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9 負けるのは嫌




 文化祭で浮かれる校内だが、人生そううまくはいかない。十月初めには中間テストがあり、準備にかまけてばかりはいられないのだ。
 特に上鳴・芦戸あたりのクラス順位が下から数えた方が早い組は毎日、文化祭の練習にテスト勉強に、と忙しくしていた。八百万が毎晩のように共同スペースで勉強会を開いて、それに参加している者も多い。湊も講師役のピンチヒッターとして、寝るまでの時間をそこで過ごすことにしていた。
「標葉ーー! わかんねぇ! 頼む!」
 湊は手元のテキストから目を逸らして、あっけらかんとそう言った切島の近くに寄る。どうやら今は生物を勉強しているようだ。
「酸素解離曲線だね。酸素を組織へ渡すHbO2の割合、式書ける?」
「いや、わかんねぇ」
「そっか、それなら考え方から覚えなおした方がいいかな」
 隣に座し、使っているノートの端に図式していく。どうやら他にも苦手な人がいたのか、ぞろぞろ、と周りに人が集まる。
「……と、いうわけで、この式になる。当てはめれば、答えは五番だね」
「おぉ……! すげぇ、わかりやすい!」
「さすが俺たちの標葉!」
 わけのわからないテンションになっている彼らに苦笑いを返して、自身の席へ戻る。人に教えるというのはずっと苦手意識があったのだが、夏にあった八百万家で実施された勉強会での不甲斐なさが悔しかったので、どうやってしたら人にわかりやすく教えられるのか積極的に勉強した。先生の説明を聞いて、言い回しとかを真似するのだ。それでもやっぱりわからないと言われることもあるが、自分の個性の一部である頭脳が、誰かの役に立てるなら努力したかった。それに、多角的に理解して説明できる様になることは、自分の復習にもなるので良いことだ。切島には、また何かあったら呼んで、と声をかけて自分の席に戻る。

「……ん? なぁ標葉、お前それなんの教科やってんの……?」
 一問一答形式で問題文がずらりとならぶ参考書に、上鳴が目をつけた。わかりやすいように表紙を見せる。
「クイズの参考書だよ。過去の映像見たけど、本当に早押しクイズ大会みたいだから。とりあえず知識のインプットをしないと」
「マジかよ!」
「真面目か!」
「どうせ出るなら、負けるのは嫌、だから」
 早押しクイズというのは競技のようなもので、大会も開かれている。雄英クイズ大会には毎年、クイズを趣味とする精鋭が出たりして盛り上がるのだという。
 クラス代表だからって、皆がプレッシャーをかけたりしているわけじゃない。というか、湊が勝手に気負っているだけだ。負けたくなかった。A組を背負う以上、弱いと思われたくない。だから最大限の努力をしているだけだった。
「俺当日見に行くからな!」
「つーかクラス全員で見に行くからな!」
「それは嫌だ……」
「エッ何で!?!?」
 見られると緊張するからだ。注目されるのが苦手なのは変わらなかった。もちろん、彼らがいなくともオーディエンスが多く来るのは過去の映像を見たから分かっている。準備をするのは最大限頑張るが、満点のパフォーマンスが出来るかはわからない。いや、頑張るけれど。
「湊のあがり症もどうにかしないとね」
「ウン……」
 三奈ちゃんの直球の物言いにも、何も言えない。どうにかしないととは思うけれど、どうにもならないものもあるのだ。
 ほら皆さん、もう時間がありませんのよ! と言った八百万の声に、皆が勉強に戻った。





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