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8 プレゼントがあってね



 休日といえど、雄英生の朝は早い。
 文化祭も迫るこの日、朝食後しばらくからすでに、役割ごとに分かれて準備に取り掛かっていた。湊の属する演出チームは、共同スペースの机一つを占領して企画会議を行っていた。
「青山がミラーボールになるだろ? それはいいとして、ミラーボールって最初はウオォ! ってなるけど最初だけじゃん。なんか一捻りほしいよな」
「上下左右に動くとか……あっ標葉、お前青山連れてテレポートしてくれよ」
「えぇっ。いや、難しいと思う。空中で体勢を保てるのってコンマ何秒の世界だから、たぶんフラッシュ暗算みたいになっちゃうよ。残像みたいな」
 フラッシュ青山! とツボに入った瀬呂と切島を放置して、話を進める。
「いくつか動画見たんだけどよ。なんかこう……人が押し合いへし合いしながら、グルグル回ったりするのあるじゃねぇか」
 こういうやつ、とパソコンで表示させた動画には、大勢の人が客席でグルグルと走って渦を形成していた。空間に向かって一気に走り寄る人たちは、楽しそうに声をあげて参加しているように見える。しかし側から見ると少々危なっかしい。
「戦国時代の合戦みたい……」
「俺も最初そう思った。でもこれが正しい姿らしいぞ」
 そうなんだ……と感心する湊と解説する轟に、切島と瀬呂は「轟から出てくる発想じゃないが感想は標葉っぽいし轟っぽい」と思っていた。
「あとは、歌手が客席飛び込んで胴上げ? するみたいな」
「さすがに危ないんじゃ……」
 口田が口を挟む。動画内では確かに、怪我人が出てもおかしくない有様だ。ヒーロー科の生徒はまだ身体を鍛えているのでいいかもしれないが、普通は上から人が降ってきたら危ない。
「確かにこれは危ねえが、結局こういう風に、音楽をただ聴くとか、パフォーマンスをただ見るわけじゃなくて、身体を動かす……なんつーんだ。あの、アトラクションみたいな、そういうのが楽しいのかなと思った」
「それはそうだろうな。結局、あーいうのは雰囲気が楽しいわけよ」
「じゃあ、思いっきりそういうのにしてみるのはどうかな。お茶子ちゃんの個性でお客さんを浮かせて、こう……Z軸方向にも自由に動けるようにするとか」
 湊は自分の説明がわかりにくいことを自覚していたので、Z軸、と言いながら手に持ったボールペンを上下に動かした。
「なるほどなぁ、そりゃ良いアイディア! 麗日か……ダンス隊に打診してみようぜ」
「待てよ、でもそうなると人手がたりねェぞ」
 浮かせてそのままにするわけにもいかないし、安全性を確保するなら、何人か観客を制御する役割の人間が必要になる。しかし、A組は21人しかいないのだ。
「それなら私、会場回って事故が起きないか監視するよ。講堂くらいの広さなら、全域カバーできると思う」
「標葉ヤバいな。汎用性の鬼かよ」
 はんようせいのおに、と瀬呂くんの言葉を繰り返してしまった。瀬呂くんは独特な言い回しをするので、耳に残る。なんとなく面白いのだ。
 お前鬼だったのか、とか言い出した轟くんに、いや、人間だよ、と返していれば、お前らの会話って宇宙だよな、とまたわからない言い回しの言葉が瀬呂くんから向けられて、二人揃って首をかしげた。

 切島が、外で練習を行なっているダンス隊に声をかけようと入り口へ向かう。
「おーい、ダンス隊! ちょっと話が……って、エリちゃん!?」
「えっ?」
 その言葉に反応し勢いよく立ち上がったせいで、ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れた。隣にいた轟がビクッと反応してから、「大丈夫か」と問いかけてくれたが、それどころじゃない。急いで椅子を直して、大丈夫! とおざなりに返事をして外へと走った。

