも緑谷くん一人なら私が連れてくるのが一番速いのも事実でしょ」
 むむむ、とにらみ合う二人に、珍しいこともある、と周囲が唖然とする中、蛙吹は冷静に、ふたりとも、とやんわり咎める。
「ここで言い合っていても仕方ないわ。とりあえず、相澤先生に現状を報告するのが先じゃないかしら」
 ど正論であった。湊が少し反省して、「私先生探してくる」と歩き出そうとした手を、掴んで引かれる。まだなにか、と轟に反論しようとして、その手の主が爆豪だと気がついた。 
「お前は大人しくしてろ」
「爆豪くんまで……」
 いいから座ってろ、とその場にあったパイプ椅子に座らされて、タイミングよく相澤が「どうした」と顔を出す。事情を聞いた相澤が警備担当の先生に連絡を取ってくれているようで、その姿を遠目で見守った。 
「標葉さん、緑谷なら多分大丈夫だからさ。座って待ってようよ」
 尾白にまで言われて、へこむ。そんなに気が急いているように見えただろうか。準備も手伝えない上、湊は片付けも、クイズ大会の準備やら待機時間でほとんど力になることができないのだ。演出の案だしはもちろん協力したし、本番の役割はあるとて、せめてなにか、クラスのためにしたいだけなのに。
「今日一番忙しいの、多分標葉さんだから。少しくらい手抜いてもいいのに、全然そんな感じじゃないし。任せるところは人に任せようよ」
 そう言われて、反論する気になるはずもなく。うん、ありがとう、と答えて、でも皆が立っているのに座っているのは居心地が悪く、立ち上がる。緑谷のことは先生が手を回してくれたから、信じるしかないとして、せめて何か、最終チェックでもしようとキャットウォークに上がる。何度も確認した体育館の寸法、ライブの流れを思い返す。ミスがないように、失敗しないように。

「標葉お前少しくらいじっとしてらんねぇのか」
 キャットウォークの端でじっと下を見て考え事をしていれば、やってきた轟が呆れたようにそう言った。ちらり、と視線だけを向けて、黙る。じっとしていられないのは確かだったから。
「……こうやって、クラスで何かやるとか。あんまりしたことないの。だから、こうやって私に役目があって、皆のために何かするのって嬉しいし、失敗したくない」
 そう思うのは当然だと思っていたし、特別に何かとプレッシャーがかかっているつもりもない。ただ、もらった役割を全うしたいという気持ちだけだった。それでも湊は他の人の目には気負っているように見えたし、実際頑張りすぎという言葉がピッタリであったのだろう。
 轟は湊の隣に座り込んで、並んで少し人が入り始めた体育館を見下ろした。
「……お前のこと、クラス代表にって言ったの、俺と八百万が最初だったろ。もちろん本心だけど、お前なんか変に気負ってそうで心配だった。ずっと勉強してたし。だから、せめて良いパフォーマンスで出場させてやりてぇって思って」
 さっき瀬呂に、お前がへこんでんじゃねぇかって言われたから……そう言われて、あの場で轟は湊のことを責めていたわけでも非難していないわけでもなくて、ただただ心配をしてくれていたとわかる。
「……ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃねぇ。俺もこういうの初めてなんだ。だから気持ちはわかる。俺も自分になんか出来ねぇかって思うし、クラスメイトのために何ができるか考えてた。でもよ、お前も文化祭の主役だろ」
 言われている意味がわからなくて、首を傾げて轟を見つめ返す。轟もよくわからない、という顔で、二人見つめ合う奇妙な時間が続いた。
「標葉もいっぱい楽しもうぜ! ってことだろ、な、轟!」
「おぉ」
 いつの間にか近くまで来ていた切島が、そう言って轟の肩を組んだ。後ろから瀬呂がやれやれ、という顔で追ってくる。
「うん。ありがとう、轟くん、切島くん」
「いーって。それより緑谷、見つかったらしいぜ。ちゃんと間に合いそうだってよ!」
 ほらみろ緑谷なら大丈夫だって言っただろ、となんだかドヤ顔で訴えてくるから、む、ともう一度唇を尖らせて抗議する。でももう、落ち込んだ気持ちはどこにもなかった。





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