 外には、相澤先生と通形先輩に連れられたエリちゃんが所在なさげに立っていた。切島が自己紹介をしていて、近くに緑谷もいる。
「エリちゃん! どうして?」
「下見みたいなもんだ」
 学園祭の、という言葉は省略されていたが、なんとなくわかる。今日の服装は赤いワンピースで、とても可愛らしい。
「なるほど……。お洋服かわいいね。今日はそれにしたんだ」
「ナースさんが選んでくれたの……」
「そっか。すごく似合ってるよ」
 自分の好みの洋服を選ぶことが難しいのは湊にもよくわかる感覚だった。だから、選んだ服を褒めてあげることで、「この服がかわいい」「自分に似合っている」という経験値を蓄積することが大事だと思っていた。
「湊さんも、髪の毛、いつもと違う……」
「うん。いつものは運動する時のなの」
 運動する時の……と繰り返しているのを見て、なんだか嬉しくなる。こうやって容姿の違いに気がついてもらえるのは嬉しいし、そういうのに興味を持ってくれるならそれに越したことはない。
 通形先輩は嬉しそうに笑って、そうだ、標葉さん! と声をかける。
「標葉さんもどう? これから雄英内回るんだけど……」
「え、い、いいんですか?」
「そりゃもちろんさ! エリちゃんも、湊さんがいた方が楽しいよね!」
 こくん、と頷いてくれる。通形先輩に促されてかもしれないけれど、エリちゃんが良いと言うのなら、参加しないのもおかしな話だ。
「……じゃあ、あの……お言葉に甘えて」
「謙虚だなァ! ほら、制服着ておいでよ!」
 こくりと頷いて、さっさと寮へ引き返す。演出チームの面々に「ごめんちょっと、抜けていいかな」と聞くと、あっさりとOKを出してくれた。
 早着替えかというほどのスピードで着替える。シャツの袖を折って、ベストのポケットに必要なものを詰めたところで、先程のエリちゃんの顔が思い出された。
 そうだ、髪飾り。今が渡すベストタイミングなんじゃないだろうか。そしてついでと言ってはなんだけれど、ヘアアレンジをしてあげようか。エリちゃんはいつも下ろしっぱなしで、邪魔なこともあるだろうし。なんて言い訳みたいに考えて、紙袋と櫛を手に取った。

 あまり待たせては申し訳ないと気が急いて、部屋から外までのごく短い距離をテレポートする。目前にパッと現れた姿に、「こんな短い距離で個性を使うな」と相澤先生が注意をした。
「緑谷くんより早いのすごいね!」
「急いだので……エリちゃん、あの、髪型お揃いにしない?」
「お揃いに……」
 できるの? そう言ってくれるということは、嫌ではないということだ。そうしたいとすら、思ってくれているかもしれない。それが嬉しくて、うん、と強く頷く。
「できるよ。やってあげる」
 中入ろう、と手を繋いで、寮の中へ。ソファに腰掛けてもらって、横から髪を触る。細くて綺麗な銀髪だ。湊と髪質が似ているので、扱いやすい。緊張をさとられないように、ふう、と息を吐く。
 左右で髪を分ける。このとき、分け目をギザギザにするのがポイントだと動画で言っていた。半分にブロッキング・仮止めしてから、片方をみつあみにする。編んだらゴムで止めたあとに、ところどころ髪を引き出して乱すのがポイントらしい。何度も見た動画のとおりに結んであげれば、湊でもちゃんとエリちゃんの髪を結んであげられた。
「ほぁあ、湊ちゃん器用やねぇ」
「ありがとう……ねぇ、エリちゃん。実は、エリちゃんにプレゼントがあってね」
「プレゼント?」
 隠し持っていた紙袋をエリちゃんに差し出す。開けてみて、と言えば、恐る恐る袋が開けられて、今日湊がしている髪飾りと同じものが現れる。
「わぁ……!」
「どうかな……」
「かわいい……!」
 エリちゃんの小さな手に握られたリボンは、やはりエリちゃんの瞳と同じ色をしていた。つけてもいい? と聞けば、うなずいてくれたので、仕上げにみつあみの先にリボンをつける。これで、湊とそっくり同じ髪型だ。
 左右ともに同じようにしてあげて、バランスを整え、鏡を取り出してエリちゃんの顔の前へ差し出した。
「どう?」
「! すごい……!湊さん、お揃い!」
「エリちゃん、すごいかわええよ!」
「ええ、とっても似合っているわ」
 エリちゃんの頬が少しゆるんだ気がして、ほっとする。鏡をじっと見て離さないその姿が、気に入ったのだと伝えてくれているようでただただ嬉しかった。

「うわぁ、エリちゃん、かわいい!」
「すごいね。そう見ると姉妹みたいだ!」
 二人揃って外に出ると、すでに準備のできた緑谷と通形、相澤が待っていた。かわいい、と言われてまんざらでもないエリちゃんに、相澤がこっそりと湊に耳打ちする。
「ありがとう。俺が渡すだけじゃ持て余しそうだからな」
「いえ。むしろ、私からのプレゼントみたいになってしまってすみません」
 お金の出どころは相澤だが、お前から渡してやってくれ、何も言わなくていいから、と事前に言われていた。余談だがお釣りは領収書つきで返金済みである。
 くいくい、とスカートを引かれて振り返ると、頬を染めたエリちゃんが何かを言いたげに湊を見上げていた。
「どうしたの、エリちゃん」
「あの……ありがとう、湊さん」
 小さく呟かれたお礼に、なんだか胸が熱くなった。屈んで目線を合わせ、どういたしまして、と告げる。
 そして、もしエリちゃんがいいなら。これからも、髪を結いてあげる役目を自分がするのもいいなと、思ったのだ。





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